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ふれない夜を過ごすとき 颯馬4話







カレ目線

【颯馬マンション 寝室】

颯馬

少しは疲れが取れましたか?

サトコ

「はい、お風呂でリラックスさせてもらいました」

ベッドに入ると、サトコは笑みを見せた。

でもそれは、明らかに無理のある笑顔だ。

家に来た時からどことなく不安そうだった。

(同期が怪我をして搬送されたのだから当然だろう)

そう思うも、ずっと何か考えているサトコの様子が気になる。

(千葉を案じているのか、それとも何か他に思い悩むことでもあるのだろうか)

抱えている不安を取り除いてやりたくて、そっとサトコの肩に触れたがー

サトコ

「‥すみません、今日は‥」

「甘えてしまいそうなので」

サトコは、そう言って身を離した。

(甘えてしまうって‥)

言葉の意味を考えながら、彼女の肩に触れた手を引く。

(ただそっと抱きしめてやりたかったんだが‥)

引いた手の収まりがつかず、思わず握りしめる。

(甘えたいのを我慢しているのか‥それとも、本当に甘えたい相手は俺じゃないのか‥)

サトコの瞳の中に答えを見つけようとして、じっと見つめた。

が、微かに潤んで揺れる瞳をこれ以上惑わせたくはなかった。

颯馬

‥今日はゆっくり寝ましょうか

そんな俺に、彼女はふっと微笑んだ。

サトコ

「はい‥おやすみなさい」

(‥やっぱり無理してる)

精一杯の笑みを見せた彼女に、俺も微笑み返す。

だがその時にはもう、サトコは背中を向けていた。

颯馬

‥おやすみ

なんとか柔らかな声で言うも、胸の奥が鈍く痛む。

(‥サトコが今感じている不安を一緒に背負ってやれたらいいのに)

不甲斐なさを感じながら、俺も背を向けた。

これまで感じたことのないようなシーツの冷たさが、身に沁みる夜だった。







【裏庭】

サトコとはどこかぎこちないまま、週明けを迎えた。

(どうやって彼女を支えてあげればいいのか‥)

同期のように同じ目線に立つことが出来ない俺は、自分なりの方法を模索し続けている。

そんな時、たまたま通りかかった裏庭近くで、サトコを見かけた。

???

「ごめんな、余計な負担かけて」

(この声は‥)

そっと様子を窺うと、サトコの隣には千葉がいた。

千葉

「一緒に嘘つかせるようなことになって、申し訳ないと思ってる」

サトコ

「気にしないで」

「でも、これでよかったのかな?岩田さん‥」

(何の話だ‥?)

サトコは何かを隠しているかもしれない。

『嘘』と『岩田』というキーワードが、そう予感させた。

少なくとも千葉とサトコが何か共通の秘密を抱えているのは確かだ。

岩田という名前には憶えがあった。

(‥確か現在、脱落候補筆頭の訓練生だ)

必死で次の査定までに追い上げようとはしているようだが、現状は厳しい。

(その彼が、今回のことになにか関係してるということか?)

サトコの口からは岩田という名は聞かされていない。

が、それがかえって怪しくも思えてくる。

(少し調べてみる必要がありそうだな)

2人に気付かれないよう、そっとその場を離れた。







【教場】

颯馬

このように対象者の情報は

顔はもちろん、後ろ姿でも確認できるよう頭に叩き込んでおく必要があります

授業中、今の俺にとっての “対象者” である3人にさりげなく目を配る。

(サトコと千葉の2人の様子は特に問題なし‥)

その一方でもう1人の対象者は、授業中ずっと訝しげな視線をこちらに向けていた。

颯馬

岩田くん、何か質問があるなら遠慮なくどうぞ

岩田

「‥!い、いえ、大丈夫です‥」

(こちらから接触しようとすると怯むか‥)

