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元カレ カレ目線 加賀 2話

【教官室】

東雲
あの子、兵吾さんのこと探してるらしいですよ

歩にそう言われて、思わず舌打ちした。

東雲
おーこわ

加賀
うるせぇ

東雲

今日、ずっと避けてましたよね。なんかあったんですか?

(あのクズ···歩んとこまで行きやがったか)
(このガキも、こういうことには首突っ込んできやがる)

加賀
なんでもねぇ

東雲
まあ、どうせあの子が空気読まないことしたんでしょうけど
世話を焼くもの、大変ですね

加賀
······

(世話、か···)
(···どうなんだろうな、実際は)

サトコが自分を探していることは知っている。
さっき佐々木と話しているのも聞いたし、室長から『氷川が探してたぞ』と声を掛けられた。

(だが···何を話しゃいい)
(俺は、なんでこんなに苛立ってる?)

答えは明白だ。

(···狭霧一を見る、アイツの顔)

自分の知らないサトコを、狭霧一は知っている。
お互いを名前で呼び、俺の知らない話をする。

(···ガキだな)
(中学生どころじゃねぇ‥小学生のくだらねぇ嫉妬だ)

サトコが今さら他の男を好きになったり、自分から離れていかないだろうことはわかっていた。
なのに、感情をコントロールできない自分が、理解しがたい。

(···嫉妬してる。なんざ、あえて言うことじゃねぇ)
(だが、こんなになるほど、俺はアイツのことが···)

【廊下】

教官室を出て廊下を歩いていると、後ろからサトコの声が聞こえてきた。

サトコ
「加賀さん!待ってください!」

(···見つかったか)

立ち止まり、サトコの顔を見ないまま答える。

加賀
なんだ

サトコ
「先週···せっかく誘っていただいたのに、本当にすみませ···」

加賀
どうでもいい

サトコの言葉を遮り、冷たく言い放つ。

サトコ
「加賀さん···?」

加賀
···テメェを見てると、イラつく

言うべき言葉ではないと分かっているのに、止められない。
狭霧一と話している表情を思い出すと、言いようもない苛立ちが込み上げてくる。

加賀
そんなツラ、見せるんじゃねぇ

サトコ
「······」

(他の男とあんなふうに話してるテメェなんざ、見たくもねぇ)

そう思った一瞬のあと、サトコの頬を涙を伝った。

加賀

サトコ
「あ···す、すみません」

引き留める前に、逃げるようにサトコが廊下を走って行く。

(···何やってんだ、俺は)

やり場のない怒りに、思い切り拳を握りしめる。

(テメェでその表情をさせてやれねぇから、低俗な八つ当たりか)
(どこまでクズなんだ、俺はっ···)

感情のまま、拳を壁に打ち付けた。
どんな状況であれ、いつもなら自分の中でうまく決着をつけられたはずだ。

(···その余裕もないほど、アイツが大事ってことか)
(この俺が···あんなガキみてぇな女に)

加賀
テメェを見てると、イラつく
そんなツラ、見せるんじゃねぇ

あの言葉の後のサトコは、いつもとは違う表情だった。
怯えるわけでもなく···深い悲しみが、涙に表れていた。

(···傷つけた)
(勝手にムカついて、勝手にキレて···サトコを、傷つけた)

壁にぶつけた拳は、少し赤くなっている。
でも、痛みは感じない。

(痛かったのは···アイツの方だろうな)
(どっちがガキだ···テメェの感情も抑えられねぇのに)

サトコ
『今の短い時間では、恋人がいるって説明できなかったんです!』
『あの···は、ハジメにも悪気はなかったんです!』
『加賀さんは何にしますか?桜餅パフェもありますよ』

最近のサトコの姿が、脳裏を過る。
アイツはいつだって誰かのことを考えて、自分が損をしても必死に行動していた。

(お人好しで、他人に冷たくできねぇ情けなさは、刑事には向いてねぇ)
(だが···アイツのことだから、元カレのことなんざ意識してなかったはずだ)

冷静になってみれば、よくわかる。
『懐かしい』という目で見ても、男として意識している様子はまったくなかった。

(サトコは、そういう奴だ)
(俺がいるのに、他の男に目移りできるほど器用じゃねぇ)

