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逆転バレンタイン カレ目線 加賀1話

【廊下】

サトコ

「加賀くん、待って!は、速い!」

後ろから追いかけてくる声は、さっきからずっと続いている。

それでも止まる気が起きないのは、あの女を困らせたいからなのかもしれない。

(それに、どうせくだらねぇ用事だろ)

無視し続けていると、後ろであの女が転ぶ気配がした。

立ち止まって振り返ると、すかさず腕を掴まれる。

サトコ

「つ、つかまえた‥!」

加賀

‥‥‥

(‥転ぶ演技か?)

(いや、こいつがそんな上等なことできるはずがねぇ)

息を切らせながらもしっかりと自分の制服をつかんでいる上司を、黙って眺める。

(なんでこんな、グズでノロマな女に惚れたんだか‥)

(褒められるのは、この俺が信頼してやれるってとこくらいだろ)

何に対してもひたむきで、一生懸命。

最初はそんなこの上官を、バカにすらしていた。

(なのに、いつの間にか目が離せなくなってるとはな‥)

(‥この調子じゃ、この女は一生、こっちの気持ちには気づかねぇだろうが)

加賀

で?なんの用ですか

サトコ

「さっき渡したファイルのことで‥」

話を聞いてみると、予想通りくだらない用事だった。

立ち去ろうとすると、後ろから声が追いかけてくる。

サトコ

「加賀くん!まだ話は終わってないのに!」

加賀

‥俺は、待ちませんよ

振り返り、一言そう告げた。

サトコ

「え?」

加賀

教官が、追いついてきてください

それは、嫌味のつもりだった。

なのに何をどう捉えたのか、氷川が顔を真っ赤にする。

(‥どんだけ男に耐性がねぇんだ)

(訓練生と教官なんて、くだらねぇ‥いつか必ず、逆転させてやる)

【個別教官室】

頼まれたファイルを持って行くと、氷川が笑顔になった。

サトコ

「ありがとう。加賀くんってほんとに仕事早いよね」

加賀

こんなもんに時間をかけるほど、暇じゃありませんから

サトコ

「うぐっ‥で、でも、要領いい方だよね?」

加賀

教官が鈍くさいだけでしょう

俺の言葉にいちいち笑ったり落ち込んだりする姿は、見ていて飽きない。

それでも必死に教官らしく振る舞おうとしているから、内心笑えてくる。

(こいつなりに、訓練生に舐められねぇようにと必死なんだろうが)

俺からファイルを受け取りながら、氷川が無理に作ったような笑みを浮かべた。

サトコ

「卒業したら、加賀くんはきっといろんな部署から引っ張りだこだろうね」

「どこか、希望する部署とかある?」

加賀

‥‥‥

(‥こいつ、今自分がどんな顔してんのか自覚あんのか)

まるで引き止めるような、『まだ自分の傍にいて欲しい』とでも言いたげな顔だ。

さすがにこれは予想外で、目の前の上官を凝視する。

(こっちが、どんな気持ちでいるかも知らねぇで)

八つ当たりだと分かっているが、目の前でへらへら笑う上官に少し腹が立つ。

俺の気持ちも、この女が無意識に抱いているであろう気持ちも、

まるごと一緒に突き付けてやりたい。

(‥それができりゃ、楽なんだがな)

加賀

デキの悪い上司の下でなきゃ、どこでも

サトコ

「デキの悪い上司って‥」

加賀

それじゃ

結局、遠回しに伝えることしか出来ないまま、ドアに手を掛けた。

(テメェの気持ちにすら気づかねぇ女の、どこがいいんだか‥)

(ノロマで要領が悪ぃなんて、一番面倒なタイプだろ)

サトコ

「それって‥」

加賀

手、止まってますよ

ファイル、さっさと確認してください

サトコ

「ハイ‥」

『デキが悪い』と言われて頭を抱える氷川にそう指摘して、個別教官室を出た。

【食堂】

翌日の昼休み、氷川が食堂に入ってくるのを確認した。

元気のない様子で定食を頼み、少し離れたところに座るのが見える。

男子訓練生1

「氷川教官!それ、大盛定食じゃねーの?」

サトコ

「おなか空いてるの!腹が減っては戦ができぬ、って言うでしょ」

男子訓練生2

「色気ねーな!せめて、もうちょっと上品に食ったら?」

サトコ

「有事のときは、上品に食べてる時間なんてないんだよ」

あっという間に他の奴らが集まり、からかわれている。

その光景に、知らずのうちに舌打ちがこぼれていた。

(他の男に尻尾振って、ヘラヘラしやがって‥)

さっきまで落ち込んでいたのは、どうせ自分が言った『デキが悪い』という言葉のせいだろう。

もっと振り回して、他の男のことなど頭から追い出してやりたいような気持ちになる。

(‥くだらねぇ)

(バカバカしいにもほどがあるな‥)

そのとき向かいの席の椅子が動き、振り返るとそこに眼鏡野郎がいた。

石神

お前ももらったのか

加賀

あ?

