カテゴリー

石神 恋の行方編 9話

【学校】

鳴子

「おはよう、サトコ」

サトコ

「おはよ」

事件から数日。

すっかり日常に戻って、いつものように訓練漬けの日々だ。

鳴子

「あ、石神教官。おはようございます!」

サトコ

「‥おはようございます」

石神

ああ

サトコ

「‥‥‥」

(やっぱり目は合わせてくれない‥)

石神教官との間には、事件前のまま冷たく大きな壁に阻まれていた。

【教場】

石神

先日のテストを返却する

朝一番の講義が終わり、石神教官が教場を見渡した。

(抜き打ちだったし、どうなんだろう‥)

石神

‥氷川

サトコ

「は、はい」

男性同期A

「え、マジか!成績順だろ?」

サトコ

「え‥?」

名前を呼ばれて前に出る。

石神

今回のトップだ。この調子で行け

相変わらずそっけないし、こっちを見ようともしないけれど‥

サトコ

「‥ありがとうございます!」

(一言でもうれしいな‥)

石神

次、溝井

気を緩めれば、うっかり涙が出そうなくらいなのに、

教官は何事もないように進めていく。

鳴子

「すごいじゃん、サトコ!」

千葉

「相当頑張ってたからね。ちゃんと結果に出てる」

鳴子

「で、何点だったの?」

サトコ

「‥97点」

男性同期A

「へぇ‥あの氷川がなぁ‥」

男性同期B

「あのドジ代表がなぁ‥」

サトコ

「‥そうやって変な感動の仕方しないでくれると、もっと嬉しいんだけどな」

千葉

「ハハ」

石神教官との関係は後ろ向きに進んでいるけど、

一緒に課題を乗り越えた同期たちとは自然と絆みたいなものが結ばれていた。

【個別教官室】

サトコ

「後藤教官。今日こそここ、片付けていいですか」

後藤

‥‥‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-037

夕方、後藤教官の元へ行くと、デスクの上が散らかり放題だ。

私の言葉に教官は顔を背ける。

サトコ

「見たところ機密書類はないですよね?」

後藤

‥氷川が石神さんと渡り合える理由が見えた気がするな

サトコ

「え‥?」

後藤

いや、頼む

サトコ

「た、頼まれますけど‥どういう意味ですか?」

後藤

言いたいことは割とハッキリ言うだろ

サトコ

「‥石神教官には図々しいと思われてますけどね。たぶん」

後藤

あの人相手にそう思われるのは、なかなか難しい

後藤教官はさりげなくノートPCを端に寄せて、デスク周りを明け渡す。

たくさんのファイルや書類を仕分けながら、特に会話もなく静かな時間が過ぎた。

サトコ

「では、私はこれで」

後藤

ああ。助かった

あと‥

サトコ

「?」

改めて、後藤教官は私の顔を見る。

後藤

‥頑張ったな。抜き打ちテストの結果を聞いた

サトコ

「あ、はい‥」

後藤

この先も期待している

サトコ

「ありがとうございます」

今度こそ頭を下げて、教官室を後にした。

【廊下】

(なんだかなぁ‥)

(珍しくみんなが褒めてくれて、後藤教官にも褒めてもらえて‥)

(嬉しいはずなのに‥)

いつもみたいには喜べない。

(もしも、こんなことになってなかったら‥)

石神教官は、どう言ってくれたのだろう。

少し皮肉を込めながら笑って、

それでいつものように騒がしくなる私を、面倒そうに横目に見ただろうか。

(集中してれば恋愛脳が薄まるなんて、誰が言ったんだろう‥)

自分で言ったらしいけれど、聞いてあきれる。

スッキリしないまま、とぼとぼと寮へ戻った。

【食堂】

翌日。

鳴子は尾行訓練に出ていて、ランチは1人ぼんやりとパンをかじる。

(恋愛ってこんなにしんどかったっけ‥)