強い視線とは裏腹な弱腰の態度に、岩田の複雑な心理状況を察する。

すると、他2名が揃って心配そうな顔で岩田の方へ視線を走らせた。

2人の視線を感じたのか、岩田はバツが悪そうに窓の外に目を向ける。

(サトコと千葉と岩田‥3人の間で何かあるようだな)

確信に近づき出した俺は、さらに調べを進めることにした。







【個別教官室】

ちょっとした捜査を重ね、これまでに得た情報を整理する。

(大体見えてきた)

病院の搬送履歴から千葉の搬送時の救急隊員を割り出し、貴重な証言を得た。

当時、事故現場近くでオロオロする男を目撃したという。

また、周辺では救急車到着まえに『待って!』と叫ぶ女性の声を聞いたという証言も得ている。

颯馬

つまり、事故現場には千葉とサトコ以外の人物‥岩田がいた

そう考えるのが妥当だ。

颯馬

千葉に怪我をさせたのは岩田‥ということか

そして千葉は岩田を庇い、サトコはその口裏合わせをしている

この仮説が有力であることに辿り着く。

颯馬

あとは本人たちに口を割らせるか







【教場】

数日後の夜、3人を教場に呼び出した。

颯馬

千葉くん、大事に至らず本当に良かったです

不安げな3人は、私の言葉と笑みに何かを感じ取ったように視線を泳がす。

そんな中、俺はさりげなく岩田に向き合う。

颯馬

これから一緒に勉強しようという時に事故が起き、さぞかし驚いたことでしょうね

岩田

「はい‥」

気遣うかのように言った俺の言葉に、岩田は素直に頷いた。

颯馬

やはり貴方もその場にいたのですね

岩田

「!!」

(これほど簡単に引っかかるとは‥)

(よほど気が動転しているのか)

面と向かって言われると、人は答えずにはいられなくなる。

『はい』か『いいえ』で答えられる質問にすれば、なおのこと。

ましてや上の立場の人間に聞かれれば、その効力は更に増す。

千葉

「ち、違うんです。岩田はあの日約束に遅れてきて‥!」

岩田

「千葉、もういいよ」

そこからは俺が何も言わなくても、岩田は全てを話してくれた。

千葉に怪我をさせたことも、サトコを妬んでいたということも。

その様子を、サトコは苦しげな表情で見つめている。

(サトコはずっと、嘘で事件を隠すことに胸を痛めていたのだろう)

颯馬

貴方が氷川さんを妬むことは、お門違いもいいところです

彼女がこれまで積み重ねてきた努力は、補佐につけている私が一番知っています

サトコが感じた痛みを思いやりながら、岩田を諭す。

颯馬

氷川さんは恐らく、この嘘が本当に貴方のためになるのか思い悩んでいたことでしょう

私の知っている氷川さんは、そういう人です

サトコ

「颯馬教官‥」

あえてサトコの方は見ず、続いて俺は千葉に目を向けた。

颯馬

千葉くんの人を思いやれる優しさも、知っています

ただ、その優しさは氷川さんと同じで、諸刃の剣です

千葉

「‥‥‥」

颯馬

「公安刑事としてやっていくには、嘘も色々な理不尽を割り切る術も時には必要です

ですが今回の貴方たちの判断は、決して褒められたものではありません

岩田

「‥悪いのは全て俺です」

千葉

「いや、オレが無理やり嘘で固めようとしたから‥」

サトコ

「私も、同罪です‥!」

颯馬

まだ庇い合う気でしたら、いっそ3人とも落第にしましょうか

その瞬間、3人の身体が強張る。

颯馬

‥と言いたいところですが、今回は特別に目を瞑りましょう

(岩田も故意に突き落したわけでもないようだしな)

焦らすように微笑むと、3人は戸惑うように顔を見合わせる。

千葉

「3人とも‥処分なし、ですか?」

颯馬

訓練生同士で喧嘩、病院沙汰など、上に知られたら厄介です

教官の責任問題にも発展しかねませんから

サトコ

「颯馬教官‥」

あくまで我が身を守るためという体で、今回の一件を揉み消すことにした。

そんな俺の真意に気付いたのか、サトコはほっと安心した顔で千葉と岩田を見ていた。

(‥全く、そんな顔をして)

(千葉だけでなく、岩田まで貴女に惚れたらどうするんですか?)

