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元カレ カレ目線 加賀 1話

【カフェテラス】

それはいつもと変わらない、ある日の午後。

おばちゃんA
「はいはい、加賀さん、今日は何にする?」

おばちゃんB
「あら石神さん、ご注文は?」

加賀・石神
「カレーランチ」
「······」

(チッ···よりにもよってクソ眼鏡と食うものが被るとは)

石神
お前と同じものを食べるとは、今日は面倒なことが起こりそうだな

加賀
そりゃこっちの台詞だ

カレーが乗ったトレーを持ってテーブルに移動すると、サイボーグ野郎も同じテーブルに座った。

加賀
ついてくるんじゃねぇ

石神
ここしか空いていないだけだ

(チッ···ついてねぇ)

鳴子
「何言ってんの!元カレが仲間になるなんてあるはずないでしょ!」

佐々木の声がテラスに響き、振り返る。
そこには、佐々木に詰め寄られるサトコの姿があった。

石神
元···カレ···?

サトコ
「石神教官、いつの間に···!」

そのあと、サトコがこちらを見て『しまった!』という表情になる。

(···なんでサイボーグメガネが動揺してんだ)
(それにしても···駄犬に、いっちょまえに飼い主がいたとはな)

サトコ
「かかか、加賀教官···!い、今のはですね、その···」

加賀
···チッ

(コイツだって、こう見えて一応大人だ···彼氏がいたっておかしくはねぇ)
(むしろ、いねぇ方が不自然だ)

そう思うのに、なぜか心のどこかでモヤモヤしたものが残る。

(くだらねぇな)
(元カレって言っても、どうせガキの頃の『ごっこ』みてぇな付き合いだろ)

【教官室】

午後の講義を終えて教官室に戻ると、すぐに黒澤が駆け込んできた。

黒澤
みなさん、ビッグニュースです!
ななななんと、サトコさんに元カレがいたことが発覚しました!

後藤

東雲
···へぇ

颯馬
サトコさんに···?

(だから、なんでテメェらが動揺してんだ)

石神
情報が古いな

黒澤
え!?石神さんはもうご存知で?

加賀
くだらねぇ

黒澤
あれぇ?おふたりが俺よりも早くに情報をゲットしてるなんて
でもこれは知りませんよね?告白したのはサトコさんの方からだったそうですよ!

加賀
······

(うるせぇ···黙らすか)

黒澤を睨んで立ち上がりかけたとき、何も知らないサトコがのこのこと教官室に入って来た。

サトコ
「失礼します。業務日誌を持って来ました」

黒澤
あっ、サトコさーん!いいところに!

黒澤がいっそういい笑顔になり、サトコを質問攻めにする。

黒澤
初めて手を繋いだ場所は?初めてのデートは?
そして、何より気になるのは!初めてのチュー!

東雲
キモっ···

(まったくだな)
(アイツの初めてが誰だろうとどこだろうと、些末なことだ)

それなのに、黒澤の尋問を受けるサトコの言葉が、やたらと耳に入ってくる。

黒澤
で!?初めて手を繋いだのは!?

サトコ
「あ、あの···高校生だったので、その···普通に、下校途中に···」

黒澤
告白は!?どういうシチュエーションで!?

サトコ
「そ、それは···」

(···他の男に詰め寄られて、テンパってんじゃねぇ)
(相変わらず、テメェの飼い主が誰なのか、理解してねぇな)

だが、『飼い主』と思うと何か引っかかるものを感じる。

(アイツに、俺以外の飼い主がいた···)
(いや···当然のことだと、さっき納得したはずだ)

黒澤
つまりその元カレさんは、サトコさんにとって全部『初めての人』ってことですか!?

サトコ
「な···!」

加賀
······

黒澤のひと言になおさら眉間の皺が濃くなった時、サトコの携帯が鳴った。

サトコ
「もしもし、お母さん!?」
「···え!?は、ハジメっ···!」

(···『ハジメ』?)
(なるほどな···それが、テメェの『全部初めての男』か)

サトコは『そんなことはない』と言っていたが、嘘だと誰でも分かる。
ふと見ると、歩が何かを調べているのが見えた。

東雲
『狭霧一(ハジメ)』···へぇ、これが噂の元カレか

石神
職業は?

後藤
どこに住んでるんだ?

颯馬
現在の恋人の有無は?

