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石神 恋の行方編 8話

サトコ

「じ、銃を下ろして貰えませんか‥」

「お、おおお願します‥!」

???(瑞貴)

「‥‥‥」

SPの男性は拳銃を下ろすと、周囲に視線を巡らせる。

???(瑞貴)

「‥こっち来て」

サトコ

「え‥?」

腕を掴まれて、宿泊用の部屋へと連れ込まれた。

【客室】

サトコ

「あ、あの‥」

???

「僕は警視庁警備部警護課の藤咲瑞貴と言います」

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サトコ

「あ‥私は公安学校在籍の氷川サトコです」

藤咲と名乗った男性は、私の言葉に少し目を見張る。

瑞貴

「まさか石神さん絡みなんてことは‥」

サトコ

「はい。訓練中に事件に巻き込まれまして‥」

瑞貴

「巻き込まれたっていうか飛び込んだんじゃない?」

サトコ

「‥そうとも言いますね」

(退避命令無視しちゃったし‥)

サトコ

「あの、ガスの発生源は車両甲板なんです」

「さっき1階フロアで男を1人確保したんですけど、もうそこまでガスが上がってきてて‥」

瑞貴

「え‥」

「その男はどうしたの?」

サトコ

「手錠をかけて、外気が入る場所に転がしてきました」

「伸びちゃったので‥」

瑞貴

「‥‥‥」

(イケメンが呆けてる‥)

瑞貴

「氷川さんって見かけによらず強いんですね」

サトコ

「い、いえ‥って」

「あの、パーティー会場ってどうなってるんですか?」

瑞貴

「巣瀬議員にはSPが2名ついています」

「会場は封鎖されて、中には主犯の男が1名、爆弾所持」

「船が動き出したということは、操舵室にも仲間がいる可能性が高い」

サトコ

「‥‥‥」

(どうしたら‥)

(ガスがこの階に来るまでにどうにかしなきゃ、動けなくなる)

瑞貴

「マズイな。相手の人数が分からない‥」

藤咲さんはインカムに意識を集中させる。

瑞貴

「そらさん‥返事できなかったら、何でもいいので音で反応してください」

(“そらさん”‥パーティー会場にいるSPさんだよね‥)

瑞貴

「僕は石神さんの秘蔵っ子らしい女の子と合流しました」

サトコ

「!」

(秘蔵って‥!)

(そんなんじゃないですけど‥)

瑞貴

「最下部の車両甲板から徐々にガスが上がってきてるんです」

「交渉するにしても、あんまり時間がないみたいで‥」

「そっち、脱出できそうですか?」

しん‥と静まり返る。

真一文字に結んだ口が、不安を物語る。

瑞貴

「!」

「‥脱出できるみたい」

サトコ

「ホントですか!」

瑞貴

「分からないけど‥信じるしかない」

「僕たちはデッキへの道を確保しよう」

サトコ

「はい!」

藤咲さんが外の様子を確認して、後に続いて客室を出た。

【ホール】

(まだガスは大丈夫そう‥1階フロアにいた時みたいな頭痛もないし)

パーティー会場の扉は締め切られていて、中の様子は分からない。

瑞貴

「氷川さん、拳銃は?」

<選択してください>

A: 持ってます!

サトコ

「持ってます!」

瑞貴

「中にいる男が持っている起爆装置を、そらさんたちがどうにかしてくれるのが前提だけど‥」

「とにかく、銃撃戦にはなると思っておいた方がいい」

サトコ

「わ、分かりました‥」

B: 持ってるけど苦手

サトコ

「持ってるんですけど、苦手なんです‥」

瑞貴

「いくら石神さん仕込みでも、こればかりは実践を積まなきゃどうしようもないよ」

サトコ

「はい‥」

C: 任せてください

サトコ

「任せてください」

瑞貴

「さすが公安学校、そんなに訓練してるんだ」

サトコ

「ウソです。すみません‥」

「訓練は厳しいんですけど、射撃はすこぶる苦手で‥」

(どうしよう‥)

丸岡さんの事件の時、拳銃の怖さを嫌ってくらいに思い知った。

足が震える。

(でも、どうしよう、じゃないんだ)

(退避しないって決めたのは私だし‥)

瑞貴

「大丈夫ですよ。僕たちもついてます」

サトコ

「はい」

(ここまで勝手なことしてるんだから)

(総司令官である石神教官の顔に泥を塗るわけにはいかない)

(しっかりしなきゃ‥!)

