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あの夜をもう一度 後藤1話

【寮 自室】

公安学校を卒業すると、配属が決まる新年度までは春休みというかたちになる。

(休みといっても、この間に引っ越しまで済まさなきゃいけないから慌ただしいんだよね)

公安刑事となれば、住む場所にもいろいろな制約が出てくる。
引っ越し先は黒澤さんの紹介のおかげで、幸いいいところが決まりそうだった。

サトコ
「ついに憧れのオートロックのマンションに住めるんだ···」

新生活は緊張に満ちているけれど、それなりの希望も期待もある。

(正式に公安課に配属されれば、教官たちと肩を並べることになる)
(いつまでも訓練生気分じゃいられないんだよね。公安刑事として、自分から行動していかないと)

荷造りをしながら、部屋の荷物を整理する。
公安刑事になれば持ち物にも気を配らなければいけなくなるからだ。

(誠二さんの部屋を考えれば、整理整頓は完璧じゃなくていいんだろうけど)
(寮に来て一度も開けていない段ボールとかは処分しようかな)

サトコ
「何を持ってきたんだっけ?」

一応中を確認しようと開けてみると、そこには懐かしいものの数々。

(寂しくなった時のためのアルバム···見る暇なんてなかったなぁ)

入学してからの激動の日々を振り返り、段ボールの奥に古い新聞のスクラップを見つけた。

サトコ
「これ、通り魔からおばあさんを庇おうとした時の!」

(まだ大学生だった時)
(通り魔に出くわして、おばあさんが狙われそうになったところに飛び出して···)

当時の記憶と共に鮮明に浮かび上がるのは誠二さんの背中。

後藤
警察だ、安心しろ

初めて誠二さんに出逢った時。
あの背中があったから、私は刑事を目指そうと思った。

サトコ
「ここが全ての始まりなんだ···」
「この事件がなければ、私が刑事になることも誠二さんと出逢うこともなかった」

それぞれの道が交わることがなかったら···今となっては、そんな未来は考えられない。

(警察署長から感謝状を贈られるって話になったんだけど、恥ずかしくて辞退しちゃったんだよね)
(あの時のおばあさん、元気にしてるかな?)

結局処分できないものばかりで、私はそのままもう一度封をする。

(これからは記事のスクラップとか写真は簡単に残せなくなるかも)
(そう考えると、ちょっと寂しいな)

思えば誠二さんとの写真もほとんどないと考えていると···

サッとクローゼットの隅を横切った黒い影。

サトコ
「ひっ!」

(い、今のって···世にも恐ろしい黒いアイツ!?)

サトコ
「ど、どこに行ったの!?」

あっという間に姿を消し見失ってしまった。

サトコ
「どうしよう···」

(部屋にヤツがいると思うと寝られない!鳴子は実家に帰っちゃってるし···)

サトコ
「···ネットカフェにでも行くしかない」

明日、明るくなってから対策を考えようと現実から目を背けた時だった。
テーブルに置いていた携帯が鳴り、ビクッと肩を揺らしてしまう。

(誠二さんから···)

その名前を見ただけで、ホッとした気持ちになりながら電話を取る。

サトコ
「はい」

後藤
···外か?

サトコ
「いえ、寮の部屋なんですが、その···」

呼吸が乱れている私に誠二さんは外にいると思ったらしい。
黒いアイツを発見してしまい、現実逃避しかけていたところだと言うと笑われてしまった。

サトコ
「わ、笑い事じゃないです!もし寝てる間に近くまで来たりしたら、どうするんですか!」

後藤
悪い。アンタの言い方が、あまりに切実だったから
そういうことなら、俺のところに来ればいい

サトコ
「いいんですか?こんな急に···」

後藤
ネットカフェに泊まらせるわけにはいかない···多少散らかってるのは、大目に見てくれ

サトコ
「それは全然構いませんけど···」

(本当にいいのかな?誠二さんは今日も仕事だったから疲れてるんじゃ···)

後藤
来てくれ

私の迷いを察したように、電話の向こうの声が優しくなった。

後藤
俺が会いたいんだ

サトコ
「誠二さん···」

(そんなふうに言われたら···私だって会いたいです!)