俺のトレイに置いてあるチロリチョコを見て、サイボーグが眼鏡を押し上げる。

奴のトレイにも、同じものが置いてあった。

石神

俺たちには、バレンタインなどと浮かれてる暇はないがな

加賀

それより、他にも空いてる席があんだろ

石神

ここが一番静かだ

(そりゃ、俺とテメェが一緒に座っても会話がねぇからだろ)

(ただでさえムカついてんのに、なんだってこの無表情野郎と食わなきゃなんねぇんだ‥)

皿の中から野菜をよけて食っていると、眼鏡野郎が微かに、氷川の方へ視線を向けた。

石神

お前も、趣味が悪いな

加賀

何の話だ

石神

そんな調子では、次の1位は俺がもらうぞ

加賀

‥‥‥

それが誰のことを言っているのか、すぐに分かる。

(面倒なのに勘付かれたな‥)

(顔に出てたか‥?いや、そんなわけねぇ)

この眼鏡は、サイボーグのくせにやたらと勘がいい。

相変わらずの無表情が、ことさら苛立ちを誘う。

石神

それにしても‥

もう一度、石神が氷川を見る。

舌打ちすると、周りの空気が凍りつくのがわかった。

男子訓練生3

「お、おい‥誰か止めろよ‥」

男子訓練生4

「あのふたりの喧嘩を、止められるはずないだろ‥誰か、氷川教官呼んで来いよ」

(なんでここで、アイツの名前が出てくる‥)

石神

お前を止められるのは、あの人しかいないと思われているんだろうな

実際、お前にあんなに正面からお前に向かっていくのは氷川教官くらいだろう

加賀

‥あんなデキの悪い上官は、初めてだ

石神

それに対しては、異論もない

‥否定はしないのか

野菜も残さず綺麗に食べながら、眼鏡野郎が少し意外そうに顔を上げた。

加賀

何がだ

石神

趣味が悪いと言ったことだ

加賀

‥‥‥

(否定したって、バレたもんはしょうがねぇだろ)

石神

正直、意外だ

加賀

‥だろうな

気の抜けた返事になったのは、安堵の気持ちの表れかもしれない。

(他の男から見りゃ、あんな女は恋愛対象外か)

(んなことはわかってる‥俺が誰より、一番)

拍子抜けしたのか、サイボーグ野郎は珍しく眉根に皺を寄せて感情を表に出した。

石神

‥不気味だな

加賀

黙ってろ

石神

あの人にお前は止められない‥と思ったが

実は、あの人でなければお前を止められないのかもしれないな

加賀

黙ってろって言ったのが聞こえねぇのか

東雲

うわ、一触即発?

顔を上げると、歩がトレイを持って通りかかったところだった。

その隅には、俺たちと同じチロリチョコが置いてある。

東雲

ふたりが一緒に食べてるなんて、珍しいですね

珍しすぎて、氷川教官が出世したらどうしよう

加賀

ちょうどいい。あれ、何に見える

大口を開けて飯を食っている氷川を顎で指すと、歩が目を細めて口元を歪めた。

東雲

大食漢ゴリラ

石神

‥‥‥

東雲

あの人、オレより食べるんじゃないですか?

ここの大盛定食、すごい量なのに

呆れた様子で俺の隣に座り、歩がエビフライにかぶりついた。

加賀

‥テメェは

石神

何?

加賀

あれ、何に見える

同じ質問をすると、プリン眼鏡は氷川の方も見ずに首を振った。

石神

教官に、以上も以下もない

加賀

クソつまんねぇ答えだな

石神

思ったことを言ったまでだ

いくら能力が劣っていようと、他でカバーできるなら問題ない

‥カバーできているかは、甚だ疑問だが

(こいつらに聞いたのが間違いだったか‥だが、妥当な答えだな)

(‥だだ、今はそうでも、いつ “女” として意識し始めるかわからなぇ)

実際、自分も最初は使えねぇ上官だと思っていた。

いつの間にかその認識が変わったのか、覚えてもいない。

(さっさと、俺を意識しやがれ)

(テメェみてぇな面倒な女、俺以外に面倒見きれねぇだろ)

ひとしきりからかって飽きたのか、他の訓練生たちは氷川から離れていった。

その様子を睨みつけていると、氷川がびくっと肩を震わせる。

鳴子

「氷川教官、どうしたんですか?今、すっごい震えたけど‥」

サトコ

「う、うん‥なんか、悪寒がして」

「気のせいかな‥獰猛な獣に獲物としてロックオンされたみたいな」

鳴子

「も~、何言ってるんですかー?そんなんだから彼氏できないんですよ~」

サトコ

「それ、関係なくない‥?」

その様子を眺めながら、トレイを持って立ち上がった。

【廊下】

そんなこんなで俺は、相変わらず補佐官として氷川の面倒を見てやっていた‥はずだったのに。

個別教官室をあとにして、廊下に出る。

机に突っ伏している氷川に近づくと微かにまぶたが動いたので、

完全に眠ってはいなかったようだ。

(‥だからって、何やってんだ俺は)

まさか自分が寝込みを襲うような真似をするとは思わなかった。

下手をすれば、氷川はさっきのキス自体、覚えていないだろう。

(あんなもんで、意識なんざするわけねぇ)

(するとしたら‥ずいぶんと単純な脳ミソだな)

自分の行動にも、苦笑するしかない。

自嘲気味に笑い、その場を離れた。

to  be  continued

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