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東雲 カレ目線 3話



【教官室】

うちの補佐官に勉強を教え始めた数週間後。
訓練生にとって初めての全教科考査が行われた。
おかげでオレたち教官は採点作業に大忙しだ。

後藤
······

東雲
どうしたんですか、ヘンな顔して

後藤
いや、上位5番はほぼ予想通りだったんだが···
思いがけない人物が10番以内に入ってな

颯馬
もしかして首席入校した彼女ですか?

後藤
えっ
周さん、どうしてそれを···

颯馬
私の担当教科でも同じ結果だったからですよ
まさかの8番です

後藤
俺の担当教科では9番でした
正直なところ、20番台だと思っていたんですが···

(ふーん···)

【寮監室】

その翌日。

東雲
おつかれさまです

石神
ああ、交代の時間か
鍵はそこにかけてある。引き続き頼む

東雲
了解です

石神
ところで考査の採点は終わったか?

東雲
いえ、まだ途中ですが···

石神
···そうか

東雲
どうかしましたか?

石神
いや···少々予想外の結果が出たんだが···
···まぁ、いい。では引き続き頼む

東雲
了解です

(ふーん···)



【廊下】

さらにその翌日。

加賀
おい、歩

東雲
ああ、おつかれさ···

ドンッ!

東雲
あの···オレに壁ドンされても···

加賀
あのクズになにをした?

東雲
えっ

加賀
お前のとこのクズだ
射撃の成績を10番以上あげていた
大方、お前が調教したんだろうが

東雲
やだなぁ、せめて『しつけ』って言ってくださいよ

と、まぁ、そんなわけで。



【個別教官室】

東雲
総合順位12番···ね

正直10番以内に入って欲しかったけど、スタートを思えば悪くはない。

(ま、次回は余裕で10番以内に入れるだろうし)
(ただ、今後のテキストについては要検討ってところだけど)

そんなことを考えながら、警視庁の捜査DBにアクセスする。
彼女に「ご褒美」と言う名の「特別講義」をするためだ。

(ああ、これこれ···)

講義の教材は、例の「連続ひったくり事件」だ。
捜査資料をもとに考察を重ねると、面白い可能性が浮かび上がってくる。

(これなら次の犯行日時まで予測できそう)
(せっかくだし、彼女にも解説するか)

思えば、これは明らかにオレのミスだった。
犯行予測を聞かされたあの子が、それで満足するはずがなかったのだ。

【モニタールーム】

サトコ
「本当に···」
「本当の本当に、教官はなにもしないつもりなんですか?」

オレをなじった彼女は、最後は自ら飛び出して行ってしまった。
まったく、どこの刑事ドラマだ···って話だ。

(ほんと、バカ···)
(あくまでこれは『仮説』なのに)
(···まぁ、現実性はかなり高いけど)

東雲
······
···ああ、もう!

(彼女のためじゃないし)
(オレの仮説が正しいか、確かめるためだし!)

その結果、彼女は無傷でひったくり犯を捕まえることができた。
もっとも所轄の刑事には、心を折られたみたいだったけど。

東雲
あーくだらない
バカとはなしたせいで時間を無駄にしちゃった

サトコ
「すみま···」
「···っ」

声を詰まらせた彼女は、必死に瞬きをしている。
どうやら泣くのを堪えているらしい。

(ほんと、バカ···)

こうなることなど分かりきっていた。
なにせ刑事部の案件に、公安が手を出したのだ。

(そりゃ、怒るでしょ)
(あっちもプライドがあるんだし)

それでも、彼女はやりきれないのだろう。
自分が正しいと信じて行った結果がコレなのだから。
ずずっ、と鼻水をすする音がする。
それでも彼女は、必死に歯を食いしばっている。

(···プライドがあるのはこっちも同じか)

東雲
···なんか用事思い出しちゃった
キミは疲れてるでしょ
さっさと帰ってゆっくり休めば
じゃあ、また明日

返事を待たずに、さっさとその場を去る。
たぶん彼女は、追いかけてはこないはずだ。

繁華街をふらつきながら、彼女のことを考える。

(一度、ちゃんと伝えた方がいいのかもしれない)
(『キミは公安に向いていない』って)

いや、正しくはオレの気が進まないのだ。
ああいう真っ当な子が、公安部に来ることが。

(たぶん、あの子は刑事部の方が向いている)
(優秀かどうかはともかく、被害者に寄り添える刑事になれる···)