デッキに続くドアを開けた瞬間、空気か何か、ザワザワと迫ってくる感覚に振り返る。

瑞貴

「!」

「伏せて!」

サトコ

「!」

ドーン!

爆音と共に、船が大きく揺れた。

(爆破‥!?巣瀬議員は‥)

???(海司)

「瑞貴!」

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瑞貴

「海司さん、こっちです!」

“海司さん”と呼ばれた男性が、煙の中、巣瀬議員を担いでくる。

瑞貴

「海司さん、腕‥」

サトコ

「!」

血を流した右腕がだらりと伸びて、動かせないことが見て取れる。

反対側の肩に担がれた巣瀬議員も、意識がないようだ。

(さっきの爆発で‥!?)

(男は‥)

???(そら)

「海司!行ける!?」

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海司

「はい!」

「ただ、さっきの爆発でドアが開かないです!」

サトコ

「え‥!?」

(ドアを開けて、避難ルートは確保しておいたはず‥)

瑞貴

「そらさん、ここお願いします!」

そら

「できるだけ早くして!アイツが出てきたらそうもたない」

瑞貴

「氷川さん!」

(力技でドアを突破しないといけないけど、それなら‥)

サトコ

「私はここで加勢します!先に行ってください!」

男を食い止めておく方が、まだ役に立てるかもしれない。

短髪の男

「‥巣瀬は逃がさない」

拳銃を構えた男が、この場を託された“そらさん”にまっすぐ向かう。

短髪の男

「SPも大変だなぁ。巣瀬なんか死んだ方が世のためだってのに」

サトコ

「2対1です。無駄な抵抗はやめなさい」

短髪の男

「お前か‥連れと連絡が取れないと思えば、公安犬まで残ってたとは」

そら

「スパイ石神の秘蔵っ子を犬呼ばわりすると、噛まれるんじゃない?」

軽口をたたきながら、そらさんの視線が一瞬左に向けられる。

(左‥?)

左側に目をやると、操舵室のある方向から何者かがこちらに向かってくる。

パン!

短髪の男

「ぐっ‥」

そらさんが撃った弾が、男の手に命中してうずくまった。

瑞貴

「ドア開きました!」

そら

「よし!」

(もうガスが届き始めてる‥)

(あの人影は、犯人グループの仲間‥?)

サトコ

「そらさん!先に行ってください」

「すぐ追いかけますから!」

そら

「無茶だって!」

サトコ

「そらさんはまだ動けますよね?」

「私はさっきガス吸っちゃってるんで、動けなくなるの早いと思うんです」

(目も口も渇いてきた‥)

そら

「‥っ」

サトコ

「少しでも足止めしたら、後を追います」

「職務を全うしてください。警護対象を死なせたらダメです!」

そら

「‥そこの爆弾男と巣瀬議員を外に出したら、すぐ戻るから!」

「すぐだからね!」

サトコ

「はい。ありがとうございます!」

(海司さんの怪我が尋常じゃなかったし、開けたはずのドアが閉まってたってことは)

(デッキ側にも犯人グループの誰かがいるって考えた方がいい‥)

巣瀬議員を警護しながらガスから逃れるには、私がここを請け負うしかない。

サトコ

「石神教官‥」

ゆっくりとこっちに向かってくる男に拳銃を構えながら、ポツリと呟く。

もう呼吸することさえ苦しい。

心臓が、変な音を立てているのも分かる。

(死にはしないって言ってたけど、キツイな‥)

ヒゲの男

「随分苦しそうだな。すぐ楽にしてやるよ」

サトコ

「‥動かないでください!」

(私が撃たなきゃ、撃たれる‥)

でも、目が霞んで何が何だか分からない。

手が震えて、引き金を引く力も入らない。

(せめて、あの男を封じてからにして‥)

(あとで身体が動かなくなってもいいから、今だけは動いて‥)

自分の呼吸が、鼓動が、耳に直接届くような奇妙な感覚。

意識の淵に立っている。

(ダメ‥まだ‥)

景色が傾いて、でも不思議と、向こうにいる男も地面に倒れ込んでいく。

(石神教官‥)

???

