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石神 恋の行方編 6話

【教場】

石神

テロ災害対策として必要な知識を‥

千葉

千葉

「はい。検知・警報・防護・除染です

石神

あと1点‥

何日かぶりに、石神教官と視線が交わる。

石神

‥氷川

サトコ

「はい」

「医学的措置です」

石神

‥いいだろう。各自、テーマを決めてレポートを提出するように

今日は以上だ

トントンと教本を揃えて抱えると、すぐに教場を出ていく。

(‥ずっとこのままなのかな)

教官室へ行っても、石神教官は私の方を見ようとはしない。

声が聴けるのは講義の時だけ、話ができるのも協議の受け答えだけ‥

サトコ

「‥‥‥」

鳴子

「サトコ‥?」

サトコ

「あ‥ごめん。ボーっとしてた」

「私、後藤教官のところに行ってくるね」

鳴子

「うん‥」

荷物をまとめて、鳴子に手を振った。

【廊下】

後藤教官にレポートの進捗を伝え、少し片付けを手伝った後。

(やっぱり気になっちゃうんだよな‥)

もしかしたら、石神教官がいるかもしれない。

もしかしたら、何もなかったみたいに話せるかもしれない。

そんな淡い期待を抱きながら、遠回りをしても資料室の前を通ってしまう。

石神

お前‥本当に警察官なのか?

サトコ

『し、しょうがないじゃないですか!』

『長野の片田舎で交番勤務だったんですよ?大事件なんて無縁でしたし』

過去、公安が関わった大事件の記事を見ながら、

あまりの知識のなさに石神教官が大きなため息を吐く。

(バイオテロなんて言われても、化学知識なんてないよ‥)

石神

事件がないに越したことはないんだがな

サトコ

『そうですよ。おばあちゃんが鍵を落としたとか、小学生が財布拾ったとか‥』

『あってもせいぜい空き巣くらいなものですよ。いきなりバイオとか言われても困ります』

石神

それはそうだろうが‥

叩き込め

サトコ

『はい‥』

石神

これまでさほど脳みそも使ってないだろう。入る余地はある

サトコ

『‥一言余計です!』

【廊下】

(‥ってこんなことばっかり考えてたらダメなんだって!)

(私は刑事になるの!)

恋愛しにきたわけじゃない。

石神教官に認めてもらって、刑事になるんだと決めたのは自分だ。

サトコ

「‥帰ろ」

誰もいない資料室を素通りして、今度こそ寮へ戻ることにした。

【寮 自室】

(テーマを決めてレポート‥)

(せっかくだし、バイオテロの事案にしようかな)

知識が乏しい分野に触れておけば、いつか役立つこともあるかもしれない。

(いや、こんな知識は役立たない方が幸せなんだけどね‥)

コンコン

???

「サトコ?いる?」

ノックの向こう側で、鳴子の声が聞こえた。

鳴子

「‥大丈夫?」

サトコ

「え?」

鳴子

「‥サトコは何も言ってくれないけどさ、明らかに石神教官と何かあったでしょ?」

「専属補佐官替えがあったのは置いておいても、2人とも極端なくらい避けてるじゃん」

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サトコ

「‥‥‥」

(やっぱり誰が見てもそうだよね‥)

鳴子

「サトコが話したいって思えるまで待つけど‥私だって心配してるんだからね?」

「そこだけは忘れないで」

サトコ

「鳴子‥」

鳴子

「泣いてる暇はないよ!今回のレポート、査定にも響くらしいから」

サトコ

「うん、うん‥」

(泣くなって言われても無理‥)

鳴子の優しさが沁みて、我慢していた涙がポロポロと零れる。

鳴子

「こら、目から鼻水垂らさないの」

サトコ

「鼻水じゃなくて汗だから」

鳴子

「ふふっ、バカだなぁ」

サトコ

「鳴子が泣かしたんでしょー!でも頑張る!」

鳴子

「泣くか笑うかどっちかにしなさいよ!」

ギャーギャー喚きながら、思わず笑ってしまう。

鳴子はホッとした表情で、可笑しそうに微笑んだ。

【グラウンド】

訓練終了後、解散とはならず、全員集合がかかる。

(どうしたんだろう。なんだかピリピリしてる‥)

候補生一同、緊張感を持って教官たちに注目する。

加賀

3日後、実地訓練を行う

てめぇらクズ共でも役に立つといいだがな

颯馬

我々の捜査の一端を担って頂きますので‥失敗は許されませんよ

石神

今の追尾訓練の出来では不安は残るが‥

経験を積むのが一番だろう

東雲

足引っ張らないでね

(捜査の一端って何をするんだろう‥)

石神教官の方を見ると、ほんの一瞬、目が合う。

石神

‥訓練内容だが

(あ‥)

石神教官は、まるで見なかったことにでもするみたいに私から視線を逸らした。

サトコ

「‥‥‥」

石神

君たちには、3日後に行われる船上パーティに潜入してもらう

総理支持派の懇親会だが、一部アジアの外交官も含めた規模の大きなものだ

加賀

さっきも言ったが捜査の一環だからな

失敗は許さねぇ‥分かってるだろうな?

鳴子

「こ、怖‥」

男性同期A

「悪魔降臨した‥」

後藤

こちらでチーム分けして、それぞれの課題をクリアしてもらうことになる

2日間で準備を整えろ

全員

「はい!」

(潜入か‥頑張らなきゃ)

(石神教官のことは、今は考えてる場合じゃない‥)

訓練に集中していれば、この気持ちもきっと薄れてくれる。

(私は、刑事になるんだ‥)

その目標だけが、泣きそうな気持ちを支えてくれていた。

【教場】

鳴子

「サトコ、頑張ろうね」

サトコ

「うん!もちろん」

チーム分けが発表され、千葉さんと鳴子と同じチームになった。

後藤

この場にいる、俺を含めた5名で課題に当たる

すでに秘書官として潜入している捜査官から、ICチップを受け取ってほしい

確実に、だ。データの消失だけは許されない

全員

「はい」

男性同期A

「データの内容は‥」

後藤

君たちは知る立場にない

男性同期A

「はい‥」

(すでに公安が動いてて、私たちまで関わるってことは‥)

(突発の事案じゃないよね。前々から捜査してたんだ)

失敗は許されない。

後藤教官の真剣な眼差しに、ピンと背筋が伸びる。

後藤

当日の見取り図だ。確認しろ

千葉

「‥この客船は出航するんですか?」

後藤

いや、着岸したまま動かさないそうだ。いつでも乗船・下船できる

見取り図を囲んで、後藤班の作戦会議が始まった。

【学校門前】

潜入当日。

石神

何があってもデータの損失は避けろ

それぞれに東京湾の埠頭へ出発するその間際、総司令官として石神教官が念を押す。

その視界に自分が入ることはなく、忙しい様子で各所へ指示を出していた。

“勘違いならそれでいい”

石神教官が避けるのは、勘違いじゃないからだ。

(そうやって無視してられるのも今のうちなんだから‥)

(訓練課題が成功したら、恋愛脳なんて薄れてなくなるに決まってる!)

半ば強引に喝を入れる。

(そしたらまた、前みたいに普通に話せるよね‥)

サトコ

「よし!」

鳴子

「気合い入ってるね」

<選択してください>

A: もちろん!

サトコ

「もちろん!」

鳴子

「頼もしい!」

サトコ

「気合いだけはね」

B: 邪念を退散させてただけ

サトコ

「邪念を退散させてただけなんだけどね」

鳴子

「石神教官でしょ?」

サトコ

「ち、ちょっと!人の傷口に塩塗らない!」

鳴子

「ごめんって」

C: 鳴子は?

