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石神 エピローグ 3話

【車】

寄りたいところがある、と石神さんは車を走らせる。

(どこに用なんだろう‥?)

(水族館‥とか?)

江の島水族館とは反対方向に曲がって行った。

【ペットショップ】

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サトコ

「わぁ‥熱帯魚がいっぱいですね!」

石神

関東屈指の品揃えの店らしい

車を降りて着いたのは、大きなペットショップだった。

水族館が近くにあるからか、熱帯魚が泳ぐ水槽が所狭しと並んでいる。

石神

こいつを覚えているか?

石神さんは、1つの水槽の前で立ち止まると、漂うように泳ぐ魚を指さす。

サトコ

「もちろんです。チョコレート‥」

「えっと‥チョコレート‥」

石神

チョコレートグラミーだ

サトコ

「それです、それ」

石神

あれだけ眺めていたのに、チョコレートの印象しか残っていないのか

サトコ

「た、たまたまですよ」

(身体がぼてっとしてて可愛いんだよね。この前、水族館に行ったときに教えてもらった‥)

【水族館】

石神さんが熱帯魚に詳しいことが分かり、水族館でのんびりと過ごす。

(この魚、チョコレートグラミーっていうんだ‥)

サトコ

「なんて美味しそうな名前‥」

石神

お前‥

ある水槽の前で立ち止まると、隣から呆れた声が返ってきた。

石神

水槽の魚まで食べる気か

サトコ

「冗談ですよ。でも可愛いですね、チョコレートグラミーだなんて」

「もしかしてチョコレート味‥」

石神

そんなわけないだろう

サトコ

「ですよね」

寸詰まりというかなんというか、愛嬌のある形をしている。

(チョコレートは、色のことなのかな)

(まだら模様だけど黒っぽいもんね)

石神

こっちにいるのも同じグラミーの仲間だ

サトコ

「ええっ、全然違うじゃないですか」

石神

グラミーは複数種いるからな。姿かたちはそれぞれ違う

サトコ

「そうなんですか‥私はチョコレートグラミーの方が好きです」

パールグラミーと書かれた水槽と見比べながらも、身体はチョコレートグラミーに向いてしまう。

サトコ

「小さくて可愛いですね」

「水草の間をちょこちょこ移動してる‥」

石神

‥‥‥

サトコ

「あ、石神さん!」

石神

どうした

サトコ

「あのものすごく小さいのってもしかして‥」

石神

稚魚だな

サトコ

「やっぱり!わぁ‥一生懸命泳いでる感じがたまらないです」

決して華やかな魚ではないけれど、その姿に夢中になって、しばらくの間その場所を動かなかった。

【ペットショップ】

石神

近くの店で探したんだが、入荷していなかったり不安があったりしてな

チョコレートグラミーは輸入の際のストレスで病気になりやすい

ダメージを回復させてから売る店も限られている

サトコ

「‥あの」

石神

なんだ

サトコ

「なんだかチョコレートグラミーを買いに来たような言い方ですけど‥」

石神

そのつもりで来た

サトコ

「え、そうなんですか!?」

(ディスカスを買いに来たんだと思ってたけど‥)

(何でこの魚?)

サトコ

「あれ‥でも、ディスカスと一緒に泳がせても平気なんですか?」

(混泳は種類によっては難しいって聞いたような‥)

石神

ディスカスとチョコレートグラミーは相性がいい

サトコ

「そうなんですね。良かった‥」

石神

つがいで選ぶか

サトコ

「どの子がオスでメスかなんて私には分からないです」

石神

なら、好きなヤツを1匹選べばいい

サトコ

「じゃあ‥この隅っこに隠れてる子がいいです」

石神

それはオスだな

サトコ

「女の子は石神さんが選んでくださいね」

石神

ああ

石神さんは身を屈めてチョコレートグラミーを見つめる。

(一緒に選ぶために連れて来てくれたんだ‥)

