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オレの帰る家 難波2話

その日の課題をようやく終えた頃、室長が帰ってきた。

難波

ただいま

玄関から聞こえた声に時計を見ると、もう23時過ぎ。

(課題に追われて気づかなかったけど、こんな時間になってたんだ‥)

慌てて立ち上がり、室長を迎える。

サトコ

「おかえりなさい!」

難波

おう、遅くなっちまったな

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言いながら、室長は軽くキスを落とした。

(わ‥なんかこういうの、新婚さんみたい!)

サトコ

「お、お疲れ様でした‥」

難波

どうだ?鳥もひよっこもいい子にしてたか?

ん?

自分の言葉に引っかかって、室長は一瞬考える素振りを見せた。

難波

これじゃ、どっちも鳥だな

サトコ

「‥それもそうですね」

難波

そうか‥俺は沖縄で両手に鳥か‥

室長は楽しげに笑いながら、私の頭をガシガシ撫でた。

難波

で?鳥同士だけに、お前らはもう分かりあえたか?

サトコ

「それが‥」

ネムちゃんにつつかれた手に思わず触れる。

水を換えようとしては攻撃され、エサをあげようとしても威嚇され、

散々だった一日が思い出された。

難波

どうした?何か困ったことでもあったか?

黙り込んだ私を気遣うように、室長が顔を覗き込んでくる。

サトコ

「いえ、その‥」

難波

ん?

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一瞬、すべてを吐き出してしまいたい衝動に駆られた。

そんな私の頭に、室長がそっと手を置く。

難波

ほら、言わないと、こうするぞ

室長は私の頭を抱き寄せると、無精ひげをジョリジョリと私の頬にこすり付けた。

サトコ

「痛い‥痛いですってば!」

難波

じゃあ、正直に言え

サトコ

「正直にって‥これじゃ‥言えないですよ‥」

室長と戯れているうちに、さっきまで心にかかっていたどんよりした雲が吹き飛んで行った。

(気持ちも晴れたし、わざわざ蒸し返すことでもないよね)

(室長だって仕事で疲れてるのに、鳥の愚痴なんてきっと聞きたくないだろうし‥)

サトコ

「ないです。何にも、ないですよ」

難波

本当か?

サトコ

「鳥の世話は、鳥に任せておいてください」

難波

おお、頼もしいな

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室長はニッカリ笑うと、ようやく私を離してくれた。

難波

それじゃ、ちょっと着替えてくるわ

寝室に入っていく室長の後ろ姿には、心なしか疲れが滲んでいる。

(やっぱり、何も言わなくて正解だったよね)

【寝室】

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サトコ

「室長、入りますよ?」

着替えに入ったきり出てこない室長が気になって、そっと寝室をのぞいた。

室長は服を着たまま、うつ伏せにベッドに倒れ込んでいる。

サトコ

「あの、室長?」

難波

‥‥‥

(熟睡しちゃってるっぽい‥)

(このまま寝かせてあげたいけど‥スーツのままじゃさすがに窮屈だよね)

サトコ

「室長、起きてください」

難波

ん‥

サトコ

「せめて着替えだけでも‥」

うつ伏せの身体を起こそうとした瞬間、逞しい腕に組みつかれた。

サトコ

「きゃっ」

難波

んん‥

サトコ

「あ、あの‥室長!?」

難波

‥‥‥

なんとか抜け出そうとするが、室長の抑え込みは完璧だった。

(これはもう‥諦めるしかないかも‥)

室長の規則正しい寝息の音を聞いているうちに、私もいつの間にか深い眠りに落ちていった。

【リビング】

翌日。

慌ただしく室長を送り出した私は、再びネムちゃんの水替えに臨んだ。

(今日こそは‥!)

緊張と気合を込めて近づくと、なぜかカゴの鍵が開いている。

サトコ

「あれ?」

(昨日、閉め忘れちゃったのかな?)

(ちゃんと閉めたつもりだったけど‥つつかれたりして気が動転してたから、うっかりしたのかも)

(逃げ出されたりしたら大変だし、これからはちゃんと確認しないと‥)

サトコ

「はい、ネムちゃん、お水ですよー」

「きれいなお水になるんだから、ちょっとだけじっとしててね」

ネムちゃん

「ギョエッ」

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サトコ

「いたっ!」

再びくちばしでつつかれて、手の甲に痛々しい傷ができた。

サトコ

「もう、お願いだよ‥」

「私はあなたの敵じゃなくて、お世話係なんだから‥ね?」

ネムちゃん

「‥‥‥」

今度はしっかりと見つめ合ってから、そっと手をカゴに差し入れた。

ネムちゃん

「ギョエッ」

サトコ

「ひいっっ」

悲鳴を上げながらも、なんとか強引に入れ替えた。

サトコ

「セーフ‥」

ホッと胸を撫で下ろす私を、ネムちゃんは面白くなさそうに見つめている。

サトコ

「ありがとね。ネムちゃん」

必死に笑顔で笑いかけるが、ネムちゃんはプイッと反対方向を向いてしまった。

(さすがにこんな数日で懐かせるのは無理だよね。でもなんとか、だましだまし頑張ろう)

しっかりと鍵を掛けたのを確認し、今日も学校からの課題に励む。

ペンを握った手には、細かい傷が刻まれていた。

中でも今日つけられた手首の傷は、思いのほか大きく深い。

(こんな傷は訓練ではしょっちゅうだったし、慣れっこだけど‥)

(こんなことで私、本当に室長の役に立ててるのかな‥)

深いため息が漏れた。

♪~

サトコ

「メール‥室長からだ‥!」

開いてみると、そのには『今日は早く帰れそうだ』の文字。

サトコ

「やった!」

「早く帰ってくるなら、夕飯を作っておかないとだよね」

急にやる気が出て、冷蔵庫の中身をチェックしだす。

サトコ

「この材料だと、何が作れるかな‥」

料理のレパートリーなんて大してないけれど、

好きな人のために献立を考えるのはそれだけで結構楽しい時間だった。

(とりあえず、今私にできることを精いっぱいやるしかないよね)

(いちいち小さなことで落ち込んでたらダメだ‥!)

その夜。

予告通り早く帰って来てくれた室長と2人、手料理を囲んだ。

難波

うん、うまいな

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サトコ

「よかった‥食べたいものがあったら言ってくださいね」

「そうしたら私、頑張って作っておきますから!」

難波

‥‥‥

サトコ

「?」

室長にじっと見つめられていることに気付き、目で問いかける。

(室長、どうしたんだろう?)

難波

いや、いいんだけどな、別に‥

でもここではプライベートなわけだし‥

いいんだぞ?名前で呼んでも

サトコ

「名前でって‥ええっ?」

(そ、それはつまり‥仁さんと呼べと‥?)

(いやいやいや‥無理だよね。だって、だって‥)

難波

まあ、無理にとは言わんが

サトコ

「あの、いえ、その‥」

呼びたい気持ちと呼べない気持ちがぶつかって、うまく言葉にならない。

(仁さんなんて呼べたらステキだけど、年も結構離れてるし、あんまり気安くは呼べないよ‥)

難波

あ~悪かった。そんなに悩むな

お前の好きなように呼べ

サトコ

「あ‥はい。すみません」

難波

別に謝ることじゃねぇよ

室長はニッコリ笑うと、私の頭に軽く手を置いた。

(やっぱりひよっこだって思われちゃったかな‥)

(でも室長は、やっぱり室長だし‥)

【スーパー】

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その日は、ネムちゃんのお世話と課題を終えた後、スーパーに出かけた。

サトコ

「野菜は買ったし、あとは‥」

(そういえば室長、柔軟剤がないから洗濯物で肌がピリピリするってこぼしてたっけ‥)

室長の大きな身体に似合わぬ肌のデリケートさを思い出し、思わず笑みがこぼれた。

(しかも確か、いつものヤツじゃないとダメなんだよね)

(たぶんこれだとは思うんだけど‥でも違ったら大変だし‥)

しばらくあれこれ悩んだ結果、似たような商品を全部買っていくことにする。

(使わなかった分は私が持って帰って使えばいいしね)

どっしりと重くなった荷物をぶら下げ、眩しい日差しの中へと踏み出した。

【帰り道】

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(さすがに重い‥)

照りつける太陽が、荷物の重さに拍車をかける。

(やっぱりちょっと買い込み過ぎたかな‥)

後悔しかけたその時、フッと荷物が軽くなった。

サトコ

「!?」

振り返ると、室長が立っていた。

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サトコ

「室長!」

難波

ほら、そっちも貸してみろ

室長は私の両手から買い物袋を取ると、軽々と持ち上げて歩き出す。

サトコ

「ありがとうございます‥!」

難波

これから買い込むときは、俺がいるときにしろよ?

サトコ

「はい。でも‥」

(仕事で忙しい室長に、そこまで頼るのはさすがに‥)

(家事とネムちゃんのお世話は私の役目なんだし)

サトコ

「大丈夫です。私、結構力はあるので」

難波

あのな

室長は不意に立ち止まり、私をジッと見下ろした。

難波

ここにお前がいるのは確かに任務だが、俺の都合でもある

迷惑かけてんのはこっちなんだ。なんかあったら、ちゃんと言えよ

(なんかあったら‥)

サトコ

「はい‥」

真剣な表情の室長を前に、私も神妙にうなずいた。

(室長、分かってるんだ)

(私が色々言いたいこと、遠慮して言えないでいること‥)

難波

俺もな、お前を呼び寄せるのは公私混同かもしれねぇと最初は思った

でも今は、お前に頼んでよかったと思ってるよ

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サトコ

「室長‥」

難波

鳥の世話に家事に学校の課題に‥お前は全部ちゃんとこなしてる

こういうことは、誰にでもできるもんじゃねぇからな

偉いと思ってるよ

サトコ

「‥ありがとうございます」

難波

もちろん、だからって無理はするなよ

お前は、今のままでも充分頑張ってるんだからな

サトコ

「‥はい!」

室長の言葉が、何度も折れかけた私の心に響き渡った。

(室長がこんな風に認めてくれるなら、私どんなことでも頑張れる‥!)

サトコ

「約束します。これからは、なんかあったらちゃんと言うって」

今まではきっと、自分のしていることに自信がないから言えなかった。

でも、今なら。

難波

よし、約束だ

室長は微笑みながら、小指を差し出してきた。

私もそっと、小指を絡める。

また一つ室長との距離が縮まった気がして、私は心躍らせながらマンションに戻った。

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事件が起きたのは、その数日後。

夕食の買い出しから戻ると、何か部屋の様子がおかしかった。

サトコ

「?」

不思議に思い、部屋を見回す。

視線が鳥かごの所まで来て、ハッとなった。

サトコ

「ど、どうして!?」

カゴの中にネムちゃんの姿がない。

サトコ

「ウソでしょ‥」

「ちゃんと鍵は掛けたはず‥」

言いながら鍵に触れて、それが壊れていることに気付く。

(もしかして、この間も鍵を閉め忘れたんじゃなくて、鍵が壊れてた‥?)

サトコ

「なんであの時に気付かなかったんだろう‥!」

悔やみながら、急いで家中を探し回った。

でもネムちゃんの姿はどこにも見当たらない。

こんな日に限って、いつもはちゃんと閉めるはずのリビングの窓が少しだけ開いていた。

(ここから外に出ちゃったのかも‥)

(でもまだ今なら、そんなに遠くには行ってないかもしれないよね‥!)

私は慌てて、玄関を飛び出した。

to  be  continued

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