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加賀 エピローグ 3話

【寮監室】

(教官は私のことをどう思ってるんだろう。都合のいい『駒』なのかな‥それとも‥)

サトコ
「教官は‥」

口を開こうとした時、部屋のドアがノックされた。

女性の声
「加賀さん、いらっしゃる?」

加賀
ああ

すぐにドアが開き、いつか見た女性が現れた。

(どうして、この人がここに‥)

派手な女性
「あら、先客?出直した方がいいかしら」

加賀
必要ない

書類から顔を上げると、教官が私を見ながら顎でドアの方を指した。

加賀
邪魔だ。さっさと出て行け

サトコ
「え‥」

派手な女性
「あらぁ、いいのよ?私はまた今度でも」

加賀
お前も忙しいだろ。手間をかけるわけにはいかねぇ
おい、聞こえなかったか?

女性には優しい声で話しかけ、私には厳しい口調で吐き捨てるように言う。
女性は教官のところまで歩いてくると、隣に座って馴れ馴れしいしぐさで寄り添った。

派手な女性
「もしかしてこの子、加賀さんの新しいお抱え?」

加賀
んなわけねぇだろ

(お抱え‥って、この人みたいに教官を体で満足させる‥ってこと?)
(やっぱり私は、簡単なおとり捜査くらいでしか役に立たない‥恋人としてなんて、全然)

サトコ
「あの‥失礼します」

頭を下げて、逃げるように部屋を後にした。

【裏庭】

サトコ
「はぁ‥」

(いくら私一人で誤解していたとは言え、あんなふうにはっきり『恋人じゃない』って言われると)
(浮かれてた分、ヘコんじゃうな‥)

サトコ
「いや、でもふりだしに戻っただけだし」
「『奴隷』まで戻されなかっただけマシ‥」

無理にそう納得しようとした時、じわりと涙がにじんだ。

(刑事になりたくて頑張ってるのに、上司である加賀教官を好きになって)
(‥ちょっとしたバツなのかも)
(教官にとっては、あの夜のこともたいした意味はなかったんだ)

その時、背後に人の気配を感じて振り返った。

後藤
‥‥‥

サトコ
「後藤教官‥」

後藤
‥加賀さんの補佐官、大変か?

サトコ
「えっ?」

くしゃくしゃに畳まれたハンカチが差し出されている。

(泣いてたの、気付かれてたんだ‥)

サトコ
「ありがとうございます‥」

後藤
あの人は‥
敵も多いし、本当に理解してる人間なんて数えるほどしかいない

サトコ
「はい‥」

(確かに‥加賀教官を理解して信じてるのって‥)
(東雲教官や石神教官、公安のチームの人たちだけだよね‥)

後藤
だから‥補佐官は苦労するかもしれないが
もう少し、頑張ってみろ

サトコ
「後藤教官‥ありがとうございます」

(‥そうだよね。補佐官として教官を信じて頑張ってみよう)

後藤教官にもう一度お礼を言って、私は部屋に戻った。

【教官室】

数日後。
私はまた成田教官に呼ばれて、教官室へ向かった。

(この間のことだよね。‥成田教官怒ってたし)

サトコ
「失礼します。氷川です」

部屋に入ると、そこには多数の教官たちと、それに混じって加賀教官も立っていた。

サトコ
「加賀教官?どうして‥」

石神
‥‥‥

サトコ
「石神教官も‥」

(颯馬教官に後藤教官‥)
(東雲教官もいる‥他の教官たちも)
(捜査会議?でもそれならモニタールームでやるはず‥)

成田
「これで全員揃ったな」

加賀
時間がないんだ、さっさと始めろ

いつもの悠然とした口調で、加賀教官が成田教官を一瞥する。

成田
「フン、貴様が補佐官を私物化したり、教官室に女を連れ込んだりしなければ」
「私たちだって、こんな面倒なことをする必要はなかったんだ」

(補佐官を私物化‥教官室に女性を連れ込む‥それって加賀教官のこと‥?)
(でもなんだか、事実とは全然違うような‥)

成田
「手柄さえあげればいいと思っているのか?チームプレイもわからない若造が偉そうに」
「貴様のせいで、教官同士でも必要のない探り合いが生まれている」

加賀
‥‥‥

石神
‥‥‥

成田教官からの叱責を、加賀教官はめんどくさそうな表情で聞いている。

(石神教官は、なんか呆れてるみたい‥)
(訓練生の私から見ても、言いがかりみたいに聞こえるけど‥)

成田
「これ以上、貴様一人で風紀を乱すなら、特別教官から外すぞ」

サトコ
「えっ‥」


サトコちゃん

慌てる私を後ろから引っ張り、東雲教官が周りに聞こえないようにそっと耳打ちしてきた。


大丈夫、あの人にそんな権限ないから

サトコ
「はい‥」

颯馬
以前から加賀さんのことは気に入らないと言っていましたからね

後藤
ただの僻みだ

サトコ
「僻み?」


若いのに手柄をあげてどんどん出世していく兵吾さんが気に入らないんだよ
ちなみに、成田教官の取り巻きたちもそんな感じ

確かに、成田教官のそばに控えている数人は、一緒になって加賀教官を非難している。

成田
「そもそも、特別教官だからといい気になって‥教官職を放り出して捜査に向かうなど」
「これを機に、そういった行動を見直すというのなら我々も‥」

加賀
教官止まりのお前らが、俺たちの捜査に口出しするんじゃねぇ

サトコ
「きょ、教官‥」

その言葉に、その場が一瞬、静まり返った。

石神
加賀‥

加賀
百も承知だ

石神
まだ何も言っていない


こんな時でも相変わらずだね

焦る私とは裏腹に、東雲教官たちは落ち着いている。

加賀
現場には現場のやり方がある
ガチガチの頭でしか考えられねぇから、テメェらはその程度なんだろ

成田
「貴様っ‥」

加賀
ここでガキ共のお守りをしてりゃ事件は解決すんのか
使えるモンは効率よく使ってこその『駒』だろうが

何も言い返せない常任教官たちを一瞥すると、
私の方へと歩いてきた加賀教官が、グイッと腕をつかんだ。

サトコ
「!」

加賀
テメェの所有物をどう扱おうが勝手だろ
それに、こいつを利用したお陰で今回の捜査も解決できた
むしろ、お前らの方がこいつに礼を言わなきゃいけないんじゃねぇか?
のうのうと学校で過ごしてる自分の分も、手柄を上げてくれてありがとうございます、ってな

成田
「くっ‥」

(教官が、私のことかばってくれてる‥)

加賀
まったく、くだらねぇことで時間を無駄にさせんじゃねぇ

石神
加賀、口が過ぎるぞ

加賀
本当のことを言ったまでだ

加賀教官の言葉に、石神教官は小さくため息をつく。
そしてメガネを押さえて、小さく首を振った。

石神
この件は預かる
落とし前は後でつけてもらう

加賀
そんなものが必要ならな

それを合図に、教官は私を連れて教官室を出た。



【寮自室】

教官に連れられてやってきたのは、なぜか私の部屋だった。

サトコ
「ど、どうしてここなんですか!?」

加賀
教官室に連れ込むと、めんどくせぇらしいからな

ニヤリと笑うと、上着を脱いで私のベッドに座る。
連れ込む、という言葉に一瞬、あの女性の顔がちらついた。

加賀
なに余計なこと考えてる

サトコ
「え‥?」

加賀
そういや、聞きてぇことがあるって言ってたな。なんだ

まっすぐ睨むように見つめられて、つい口から本音が零れた。

サトコ
「あ‥あの女性は、教官の‥恋人ですか?」

加賀
あ?

サトコ
「前に、寮で教官の部屋に来てた人です‥」
「その前にも、教官室から出て来るのを見て‥教官の頬に、き、キスして‥」

加賀
あれは公安課で抱えてる情報提供者だ

サトコ
「‥えっ?」

加賀
女を武器にして、ホシと思われる男に近づいて口を割らせる
その情報を、こっちが高く買い取る。それだけだ

サトコ
「それは‥あの、仕事で‥」

加賀
他になにがある

当たり前のことを聞くな、というように、吐き捨てられた。

(仕事‥恋人じゃなかったんだ‥)

加賀
お前もああいうのをやりたいのか?
あいつは金のために楽しそうにやってるが、男と寝てばっかだぞ

サトコ
「寝っ‥!?」

加賀
女を武器にして、ってのはそういう意味だ

(そ、そうだったんだ‥だからあんなに綺麗で、魅力的な感じで‥)

加賀

サトコ
「はい‥」

加賀
聞きたいのはそれだけか

サトコ
「私‥私は、教官にとって‥」

言葉にしようとすると、涙がにじんでうまく声が出てこない。

サトコ
「つ、都合のいい『駒』ですか‥?誰でもできる仕事しか任せてもらえないような」

加賀
いつそんなことやらせた

サトコ
「だって、この前のおとり捜査で‥」

加賀
お前、さっき俺が言ったこと何も聞いてなかったのか?
あれは誰でもできる仕事じゃねぇ
俺の駒として、指示通り動ける人間が何人いる

その言葉に、堪えていた涙が頬を流れた。

加賀
‥めんどくせぇ女だな

サトコ
「すみません‥でも、教官にどう思われてるのかずっと不安で」
「刑事になるためには、もう余計なことは考えない方がいいのかって‥」

(だけど、呆れられちゃったかも‥鬱陶しい、重いって思われたかな‥)