余裕がないあまり、それに気付かなかった自分が情けない。
もう一度拳を握りしめ、サトコを追いかけて走り出した。

【屋上】

必死に探し回ると、サトコは屋上で電話をしていた。

サトコ
「もしもし、ハジメ···?」
「‥···えっ?じゃあ···」

何を話しているのかは分からない。
だがその小さな背中を見た瞬間、後ろから抱きしめていた。

サトコ
「か、加賀さん···!?」

(狭霧一がこいつに未練あるのかどうかなんざ、どうでもいい)
(だが···これだけははっきりさせといてやる)

奪い取った携帯に向かって、ハッキリと言い切った。

加賀
コイツは、俺のもんだ
二度と手を出すんじゃねぇ

ハジメ
『え!?その声は加賀さ···』

言葉を遮るように電話を切ると、サトコの腕を掴んで強引に学校から連れ出した。

【加賀のマンション】

部屋に連れて帰るとすぐ、サトコの背中を玄関のドアに押し付けた。

サトコ
「やっ···」

加賀
黙れ

サトコ
「加賀さん、やめっ···」

欲求のままサトコを求めたが、拒否するように顔を背けられた。

加賀
······

サトコ
「やめて···やめて、ください···」

(···嫌われて当然、か)
(それだけのことを、した···)

泣きそうになりながら震えているサトコを見ると、心が痛んだ。
いつも楽しそうに笑っているコイツを、ここまで追い詰めたのは自分だ。

サトコ
「私を見てるとイラつくって言ったじゃないですか···」
「なのに···どうして、こんな‥」

加賀
······

(···サトコが、いなくなる)
(俺の手を離れて···)

そう思った時には、サトコの肩に顔を埋めていた。

(···頼む)
(そんな顔するな···いなく、なるな)

サトコ
「離して···離してください」

加賀
逃げるな

いつもならなんでも受け入れてくれるはずのサトコが、自分の手を離そうとしている。
まるですがりつくように、知らずのうちに大きな声を出していた。

サトコ
「どうして···」

加賀
逃げるな···
···頼むから

自分の口からこぼれた言葉は、聞いたことがないほど情けなく、か細かった。

(···サトコがいなくなると思うだけで、このザマか)
(いつからこんなに、弱くなった···)

サトコ

「加賀さん、私の顔なんて見たくないって言ったじゃないですか」
「イラつくって···だから」

加賀
ああ、イラつく
···テメェがアイツに、俺の知らねぇ顔を見せるからな

サトコ
「···え?」

ようやく、サトコの肩の力が緩んだ。

加賀
アイツを懐かしんでるテメェのツラなんざ、見たくもねぇ

(···これが、俺の本心だ)
(くだらねぇ、情けねぇ、カッコ悪ぃと隠してきた、俺の···)

加賀
テメェの飼い主は、誰だ?

その声も、普段よりもずっと弱々しい。
涙をこぼすと、サトコが抱きついてきた。

サトコ
「私···加賀さんに嫌われたと思って、傷ついたんですからね」

加賀
···ああ

サトコ
「もう二度と、抱きしめてもらえないかもしれないって」

加賀
···んなわけねぇだろ

サトコを抱きしめる腕に力を込めると、サトコが再び涙をこぼす。

サトコ
「嫌ってないですか?」

(···クズが)
(嫌うわけねぇだろ)

加賀
テメェが二度と、他の男にじゃれつかねぇならな

サトコ
「じゃれついてませんよ」
「加賀さん以外の人に···そんなこと、しません」

(···ようやく笑った)

今度こそ、サトコにキスを落とす。

サトコ
『加賀さんに嫌われたと思って、傷ついたんですからね』
『もう二度と、抱きしめてもらえないかもしれないって』

その気持ちは、さっきまでの自分だった。

(傷つけたな···)
(···悪かった)

サトコに聞こえないと分かっていても、心の中で、そう告げた······

【バスルーム】

バスルームでサトコを抱きしめると、ぐったりと身体を預けてきた。

サトコ
「は、入ってすぐ、あんな···何度も···」

加賀
疲れた身体を、テメェで癒しただけだ

サトコ
「それは、すごく嬉しいんですけど···」

加賀
正真正銘のマゾだな

風呂の中で、サトコが狭霧一と別れた原因を聞く。

(アイツの心変わりか)
(···女を見る目がねぇ、クズだな)

