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ほてりが冷めるまで 東雲1話

【改札口】

雲ひとつない青空の下。

アスファルトの照り返しに体力を削られながら、私はフラフラと歩いていた。

(暑い‥暑すぎる‥)

(もうすぐ8月も終わるのに‥)

しかも‥

女1

「ねぇ、花火大会の会場、混んでるかな」

男1

「いや、この時間なら大丈夫だろ」

(いいな、浴衣で花火大会なんて‥)

可愛い女

「ねぇ、憲ちゃーん。お祭りでリンゴ飴食べたーい」

憲ちゃん

「そ、そら子さん、もう少し離れて‥」

(‥こっちはお祭りか)

(なのに、なんで私だけこんな目に‥)

サトコ

「こんな夏デート、望んでないんですけどーっ!」

【東雲マンション】

元はと言えば30分前‥

教官の家でテレビを観ていたときのこと

サトコ

「うわ‥観てください、教官」

「今日って今年一番の猛暑らしいですよ」

東雲

‥‥‥

(でも、こんな暑い日こそ、海に行きたいよね)

(それか、ウォータースライダーを楽しめるプールとか‥)

(ああ、でも教官は人混みが嫌いだから静かな博物館の方が‥)

東雲

暑‥

サトコ

「そうですか?」

「だったらエアコンの設定温度、下げましょうか」

東雲

いらない。乾燥するし

それにムダに身体を冷やしたくない

(それもそっか、じゃあ‥)

サトコ

「うちわ、使います?」

「ここに来る途中でもらったんですけど‥」

東雲

え、今時?

サトコ

「あっ、バカにしてますね。でも意外と涼しいんですよ」

「ええと、たしかバッグの中に‥」

「‥あった!」

東雲

だからいらないって‥

サトコ

「そう言わずに、まずは体験してみてくださいよ」

「じゃあ、扇ぎますね~」

バサバサバサ‥

サトコ

「‥どうですか?」

東雲

もう少し広範囲で

バサ‥バサ‥バサ‥バサ‥

サトコ

「‥どう、ですか?」

東雲

もう少し風速強め

サトコ

「‥‥‥っ!」

バサバサバサ‥‥っ

サトコ

「どう‥ですか‥っ」

東雲

あーいい感じ‥

その調子で、今日は1日中扇いでいてよ

サトコ

「はい、よろこんで!」

(って違う!)

サトコ

「そんなのイヤです!」

「それじゃ、どこにも出かけられないじゃないですか!」

東雲

え、まさかキミ、出かける気だったの?

この猛暑日に?

(ええっ!?)

サトコ

「だって、今日は8月最後のお休みですよ?」

「もうすぐ夏が終わっちゃうんですよ?」

東雲

‥‥‥

サトコ

「候補はいろいろあるんです」

「ほら、レジャー雑誌も持ってきましたし」

東雲

怖‥

なに、この付箋の量‥多すぎじゃない?

サトコ

「だって行きたい場所がいっぱいあって‥」

「ちなみに私のおすすめは‥」

<選択してください>

A: 海

サトコ

「やっぱり海ですね」

「長野のかっぱとしては、思いきり泳ぎたいですし」

東雲

海で?かっぱなのに?

サトコ

「え?」

東雲

かっぱって川が生息地じゃん

なのに平気なの?海水とか

サトコ

「そう言えばそうですね。じゃあ、まずは調べて‥」

「じゃなくて!」

B: 花火大会

サトコ

「花火大会ですね!」

「2人で土手に座りながら、花火を見上げて‥」

「最後の大きな花火が打ちあがると同時に‥」

「サマータイムキッス‥」

東雲

‥キモ

ていうか観たよね、花火なら

サトコ

「えっ、いつですか?」

東雲

去年

サトコ

「去年の花火と今年の花火は違うんです!」

C: 激突・男のはだか祭り

サトコ

「『激突・男のはだか祭り』ですね」

東雲

‥は?

サトコ

「すごいんですよ、これ」

「ふんどし姿の男の人たちが神輿を担ぐんですけど‥」

「なんと!飛び入り参加OKだから、教官もぜひこの機会にふんどし姿に‥」

「ああっ、嘘です!行かないで‥っ」

サトコ

「とにかく、このレジャー雑誌を読んでください」

「1ヶ所くらいは行きたい場所が見つかるはずですから」

東雲

あっそう。じゃあ‥

‥‥‥

‥ないね

サトコ

「3秒しか見てないじゃないですか!」

(ああ、もう‥!)

サトコ

「どうしてそんなに嫌なんですか?せめて理由を聞かせてください」

東雲

1・日焼けしたくない

2・人混みに行きたくない

3・不必要な汗をかきたくない

(うっ、いかにもすぎる‥)

東雲

逆に質問なんだけど

キミこそ、家で過ごすことの何が不満なわけ?

サトコ

「何って‥」

「1・夏だから‥」

「2・夏だから‥」

「3・やっぱり、夏‥‥」

東雲

理由になっていない

もしくは世間に踊らされすぎ

(うっ‥)

東雲

海なら秋でも行ける

プールも同じ。屋内プールがある

祭りも花火も、地方によっては秋に開催される

キミが生まれた長野県がまさにそうじゃない

サトコ

「そ、それは‥」

(でも、やっぱりお家デートより外がいいっていうか‥)

(日焼けしても、汗かいても、私は教官と一緒ならいいのに‥)

納得していないのが伝わったのか、教官は手にしていた本をパタンと閉じた。

東雲

そんなに不満?

<選択してください>

A: 不満です!

サトコ

「すごく不満です!」

「世間に踊らされていようと、夏は野外です!」

「太陽の日差しを浴びながら、汗をかくべきです!」

東雲

じゃあ、学校のグラウンドを20周‥

サトコ

「加賀教官みたいなこと、言わないでください!」

B: う、うーん‥

サトコ

「う、うーん‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「うーん‥」

東雲

‥じゃあ、オッケーってことで

サトコ

「待って‥まだ考え中です!」

C: 家イチャするなら我慢する

サトコ

「ええと‥家イチャするなら我慢できるかも‥」

東雲

家イチャ?

サトコ

「『家でイチャイチャすること』です」

「たとえば、こんなふうに1日中ぴったり密着‥」

(な‥)

サトコ

「なんで逃げるんですか!」

東雲

暑苦しいから。キミの存在自体が

(ひどっ!)

(うう、もう‥こうなったら‥)

サトコ

「外、外!」

「お願いですから、外デートしましょうよー」

東雲

‥‥‥

サトコ

「もうこの際どこでもいいです!」

「ショッピングでもカフェめぐりでも‥」

「いっそ、安いお化け屋敷でもいいですから~」

東雲

‥わかった

そこまで言うなら、キミの願いを叶えてあげるよ

サトコ

「ほんとですか!?」

(やった!ついに粘り勝ち‥)

東雲

これ、小銭入れね

サトコ

「?」

東雲

夏限定の『ピーチネクターアイス』、今すぐ買ってきて

サトコ

「‥‥‥」

というわけで‥

【改札口】

楽しそうなカップルが行き交う街中を、私は1人で歩く羽目になったのだ。

(オニだ‥ほんとオニすぎるよ‥)

(こんな炎天下のなか、パシリにするなんて)

サトコ

「でも、よかった‥5軒目で無事に見つかって」

(先週の限定商品なんて10軒まわったもんね)

(そう考えると、今日のは楽勝だったかな)

サトコ

「‥にしても‥」

(そんなにイヤなのかな、外出するの)

(私としては、今年最後の夏の思い出を作りたかったのに)

サトコ

「って、やば‥早く帰らないと」

(この暑さだとアイスもすぐに溶けちゃうよね)

(とりあえず教官の家まで走って‥)

サトコ

「‥っ」

(え、めまい‥?)

驚いて立ち止まったものの、視界はどんどん狭まる一方で‥

(まずいよ‥ここで倒れたら‥)

(どこか‥休めるとこは‥)

【公園】

なんとか公園までたどり着くと、私はベンチに腰を下ろした。

(やば‥気分が‥)

(まさか熱中症?とりあえず水分をとらないと‥)

さっき、コンビニで買ったお茶を口にしてみる。

けれども、身体の怠さはすぐには抜けそうにない。

(どうしよう‥本当にこのままじゃ‥)

(助けて‥教官‥‥どうか‥)

私は、かろうじてスマホを取り出すと、リダイヤルの番号をタップした。

(うう、怠い‥)

(教官‥早く来て‥)

???

「‥ぱい!氷川先輩!」

(え‥)

???

「意識ありますか?大丈夫ですか?」

(あれ、この声‥)

宮山

「ああ、よかった!意識はありますね」

「救急車を呼びますか?休むだけで大丈夫ですか?」

サトコ

「大丈‥夫‥」

宮山

「わかりました。じゃあ、膝を貸しますんで」

(膝‥)

(それってつまり膝枕‥)

サトコ

「!!」

「だ、大丈夫!もう平‥」

「‥っ」

宮山

「ああ、ほら‥急に起き上ろうとするから」

「しばらく大人しくしていてください。どうせ動けないんですし」

(そ、そんなわけには‥)

焦る私を見て、宮山くんは困ったように眉をひそめた。

宮山

「そんなにイヤですか?『後輩』に膝枕されることが」

サトコ

「違‥」

宮山

「それとも相手が俺だからですか?」

「だから、そんなに嫌がるんですか?」

サトコ

「‥っ」

宮山

「でも、先輩言いましたよね。俺が告白した時‥」

「俺のこと『後輩としてしか見られない』って」

サトコ

「‥‥‥」

宮山

「だったら、これくらい‥」

「『後輩』としての務めくらい果たさせてほしいんですけど」

(宮山くん‥)

宮山

「ああ、でも今回のことは普通に嬉しかったかな」

「まさか先輩が俺に助けを求めてくれるなんて」

(‥え?)

宮山

「佐々木先輩でもなく千葉先輩でもなく、俺って‥」

「少しは希望があるのかも、なんて」

(ちょ、違‥)

(ほんとは東雲教官に電話したつもりで‥)

宮山

「前にも言いましたけど、俺、諦めてませんから」

「先輩がフリーでいる限り、希望は捨てないんで」

(困るよ!ほんとはフリーじゃないんだってば!)

でも、言えない。

教官とのお付き合いは皆には秘密なのだ。

(‥やっぱりダメだ)

(いろいろマズすぎるよ、このシチュエーション)

(こうなったら、意地でも起き上って‥)

???

「あれ‥このあたり、なんだか妙に暑いなぁ」

サトコ

「!!」

(こ、この声は‥)

東雲

へぇ、原因はここか

(ぎゃっ!)

東雲

困ったなぁ

猛暑日にそんなことしてたら地球温暖化が加速するんじゃない?

目の前に現れた教官と、未だ膝枕されたままの私。

炎天下にもかかわらず、体感温度が確実に10度は下がったような気がした。

to  be  continued

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