千葉

「大丈夫‥?」

サトコ

「!」

千葉

「前、座っていいかな」

サトコ

「もちろん」

千葉さんは目尻を下げて、椅子を引く。

千葉

「その後、どう?」

サトコ

「‥何も変わってないよ」

千葉

「そっか」

(そういえば、まだ聞けてないままなんだよね‥)

“何のために石神教官が距離を置いたと思ってる”

事件の時、切羽詰まった千葉さんがそう言った。

サトコ

「ねぇ、千葉さん‥」

言いかけるのと同じタイミングで、テラスの向こうを石神教官が通り過ぎていくのが見えた。

サトコ

「あ‥」

(遠いなぁ‥)

思わず目で追ってしまう自分に、内心苦笑いする。

千葉

「‥やっぱり諦められない?」

「石神教官のこと」

<選択してください>

A: 最初から諦めてたようなもの

サトコ

「ううん。ほら、最初から諦めてたようなものだから」

「恋愛は邪魔だっていう人だし、片想いでいいやって」

千葉

「‥‥‥」

サトコ

「それに、自分のやるべきこともやらずに好きだの何だの言っても」

「石神教官には響かないと思うから」

B: 諦めない

サトコ

「諦めないよ」

「‥今はまだ、当たって砕けることもできないけどね」

千葉

「どういうこと?」

サトコ

「まずは、候補生としてちゃんと認めてもらわなきゃ」

C: 諦めるつもり

サトコ

「諦めるつもり‥ではいるんだけど」

「難しいよね。今みたいに目で追ってるようじゃ」

千葉

「急には無理だよ」

サトコ

「でも、ボーっと見てる暇があったら勉強しなきゃ」

千葉

「‥さすが氷川だね」

サトコ

「え‥?」

千葉

「そうやって甘えないところがさ‥」

千葉

「いつか伝わるといいね」

サトコ

「でも、正直迷ってる」

千葉

「迷ってもいい。諦めるな」

サトコ

「‥‥‥」

千葉

「諦めるな」

サトコ

「千葉さん‥」

鼻の奥に熱いものを感じて、目を泳がせる。

サトコ

「ち、千葉さん、いつもそうやって‥!」

千葉

「そうやって?」

(いつも背中押してくれる‥)

サトコ

「‥ありがとう。今度餃子奢るよ」

千葉

「ハハ、うん。楽しみにしてる」

(諦めずに‥今は、卒業することだけを考えなきゃ)

意地でも泣かずに、必死で堪えているのを、千葉さんは優しく微笑みながら見守ってくれていた。

【資料室】

講義が終わり、今日も資料室へ足を運ぶ。

(もしかしたら来てくれるかもしれない‥って思いながら、何日過ぎたっけ)

(つくづくバカだよね‥)

船の上での会話は、緊急事態だったからで。

やっぱりもう、ずっとこのままなのかもしれない。

(いや、そうやってマイナスなことばかり考えるからダメなんだって)

(絶対卒業して、何か一言言ってやるんだから‥!)

サトコ

「うん。これだよ、これ!」

そう自分を奮い立たせてみるけれど、どうしても1人の資料室は寂しい。

???

「フフ‥大きい独り言ですね」

サトコ

「!」

顔を上げると、ドアのところに颯馬教官が立っていた。

颯馬

ファイルを返しに来たんですが、お邪魔してもいいですか?

サトコ

「ど、どうぞ‥」

(‥って私が言うのもおかしな話だけど)

颯馬教官はクスクス笑いながら。可動式の棚に向かう。

颯馬

‥あの人は頑張り屋さんが好きだって言ったことを覚えてますか?