ふと、スマホが鳴っていることに気が付いた。
この着信メロディーはさちからの電話だ。

東雲
はい···

さち
『歩くん、あのね。今日実家から···』

弾むような声を聞きながら、腕時計を見る。
いつものように時刻を頭に叩き込もうとして、ふと心が揺れた。

東雲
ごめん···今、出先で···

さち
『そうなの?じゃあ、また連絡するね』

東雲
······

さち
『···歩くん?』

東雲
·········ごめん

さち
『ええっ、いいよ。気にしないで』
『じゃあ、またねー』

おそらく1分にも満たない電話。
これなら参考にならないから、記録に残す必要もない。

(というより、やめればいいのか)
(さちを通して、関塚さんの動向を探ることを···)

誰に指示されたわけでもない。
これは、あくまで「オレの意思」で行っていることだ。

(だから、やめても誰にも文句は言われない)

けれども、ここでやめたら何かを見失う気がするのだ。
たとえば公安部の刑事になったときの、様々な覚悟みたいなものを。

(···あの子ならどうするだろう)

もしも彼女がオレと同じ立場なら、オレを同じことをするだろうか。
今ごろ、大泣きしているであろうあの子なら···

東雲
···ウザ

こんなの、つまらない感情だってわかってる。
それでもオレは、あの子にこっちの世界に来てほしくない。
今、オレが抱えているような思いを味わわせたくない。

(ほんと、面倒···)
(いっそ、自分から『やめます』って言ってくれればいいのに)


【商店街】

けれども、世の中はオレの思い通りにはいかないらしい。
彼女はやめるどころか「ちゃんと公安の仕事を知りたい」と言い出した。
おまけに···

さち
「ああっ、良かった、ここで会えて」
「実は歩くんに会いに来たところだったの」

その瞬間、なんとなく嫌な予感がした。
だって隣には、トラブルメーカーなうちの補佐官がいる。

(この子いるとロクなことが起きないし)
(もしかしたら、また今回も···)

そして、オレの予感は的中した。

さち
「あのね、歩くんね」
「小さい頃、ポンカンを食べたくて川に落ちたんだよ」

東雲
さち···!

さち
「ポンカンの入ってた袋を川に落としちゃって···」
「それを取ろうとして落っこちて、川で溺れたんだよね」

(···サイアク)

心の中でそう呟いたのは、その話をしたことがあったからだ。
もちろん、とっくに忘れている可能性もあるけれど。

東雲
···そのあと、さちも一緒に溺れただろ

さち
「ふふっ、そうだった!」

関塚
「ああ···昔、さちが溺れている子を助けようとしたっていうのは···」

東雲
オレのことです

さち
「ねっ···懐かしいよね」

そうだ、懐かしい。
だってあのとき、オレは恋に落ちたんだ。

オレのために川に飛び込んでくれたさちを「運命の人」だと思った。
ずいぶんマセた話だけど、本気でそう信じていた。

(ただ、それが一方通行だったって話で···)

さちが結婚すると知った日。
合コンで「運命の人を探しに来た」という女性を、オレはバカにした。
「運命なんて安っぽい言葉だ」と鼻で笑ってみせたはずだった。

(でも、その安っぽい言葉に、ずっとこだわっていたのはオレだ)

一度も、想いを伝えられなかったくせに。
触れることすら躊躇ってるくせに。

さち
「じゃあ、私たち、これで帰るね」

東雲
うん、ありがとう
関塚さん、これ、ありがたくいただきます

関塚
「そうしてもらえると嬉しいよ」

2人を見送った後、うちの補佐官に向き直る。
彼女はあきらかに戸惑った顔をしていた。

(やっぱり忘れていない···か)

どうしようもない惨めさが込み上げてきた。
自分の女々しさとか、みっともなさとか···
そういうものを、ことごとく知られてしまった気がした。

(よりによって自分の教え子に)

それでも教官っぽいことを口にしたのは、オレの精一杯の虚勢だ。

(ほんと、みっともない···)
(なんでオレ、こんな必死に···)

やがて話題はオレの女性関係にまで及び···
気が付いたら、言わなくてもいいことまで口にしていた。

東雲
なんならキミ、立候補してみる?
オレの特定の相手として

もちろん、こんなの本気じゃない。
ただのやけくそついでに口走ったことだ。
それなのに、彼女は手を挙げた。

サトコ
「立候補します」

東雲
え?

サトコ
「私が教官の特定の相手になります!」

(···なにそれ)

どうやらうちの補佐官は、オレのことを好きになっていたらしい。

to be continued



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