黒澤
へー、優しそうなイケメンですね

(だから、なんでテメェらが···)

歩のパソコンを覗き込む他のヤツらにため息をつきながら、
逃げるように廊下に出て行ったサトコを追いかけた。

【廊下】

サトコ
「もしもし、ハジメ?ごめんね、ちょっと立て込んでて」
「え?ご飯?うーん···実は、学校が忙しくて」

(『ハジメ』···当然のように名前を呼んでるじゃねぇか)

その声を聞くと、苛立ちが募るのが分かる。
後ろに立つと、何かを感じ取ったのかギクリとサトコが振り返った。

サトコ
「かっ··かかかかか」

加賀
うるせぇ

サトコ
「ハイ···」

加賀
メシ、行くのか

サトコ
「!!!???」

加賀
『狭霧一(ハジメ)』は、なんでテメェの番号を知ってた

サトコ
「ちちち、違うんです!ハジメとはもう完全に別れてますから!」
「ヨリを戻すとかあり得ないし、大学に行ってからは連絡を取ってないんです!」

(ハジメハジメうるせぇな)

また心が尖るのがわかったが、それを表情には出さないようにした。

加賀
テメェが複数の飼い主を持てねぇことくらい、わかってる
それとも、駄犬から野良犬に降格するか?

サトコ
「野良犬!?」

自分のひと言でサトコが慌てふためく様子を見ると、ようやく少しスッとする。

(テメェは、今の飼い主にだけ忠実でいろ)
(『ハジメ』にも黒澤にも歩にも、そんなだらしねぇツラ見せてんじゃねぇ)

【加賀 マンション】

家に帰り、さっきの自分の言葉を思い出すと、ため息が漏れる。

加賀
メシ、行くのか
“狭霧一”は、なんでテメェの番号を知ってた

(他人の過去なんざ気にするとは、俺もヤキが回ったか)
(それに、この程度のことでイラつくとはな···)

去り際の、サトコの追いすがるような目が忘れられない。
ふと思い立って『週末空けとけ』とメールしてみると、すぐさま返事が返ってきた。

(『分かりました···!もしかして、デートですか?』···)
(···バカか)

思わず、フッと笑みが零れる。
そう思いたきゃ好きにしろ、と返事すると、またすぐ返事が来た。

(『思います!デート楽しみにしてます!』···)
(尻尾振った駄犬の姿が見えるな)

大喜びでメールを打っているサトコを想像すると、微笑ましくなる。

(駄犬の過去なんざ、気にする方がどうかしてる)
(アイツの今の飼い主は、自分···それでいい)

携帯を置いて、バスルームへ向かった。

【街】

週末、サトコは最初からテンションが高かった。

サトコ

「少し遠いんですけど、新しい甘味処が出来たそうなんですよ」
「お持ち帰りもできるそうなので、行ってみませんか?」

加賀
甘味か···

(コイツは、甘いもん食わしときゃ俺の機嫌が直るとでも思ってんのか)

サトコ
「お餅系が多いみたいですよ!特に羽二重餅が絶品らしいです!」

(羽二重餅か···悪くねぇ)
(あれは、柔らかければ柔らかいほどいい。それに、中の餡が)

その時、サトコを呼ぶ聞き慣れない声が聞こえた。

???
「サトコ!」

サトコ
「は、ハジメ···!」

ハジメ
「偶然だな!この間は急に電話してごめん」

加賀
······

(コイツが、サトコの元飼い主か···)
(···人の犬の名前を、馴れ馴れしく呼び捨てしてんじゃねぇ)

ハジメ
「もしかして、サトコの彼氏?」
「初めまして、狭霧一です。サトコとは同郷で」

加賀
どうも

ひと言挨拶すると、その場を後にした。

(テメェが人の犬を呼び捨てにすんのも)
(アイツが、元飼い主の名前を呼ぶのも···聞いてやる義理はねぇ)

サトコ
「か、加賀さん!待ってください!」

路地裏に曲がると、慌てた様子でサトコが追いかけて来た。

【路地裏】

サトコが路地に入って来た瞬間、その腕を引っ張って壁に背中を押しつけた。

サトコ
「加賀さん···?」

加賀
テメェの飼い主は誰だ

サトコ
「もちろん、加賀さんです···!」

加賀
のわりに、ずいぶんアイツに愛想振りまいてたな

八つ当たりだと分かってる。
なのに、その感情を抑えることができない。

加賀
テメェは黙って、俺の躾を受けてりゃいい

サトコ
「加賀さん、お、落ち着いて···!」

ハジメ
「サトコ!」

振り返ると、サトコを追いかけて来たらしい狭霧一が路地を曲がってきた。
そのまま、俺からサトコを奪うように引き離す。

(···なんだ、こいつは)
(勝手に人の犬に触りやがって)

加賀
他人がしゃしゃり出てくんじゃねぇ

ハジメ
「ヤクザみたいな男に、大事な幼馴染を渡すわけにはいきません!」

加賀
ヤクザだ?