お店の人と細やかなやりとりをしながら、

2人で選んだチョコレートグラミーが持ち帰り用にパックされていく。

店主

「車の中でも膝の上に乗せてあげてくださいね」

「振動はできるだけ少ない方がいいので」

サトコ

「はい」

袋の中で忙しく動き回る2匹を、大切に受け取った。

【車内】

サトコ

「全力で守らなきゃ‥」

石神

そんなに気負わなくていい

サトコ

「だって環境が変わるなんて、人間でも不安だと思うので」

膝の上に大事に箱を抱えて、中の2匹を眺める。

石神

‥一緒に水槽に入れるか

サトコ

「え‥?」

(それって石神さんの部屋に行くってことだよね‥?)

“男の部屋に来るということがどういう意味になるのか、分かってるんだろうな?”

そう言われたことを思い出して、急激に顔が火照る。

石神

少しズルい言い方をしたかもしれないな

サトコ

「‥‥‥」

石神

お前と一緒に、水槽に入れてやりたい

サトコ

「!」

「その言い方の方がズルくないですか?余計に照れるんですけど‥」

石神

顔が赤いぞ

サトコ

「石神さんのせいです」

石神

そうか

サトコ

「でも‥嬉しいです」

石神

‥そうか

石神さんもまた、ホッとしたようにわずかに目尻を下げる。

(もうすぐ、新しい友達と一緒に泳げるからね‥)

そんなことを思いながら、膝の上の2匹を眺めた。

【石神の部屋】

サトコ

「お邪魔します‥」

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(想像はしてたけど、ホントにさっぱりした部屋‥)

マンションの上層階。

ほぼ生活感のない、広いリビングには大きな水槽があった。

サトコ

「本当にシンプルなお宅ですね‥」

石神

何もない部屋だと言っただろう

サトコ

「ふふ、すごく石神さんらしいです」

石神さんは、水槽のディスカスの様子を見ながら、

チョコレートグラミーを中へ入れる準備を始める。

石神

水質はともかく‥慣れてくれるといいんだが

サトコ

「もう入れてもいいんですか?」

石神

ああ

袋ごと水槽に入れて、2匹が袋から出るのを待つ。

サトコ

「ほら、新しいお家だよ‥」

静かに見守っていると、2匹はちょこちょこと戸惑いながらも水草の方へ泳いで行った。

サトコ

「だ、大丈夫ですかね‥!?」

石神

あとはしばらく注意して見ててやればいい。慣れるまでな

サトコ

「はい」

(元気に泳いでる‥)

寄り添いながら、ディスカスたちの輪に溶け込んでいくのを、石神さんと並んで見つめていた。

石神

‥あの冷蔵庫から、どうやったらこんな食事が出来上がるんだ

夕食に軽く何か作ります、と言ったものの、

水餃子とあるもの全部を入れ込んだ炊き込みご飯くらいしかできなかった。

サトコ

「予想通り、冷蔵庫の中身もスッキリしてました」

石神

自炊はほとんどしないからな

そう言った石神さんは、バツが悪そうに顔を背けた。

サトコ

「夕飯はこれでも大丈夫ですか?」

石神

俺にしてみれば奇跡だ

サトコ

「ふふ、言い過ぎですよ。でも餃子は焼くのが一番なんですけどね」

石神

広末みたいなことを言うな

サトコ

「そう言えば、そらさんとは餃子談義が出来そうで嬉しいです」

「もう会う機会もなかなかないと思いますけど‥」

「あ、どうぞ食べてくださいね」

石神

‥いただきます

きっちりと手を合わせて、石神さんはお箸を手に取る。

石神

「‥会うたびにしつこく聞いてくる

サトコ

「え‥?」

石神

SPチームだ。お前を誘って食事に行くと言って、顔を合わせる度に言うものだからな‥

サトコ

「そうなんですか?じゃあ石神さんも一緒に行きましょうよ」

石神

‥‥‥

(あ、ものすごく嫌そうな顔‥)