サトコ

「鳴子は?」

鳴子

「もちろん頑張るよ。成功させて、サトコが石神教官に褒められるように‥」

サトコ

「な‥」

鳴子

「なんてね、うっそー」

サトコ

「からかわないでよ‥」

千葉

「‥大丈夫。ちゃんと見守ってくれてるよ」

サトコ

「‥‥‥」

鳴子の隣にいた千葉さんの視線が。石神教官を追う。

サトコ

「‥うん、ありがとう」

後藤

行くぞ

班を2つに分けて現場に向かうため、後藤教官の車に呼ばれる。

石神

‥行ってこい

乗り込む瞬間、インカム越しに石神教官の声が聞こえた。

【客船】

後藤

準備はいいな

サトコ

「はい」

話し合いの結果、鳴子と私が潜入、千葉さんは外からの援護になった。

男性同期A

「入ったら合流地点を確認してから行けよ」

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サトコ

「うん」

男性同期A

「万が一の退避ルートも大丈夫だな?」

サトコ

「うん、大丈夫‥ってなんで私だけに確認するの!」

鳴子

「心配してるんでしょ。サトコここんとこ元気なかったから」

サトコ

「へ‥」

男性同期A

「入学当初はアホすぎて正直ウザかったけどな」

「今はわりと認めてる」

後藤

‥意外と団結力のあるチームだったんだな

千葉

「そうですね」

サトコ

「‥潜入前にメイク崩れたらどうするんですか」

(うっかり感動しちゃったし‥)

男性同期A

「崩れても大して変わらないだろ」

サトコ

「精一杯のよそ行きメイクなのに‥」

千葉

「大丈夫。似合ってるよ」

後藤

ああ、少なくとも警察官には見えないから安心しろ

男性同期A

「代議士の娘役っていうのはいい判断だ。氷川の場合、秘書にも見えないからな」

サトコ

「‥感動した私がバカだった」

後藤

そろそろ時間だ。行ってこい

教官たちは港に隣接するホテルに本部を設けて待機することになっている。

千葉

「気を付けて」

サトコ

「うん」

班員と2手に分かれて、鳴子と一緒に乗船口に向かった。

【船内】

政治秘書を目指している‥という設定の鳴子は、

本物の国会議員相手にもさりげなく挨拶を交わす。

(鳴子すごい‥)

(私はボロを出さないように必死なのに‥)

サトコ

「困った時は“父とはぐれてしまって‥”で切り抜けよう」

鳴子

「ハハッ、大丈夫だよ」

千葉

『いざとなったら俺が耳打ちするよ』

鳴子

「千葉さんがフォローしてくれれば安心!」

サトコ

「ふふ、そうだね」

(班員の合流地点はこのエントランスホールの隅‥)

(まずは私たちがICチップを受け取らなきゃ‥)

パーティー会場に入ると、きっちりとした身なりの客で溢れていた。

千葉

『氷川、2時の方向、国土交通政務官がいるのが分かる?』

『大原議員だ』

サトコ

「待って。確認する」

インカムからの千葉さんの言葉に、そっと目を向ける。

(大原議員って若くして政務官になったんだよね‥)

(資料で嫌ってほど写真は見てきた)

シャンパングラスを片手に、大原議員が複数名で談笑している。

サトコ

「大原議員、確認しました」

後藤

隣にいる秘書官と手筈どおりに接触しろ

(あの人からICチップを受け取るんだ)

(シミュレーション通りにすれば大丈夫‥)

鳴子は、名刺を片手に大原議員の元へ近づく。

少し離れた場所で、ICチップを受け取ったと合図を出すのが私の役目。

鳴子

「大原議員」

大原

「‥何だね君は」

鳴子

「新入りですのでご挨拶をと思いまして、政治塾に入らせて頂きました」

「飯田と申します。よろしくお願いいたします」

大原

「ああ、そうか。頑張りたまえ」

鳴子

「失礼ですが秘書の方ですか?」

男性捜査官

「ええ」

鳴子

「よろしければまたお話を聞かせてください」

(大丈夫。誰にも気づかれていない‥)