(···めんどくせぇ誤解してやがる)

ふと見ると、サトコはアイツに守られながら、懐かしそうに目を細めてその背中を眺めていた。

加賀
······

(···そんな顔は、知らねぇ)
(他の男を見て、そんな顔をするテメェは···)

胸騒ぎがして、サトコから目を離すことが出来なかった。

【喫茶店】

誤解が解けた後、狭霧一に誘われて近くの店に入った。

ハジメ
「本当に申し訳ありませんでした···俺の一方的な勘違いで」

加賀

···いや

ひとしきり謝られた後、サトコがパフェを注文する。

ハジメ
「懐かしいな。お前って、昔からパフェだよな」

サトコ
「ストロベリーパフェがあるとちょっと悩むところだけど···」

ハジメ
「覚えてるか?昔、うちとサトコの家族、みんなで出かけたことあっただろ」
「あの時、サトコがどうしてもソフトクリームとアイスクリーム両方食べたいって言うから」

サトコ
「そうそう、それで、ハジメがアイスを買ってくれたんだよね」

ハジメ
「それで、次の日お腹壊して病院行かなかったっけ?」

サトコ
「よ、よくそんなこと覚えてるね」

久しぶりに会った二人が、昔話に花を咲かせるのは仕方のないことだ。
むしろ、子どもの頃のサトコが知れたと喜ぶべきかもしれない。

(だが···他のヤツから聞きたい内容じゃねぇ)

そして、さっきからサトコにイラついている理由は、とっくに分かっていた。
狭霧一と話すサトコが、今までに見たこともない穏やかな表情だったからだ。

(···俺には、そういう顔はさせられねぇ)
(当然だ···考えたってどうしようもねぇことだ)

サトコの全てを知るなど、無理な話だ。
過去などどうでもいいし、興味もないと思っていた。

(だが···)
(···これ以上、茶番に付き合うつもりもねぇ)

加賀
勝手にやってろ

立ち上がると、苛立ちを隠さないまま、店を出た。

【街】

店を出ても、サトコが追いかけてくる気配はない。

(···くだらねぇ)
(何を期待してんだ、俺は)

そのまま歩き、人混みの中に紛れ込む。

(過去の男ごときに、尻尾振りやがって)
(テメェの飼い主は、誰だ···)

そう尋ねれば、サトコが『加賀さんです』と答えるのはわかっている。
本当にアイツがそう思っていることも、知っている。

(なのに···なんでこんなにイラつく)
(昔の男がどうだろうと、今アイツが誰を想ってんのかくらい、分かってる)

それなのに、子どもじみた感情を抑えることすらできない。
その理由も、理解していた。

(こんなくだらねぇ感情は、経験したことがねぇ···)
(···好きな女が、他の男に尻尾振る姿がムカつくなんざ···)

加賀
···中学生か

それは、自分に対する言葉だった。
だがさっきのサトコと狭霧一の笑顔を思い出すと、別の苛立ちが込み上げてくる。

(···頭冷やすか)
(こんな無様な姿も、感情も···アイツには見せられねぇ)

むしろ、サトコが追いかけてこなくてよかったのかもしれない。
そう思った時、携帯にサトコから着信が入った。

加賀
······

(···出れば、また八つ当たりするだろう)
(感情的に、無様に当たり散らすなんざ···ごめんだ)

携帯をポケットにしまい、歩き続けた。

【学校 廊下】

翌日の日曜日、サトコから連絡は来たものの、電話に出ることはしなかった。
そして、週明けの月曜日。

(アイツのことだから、たぶん部屋の前まで来てたんだろうけどな)
(それでも···顔を見たら、狭霧一のことを口にしちまう)

そんな自分が許せない。
頭が冷えるまで、少しサトコと距離を置こうと思っていた。

(まだ俺に、こんな青臭ぇ感情が残ってるとはな)
(相手が何をしても、誰と付き合っても···今まで、気にしたことすらなかったってのに)

今さらながら、自分が滑稽で笑えてくる。
ふと、曲がり角の向こうからサトコの声が聞こえて来て、立ち止まった。

鳴子
「加賀教官に避けられてる?」

サトコ
「うん···さっき教官室にもいなかったし」
「颯馬教官や後藤教官にも行き先を聞いて探してみたんだけど、完全に撒かれちゃって」

鳴子
「サトコ、また何かやらかしたんじゃないの?」

サトコ
「それは否定できない」

(···やらかしたのは、テメェじゃねぇ)
(くだらねぇ感情に負けた、俺の責任だ)

そう思うのに、どうしても自分からサトコに声をかけることができなかった。

to be continued

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