「氷川!」

石神教官が呼んでいる。

(早く目を覚まさなきゃ‥)

(でも、結局私、何もできなかった‥)

石神教官はちゃんと叱ってくれるだろうか。

もしも無事に外に出られたとしても、ちゃんと私の顔を見てくれるだろうか。

(怖い‥)

千葉さんが、強がるなと言っていた。

(本当はずっと怖かった‥)

(だって、石神教官が目も合わせてくれない‥)

好きだって言葉にすらできない。

またあんな氷みたいな目で見られるのかと思うと、怖くて仕方ない。

冗談を言って呆れられたり、本当にごくたまに優しく微笑む顔だったり‥

そういうものに二度と出会えないのだとしたら、それはもう恐怖でしかない。

身体が浮いているように感じて、うっすら目を開ける。

(景色が流れてる‥)

(‥あれ?私今どこにいるんだっけ‥)

ぼんやりと考えていると‥‥

石神

目が覚めたか

(え‥‥‥?)

サトコ

「!?」

言葉にならない。

(な、なんで‥)

まだ船上にいるはずなのに、どういうわけか石神教官に横抱きにされている。

石神

悪運が強いのは本当らしいな

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サトコ

「あ、あの‥」

石神

もうすぐデッキに出る。SPたちも全員無事だ

サトコ

「いえ、あの‥と、とにかく降ろしてください!」

「自分で歩けます!」

石神

起こしても起きなかったのはお前だろう

サトコ

「げ、限界だったんですよ」

石神

だろうな。間に合ってよかった

サトコ

「‥‥‥」

(っていうことは、石神教官が駆けつけてくれて、男を‥?)

石神

‥お前にはまだ、確かめたいことがある

死なれたらどうしようもないからな

サトコ

「‥私だって、こんなところで死んでられませんよ」

石神

それで、降ろしていいのか?

サトコ

「は、早く降ろしてください!」

石神

暴れるな

呆れられながら、石神教官の腕をゆっくりと離れる。

サトコ

「‥自分の足で歩けますから」

石神

そうか。心配して損した

<選択してください>

A: 心配してくれたんですか?

サトコ

「心配してくれたんですか?」

石神

お前は俺を何だと思ってる

サトコ

「もう見放されたと思ってたので、ちょっと嬉しいです」

石神

‥‥‥

B: 散々、命令無視してすみません

サトコ

「散々、命令無視してすみません‥」

石神

まったくだ

サトコ

「必死だったんです」

石神

‥‥‥

C: 今回ばかりは疲れました

サトコ

「今回ばかりは疲れました‥」

石神

俺のセリフだ

サトコ

「それもそうですね」

石神

‥‥‥

石神教官はいつものように眉間に皺を寄せて、黙ったまま腕を引いて歩いた。

【船外】

客船を降りると、たくさんの警察車両に救急車に、人で溢れている。

(政治家を狙ったテロだし、そうなるよね‥)

瑞貴

「氷川さん!大丈夫ですか?」

そら

「スパイ石神が任せろって言うから任せたんだけど、何もされてない?」

海司

「すぐに救護班のとこに行け」

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サトコ

「大丈夫です。外の空気を吸ったらかなり落ち着いてきましたから‥」

「それより皆さん、本当にご迷惑をおかけしてしまって‥」

瑞貴

「何を言ってるんですか」

「氷川さんのおかげで助かりましたよ」

そら

「うん。ビックリした」

「スパイ一味は苦手だけど、サトコちゃんには感謝しかないよ」

サトコ

「あの‥そのスパイがどうのっていうのは一体‥」

石神

‥‥‥

そら

「で、出た!」

サトコ

「え‥?」

後ろから現れた石神教官を見て、そらさんが後ずさる。

(やっぱり石神教官のことなんだ‥)

石神

うちの候補生が世話になった

瑞貴

「いえ、さすが石神さんの秘蔵っ子ですね。度胸がすごいっていうか」

そら

「そりゃ石神についてたら嫌でも度胸はつく‥」

石神

何か言ったか?