名刺交換=ICチップ譲渡。

万が一受け渡しができない場合は、“名刺を切らしている”と言われるはずで‥

サトコ

「‥受け取りました」

後藤

わかった

鳴子が名刺を受け取ると同時に、班員が退路経路を確保する。

後藤

下船まで気を抜くな

サトコ

「はい」

【ロビー】

同期と合流し、目視できる位置に班員を確認する。

千葉

『大丈夫?』

鳴子

「こっちは大丈夫。はぁ‥大原議員と話したってだけで、若手議員に囲まれるとは思わなかったわ」

サトコ

「実力派って言われてるし、懇親会で近づきたい人も多いんだろうね」

(出るのに10分くらいかかっちゃったけど、あとは下船するだけ‥)

女性議員

「大原さん!どうされたんですか!」

サトコ

「!」

大原議員

「ぐっ、う‥」

ほとんど悲鳴に近い声に振り返ると、大原議員が倒れて、苦しそうにもがいている。

スタッフ

「どうされましたか!?」

女性議員

「さっきすれ違いざまに、何かスプレーみたいなものを吹きかけられたんです!」

(スプレー‥?)

すぐに救護班が来て、大原議員は担架で運ばれていく。

若手議員

「デッキの方で異臭がするぞ!」

女性議員

「大原さん、今デッキを通ってここにきたのよ!」

スタッフ

「落ち着いてください。すぐに確認して参ります!」

女性議員

「う‥っ」

大原議員についていた女性議員も、顔色悪くうずくまる。

場が騒然として、無線片手にスタッフが慌ただしく動き動き出した。

鳴子

「なんか‥微かにガス臭くない?」

サトコ

「うん‥」

<選択してください>

A: 後藤教官に報告

サトコ

「‥後藤教官。おそらくですが、大原議員は何者かに毒ガスを吹き付けられました」

「デッキでも異臭騒ぎ、エントランスホールも微かにガス臭があります」

後藤

何だと?

B: 女性議員に駆け寄る

サトコ

「大丈夫ですか!?」

千葉

『氷川!状況を教えてくれ』

女性議員がうずくまっているところに駆け寄ろうとすると、千葉さんのインカムが入る。

千葉

『状況が把握できないから、下手にオレたちは動かない方がいい』

サトコ

「でも‥」

C: デッキを確認しに行く

サトコ

「デッキからガスっておかしくない‥?」

厨房からは離れているし、ボイラー室ならまだしも船外だ。

サトコ

「誰かが故意にやったんだよ。確認しに‥」

鳴子

「それは今、私たちがやることじゃない」

(そうだけど‥)

スタッフ

「速やかに避難してください!」

スタッフの指示で、下船を促される。

パーティー会場から流れ出る人波を避けるように鳴子と隅に移動した。

男性同期A

「氷川!どこだ!?」

サトコ

「‥っ」

(見失った‥!?)

サトコ

「ロビー角B地点‥」

「大丈夫、鳴子とははぐれてないから、一緒に出る」

???(海司)

「おい!アンタたちもすぐに出ろ!」

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サトコ

「えっ」

???(瑞樹)

「ただのガス漏れじゃない。こんなところに居たらダメです」

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サトコ

「えっと‥」

ふとスーツの襟元に目が行く。

(あ、SPバッジ‥!)

???(そら)

「グズグズするなって!」

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サトコ

「は、はい‥」

SPの人たちはそれだけ言うと、パーティー会場の方へ人を掻き分けて戻っていく。

鳴子

「氷川、私たちも出よう!」

サトコ

「待って!」

出口へ向かおうとした鳴子のスーツの裾を引っ張る。

サトコ

「あそこ‥」

鳴子

「?」

外へ出る人波に逆らって、中へと逆走する男が2人目に入る。

鳴子

「‥氷川、私たちの任務はこれを無事に外へ持ち出すことでしょ」

サトコ

「そうだけど‥!」

鳴子

「とにかく、一度下船しよう‥!」

サトコ

「‥‥‥」

(怪しい人がいても見過ごさなきゃいけない)

(鳴子の言う通りだけど‥)

どうしても気になって、男の背中を目で追う。

しぶる私に鳴子は引きずるように手を引いて、出口の方へと向かった。

to be continued

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