部屋の片づけと例の黒いアイツのことは一旦忘れ、誠二さんに甘えることにしたのだった。

【後藤マンション】

サトコ
「こんな時間に、すみません」

後藤
気にするな
それにしても、アンタがそこまでアレが苦手だとは知らなかった

サトコ
「セミとかチョウとか、昆虫採集系なら平気なんですが···」
「アイツとクモは、どうしてもダメで···」

後藤
明日の朝イチで退治に行こう

サトコ
「お願いできるんですか!?」

後藤
ああ。明日は朝から学校に行く予定だから、ちょうどいい

サトコ
「ありがとうございます!これで明日を生きた心地で過ごせます···」

胸を撫で下ろすと、電話の時と同じように小さく笑われる。

サトコ
「おかしいですか?アレが苦手って、よくある話だと思うんですが···」

後藤
そうなんだが
普段は男と対等に渡り合ってるところを見れば、平然と対処しそうな気がしたんだ
意外な面を見させてもらった

サトコ
「訓練中は男も女もないですからね。基本的に女らしさとは無縁ですから」

苦笑する私の肩に、誠二さんの腕が置かれた。
そしてその顔が近づいてくると、誠二さんの髪が頬をくすぐる。

後藤
訓練中は···だろ?

サトコ
「え?」

後藤
俺の頭の中のアンタは充分女らしい

サトコ
「誠二さ···ん···」

唇が重なると、彼の匂いを感じて胸がいっぱいになる。
軽く触れてから離れ、その指先が私の髪を梳きながら抱き寄せた。

後藤
会いたかった

サトコ
「私もです···」

後藤
引っ越しの準備、進んでるか?

サトコ
「は、い···」

他愛のない話をしながらも誠二さんの手が背中から腰へと回る。
首筋に吐息を感じ、急速に甘くなっていく空気に身を委ねそうになった時ーー

(しまった!今日お風呂上がりに着けたのベージュの下着だった!)

着る服を気にしなくてよくなるため、特にデートの予定がない時は愛用していた。

サトコ
「ス、ストップ!」

後藤
···どうした?

ぐっとその胸を押し返すと顔を覗きこまれる。

サトコ
「きょ、今日はその···女らしくない下着なので···」

後藤
···ん?

サトコ
「会う予定がなかったので···ベージュの、その···」

後藤
ああ、そういうことか···そういえば、アンタはあの時言ってたな

サトコ
「あの時?」

後藤
期待してくれって

サトコ
「へ···?」

誠二さんの言っていることがわからず、記憶を遡りーーー

(も、もしかして···)

【寝室】

サトコ
「あ!」

後藤
···何だ?

サトコ
「あの···次はもっと素敵な下着を着ます!」

後藤
は?

サトコ
「私だって持ってるんですよ!いざっていう時のために着る豪華な下着!」
「色も鮮やかでレースとかもついてて···」

後藤
ぷっ···期待しないで待ってる

サトコ
「そこは期待してください···」

後藤
なら、期待してるからな

【リビング】

(あああ、あの時の!期待してくださいって言っておきながら、この体たらく!)

サトコ
「やっぱり今日はダメです!」

後藤
中身に期待するからいい

サトコ
「なっ···!」

平然と際どいことを言ってくる誠二さんに私の顔は真っ赤になる。

後藤
そっちにも期待したらいけないか?

サトコ
「それは、その···自分で確かめてください···」

後藤
そうさせてもらう

誠二さんは軽いキスを落とすと、私を抱き上げて寝室へと足を向けた。

【寮 自室】

翌日、寮の部屋まで来てくれた誠二さんが例のアレを探してくれたものの···

後藤
逃げたのか、隠れたのか···姿が見えないな

サトコ
「どうしましょう···どこかに行ったのなら、いいですけど···」
「1匹見たら、数十匹いると思えとかって言葉もありますよね···」

考えるだけで恐ろしいと身震いする。

後藤
直接の確保は諦めて、煙で炙り出すか

サトコ
「それって···」

後藤
噴射タイプの殺虫剤があるだろう。それを使えば隠れていても退治できるはずだ

サトコ
「それは名案ですね!あ、でもあのタイプって、しばらく部屋に入れないんじゃ···」

後藤
俺の部屋に来ればいい

サトコ
「大丈夫ですか?そんな連日···」

後藤
今は事件も抱えていないしな。アンタさえ良ければ、問題ない
それに殺虫剤のあと、やられたヤツの姿があるか···までは一緒に確認した方がいいだろう?

サトコ
「さすが誠···いえ、後藤さん···至れり尽くせりで助かります!」

(二人きりの時は名前で呼ぶ···山口に帰った後に、そう決めたんだよね)
(切り替え、忘れないようにしないと)

後藤
俺はこのあと教官室で雑務がある。アンタは先に帰ってるか?

サトコ
「そういうことでしたら、お手伝いさせてください」

後藤
補佐官はもう卒業しただろ?

サトコ
「いろいろ助けて頂いたお礼です。せめて、それくらいさせてください」

後藤
礼なら昨日充分もらった。期待以上に···な

学校では聞かせられないような甘さをに滲ませる声に心臓が飛び跳ねる。

サトコ
「後藤さん、昨日からちょっとドキッとすること言いすぎです!」

後藤
そうか?無意識にタガが外れつつあるのかもな

サトコ
「え?」

後藤
アンタが訓練生だからと思って、なるべく立場のケジメはつけるようにしていた
結果的に、そう上手くはいかなかったが···
もうサトコは俺と同じ立場になる
そういう意味で、もっとアンタのことが欲しくなっているのかもしれない

真剣な顔で言われる言葉にクラッと目眩がしそうになる。

(行ったそばから、またそんな心臓を爆発させるようなことを···)

鼓動を早くさせると同時に、誠二さんが教官でなくなることを改めて感じていた。

【教官室】

(もうここに来ることも滅多にないんだろうな)
(そう思うと、ちょっと寂しい···)

教官室に来てすぐ、誠二さんは颯馬さんに呼び出されてしまった。
先に資料の整理を進めていると軽くドアがノックされる。

黒澤
後藤さ~ん。あなたの黒澤透ですよー

サトコ
「すみません、後藤さんは颯馬さんに呼ばれたところで···」

黒澤
あれ、サトコさん!こんなところでお会いできるなんて···
石神班に配属される予兆かもしれませんね!

サトコ
「はは、そうならいいですけど」

黒澤
せっかく黒ヤギさんがお手紙届けに来たんですが···どうしようかな

サトコ
「手紙···後藤さんにですか?」

黒澤
多分

サトコ
「多分って···」

黒澤さんはスーツの内ポケットから一通の封筒を取り出した。
縦長の白い封筒に宛先は書かれていないけれど、それが古いものであることは何となくわかった。

黒澤
都内のある交番に持って来られたものの、ずっと保管されていたものらしいんです

サトコ
「どうして、それが後藤さんに充てられたものだってわかったんですか?」

黒澤
実は、はっきりわかったわけじゃないんですよね
話を聞いて、オレがそうかなーって思っただけで

サトコ
「そんな不確定な話で手紙を持ってきちゃってよかったんですか?」

(ずっと保管されてたってことは、大切なものかもしれないし···)

黒澤
そうですよね···こんな曖昧な状態で手紙を届けるわけにはいきませんよね···
わかりました!ここはオレが真相を突き止めましょう!

サトコ
「え、ちょ、黒澤さん!?」

どこからともなくペーパーナイフを取り出した黒澤さんが勢いよく封筒の封を切った。

サトコ
「いいんですか!?勝手に開封しちゃって···」

黒澤
手紙を見れば、誰に宛てたものか確定するかもしれません
開けずに届けられないよりも、開けられて届いた方が差出人も喜びますよ

サトコ
「まあ···それはそうかも···?」

黒澤
サトコさんも一緒に読んでみてください

黒澤さんが横に来て、中に入っていた手紙を広げる。

(人の手紙を勝手に読むのは気が引けるけど、届けるのに役立つかもしれないし···)

悪いと思いながらも目を向けると、そこには流れるような達筆な字が並んでいた。

黒澤
『拝啓、あの時助けて下さった警察官さんと女性へ』···警官へのお礼の手紙みたいですね

サトコ
「これって···」

読み進めると、通り魔に襲われたところを助けられ、その件に関する感謝の気持ちが綴られている。

(もしかして、私と誠二さんが初めて出逢った時···あの時に助けた、おばあさんからの手紙!?)

手紙には私が持っているスクラップと同じ記事が同封されていた。

to be continued

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