そら

「なーんも言ってませんよ!」

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(案外、仲良し‥?)

サトコ

「っていうか海司さん!こんなところで何をのんびりしてるんですか!」

海司

「何って、引継ぎとか報告とか‥」

サトコ

「一緒に救護班のところへ行きましょう!」

海司

「いや、でもまだ班長に‥」

サトコ

「出血しすぎですって!骨も折ってますよね!?報告なら藤咲さんが‥」

「‥‥‥」

「ん?藤咲さん‥?」

(何か重大なことを忘れてるような‥)

そら

「あれ、固まっちゃった」

サトコ

「ふ、藤咲瑞樹!?」

(アイドルからSPになったって本当だったんだ‥)

海司

「いや、気付くの遅いだろ」

サトコ

「そ、それどころじゃなかったんですよ!わぁ、藤咲さんだったんだ‥」

そら

「新鮮な反応だね」

サトコ

「‥って、感動してる場合じゃなくて!行きますよ海司さん!」

海司

「分かったって」

「ちゃんと行くから喚くなよ」

瑞貴

「フフ‥石神さん、面白い子が入りましたね」

石神

‥‥‥

そら

「今度サトコちゃんも誘って、満腹軒でお疲れさま会しよーっと」

背中に声を聞きながら、海司さんと一緒に救護班へと向かった。

【車中】

サトコ

「はぁ‥」

幸い、ガスの中毒症状は軽いもので、救護班での処置もすぐに済み‥

石神教官にきっちりとお灸を据えられ、後藤教官の車で寮へ戻る頃にはすっかり夜になっていた。

(黒澤さんと千葉さんにもかなり怒られちゃった‥)

(でも鳴子も無事だったし‥終わりよければってやつだよね‥?)

後藤

もう充分叱られただろうから、俺からは何も言わないでおくか

サトコ

「本当に申し訳ございませんでした」

後藤

まったくだ

サトコ

「う‥」

後藤

元々、黒澤が巣瀬議員をずっとマークしていたんだ

その下にいる大原議員が協力者となって、巣瀬議員の不正を暴いていた

お前たちが持ち出したデータがその証拠だ

サトコ

「そうだったんですか‥」

後藤

今日はマークもキツイ。そう大きくは出ないだろうと踏んでいたんだが‥

巣瀬が懇親会で、不正の罪を組織に押し付けようとしたらしい

サトコ

「‥‥‥」

後藤

そう仕向けた誰かがいたようだがな

上層部の目もあって、俺たちは全く身動きが取れなかった

今回ばかりは好きに動いてた黒澤に感謝しないといけない

お前の勝手は褒められたものではないが

サトコ

「本当にすみません‥」

後藤

いや‥

後藤教官なら退避しますか、っていうのには‥正直参った

サトコ

「え‥」

後藤

結果が全てだ。生きて帰ったならもういい

サトコ

「‥‥‥」

(長い1日だったな‥)

無傷とは言えないけれど、課題はクリアして、事件も収束に向かっている。

大原議員も2~3日の入院で済みそうだということだった。

後藤

ああ、あと‥

サトコ

「はい‥?」

後藤

念のために病院で検査と受けておくように、と石神さんからの命令だ

サトコ

「ピンピンしてますけど‥」

後藤

そう言ってあとから倒れられても困るからな

サトコ

「大丈夫ですよ。この通り元気いっぱ‥」

後藤

行け

サトコ

「ハイ‥」

後藤教官の睨むような目線にビクついて、素直に返事をする。

(そういえば石神教官に助けてもらったお礼を言いそびれちゃった‥)

まだ、教官の腕の感触がありありと思い出せる。

後藤

‥やはりどこか痛むのか?

サトコ

「い、いえ、平気です!」

(胸が痛い‥な)

瞼を閉じれば、石神教官の顔ばかり浮かんでしまう。

苦いため息がひとつ、抑えきれずに零れ落ちた。

to  be continued

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