サトコ
「そういうわけで、私への気持ちは家族に近いんだって気づいたそうです」

加賀
クズだな

サトコ
「またそうやって···」

加賀
クズは、男を見る目もクズってわけか

すると、サトコがふくてくされたように頬を膨らませた。

サトコ
「じゃあ、加賀さんだってクズってことになるじゃないですか」

加賀
······

(なるほど···言われてみりゃ、確かにそうだ)
(駄犬のくせに、おもしれぇこと言うじゃねぇか)

肌をなぞると、腕の中でサトコが身もだえする。

加賀
それでいい

サトコ
「え···?」

加賀

俺も、クズってことだ

何か言いかけたサトコの口をキスで塞ぎ、そのまま風呂の中でもつれあった。

(いつもなら許さねぇ軽口だが···今は悪くねぇ)
(それも···こいつが腕の中にいるから、か)

それは、当然のことではない。

(この歳で、それに気付かされるとはな)

そのあと、サトコは狭霧一と少し連絡を取ったらしかったが‥
それに対して、もう、気持ちを揺さぶられることはなかった。

【寝室】

夜中、目を覚ますと隣にサトコが眠っていた。

(···ここ何日か、まともに寝てねぇって言ってたな)

どうやら俺とのことが気になって、最近は寝不足だったらしい。

サトコ
「う···ん···あの甘味処···支店ができたそうです···」

(···なんの夢見てんだ)
(平和そうな顔して寝やがって···)

頬に触れると、その柔らかい感触が手のひらに吸い付くようだった。

(···二度と、抱けねぇかと思った)
(寝不足だったのは、こっちも同じだ)

サトコを起こさないようにベッドから抜け出すと、リビングに向かった。

【リビング】

窓を少しだけ開けると、煙草に火を点けた。

(···アイツ、さっき···)

夜の闇に消えていく煙を眺めながら、さっきサトコを抱いた時のことを思い出す。
この数日の時間を埋めるように、夢中でお互いを求めた。

サトコ
『兵吾···さっ···』
『兵吾さん···兵吾さんっ···』

あの声が、まだ耳に残っている。

(···初めて、まともに名前を呼んだな)

サトコの口から紡がれる自分の名前は、まるで宝物のように聞こえた。
呼ばれ慣れた名前のはずなのに、それがとても特別なことのように感じる。

(···サトコだから、か)

加賀
···思った以上に、ハマってんな
情けねぇ···が、悪くはねぇ

思わず鼻で笑った時、物音がして振り返る。
目を擦りながら、サトコが寝室から出てきた。

加賀
どうした?

サトコ
「よかった···いた」

加賀
あ?

サトコ
「隣に、加賀さんがいなくて···」
「また、置いて行かれたのかと思ったんです···」

寝惚けているのか、そばまで歩いて来るサトコが俺の腕に手を添えた。

加賀
···ガキか

笑いながらも、呼び方が『加賀さん』に戻っていることに気付く。

(相変わらずの駄犬っぷりだな)
(気持ちが昂った時にだけ呼ぶ···か?)

サトコ
「加賀さん···?」

加賀
なんでもねぇ

腕を引いて抱きとめると、柔らかい唇をついばむ。

(···こんなに大事な女ができるとは)
(数年前の自分じゃ、考えられねぇな)

キスを落としながら、頬にかかる髪を耳にかけてやる。
包み込むように抱きしめると、気持ちよくなったのかサトコが再びウトウトし始めた。

サトコ
「そういえば、加賀さん···駅前の甘味処、支店があるそうですよ···」

加賀
···夢にまで見た、か?

サトコ
「え···?」

加賀
そのうち、言ってやる
···今は、こっちに集中しろ

シャツの裾から手を差し入れて、サトコの肌に痕をつける。

サトコ
「んっ···加賀、さん?」

加賀
じっとしてろ

見えないところに、いくつも痕をつけた。

(お前は俺のもんだ···勝手にあちこち尻尾振ってんじゃねぇ)

加賀
仕置きに、今日は寝かせねぇ

サトコ
「な、なんでお仕置き···!?」

ようやく目が覚めたのか、サトコが甘く啼きながら、俺の頭を掻き抱く。

(テメェを“女”にしたのは、俺だ)
(それに···お前の最後の男も、俺だ)

そう確信しながら、細い身体を抱きしめた。

Happy  End

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