サトコ

「ふふ、みなさん仲良しなんですね」

石神

仲良くはしていない

サトコ

「なんだか黒澤さんに対する感じとよく似てる気がします」

石神

‥つまり、仲良くはしていない

サトコ

「ふふっ、そういうことにしといてあげます」

子どもみたいにそう言うのがおかしくて、つい笑ってしまう。

石神さんは、私の作った食事を綺麗に全部食べてくれた。

【バスルーム】

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(こ、これはどうしたら‥)

急に加速した展開に、一心不乱に泡を立てる。

(とりあえず、浴槽で一回落ち着こう)

潮風に晒されていたせいで髪が絡まる、という話をしたがために、

流れでシャワーを借りてしまった。

もちろん、すぐ帰る気で来たために何の準備もなく‥

仕事柄、近所のコンビニには行けないために、車を出してまで買い出しに付き合ってくれた。

サトコ

「落ち着けるわけない‥!」

【部屋】

石神さんのシャツを借りて、石神さんのシャンプーの香りを身に纏って‥

そのうえ、初めての彼の家だ。

この状況で、平常心でいられる女子がいるならお目にかかりたい。

(あ、莉子さんとか‥?)

(いやダメだ。経験値が違いすぎる‥)

石神

飯の礼くらいさせろと言っただろう

不意に後ろから声を掛けられる。

サトコ

「い、いえ‥先にお風呂お借りしちゃいましたし‥」

石神

いや、それはいいんだが‥

少しはゆっくりしたらどうだ

サトコ

「コンビニにまで付き合ってもらったお礼です」

「元々綺麗なキッチンだったから、楽なものでした」

(ゆっくりしようにも、心臓がバクバク言い過ぎてできなかっただけなんだけど‥)

石神

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

そっと腕を掴まれたかと思えば、そのまま抱き寄せられる。

彼の優しい体温が伝わって、何も言葉にできない。

髪に落とされたキスが少しずつ下りてきて、間近で目を合わせると、ふわりと唇を捕らえた。

(わ‥なんだかすごく‥)

彼女っぽい。

一歩学校からでれば、石神さんは普段と違って、こうして惜しみなく甘く接してくれる。

サトコ

「‥なんだかまだ慣れないです」

「今日だって、外で教官って呼んじゃいましたし」

石神

デート中に置き引き犯を追いかけたんだ。仕方ないだろう

制服警官を見ればそう呼んでしまうのも頷ける

サトコ

「でも‥」

石神

お前とはただでさえ教官と補佐官なんだ

こうして2人いるときくらいは切り替えないとな

サトコ

「‥そうですね。難しそうですけど、私もそうします」

(部屋で2人きりの時は、補佐官じゃなくていいんだよね‥)

石神さんの瞳に、自分が映りこんでいて‥目を伏せると、再び唇が重なる。

優しいのに、どこか切実に求めるような、今までのキスとは違う触れ方。

空気が欲しくて薄く口を開くと、熱いものが押し入ってくる。

大きな手のひらが、頬から髪へと滑って髪を掻き抱いた。

サトコ

「‥‥っ」

「石神さ‥」

腰から崩れそうになるすんでの所で、ほんの少し顔を離すと、

石神さんの瞳に浮かぶ熱に息を忘れる。

石神

‥サトコ

サトコ

「え‥」

(今、名前で‥)

石神

‥やっぱり慣れないな

サトコ

「ふふっ」

石神

笑うな。俺だってこれでも照れる

サトコ

「本当ですか?」

石神

‥‥‥

石神さんは、小さく微笑んで、今度はこれ以上ないほど優しく私を抱きしめた。

胸が苦しいくらいにドキドキするのに、この腕の中はとても居心地がいい。

石神

サトコ‥

サトコ

「はい」

石神

‥抱きたい

サトコ

「‥‥‥」

どうしようもなく愛おしさが込み上げて、それはもう私だって抑えることなんてできない。

サトコ

「はい‥」

そう零れ落ちた返事に、石神さんは私の手を引いて寝室へと向かった。

【寝室】

後ろ手にドアを閉めながらも、キスは止まらない。

もつれるようにベッドへ押し倒されて‥ふと、その手が止まって石神さんは身体を起こす。

サトコ

「‥石神さん?」

石神

‥‥‥

‥今ならまだ止められる

(どうしてそんなこと‥)