心の中でからかいながら、どこか清々しい気持ちになる。

(俺は、教官という立場だからこそできる方法でサトコを守ればいい)

安心からか潤むサトコの瞳を見て、迷いなくそう思えた。







【颯馬マンション】

帰宅後、後を追うようにサトコが家にやってきた。

サトコ

「‥本当にすみませんでした」

深々と頭を下げたサトコは、自身の胸に抱えていた様々な思いを吐露する。

サトコ

「今回のことで改めて気付きました。私はとても恵まれているってことに」

颯馬

例えば?

サトコ

「私にはいつだって颯馬さんが傍にいてくれます。それってすごく貴重で幸せなことなんだって」

「最初は分かっていたつもりだったのに」

「いつの間にか甘えてしまっていたみたいで‥」

「今さらだけど、また実感することができました」

颯馬

本当に今さらですね

からかうように微笑むも、サトコはなおも続ける。

サトコ

「公私において颯馬さんに支えられて、守られて‥与えられてばかりだなって‥」

「だから、自分も颯馬さんに与えられるようになりたいと思って」

「自立できるよう行動を変えてみたんです」

颯馬

貴女のその努力は、ちゃんと分かっていましたよ

サトコ

「でも、その行動で、結局より大きな迷惑をかけてしまいました」

颯馬

その失敗がまた貴女を成長させるでしょう

励ましのつもりで言ったものの、サトコは俯き加減のまま神妙な態度を崩さない。

サトコ

「‥今回のことは」

「元はと言えば颯馬さんが私に贔屓していると思わせてしまったことが原因です」

「だから余計に颯馬さんに本当のことを言えなくて‥」

颯馬

贔屓なんてしたつもりはありません。私は貴女の頑張りに応えているだけです

私が貴女に与えたいから与えているだけです。教官としても恋人としても

そんな私の楽しみを、奪わないでいただけますか?

しっかりと目を合わせて問いかけた。

サトコの頬がわずかに紅潮するのを確認すると、更に突っ込んだ質問を投げかける。

颯馬

‥もしかして、俺と離れている間に千葉に気持ちが移っちゃった?

サトコ

「そんなわけないです!私は颯馬さんじゃなきゃダメなんです!」

(‥そう言ってくれると思ってた)

望み通りの言葉を引き出すことに成功し、俺は密かに満足する。

颯馬

他の男にも優しくしてしまうお人好しのところも含めて貴女ですから、全部愛せます

真っ直ぐに瞳を見つめて言うと、そのままそっと口づけた。

久しぶりのキスに、サトコは更に頬を染める。

サトコ

「ズルいです、颯馬さん‥」

颯馬

何がですか?

サトコ

「また私ばっかり‥その、もらっちゃって‥」

恥らいながら目を逸らす彼女が、どうしようもなく愛おしい。

颯馬

じゃあ、今日は俺が甘えてみてもいい?

からかい半分に言いながら、ソファに座る彼女の膝に頭を乗せて寝転んだ。

サトコ

「‥そ、颯馬さん!」

(またそんな顔をして‥)

驚きながら照れる姿に、我慢ができなくなる。

颯馬

嘘、ずっと甘えてて。教官の制服を脱いでいる時はいつも‥

サトコ

「は、はい‥」

少し身を起こし、素直に頷く彼女の頬を両手で包み込む。

(こんなに熱くなって‥)

柔らかな感触を楽しみながら、頬より更に熱くなっている唇へキスを落とす。

今夜はしっかりと彼女を抱いて眠ろう。

背中合わせではなく、頬が触れ合うくらい身を寄せ合って。

シーツの冷たさを感じさせない甘く熱い2人の夜が、静かに幕を開けた。

Happy  End


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