合宿　颯馬１話

 

 

合宿最初に始まったのはレクリエーション『２人でタッチ』。
私は颯馬教官と組んで、逃げる訓練生たちを捕まえていた。

 

男子訓練生Ａ
「速攻で捕まるって‥氷川と颯馬教官、息合いすぎっす‥」

 

男子訓練生Ｂ
「ほんとは鬼にならなくてもいいのに、わざと捕まって鬼やってません？」

 

颯馬
「逃げるだけじゃつまらないですからね」
「それに‥追う側の方が性に合ってるようで」

 

（え‥颯馬教官、わざと鬼になったの？）

 

そう考えるとゲーム中の全てが颯馬教官にコントロールされてる気がしてきてしまう。

 

（いや、そんなことないと思うけど‥）

 

鬼を交代し、座って待つ待機列の最後に並ぶと難波室長がやってきた。

 

難波
「なかなかいい連携だ。お互いの動きをわかってるようだな」

 

颯馬
「もちろんです。私たちは以心伝心ですから‥ね？」

 

颯馬教官は優しいけれど、意味深な笑みを私に向ける。

 

（だ、大丈夫かな？以心伝心なんて言い方して‥）

 

サトコ
「本当にそうなら嬉しいんですけど‥」

 

難波
「実際の捜査でも期待してるよ」

 

難波室長はポンポンと私と颯馬教官の肩を叩いて去って行った。

 

颯馬
「バレるんじゃないかってドキドキしましたか？」

 

サトコ
「少しだけ‥」

 

颯馬
「私も嬉しかったんですよ。貴女と息が合ってると言われて」
「誰から見てもそう見えるってことは、お似合いということですからね」

 

（う‥今度は天使のような笑顔で‥）

 

２人きりの時に見せてくれる男らしい一面と、普段の優しい顔。
そのギャップに日々魅せられているのを感じる。

 

颯馬
「今度は後藤と石神さんが鬼になったようですね」

 

サトコ
「わ、２人が手をつないで追いかけてる‥！」

 

男子訓練生Ａ
「ちょ‥怖っ‥！」

 

男子訓練生Ｂ
「ナマハゲかよ！」

 

男子訓練生Ｃ
「ナマハゲの方がまだ可愛いだろ！」

 

（真顔で石神教官と後藤教官が手をつないでるってだけで怖いよね）

 

颯馬
「ん？」

 

周囲を見回した颯馬教官が何かに気づいたように首を傾げた。

 

サトコ
「どうかしましたか？」

 

颯馬
「いえ‥何でもありません。そろそろレクリエーションも終わりですね」

 

サトコ
「走ったおかげで身体が温まりました」

 

石神
「‥以上でレクリエーションは終わりだ。これより演習の説明を始める。全員、整列」

 

全員
『はい！』

 

訓練生が一列に並ぶと、教官たちから鬼泣山捜索演習の説明が始まる。

 

石神
「各チームに分かれ、ターゲットが山に潜んでいるという前提で捜索を進めてもらう」

 

後藤
「チーム分けはこれから発表する。まず、１班‥」

 

石神
「氷川、お前は特別訓練だ。事前準備で山の下調べはしてしまったからな」
「我々教官チームと山に入り、犯人捕縛を想定しての訓練をする」

 

サトコ
「わかりました」

 

（教官たちと一緒の訓練‥全力で頑張らないと！）

 

颯馬
「肩の力を抜いて、無理はしないでくださいね」

 

サトコ
「はい！」

 

石神
「準備が整い次第、出発する」

 

それぞれの班に分かれる中、私は教官たちと山に入って行った。

 

 

 

 

石神
「まずはターゲットに気づかれずに登れる場所を探す訓練だ。山道を外れての調査になる」
「いいか、これは演習訓練だ。足手まといになるようなら、その場で切り捨てる」

 

サトコ
「はい‥！」

 

後藤
「俺が先頭で行きます」

 

颯馬
「では、私がしんがりを務めますね」

 

後藤教官、石神教官の後ろに私、最後に颯馬教官の順で進んでいく。

 

颯馬
「ここにいるから安心してください」

 

サトコ
「はい！」

 

（颯馬教官の一言で不安が和らぐから不思議‥）

 

サトコ
「鬼も泣くというだけあって、鬱蒼としてますね」

 

寄ってくる虫を払うと、今度は木の枝を掻き分けながら進むことになる。

 

サトコ
「‥っ」

 

颯馬
「こんなにクモの巣をつけて‥」

 

後ろから颯馬教官の手が伸びてきたかと思うと、さっと頭に着いたクモの巣を払ってくれた。

 

サトコ
「すみません‥ありがとうございます」

 

颯馬
「ふふ‥可愛いですね。少しも放っておけない」

 

困り顔で微笑む颯馬教官に、私も赤くなる。

 

サトコ
「虫よけスプレー使ってても、これだけ山に深く入ると役に立たないんですね」

 

颯馬
「たくさん歩いてお腹を空かせれば夕飯が美味しくなるので頑張りましょう」
「今夜は難波さん主催のバーベキューパーティですよ」

 

サトコ
「難波室長ってバーベキュー好きですよね」

 

颯馬
「肉を淡々と焼く作業にロマンを感じるそうです」

 

サトコ
「焼肉にロマン‥」

 

 

 

草を掻き分けながら進むと、比較的地面が固い場所に出た。

 

（ん？ここならもしかして‥）

 

斜面を見上げると、ある程度均等な間隔で木が並んでいる。

 

サトコ
「石神教官、ここならターゲットに気づかれずに登れるんじゃないでしょうか？」

 

石神
「いいところに目を付けたな」

 

後藤
「ここから上に行きますか？」

 

石神
「ああ。山頂付近にターゲットが潜んでいると仮定し、二手に分かれて接近する」
「ここからは氷川と颯馬が行け。俺と後藤は別ルートから山頂に接近する」

 

サトコ
「了解です」

 

（颯馬教官と一緒でよかった）

 

思わず頬が緩むと颯馬教官と目が合って微笑まれてしまった。

 

颯馬
「この辺りはクマも出没するそうですから、石神さんたちも気を付けて」

 

石神
「ああ」

 

後藤
「クマも石神さんがひと睨みすれば逃げて行きますよ」

 

サトコ
「この山、クマが出るんですか！？」

 

颯馬
「ええ。でも大丈夫ですよ。クマも人を怖がってますから」

 

サトコ
「そうなんですか？」

 

颯馬
「自分の庭に知らない人間が入ってくれば、誰でも驚くでしょう？」
「それはクマも一緒ですよ」

 

（そっか‥よく考えれば、クマだっていきなり人間に会うわけだし）
（ナワバリに入るのは私たちの方なんだから、刺激しないように気を付ければ大丈夫なのかも‥）

 

石神
「２０分後に合流だ」

 

颯馬・サトコ
「了解です」

 

私たちと別れ石神教官たちが先に進もうとした、その時。

 

ガザっという音がして茂みが大きく揺れた。

 

サトコ
「く、クマ！？」

 

石神
「おい、氷川！」

 

サトコ
「え！？」

 

音のした茂みから離れようと後ずさると、石神教官を後ろに突き飛ばしてしまった。

 

石神
「‥っ！」

 

サトコ
「だ、大丈夫ですか？」

 

石神
「ったく‥お前は‥」

 

片膝をついた石神教官の横顔が強張るのがわかった。

 

サトコ
「な、何か危険な生物でも‥まさかヘビとか‥」

 

石神
「キノコの山が‥」

 

サトコ
「へ？キノコ？」

 

肩を震わせる石神教官の目の前に広がるのは大きな松茸の数々。

 

（石神教官、キノコ大嫌いだったんだ‥！）

 

颯馬
「見事な松茸‥バーベキューで焼いたら美味しそうですね」

 

石神
「氷川、貴様‥この俺に胸いっぱいのキノコの匂いを嗅がせるとは‥」

 

＜選択してください＞

 

颯馬
「とにかく、この松茸は私が摘んでおきますから、石神さんたちは先に進んでください」

 

石神
「‥俺の近くで焼くなよ」

 

颯馬
「クスッ‥了解です」

 

石神
「行くぞ、後藤」

 

後藤
「ええ‥」

 

 

 

 

石神教官と後藤教官を見送って、颯馬教官と２人きりになる。

 

颯馬
「やっと２人になれましたね」

 

サトコ
「石神教官たちに遅れないよう、目的地を目指せるように頑張ります！」

 

颯馬
「訓練生としてはいい態度ですが‥」

 

颯馬教官が一歩近づいて距離が縮まった。
その長い指が私の頬を滑って顎にかかる。

 

颯馬
「恋人としては‥２０点です」

 

サトコ
「え‥」

 

颯馬
「まずは俺と２人になったことを喜んで？」

 

サトコ
「そ、それはもちろん嬉しいです！でも、訓練中だから‥」

 

颯馬
「ふふ、訓練生としては１００点です。そういう真面目な貴女だから、私は好きなんですよね」
「やっぱり恋人としても１００点ですかね」

 

甘く微笑まれ、見惚れてしまう。

 

（教官の笑顔が１００点です‥）

 

颯馬
「行きましょうか。足元に気を付けて」

 

サトコ
「はい！」

 

私の手を取ると、颯馬教官はしっかりと手をつないで斜面を登り始めた。

 

（あれ？急に進みやすくなったような‥）

 

前を歩く教官を見ると、私が歩きやすいように地面を踏みしめてクモの巣や枝を払ってくれていた。

 

（颯馬教官のおかげだったんだ‥いつも本当に優しいな‥）

 

颯馬
「どうかしましたか？」

 

サトコ
「颯馬教官と一緒だと‥」

 

＜選択してください＞

 

 

 

急な斜面に息が切れそうになった頃、開けた場所に出た。

 

颯馬
「この先はつり橋みたいですね」

 

サトコ
「古そうなつり橋‥渡れるんでしょうか？」

 

颯馬
「腐りかけですが‥ここを通らなければ、大きく回り道になってしまいますからね‥」

 

サトコ
「そうですよね‥」

 

私たちはつり橋に近寄って、ゆらゆらと揺らしてみる。

 

サトコ
「ギシギシはいいますけど、何とか渡れそうですね」

 

颯馬
「私が先に渡ってみます。サトコさんは待っていてください」

 

サトコ
「気を付けてくださいね！」

 

颯馬
「ええ‥」

 

颯馬教官が慎重につり橋に一歩踏み出した。

 

（どうか無事に渡れますように‥！）

 

祈るような気持ちで背中を見つめていると、教官が無事向こう側に辿り着く。

 

サトコ
「よかった‥！」

 

颯馬
「サトコさんゆっくりでいいので、渡って来てください」

 

サトコ
「はい！」

 

つり橋の板に足を踏み出すと、思った以上に揺れて小さく息をのんだ。

 

颯馬
「大丈夫。私がここにいます」

 

颯馬教官の力強い声に頷いて返す。

 

（大丈夫‥一歩一歩落ち着いて‥教官のところに行くって考えれば‥）

 

下を見れば固まりそうな足を動かして、あと２歩で渡りきるという時‥
ギッとツタが軋むような大きな音が聞こえて、橋が波打った。

 

サトコ
「え！？」

 

颯馬
「向こうのロープが切れた！」

 

サトコ
「！」

 

（落ちる‥！）

 

ふわっと嫌な浮遊感に襲われ、反射的に目を閉じる。
恐怖で呼吸が止まりそうになった私の腕を力強い手がつかんだ。

 

サトコ
「颯馬教官！」

 

颯馬
「しっかり‥つかまってください‥っ」

 

つり橋は崖の下に落ちている。
私は颯馬教官の腕一本で支えられていた。

 

（でも、教官も半身乗り出してて‥このままじゃ、颯馬教官まで崖に‥）

 

サトコ
「教官、手を離してください！教官まで落ちてしまいます！」

 

颯馬
「その願いだけは‥聞けない‥っ！」

 

サトコ
「でも、教官のいる地面だって崩れかけて‥」

 

颯馬
「それなら一緒に落ちるまでだ」

 

サトコ
「教官！」

 

颯馬教官が膝をついていた地面までもが崩れ落ちる。

 

颯馬
「サトコ‥！」

 

けれど、掴んだ腕はそのまま決して離されることはなく、
崖の下へと落ちていくなか、ぐっと抱き寄せられ守られるようにきつく抱きしめられたのがわかった。

 

to be continued