サトコ

「え‥?」

颯馬

‥‥‥

唐突な言葉に目を瞬かせていると、颯馬教官はふわりと微笑んだ。

それが誰を指しているのか、すぐにわかる。

(石神教官のことばっかり考えてるの、見透かされてるみたい‥)

サトコ

「‥覚えてます」

“石神さんは根性のある頑張り屋さんが好きなんですよ”

入学したばかりで退学をいい渡された時、颯馬教官はそう言って励ましてくれた。

颯馬

私の目から見ても、サトコさんは頑張ってますよ

サトコ

「‥まだまだです。まだ、足りないんです」

颯馬

大丈夫。ちゃんと見てくれています

誰が、とは言わずに、颯馬教官はそのまま資料室を出て行った。

サトコ

「‥‥‥」

(話せなくても、ちゃんと見てくれてる‥)

以前、石神教官に渡された分厚い資料を手に取る。

(付箋とかラインとか、なんだかんだで手を貸してくれた‥)

何度も見直したから、あるページは開くクセがついてしまっている。

席を立って、書棚に戻すことにした。

(これを受け取ってから、まだそんなに経っていないのに‥)

“これを2日で頭に叩き込め”

(あの時はホントに鬼かと思ったけど‥)

あの時は確かに、ちゃんと心が触れ合った。

今はただ‥石神教官が遠い。

カタン‥

サトコ

「?」

小さな物音に、顔を上げる。

(颯馬教官、何か忘れて行ったのかな‥)

机の方に戻ろうとして、足が止まった。

石神

‥‥‥

(石神教官‥)

いつもの席に腰を下ろして、教官は私のノートを見ている。

開けていた窓からの風が、髪を揺らした。

石神

‥俺の目がなくても、真面目にやってるようだな

サトコ

「‥っ」

(どうしてここに‥)

穏やかな声に、一気に熱いものが込み上げてくる。

<選択してください>

A: がむしゃらにしかできませんから

サトコ

「私は‥がむしゃらにしかできませんから」

ほとんど涙声でそう言うと、石神教官が苦笑いする。

石神

そうだったな‥

B: 真面目に頑張ってます

サトコ

「‥真面目に頑張ってます」

石神

相変わらず要領は悪そうだがな

C: 何か用ですか?

サトコ

「‥何か用ですか?」

石神

‥抜き打ちで様子を見に来ただけだ

サトコ

「‥‥‥」

机を挟んで、石神教官の正面に座ると、まるで時間が戻ったみたいだ。

石神

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

(せっかく目の前にいるのに、何から話せば‥)

サトコ

「あの‥」

「この間の船のことなんですけど」

石神

なんだ

サトコ

「私のせいで‥石神教官にも迷惑が掛かったのではないかと‥」

石神

ああ、大いにな

(だ、だよね‥)

石神

お前の行動のせいではない。俺も同じことをしたまでだ

サトコ

「え‥?」

石神

総司令官の立場で制止を無視して現場に乗り込むとは、なかなか貴重な体験をした

サトコ

「‥‥‥」

(‥ん?制止を無視して‥?石神教官が‥?)

サトコ

「‥ええっ!」

石神

上層部から嫌味を受けるのはいつものことだ。気にするな

(気になるのはそこじゃなくて‥!)

上層部を無視して、私を助けに来てくれた。

それを、当たり前みたいに少し柔らかいトーンで話す。

(どうして‥)

さっきから、頭の中がそればかりだ。

サトコ

「石神教官‥1つ、聞きそびれてたんですけど」

(聞くなら今しかないよね‥)

サトコ

「あの時、私に確かめたいことがあるって言いましたよね」

石神

‥ああ

サトコ

「確かめてもないのに死なれたら困るて‥何を聞きたかったんですか?」

石神

‥‥‥

教官は、手にしていた本をパタンと閉じると、まっすぐに私を見据えた。

石神

お前は‥俺のことが好きなのか

サトコ

「‥‥‥」

(何か今、とんでもないことを聞かれたような‥)

あまりの衝撃に耳を疑う。

石神

‥‥‥

(え?‥ええっ!?)