涙を拭こうとすると、その手を掴んで止められた。
反射的に後ずさろうとすると、教官が私の襟元に手をかける。

加賀
お前は‥
まだ自分の利用価値を理解してねえのか

サトコ
「私の利用価値‥ですか?」

加賀
適当にできるような仕事をお前にやらせるほど暇じゃねぇ
お前にはお前にしかできねぇ役割があんだろうが

サトコ
「私にしかできないこと‥」

(そんなの何も‥)

そう思っていると、加賀教官の手がシャツのボタンを外し、私の服の中へと差し入れられる。

加賀
あるだろ
俺を悦ばせることだ

そのままベッドに押し倒されて、慌てて教官の胸を押して止めた。

サトコ
「そ、それは他の人でも‥」

加賀
他の奴でもいいんなら
お前みてぇなめんどくせぇ女なんてハナっから相手にしてねぇ

サトコ
「めんどくさい女‥」

肌に手を這わせながら、加賀教官がそっと、耳たぶを食んだ。

サトコ
「っ‥」

加賀
教えてやる

サトコ
「何を‥っ」

加賀
俺がそばに置く女の価値をな
お前は余計なこと考えてねぇで、俺の隣にいりゃいい

その言葉に、今までの不安が消えて胸が満たされていく。

(教官‥もしかして、ちゃんと私のことは特別だと思ってくれてたの?)
(後藤教官が言ったように、私は何も心配しないで、教官を信じていればいいんだ)

乱暴な言葉とは裏腹に、柔らかい唇が優しく肌を滑っていく。
甘い感触に身を任せ、教官と一緒にベッドに沈み込んだ。

(ん‥頬‥触られてる‥?)
(二の腕も‥つままれてる気がする)

サトコ
「なに‥」

思わず手で探ると、骨ばった手の感触に触れる。

加賀
‥いい度胸だ

サトコ
「えっ!?」

スマホ 049

ガバッと起き上がると、目の前には上半身裸の加賀教官が寝転んでいた。

サトコ
「きょ、教官!?なんで私の部屋に‥」

(はっ、そうだ‥私、昨日教官とここで‥)
(じ、自分のベッドでなんて‥これから毎日、寝るときに思い出して恥ずかしくなりそう‥)

恥ずかしさにうつむく私を見て、教官が口の端を持ち上げて笑う。

加賀
思い出してんのか?

サトコ
「そっ‥そんなんじゃないです!」

逃げるように布団をかぶって顔を隠すと、教官がそっと、布団をはぎとった。

加賀
それで、お前の足りない頭でも理解したか?
うじうじ悩んでる暇があるなら、俺のために動け

サトコ
「‥はい」

加賀
だが、俺を満足させるにはまだ足りねぇ

そのまま、教官の柔らかい口づけが体中に振ってくる。

サトコ
「きょ、教官っ‥」

加賀
お前だって足りねぇだろ?

サトコ
「っ‥‥」

教官が少し身を起こした時、そっと首に腕を絡みつけて自分からキスをした。

加賀
‥‥!

サトコ
「私‥もっともっと‥教官のことが知りたいです」
「だから‥教えてください」

加賀
‥‥‥
‥バカが

一瞬、教官の頬が赤く染まったように見えたけど‥
それを隠すように、教官が強く私を抱きしめた。

【廊下】

(早く行かないとまた加賀教官に怒られる‥報告書が溜まってるのに!)

慌てて廊下の角を曲がろうとした時、向こうから来た成田教官とぶつかりそうになった。

サトコ
「す、すみません!急いでいて‥」

成田
「ふん、せいぜい都合よく使われればいい」
「捨て駒の分際で思い上がるんではないぞ」

吐き捨てるようにそう言うと、成田教官が廊下を歩いていく。

(捨て駒、か‥私も前はそう思ったこともあったけど)
(いや‥加賀教官のことだから、ちょっとでもミスしたら捨て駒扱いされるかも)

サトコ
「って、急がなきゃ怒られる!」

再び、教官室へと走り始めた。

【個別教官室】

教官室に飛び込むと、ゆったりとしたしぐさで加賀教官が書類から顔をあげた。

加賀
遅ぇぞ、ノロマ

サトコ
「す、すみません!すぐ報告書やります!」

加賀
それより今日はこっちを手伝え

サトコ
「書類整理ですか?」

加賀
あのクソメガネ、わざと俺に回してやがるな‥

大量の書類を前にうんざりしている教官を見ると、つい頬が緩んでしまう。

(なんとなくだけど、前よりは少しだけ、離し方も優しい‥気がする)

加賀
なに笑ってやがる

サトコ
「な、何も‥!」

加賀
お前はほんとにマゾだな

サトコ
「ち、違いますよ!」

教官から書類を受け取ると、ファイルに入れながら整理を始める。

(もっともっと頑張って、教官に頼りにしてもらえるような補佐官になりたい)
(そしていつかは‥)

加賀
おい、さっさと手伝え

サトコ
「は、はい!」

(いつかきっと、教官と肩を並べて捜査に行ける刑事になれるように頑張ろう!)

Happy End

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