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総選挙2016① 心霊旅館:東雲2話

コンコン‥

控えめに響くノックに、私は布団の中で息を詰めた。

(どうしよう、まだ聞こえてくる‥)
(もしかしてドアを開けるまで続くの?)
(で、でも、だからってドアを開けてまた誰もいなかったら‥)

すると、スマホがピンポーンと軽やかな音をたてた。

(あ、LIDE‥)
(!?東雲先輩から!?)

『寝た?』

サトコ
「お、おお‥『起きてます』‥送信‥」

ピンポーン!

(えっ、ドアの外から?)

東雲
氷川さん、開けて

(うそ、先輩だったの!?)

私は、大慌てでドアノブに飛びついた。

【廊下】

サトコ
「す、すみません、お待たせしまして」

東雲
別に。想定内だったし
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それより。はい、コレ

サトコ
「‥ええと、この紙の束は‥」

東雲
世の中の『心霊現象』と呼ばれているものがいかに眉唾モノなのか、調べておいたから
とりあえず読めば?眠れない夜の暇つぶしに

(東雲先輩‥)

胸が苦しくなった。
ぎゅう、とどうしようもなく痛くなった。

サトコ
「すみません、先輩‥」
「これ、調べるの大変でしたよね」

東雲
‥は?

サトコ
「なのに私が幽霊を怖がったりするから‥」
「そのせいで先輩によけいな手間かけさせてしまって‥」

東雲
だからオレは‥っ

東雲先輩は、何かを言いかけて‥
何故か「ああ、もう!」と大きく首を振った。

東雲
そこ退いて

サトコ
「えっ」

東雲
これから何が起きても『それは心霊現象じゃない』って証明してみせるから
中に入れて

サトコ
「そ、それはちょっと‥」

東雲
ちょっと、何?

サトコ
「だって夜だし、こんな時間帯に男女2人きりとか‥」

東雲
何もしない

サトコ
「‥っ!」

東雲
するわけないじゃん。キミ相手に

サトコ
「そ、そうですよね‥」

(そうだよ‥東雲先輩が私に何かするはずないよ)
(告白した時、あんなにはっきり『無理』って言われたのに)

どうぞ、と避けると、先輩は部屋にあがりこんできた。

【部屋】

東雲
ふーん‥確かにオレの部屋より肌寒いね

(や、やっぱり‥)

東雲
あと、こういう絵画ってさー、よく額縁の裏に‥
ほら、あった。お約束の『お祓いの札』‥

(ひ‥っ)

東雲
でも、この部屋『心霊スポット』として有名なんでしょ
だったら案外わざとかもね。それっぽさを演出するための
肌寒いのだって、わざと空調をコントロールしてる可能性があるし

(そう‥なのかな‥)

東雲
あと何だっけ、キミが気になってたのは‥

サトコ
「男の人の声と、ノックです」

東雲
ああ、何度もノックされたのに、ドア開けたら誰もいなかったんだっけ
それについては、ただのいたずらの可能性が高いんじゃない?
いわゆる『ピンポンダッシュ』的な‥
幸い、隠れられそうな場所がいくつかあるわけだし

(言われてみれば‥)

東雲
声は、キミと鳴子ちゃんが聞いたんだっけ?

サトコ
「いえ、鳴子だけです。私は何も‥」

東雲
じゃあ、受話口以外のところから聞こえてきたのかもね
キミは聞いていないわけだし

(あ、確かに‥)

東雲
他に何かある?
もし、『何もしていないのにテレビがついた』って言うなら‥
理由の多くはタイマー機能のせいだし
ラップ音と言われている『ミシッ』って音は‥
天井や床が木材だと、わりと頻繁に起こりえる現象だし

サトコ
「は、はぁ‥」

(さすが東雲先輩‥)
(先輩と一緒にいると、世の中の超常現象がすべて解明されちゃうんじゃ‥)

東雲
ていうかさ
さっきから離れすぎなんだけど、キミ

サトコ
「えっ」

東雲
なんでそんな離れて座ってんの
しかもなんで正座?

サトコ
「そ、それは‥」

東雲
「何?まだ信用できないの、オレのこと」

サトコ
「そ、そんなわけ‥」

東雲
じゃあ、なんで離れてんの?

サトコ
「だ、だって‥」

東雲
‥‥‥

サトコ
「だって先輩、私のこと嫌い‥」

東雲
!!
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サトコ
「ぎゃああああっ!」

突然訪れた暗闇に、僅かに残っていた理性が見事に消え去った。

サトコ
「出た、出た‥っ」

東雲
バカ!落ち着いて‥

サトコ
「や‥っ」

東雲
だから落ち着けって!

ひゅっ、と喉から息が漏れた。
気がつけば私は、誰かの腕の中にいた。

(この腕って‥まさか先輩‥?)
(ででで、でも幽霊の可能性も‥)
(‥そうだよ、先輩より幽霊の可能性の方がきっと高い‥)

パチッと再び蛍光灯がついた。

(あ、良かった‥また明るくな‥)

東雲
‥‥‥
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(うそ‥抱きしめてたのって‥)
(本当に、本物の、正真正銘の‥)

サトコ
「ぎゃああっ」

東雲
うるさい
あと、なに?『ぎゃあ』って
せめて『きゃあ』って‥

サトコ
「だだだ、だって!先輩が私のこと抱きしめて‥」

東雲
仕方ないじゃん
キミが暴れるから

サトコ
「で、でも‥」

東雲
あと、嫌いじゃないから

(‥え?)

東雲
キミのこと。別に嫌いじゃない
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サトコ
「‥‥‥」

東雲
そもそも来ないから
嫌いな子の部屋に、こんな時間帯に

(そ、それって‥)

サトコ
「それって、つまり、もしかして私のことが好‥」

ちゅっ!

サトコ
「!?」

東雲
‥鈍すぎ

サトコ
「で、でも‥」
「んんっ‥」

(待って!)
(まだ答え合わせしてない‥っ)

けれども、先輩はお構いなしに、私の唇をはむはむしてくる。

サトコ
「は‥」
「ん‥んん‥っ」

(なんで?)
(どうして?)

そんな言葉が何度も頭の中を駆け巡る。
けれども、先輩とのキスは気持ち良すぎてなかなか口に出すことが出来ない。

(ダメだ‥聞かないと‥)
(ちゃんと確認しないと‥)

サトコ
「先輩、好‥」
「んっ‥」

(だから確認‥っ)

サトコ
「先ぱ‥わ‥私のこと、好‥」

東雲
うるさい

サトコ
「んんっ‥」

(うるさいって‥)
(どうして?ねぇ、どうして?)
(どうして先輩は、ちゃんと答えてくれないの‥?)

そうして、気がつけば‥
私は、暗闇の中にいた。

(あれ‥ここは‥)

???
「好き‥」

(え‥)

???
「好きだ、キミのことが」

(『キミ』って、私のこと?)
(誰が私を好きって言ってるの?)

サトコ
「誰‥あなたは?」

サトコ
「あなた‥は‥誰‥」
「‥‥‥」
「‥え‥?」

(私、眠ってた‥?)

ぼんやりと開いた目に、天井が映っている。
身体を起こそうとしてみたものの、ひどく怠くてうまくいかない。

サトコ
「先輩‥?」

返事はない。

サトコ
「東雲‥先輩‥?」

やっぱり返事はない。
それどころか、この部屋に人がいる気配すらなかった。

(なんだ‥)
(じゃあ、あのキスはただの夢‥)

東雲
起きた?
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サトコ
「ひ‥っ!」

東雲
なに、その声
驚きすぎ

サトコ
「す、すみません‥」

(でも、そんな登場の仕方するから‥!)

東雲先輩は身体を起こすと、今度は少し距離を置いて私を覗き込んできた。

東雲
よく眠れた?

サトコ
「はい、まぁ‥」

東雲
ていうか、すごいよね。ある意味
途中で眠るとか

サトコ
「途中‥?」

(ああ‥っ!)
(そうだ、私、キスしてる途中で意識を飛ばして‥)

サトコ
「すみません!本当にすみません!」
「その、なんていうか‥先輩のキス、すごき気持ち良くて‥」

東雲
あっそう。へぇ

ちゅ、と軽く唇をぶつけられる。

サトコ
「ひゃっ!」

東雲
なに、どうかした?

サトコ
「あ、その‥」
「先輩の唇‥なんだか冷たくて‥」

東雲
だろうね
今まで放置されてたから。誰かさんに

(うっ、痛いところを‥)

東雲
「だからさ‥温めてよ」
「キミの身体で」

(え‥)

東雲
ほら、責任とって

(責任って、まさか‥)

サトコ
「んんっ」

答えを確かめる前に、再び唇を重ねられた。
今度は深く、とろけるように。

サトコ
「や、待っ‥」

東雲
‥‥‥
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サトコ
「待って、私‥」
「まだ答え、聞いてな‥」

東雲
好きだ

サトコ
「!」

東雲
好きだ‥キミのことが‥
初めて見た時から、ずっと‥

(え、初めて‥?)

サトコ
「‥っ」

浴衣のあわせに手を差し込まれる。
氷が滑るようなその感覚に、背筋がピクリと震えてしまう。

東雲
‥‥‥なに怯えてるの

サトコ
「あ、その‥」

東雲
大丈夫‥優しくするから

(違‥そうじゃなくて‥)
(先輩の手‥冷たすぎて‥)

さらに指先に触れた先輩の髪の毛が、どういうわけかひどく濡れている。
汗なんてものじゃない。
まるで雨にでも濡れてきたかのようだ。

(なんで、こんな‥)
(先輩の髪‥いつもサラサラなのに‥)

東雲
よそ見するな

サトコ
「!」

東雲
オレを見て‥
オレだけを見て‥そうすれば‥
キミの欲しい言葉、全部囁いてあげる

(私の‥?)

東雲
好きだ‥愛している‥

サトコ
「‥っ」

東雲
キミが愛おしい
キミしか見えない
キミを‥ボクだけのものにしたい‥

(‥『ボク』‥?)

サトコ
「ふ‥っ」

ふつりと浮かんだ違和感は、甘い毒に溶かされて消える。

東雲
そう‥それでもいい‥
何も考えないで‥
すべてをボクに委ねて‥
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はだけた胸元に刻まれた愛のしるし。
唇は動くのに、こぼれるのは言葉ではなく吐息ばかりだ。

東雲
ああ、いい子だ‥なんて可愛い‥

サトコ
「あ‥」

東雲
大丈夫‥優しくするよ‥
優しく‥誰よりも優しく抱いてあげる‥
だって『カレ』がそう望んでいるんだもの

(‥『カレ』‥?)

東雲
だから、一生ここで暮らそう?
この部屋で『ボクたち』と永遠に‥

End

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