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続編 難波 シークレット3

【地下牢】

銃の闇取引を追って富豪宅のパーティーに潜入した俺とサトコは、

不覚にも主催者側に拘束され、2人で別々の地下牢に閉じ込められた。

目の前にはガス室。

電子制御されたドアを正面突破する以外に逃げ道はなく、まさに絶体絶命のピンチだ。

サトコ

「あの、私‥!」

分厚い壁を隔てて、突然サトコが思いつめた声を上げた。

(どうしたんだ?)

ただならぬ様子に心配が深まるが、顔さえまともに見られないこの状況が恨めしい。

サトコ

「本当は、ずっとずっと一緒にいたかったんです」

「室長の‥傍に‥」

難波

サトコ‥

思いがけないサトコの言葉に胸が熱くなった。

(自分から距離を置きたいなんて言っておきながら)

(サトコも俺と同じように、必死に一緒にいたい想いを堪えてたってことか‥)

それなのに俺はサトコの気持ちも知らず、

手を離してやることがサトコのためかもしれないなどと、

まったく見当違いなことを考えていた。

サトコ

「でも私はどんなに頑張っても三上さんみたいにはなれなくて‥」

難波

ミカミ‥って、科警研の三上のことか?

(何でここで急に、三上の名前が出てくるんだ?)

予想外の展開に、俺は軽く混乱した。

サトコが三上と自分を比較する意味が分からない。

サトコ

「お見合いのこと、室長は何も言ってくれませんでしたけど、私はずっと気になってたんです」

難波

(見合いって‥それで、三上か‥)

難波

お前‥そんなことを‥?

サトコ

「部屋にあったお見合い写真にも気づいていたのに、気づかないふりをしてました」

「聞くのが怖くて‥」

サトコが見合いのことに気付いていたとは知らなかった。

あの見合いは俺にとってはどうでもいいことで、だからあえて話にも出さなかっただけなのだが‥

(こいつは俺が三上と見合いをしてると思ってたのか‥)

サトコ

「私は三上さんに何ひとつ勝てるものがないし」

「三上さんみたいに室長に釣り合う女性でもありません」

「だから、こんな私に室長の傍にいる資格は‥」

(何を言ってるんだ、サトコ‥!)

俺は、大声を上げてしまいたい気分だった。

(俺がお前に、俺と釣り合う女になって欲しいなんて望んだことがあったか?)

(だいたい、俺と釣り合うってどういうことだよ‥年齢的にか?それとも、階級的にか?)

もどかしく思う一方で、自分もまた「年上だから」という概念に捕らわれていたことに思い至る。

(俺がそう思っていたように、年下は年下でこんな風に思っちまうってことか‥)

年の差ゆえの悩み。

それを感じさせないようにと思っていた割に、

俺はサトコの気持ちを何もわかっていなかったようだ。

(万一ってこともある。今、言うべきことは言っとかなきゃいけねぇよな‥)

難波

サトコ、顔を見せてくれないか?

柵から必死に顔を覗かせ、隣の牢に呼びかけた。

ためらいながらもようやく顔を覗かせてくれたサトコに、思いのたけを打ち明ける。

難波

俺はな、サトコ‥

別れたっていいと思ってた

サトコ

「!」

難波

それが、お前の望みなら。でも‥

そこまで言ったとき、階段を下りてくる足音が聞こえて来た。

ウィーン‥ガチャン!

難波

サトコ

「!」

現れたのは、俺たちを拘束してここに連れてきた2人の男だ。

(無粋な野郎だ‥これが最後かもしれねぇんだから、せめて最後まで言わせろよ‥)

男たちにガス室の前へ連れて行かれながら、腹立ちと後悔が押し寄せる。

(こんな後悔を残したままじゃ、死ぬわけにいかねぇな)

(こうなったら、何としてもここから脱出してやる‥)

そして必ず、サトコに俺の素直な気持ちを伝える。

俺はこの時、そう決意した。

【学校 屋上】

絶体絶命の危機を乗り越えて、俺とサトコはどうにか生還することができた。

(あの時決めたんだ。今こそ、自分の気持ちをちゃんと言わないとな‥)

俺が腹を決めたその時、一瞬早くサトコが切り出した。

サトコ

「私は、室長のことが大好きです」

難波

サトコ

「階級も私より全然上だし、公安刑事としてもすごくて‥尊敬しています」

「でも尊敬と同時に、引け目も感じていたんです」

難波

‥‥‥

(引け目って‥もしかしてお前、それで‥?)

俺はこの時、初めてサトコの焦りの正体を知った。

何をそんなに焦っているのかともどかしい思いをさせられたが、その原因はたぶん俺だ。

サトコが焦っていたんじゃない。

きっと、俺がサトコを焦らせていた、知らず知らずのうちに。

サトコ

「私じゃ、どう頑張っても室長に釣り合う存在になれない‥室長の足を引っ張るばかりだって‥」

「もっともっと訓練して勉強して」

「女性としても刑事としても、早く室長にふさわしくなりたいって思って、それで‥」

難波

距離を置きたい、なんて言ったのか?

サトコ

「‥はい」

難波

バカだなぁ、お前は

指輪を外して欲しいと言い出せなかったり、見合いのことを聞けなかったり、

サトコはいつも自分1人で悩みや不安を抱え込もうとする。

そんなサトコが健気で、健気すぎて、涙が出てしまいそうになった。

難波

俺はお前に釣り合って欲しいなんて思ったことは、これっぽっちもないぞ

だいたい、俺とお前が釣り合うとか釣り合わないとか、そんなもん何も関係ねぇだろ

俺はお前にそんなこと求めてないし

この道何十年のおっさんが、ひよっこのお前にそう簡単に肩を並べられてたまるか

サトコ

「室長‥」

難波

亀の甲より年の功ってな

おっさん侮るべからずだ

照れを隠すようにおどけて言いながら、サトコの頭にポンと手を置いた。

(サトコだって言ってくれたんだから、俺も言うぞ‥)

(あの時、牢で言えなかったこと‥俺の正直な気持ち‥)

今までは、おっさんだから恥ずかしくて口に出せないことだってあると、自分に言い訳をしていた。

難波

お前はお前のままでいいんだって

誰の比較でもない。お前だから、傍にいて欲しいんだよ

サトコ

「‥‥‥」

サトコの目から、ハラハラと涙がこぼれた。

(こんなことなら、恥ずかしがってないでもっと早く言うべきだったな‥)

反省を込めて、ギュッとサトコを抱きしめる。

俺が先輩の事件で苦しんでいる時、サトコはいつだって俺の心に寄り添ってくれた。

俺がこうして前を向けるようになったのは、サトコのお陰に違いない。

そんな優しいサトコも、信念を持って公安の仕事に取り組むサトコも、

俺にとってはいつも限りない力を与えてくれる存在だ。

まるで、太陽みたいに‥‥‥

(サトコ‥お前は俺の太陽なのかもしれねぇな‥)

涙を浮かべながらもそっと微笑んだサトコは、本当に太陽みたいに眩しかった。

【難波 マンション】

あれからというもの、また楽しい週末が戻ってきた。

難波

今日のパスタもうまかったな~

和食に中華にイタリアンに‥本当にサトコの作るものはなんでもうまい

サトコ

「本当ですか?」

2人で並んで洗い物をしながら言うと、サトコは嬉しそうに俺を見た。

サトコ

「ふふふっ‥そんな風に褒めてもらえると嬉しいな」

難波

ぷっ‥

サトコ

「な、なんですか?」

難波

立派なヒゲが生えてるな、ひよっこ

サトコのアゴについた泡を見て、思わず吹き出した。

(これがまた、結構似合ってるんだな‥)

難波

くくく‥

サトコ

「もう、どこですか?恥ずかしいから、笑ってないで早く拭いてくださいよ!」

手が泡だらけのサトコは、必死に肩の辺りに頬をこすりつけている。

難波

いいじゃねぇか。そういうのも新鮮でかわいいって

さしずめ、ひよ爺さんてとこか

サトコ

「また子ども扱いして~」

難波

わかったよ。拭いてやるから、じっとしとけ

サトコの顔を正面から覗き込み、親指でそっと泡を拭きとった。

難波

でもやっぱり、こっちの方がかわいいか

言いながら、軽く唇にキスを落とす。

サトコ

「!‥ありがとうございました‥‥」

サトコは一瞬驚いたように目を見開いてから、嬉しそうに洗い物を続けた。

難波

ところで、ひよっこ‥

サトコ

「はい?」

難波

ひよっこは今度の休み‥

サトコ

「あの‥!」

サトコは俺の話を遮ると、蛇口を締めて俺に向き直る。

難波

ん?

サトコ

「室長は、私には名前で呼べって言ってたのに、私のことは結局ひよっこ呼びですか?」

難波

‥ははは、それもそうだな

でも俺さ、この呼び方好きなんだよな

ピヨピヨしててかわいいだろ?

サトコ

「そうかもしれませんけど‥」

サトコはちょっと不服そうに頬を膨らませる。

難波

そう怒るなって

サトコ

「怒ってませんよ、別に‥」

難波

じゃあ、そのかわいい顔をフグみたいに膨らますの、止めてもらえるか?

そうじゃないと、ひよっこどころかフグっ子になっちまうぞ

サトコ

「そ、それは嫌です‥!」

難波

じゃあ‥

サトコ

「‥‥‥」

サトコは素直に頬を引っ込めた。

難波

はい、よくできました

言いながら、再びキスをする。

サトコ

「やっぱり子ども扱い‥」

難波

こればっかりはな‥

サトコ

「?」

難波

たまに子ども扱いしてないとさ、止められなくなるんだよ‥

(だからひよっこ呼びも、拗ねたような表情を見られるのも)

(俺の特権ってことにしといてくれないか‥?)

俺は濡れた手にも泡にも構わず、サトコを抱き寄せた。

そして今度はさっきよりも、熱く深いキスを落とす。

サトコ

「んんっ‥」

難波

こうなっちゃうと、困るだろ‥?

サトコ

「‥はい、今は」

サトコは頬を真っ赤にしながら俺の腕を逃れ、洗い物に戻った。

難波

今はってことは、早く終わったらいいてことだよな

サトコ

「え‥?」

難波

それじゃ、さっさと終わらせるか!

気合を入れて皿のすすぎを始めた俺を、サトコは苦笑して見つめた。

早く抱きしめたくて、ずっと抱きしめていたくて、誰にも渡したくなくて。

恋ってこんな感じだっただろうかと、くすぐったい想いが湧き上がる。

でもそのくすぐったさの先にある安心感と限りなく深い愛しさが、

俺に『愛』という言葉を思い起こさせた。

Happy  End

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