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難波カレ目線 1話

「ひよっこのまなざし」

【パチンコ店】

パンパカパーン!ガラガラガラ‥‥‥

難波

おいおい、またフィーバーかよ

俺が待ってんのは、そっちじゃねえんだけどな‥

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俺は数日前からこの場所で、NPO法人『こどもの太陽』の代表である永谷を張っていた。

永谷はタクシーでも使わない限り、ほぼ毎日この店の前を通る。

怪しい動きや不審な接触があればすぐに動けるベストポジション、のはずだった。

難波

どうして動かねぇんだ‥

店員

「え、壊れてますか?」

俺のつぶやきを耳ざとく聞きつけ、店員の青年が台の前に顔を突っ込んできた。

店員

「そうか‥だからこんなにフィーバーしちゃってるのか‥‥‥」

難波

あのな、このフィーバーは俺の実力だ

(ったく‥今日はそろそろ潮時ってことか‥‥)

俺は不思議そうに見送る店員を無視して、玉がぎっしり詰まったケースを持ち上げた。

【街】

受け取った大量の菓子を抱えて店を出た。

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男の子

「ママ、見て。あのオジちゃん、あんなにお菓子持ってるよ!」

母親

「見ちゃダメよ!」

難波

‥‥‥

(完全に不審者扱いだな)

(まあ、昼間からパチンコ屋に入り浸ってるおっさんなんて、確かにロクなもんじゃねぇが‥)

母親に手を引かれて行った男の子は、真新しいランドセルを背負っていた。

(そういや、ウチも今日だったか?入校式‥)

一応手帳を開いてみると、『公安学校入校式9時』と走り書きがあった。

難波

あ‥

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でも今は、すでに午後3時を過ぎてしまっている。

難波

まあ、いいか‥

(どうせ行ったところで、おもしろくもない訓示を聞かされるだけだしな)

(いや‥むしろ俺が訓示を垂れなきゃいけなかったのか?)

一瞬ヒヤッとした。

でも石神は何も言ってこない。

あいつのことだ。きっとうまくやってくれたに違いない。

(そのうちだな。そのうち‥)

今の俺には、学校なんかより永谷の調査が大切だ。

【警察庁】

学校に顔を出さないまま、あっという間に2週間が経った。

難波

そろそろ一度くらい行かねぇとな‥

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タバコの煙をくゆらせながら、今日もまた同じことを考える。

数日前、警察庁の廊下で後藤に連れられた訓練生とすれ違った。

あの時は、『久々にフレッシュな若者たちと交わるのも悪くないか』と思ったのだが‥

(ん?アイツ‥)

考えていたら、まさにその女子訓練生が喫煙所の外をウロウロしているのが目に入った。

(もしかして道に迷ったのか?)

(勘弁しろよ。お前も一応、公安の一員なんだぞ?)

嘆かわしく思いつつ煙を吐いていると、女子訓練生と目が合った。

サトコ

「し、室長、お疲れ様です!」

難波

‥‥

明らかにビビっている。そして緊張からか、ロボットのように動きが不自然になっている。

そんな姿がおかしくて、思わず笑みがこぼれそうになった。

(俺を笑わせるとは、こいつなかなかやるな)

難波

おつかいか?

サトコ

「はい。後藤教官に頼まれまして」

難波

終わった?

サトコ

「はい‥」

難波

それじゃ、行くか

サトコ

「え、どこに‥でしょう?」

俺はその問いには答えず歩き出した。

こんな時、俺の行く場所はあそこに決まっている。

【ラーメン屋台】

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サトコ

「こ、ここは‥」

難波

ここのラーメンはうまいぞ~

大将、ラーメン3つ

サトコ

「え、3つ?」

コイツはいちいち反応が大げさだ。

でも、それもなかなかに新鮮で悪くない。

(まだまだピヨピヨしてて、まさにひよっこって感じだな)

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心の中でニヤリとしていると、3つ目のラーメンの主が登場した。

後藤

室長、お待たせしました

難波

おお、来たか

サトコ

「な、なんで後藤教官がここに?」

後藤

室長に呼び出された

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ひよっこは目を白黒させて驚いている。

難波

なんだ、もしかして俺と2人がよかったか?

サトコ

「そ、そういうわけではっ!」

難波

まあ、そう照れるな、あ‥

呼びかけようとして、もうすでに名前を覚えていないことに気づいた。

サトコ

「?」

難波

名前、なんだったっけ?

サトコ

「氷川です。氷川サトコ」

難波

ああ、氷川な。よし、覚えた

大将

「はいよ、ラーメン3つお待ち」

難波

おー、来た来た

ほら、どんどん食え。後藤も‥

『氷川も』と言おうとして、ふと氷川と目が合った。

(まだまだ真っ直ぐな目してんな‥)

その目が何となく懐かしく、思わず見入ってしまった。

(こんなヤツ、公安には向いてないだろ)

(すぐ辞めちまうなら、ヘタに深入りしない方がお互いのためかもな‥)

難波

ひよっこも

サトコ

「はい?」

難波

紛らわしいから、今日からお前はひよっこだな

サトコ

「あの、よっぽどその方が紛らわしい気が‥」

難波

いいから、食え。ひよっこ

サトコ

「は、はい‥」

(こいつの覚悟が決まるまで、こいつの呼び方はひよっこでいい)

でももし覚悟が決まったなら‥‥

公安として生きて行けそうだと思ったなら‥

その時こそ、ちゃんと名前で呼んでやろう。

【教官室】

数日後。

難波

そうか‥

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(やっぱりな‥)

後藤が顔色を変えて報告してきたのは、ひよっこの不始末だった。

永谷の尾行をしていたはずが、途中で痴漢に逢った女子高生を助けに入ったのだという。

お陰で、永谷を見失った。

後藤

すみません。私の監督不行き届きで‥

難波

本人を呼べ

(アイツはやっぱりダメかもな)

ダメだと分かったなら、一刻も早く引導を渡してやるのが室長としての俺の務めだ。

それが本人のためであり、公安全体のためでもある。

難波

俺たちの仕事に、すみませんで済ませられるようなもんは一つもないんだよ!

お前は、公安失格だ

プロに徹せないヤツは、辞めちまえ!

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サトコ

「!」

俺の大声に、ひよっこは顔をこわばらせて縮み上がった。

冷たく見下ろす俺の前で、悔しそうにじっと唇を噛み締めて立っている。

(一喝したらすぐに崩れるかと思ったが、意外と骨があるな‥)

その様子に、『今回のことは訳がある』と主張してこようとしたひよっこの気持ちが、

その時の覚悟が、少し伝わってきた気がした。

(こいつ、もしかしたら昔の俺に似てるのかもしれないな‥)

思いがけない感覚。

でも、引き留めるつもりはなかった。

これで辞めるなら辞めればいい。

(それでも食らいついてくるっていうんなら、その時は‥)

【教場】

あれから数日。

ひよっこに初心を思い出させられた俺は、珍しく熱い思いを語りたい衝動に駆られた。

難波

今日はお前らに、公安とは何かを考えてもらいたい

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戸惑う教官たちに構わず、無理やりねじ込んだ特別講義。

それは目の前のひよっこたちに向けたものでもあり、昔の俺に向けたものでもあった。

(公安での正義‥俺だって最初はそんなものに納得できなかった)

(いや、そんなもの、最初から納得しろって方が無理なんだ)

難波

公安の正義とは、国を守るための究極の正義だ

それを貫くためには、時に小さな正義を犠牲にしなくてはならないこともある

無理に分かれとは言わない。

ただ、もし必死に分かろうとする者がいるのなら、俺は責任を持ってその手を導く。

そう思って見回した教場の中で、ひときわ強いまなざしで俺を見つめていたのは‥‥

ひよっこだった。

to  be  continued

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