手を伸ばして、そっと頬に触れると、かすかに石神さんの瞳が揺れる。

石神

‥ずっと触れたいと思っていたのに、いざこうしてみると戸惑う

サトコ

「それって‥」

メガネを外した石神さんは、まだ慣れない。

ベッドサイドに上着が落ちる音がする。

スマホ 009

石神

自分で思っていた以上に、サトコのことが大事らしい

サトコ

「!」

シャツのボタンに手を掛けながら、見ているこっちの方が苦しくなるくらい切なげに眉を寄せる。

サトコ

「‥十分すぎるくらい大事にされてます」

「ちゃんと伝わってます」

石神

‥‥‥

サトコ

「それに、もしも石神さんに傷つけられるようなことがあっても、嫌いになんてなりません」

「‥なれるわけがないんです」

(どう言えば、この気持ちが伝わるんだろう‥)

目の前にいる人が、こんなにも愛おしい。

でもそれを言葉にする術がなくて、なんとも歯痒い。

石神

サトコ‥

焦れるようにシャツを剥ぎ取って、私の首筋にキスを落とす。

“愛してる”と少し掠れた声が聞こえたのか、聞こえなかったのか‥‥

右手は指を絡めて繋がれたまま、私の素肌が暴かれていく。

言葉にできないものを伝え合うように触れて‥

胸に走る甘い痺れを感じながら、石神さんの温もりに全てを明け渡した。

【教官室】

サトコ

「失礼しま‥」

「‥‥‥」

(な、何ごと‥)

いつものように教官室のドアを開けると、

教官たちと黒澤さんが妙な笑みを浮かべてこちらに注目する。

東雲

デート中に置き引き犯、捕まえたんだって?

黒澤

それはもう見事なコンビネーションで

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サトコ

「な‥」

(江の島デートをバラされてる‥!)

石神

お互い警察官なんだ。当然のことだろう

サトコ

「そ、そうですよ」

颯馬

それにしても、江の島デートとは羨ましいですね

サトコ

「‥‥‥」

返す言葉に困っていると、加賀教官から冷ややかな視線が刺さる。

加賀

クズが一丁前に照れるんじゃねぇ

サトコ

「はい、すみません!」

石神

加賀。お前はこれでも食っておとなしくしておけ

黒澤

あ!オレも江の島帰りにそれ買ってきたんですよ

限定のモチモチ大福

石神

ちなみに買ったのは氷川だ

加賀

‥分かってるじゃねぇか。クソメガネの犬のわりには

サトコ

「お、恐れ入ります‥」

石神

これだからコイツに土産は要らないと言っただろう

サトコ

「でも黒澤さんに会っちゃった時点で、教官たちにバレるのは目に見えてたじゃないですか」

石神

‥‥‥

黒澤

もしかしてオレのせいですか?

不可抗力ですって

石神

それはどうだろうな。言いふらす必要はないだろう

黒澤

サトコさん!

助けて!

(また始まった‥)

サトコ

「あの時、竹刀を渡してくれたお礼もしたいんですけど‥」

「お説教に関しては私の力は及ばないので」

後藤

当然だな。放っておけ

黒澤

そんなぁ~!

いつものように黒澤さんへのお説教が始まる、微笑ましい光景。

2人きりの時に見せてくれる顔は、きっと私だけのもので‥

(それだけは、絶対に誰にも言わないでおこう‥)

誰にともなくそう誓う。

最初の頃に比べると随分と賑やかな教官室で、これからの石神さんとの未来を思った。

Happy  End

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