(好きなのかって‥そんなの‥)

サトコ

「‥‥‥」

何の準備もしてなかったために、フリーズしてしまう。

石神

‥そうか

勘違いだったようだな

石神教官は、小さな音を立てて席を立った。

相変わらず隙のない、きっちりとした姿に、

それには似つかわしくない伏し目がちな横顔。

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-039

サトコ

「‥好きです」

息をするみたいに、零れ落ちる。

石神

‥‥‥

サトコ

「勘違いじゃないです」

「‥勘違いなんかにしないでください」

(届かなくても、なかったことになんてしたくない‥)

石神

‥そう言われても、やはり俺にはよく分からない

そういうことはもうずっと排除してきたからな

サトコ

「‥‥‥」

石神

お前が刑事になりたいと言うのなら、教官としてできることをしてやろうと思った

サトコ

「‥迷惑だったから、距離を置いたんじゃないんですか?」

石神

ああ、迷惑だ

サトコ

「‥っ」

(そんなに何度もグサグサ刺さなくていいのに‥)

石神

‥お前がいないと、静かすぎて困る

サトコ

「‥え?」

言葉の通り、教官は本当に困ったように微笑む。

サトコ

「い、いつも私が騒がしいと鬱陶しそうにするじゃないですか」

石神

そうだな

サトコ

「1人の方が身動きとりやすいし、楽だって‥」

石神

ああ

サトコ

「私の相手で大変だから、プライベートまで世話役なんて御免こうむるって言ってたし‥!」

石神

その発言については一部改める

言いながら、一歩、また一歩と近づいてくる。

サトコ

「あの‥私がバカなの知ってますよね?」

「そういう言い方されると、勘違いしそうに‥‥」

「!」

石神

‥‥‥

ーー息が、止まった。

腕を引かれて、腕の中にすっぽりと包み込まれる。

石神

確か、お前が言うには恋愛もそう悪いものではないんだったな

サトコ

「‥そ、そうですよ」

「邪魔に感じるときだってあるかもしれませんけど‥でも、悪いものじゃありません」

石神

なら、それを俺に教えてくれ

サトコ

「‥それって‥」

ジャケット越しに、ダイレクトに伝わる鼓動。

肩口に寄せられた顔。

‥きつく、私を抱きしめる腕。

サトコ

「う、ウソ‥」

今この状況に、頭が追い付かない。

サトコ

「あの‥」

石神

なんだ

サトコ

「つまり‥私は‥じ、自分のこの手をどこにやれば‥」

石神

‥‥‥

サトコ

「‥教官の背中に回してもいいんですか?」

石神

‥好きにすればいい

サトコ

「‥‥‥」

(ほ、本当に‥?)

(い、いいの‥)

何度か宙を彷徨って、その大きな背中に腕を回す。

サトコ

「うぅ‥」

石神

変な声を出すな

サトコ

「誰のせいですか!」

「‥さっきまで、卒業出来たら恨み言のひとつも言ってやろうって気合い入れてたのに‥」

石神

いい度胸だ

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-041

堰を切ったみたいに、次から次から溢れてくる涙をそのままに、腕の中で鼻を啜る。

サトコ

「‥頑張って卒業します」

石神

ああ

一際強く抱き合って、落ち着いた頃‥ほんの少し身体が離れる。

見上げると、間近で石神教官が微笑んだ。

石神

氷川のおかげで、俺も少しは人間に戻れるのかもしれないな

サトコ

「‥やっぱりサイボーグだって噂は本当なんですね」

石神

‥‥‥

サトコ

「こ、こんな体勢で睨まれても怖くない‥です!」

石神

はぁ‥まったく

呆れた様子で、あやすように髪を撫でられる。

(それ、逆効果‥)

なんだかもう、胸がいっぱいでどうしようもない。

届かないはずだった手が、大切なものにでも触れるみたいに滑っていくから‥

顔を隠すようにその胸に寄せて、教官の温もりに身を任せた。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする