カテゴリー

加賀 Season2 エピローグ 2話

【駅】

長野に帰省して、数日。

昔勤務していた交番でかつての上司に卒業報告の挨拶をしたあと、とある場所へ急いでいた。

(結構遅くなっちゃった‥!まだ約束の時間には余裕あるけど)

待ち合わせ場所には、予想通り、加賀さんの姿があった。

サトコ

「お、お待たせしました!」

加賀

‥遅ぇ

サトコ

「すみません‥!思った以上に話が弾んで」

「でも、あの‥まだ待ち合わせの時間じゃないですけど」

加賀

テメェが俺より先に来たことがあったか?

サトコ

「あ、ありますよ‥1回か2回くらいは」

(もう数えきれないほどこうして待ち合わせしてることを考えたら)

(たった1回か2回って、かなり情けないけど)

今日は、加賀さんが東京から長野県警に出向いていた。

そして同時に私も、このあとは東京へと変える予定だ。

(その前に、うちに寄って親に挨拶してくれる‥って言ってたけど)

(加賀さん、大丈夫かな‥なんだか疲れてるみたい)

年度替わりのせいか、最近の加賀さんは出張が多いらしい。

公安学校の休みは数日しかないので、

去年と同じように両方の仕事をこなしていることになる。

(卒業して、春休み感覚で実家暮らしを楽しんでたけど)

(加賀さんはそれどころじゃないよね‥それなのに、わざわざうちに挨拶なんて)

サトコ

「あの‥加賀さん、もし大変なら、今日は無理しなくても‥」

加賀

何の話だ

サトコ

「疲れてるんですよね?うちの親に会うのは、また今度‥」

加賀

問題ねぇ

短く答えて、加賀さんあ歩き出す。

でもその背中にはやっぱり、疲れが見え隠れしているような気がした。

【実家】

加賀さんを連れて家に帰ると、ちょうど庭先に弟の翔真がいた。

翔真

「兵吾さん、お久しぶりです!」

加賀

ああ

翔真

「東京からわざわざ長野まで来るなんて、大変ですね」

「あ、上がってください!」

「姉ちゃんに聞いて、兵吾さんが好きそうなもの用意したんで!」

サトコ

「翔真‥落ち着いて」

翔真

「だって、兵吾さんがうちに来るなんて氷川家最大のニュースじゃん!」

(そんな大げさな‥)

翔真は以前東京に家出してきたときに出会ってから、すっかり加賀さんに懐いている。

加賀

そういや進路は決まったのか、翔真

翔真

「いや~、それがまだ‥」

サトコ

「ちょ‥え!?ちょっと待って!」

危うくスルーするところだったけど、慌ててふたりの間に割って入った。

翔真

「なんだよ~姉ちゃん!今、男同士の話してんだろ」

サトコ

「してないでしょ!進路の話だったでしょ!」

加賀

喚くな

サトコ

「すみません‥」

条件反射で謝りながら、翔真にこっそり耳打ちする。

サトコ

「ちょっと翔真、いつの間に加賀さんに名前で呼んでもらってんの!?」

翔真

「別にいいじゃん。男同士なんだから」

サトコ

「そういう問題じゃなくて‥」

(私なんて、ずっと『奴隷』とか『駄犬』とか‥)

(よくても、『テメェ』とか『グズ』とか『クズ』とか‥)

(名前で呼んでもらえるようになったのなんて、しばらく経ってからだったのに!)

サトコ

「う、羨ましい‥!」

翔真

「それが本音かよ」

「兵吾さん、しょうもない姉ちゃんはほっといて、リビング、こっちです」

加賀

ああ

(『しょうもない』を否定してほしかった‥)

(はあ‥翔真って誰とでも仲良くなれるタイプだけど、まさか加賀さんとまで‥)

サトコ

「‥でも、『兵吾さん』『翔真』か‥」

名前で呼び合っているのを見ると、勝手に未来を想像してしまう。

(それに、加賀さんがうちの家族と仲良くしてくれるのは、やっぱり嬉しいな)

我に返ると、ふたりはとっくにリビングの方へと歩き出している。

置いて行かれないように、急いでふたりを追いかけた。

【リビング】

3人がリビングに入ると、ソファから立ち上がったお母さんがこちらを見ていた。

サトコ

「お母さん、2年間、私をしごいて‥」

「‥じゃない、私を指導してくれた、加賀さんです」

サトコの母

「まあまあ‥あなたが加賀さん?サトコがお世話になって」

加賀

初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません

また、先日のお電話では、きちんとご挨拶できずに失礼しました

加賀さんが、お母さんの前に立って頭を下げる。

(お母さんには、それとなく加賀さんと付き合ってることは話したけど)

(なんか、ものすごく緊張する‥!翔真に紹介するときは、ここまでじゃなかったのに)

心なしか、加賀さんの表情も硬い気がする。

一拍置いて、ゆっくりと口を開いた。

加賀

卒業後、サトコさんとお付き合いをさせていただいております加賀兵吾と申します

サトコ

「‥‥‥!」

サトコの母

「サトコから聞いてます」

(い、息が止まりそうになった‥)

(加賀さんが、私の親に挨拶‥これ、夢じゃないんだよね‥?)

加賀

過労で倒れられたそうですが、お身体は‥

サトコの母

「もうすっかりいいんですよ。その節はご迷惑をおかけしました」

「サトコから聞きました。2年間、加賀さんが刑事として鍛えてくれたって」

嬉しそうなお母さんに、加賀さんの表情もいつもより柔らかい気がした。

持ってきた紙袋から菓子折りを取り出すと、加賀さんがそれをお母さんに渡す。

加賀

みなさんで召し上がってください

サトコの母

「あらまあ、ありがとう。じゃあ、ちょっとお茶でも淹れてきますね」

リビングを出て行くお母さんを眺めながら、翔真が私と加賀さんを振り向いた。

翔真

「母さん、姉ちゃんたちが来る前からそわそわしっぱなしで」

「ソファに座ったかと思えば立って台所行ったり、ずっと落ち着きなかったんだよ」

サトコの母

「翔真!アンタはまたそうやって、余計なことばっかり!」

翔真

「うわっ、聞こえてた」

サトコ

「お母さん、地獄耳だからね」

サトコの母

「サトコも、変なこと言わないの!」

サトコ

「私まで怒られた‥」

加賀

‥‥‥

私たちの様子を、加賀さんが黙って見つめている。

(もしかして、呆れられた‥?)

(は、恥ずかしい‥騒がしい家だと思われてるんだろうな)

しかしその表情から、さっきまでの疲れは少し消えている気がした。

お茶を淹れて戻ってくると、お母さんが興味津々に加賀さんを質問攻めにする。

サトコの母

「そうなんですか、教官と刑事さんの仕事を両立‥」

「大変ねぇ。刑事さんってやっぱり、ドラマみたいに張り込みとかするの?」

加賀

そうですね。必要なら、徹夜する場合もありますが

そのせいで、何度かサトコさんを危険な目に合せてしまって

サトコの母

「それも、この子が選んだ道ですから」

翔真

「姉ちゃん、意外と丈夫だしなー。撃たれたくらいじゃ死なないだろ」

サトコ

「いや、撃たれどころ悪かったら死ぬからね。いくら私でも」

お母さんと翔真の明るい性格のおかげで、話は弾んだものの‥

帰って来てから、ずっと気になっていることがある。

サトコ

「ねえ、お母さん‥お父さん、どこ行ったの?今朝はいたよね?」

サトコの母

「それがねえ、急な出張が入ったって」

「サトコが出て行ったあと、仕事に行っちゃったのよ」

加賀

お忙しいんですか

サトコの母

「そういうわけでもないと思うんだけど」

ふふ、とお母さんが意味深に笑う。

サトコの母

「お父さんのことより、加賀さんのお話が聞きたいわあ~」

「ご兄弟は?今どこに住んでるの?」

サトコ

「お、お母さん!加賀さんが困ってるから!」

サトコの母

「いいじゃないのー。お母さんはなかなか会えないんだから」

「次会えるのなんて、翔真が進学して東京に行く時かもしれないし」

翔真

「なんで進学確定になってんだよ。まだ保留中だって言ってんだろ」

サトコ

「何よ、勝手に家出して加賀さんの部屋に泊めてもらったくせに」

サトコの母

「本当にねぇ、姉弟してお世話になって」

加賀

構いませんよ

いつもの暴言や睨みは鳴りを潜め、今日の加賀さんはあり得ないほど常識的な態度だった。

(きっと、お母さんに気を使ってくれてるんだろうな)

(でもこんな加賀さんは滅多に見られないし、しっかり目に焼き付けておこう!)

【自室】

ようやくお母さんの質問タイムが終わり、加賀さんを部屋に案内した。

サトコ

「狭くてすみません。クッションどうぞ」

加賀

ああ

ぐるりと部屋を見回し、加賀さんがなぜか本棚へ向かう。

そこから勝手に何かを引っ張り出すと、近くのベッドに座った。

(あれって‥もしかして、小さい頃のアルバム!?)

サトコ

「一言の断りもなしに!?」

加賀

お前も弟も、今と変わんねぇな

サトコ

「ぎゃあああ!プライバシーはどこへ!」

加賀

そんなもん、ハナからねぇ

恥ずかしさに、取り返そうと慌てて伸ばす。

でもあっさりよけられて、さらにページをめくられた。

サトコ

「や、やめ‥これ以上は許してください!」

加賀

‥垢抜けねぇな

サトコ

「長野の田舎に住んでたんだから、仕方ないですよ!」

「加賀さん、自分のアルバムは絶対見せてくれないくせに‥!」

必死に手を伸ばす私を鼻で笑いながら、加賀さんがアルバムを見ている。

すると部屋のドアがノックする音が聞こえて、お母さんが顔を覗かせた。

サトコの母

「まったく、久しぶりに返ってきたからって、どたばた暴れて‥」

「加賀さん、ごめんなさいね。こんな娘で」

加賀

いえ、見ていて飽きません

(う、嬉しくない‥!)

サトコの母

「まだ帰るまでに時間あるんでしょ?晩ごはんまで、外に出てきたら?」

サトコ

「でもこの辺に、観光できるところなんて‥」

サトコの母

「近くで、何かイベントをやってるって聞いたけど」

サトコ

「イベント‥?」

加賀さんを振り返ると、『どっちでもいい』という顔をしている。

(加賀さんと地元を歩くチャンスなんて、もういないかもしれないし‥)

(せっかくだから、出かけてみるのもいいかもしれないな)

【イベント会場】

加賀さんを誘い、近くの大きな公園にやってきた。

そこではフリーマーケットなどが催されていて、人でごった返している。

サトコ

「普段は静かな公園なんですけど、意外と人がいますね」

「加賀さん、大丈夫ですか?疲れてるのにすみません」

加賀

構わねぇ

いつものように短く答えると、加賀さんが私の手を取る。

サトコ

「え‥」

加賀

テメェは、はぐれるのが得意だからな

振り返り、加賀さんがニヤリと笑った。

(いつもは、人前で手を繋いだりしないのに‥)

(もしかして、もう “教官と訓練生” じゃないから‥?)

そのごく自然な行動が嬉しくて、ぎゅっと手を握り返す。

(この2年で、加賀さんとの絆も少しは強くなったかな)

(前は、言葉にしてもらわないと不安なことが多かったけど)

(今は、何も言われなくてもなんとなく加賀さんの表情や態度から読み取れることが多い)

ニヤけないように顔を引き締めていると、通りかかったお店の人に声を掛けられた。

友だち

「‥サトコ?」

サトコ

「えっ?」

友だち

「やっぱりサトコだ!私のこと、わかる?」

それは、地元で高校まで一緒だった友だちだった。

サトコ

「わあ‥久しぶり!ここでお店出してるの?」

友だち

「うん。今日は旦那と一緒にね」

「サトコが東京に行っちゃってから、全然会ってなかったね」

サトコ

「忙しくて連絡できなくてごめんね。ちょっと色々あって‥」

私の話にうなずきながらも、友だちは加賀さんをチラチラ見ている。

そして最後に、繋がれた私たちの手に視線を落とした。

友だち

「もしかして‥サトコの彼氏?」

サトコ

「えっ‥」

加賀

‥‥‥

(なんて言おう‥?否定するのはおかしいけど)

(でも加賀さん、あまり周りに言いふらすのは好きじゃないみたいだし‥)

加賀

‥好きに言え

サトコ

「い、いいんですか‥!?」

友だち

「好きに、って?」

サトコ

「あ、ううん。あの‥お付き合いしてる、加賀兵吾さん」

友だち

「初めまして。サトコがこっちにいるときには、たまに遊んだりしてたんですよ」

加賀

どうも

友だち

「かっこいい‥サトコもいい人に出逢えたんだね!おめでとう!」

(『お付き合いしてる』‥『お付き合いしてる』!)

(こんなふうに、友だちに加賀さんを紹介できたのって初めてかも‥!)

(隠すのに慣れてたけど、こうやって公認になって)

(お祝いしてもらうのって嬉しいもんなんだな‥)

加賀

‥気色悪ぃ

友だちへの返事も忘れてニヤける私を横目で見た加賀さんの声が、ぼそりと聞こえる。

それでも、嬉しくてどうしても頬の緩みを止められなかった。

【実家】

家でお母さんの手料理を食べた後、加賀さんと一緒に家を出た。

サトコの母

「あと一日くらい、泊まっていけばいいのに」

翔真

「兵吾さんだって仕事があるだろうし、そうもいかないんだろ」

加賀

急にお邪魔してしまって、すみません

サトコの母

「とんでもない。またいつでも来てくださいね」

「サトコ、身体にはくれぐれも気を付けるのよ」

サトコ

「お母さんこそ。翔真、お父さんとお母さんをよろしくね」

翔真

「そういや父さん、帰ってこないな」

サトコの母

「ふふ‥お父さん、ほんとは今日の出張、断れたんだけどね」

「娘の彼氏に会う心の準備ができてないって、さっさと仕事行っちゃったのよ」

サトコ

「そ、そうだったの?」

加賀

せっかく娘さんと過ごす時間をお邪魔して、申し訳ありません

サトコの母

「いえいえ、お会いできて嬉しかったわ」

「お父さんにはしっかり言っておくから、今度はゆっくり来てくださいね」

翔真

「姉ちゃん、兵吾さん、また遊びに行くから」

加賀

今度はちゃんと、親に言ってから来い

サトコ

「っていうか、しっかり勉強しなよ」

ふたりに見送られて、実家を後にした。

【新幹線】

最終便の東京行きに乗り込むと、席に座るなり、加賀さんが小さく息を吐いた。

(チケット、加賀さんが手配してくれたけど‥)

(やっぱり家に泊まってもらった方がよかったかな)

(いや、気疲れする分、最終でも東京に帰った方が加賀さんはゆっくりできるかも)

サトコ

「加賀さん、東京に着くまで、寝てください」

加賀

ああ‥

隣に座る私の肩に、加賀さんが軽く頭を乗せる。

普段は決して弱みを見せない加賀さんにしては、珍しい気がした。

(そのくらい疲れてるのかな‥それとも、少しは私を頼ってくれてる?)

(‥加賀さんの髪が頬に当たって、くすぐったい)

加賀さんを起こさないように、できるだけ動かないようにと心がける。

でも東京に着くまで、私の心臓はうるさく鳴りっぱなしだった。

to  be  continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする