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エピソード0 石神2話



これは公安学校新設の話から、数年前のこと――

キャリア組としての一歩と言われる、警察大学校への入校。
ここでの研修を終え、警察官としての一歩を踏み出すことになる。

(警部補佐に任命され、警察大学校での研修を三ヶ月···)
(これから初任幹部課程教育が始まる)

つつがなく昇進の道を辿れば、何度もこの警察大学校に出入りする。
初心を忘れることのないよう、今映っている景色を目に焼き付けるため周囲に視線を巡らせた。

(寮は向こうだったか)

敷地内の配置を把握しながら、まずは寮へと足を向けた。



【寮】

石神
相部屋だと聞いていたが···

広くはない部屋にある荷物は一人分のもの。
変更でもあり一人で部屋を使えるようになったならいいが、そう都合よくはいかないだろう。

(だらしのない相手でないことを願うだけだ)

私物は少なく、荷物の整理も時間がかからず終わってしまう。

石神
今のうちに建物の場所を把握しておくか

明日になれば、移動時間に調べている暇などなくなる。
窓を開け、部屋の空気の入れ替えてから、再び部屋を出た。

【敷地内】

幸いにして天気はよく、広い校内を歩くのにいい陽気だった。

(知った顔に会うこともあるだろうが、この先に待っているのは出世争い···)
(一番上を目指したのなら、是非を問わず前に進むだけだ)

警察官としての矜持と、現実の組織の間には時折剥離がある。
そこに折り合いをつけてこそ、見られる景色があるのだろうと最近見られるようになった。

石神
ん···?

これから歩む道を思いながら歩いていると···爪先に何かがぶつかった。
視線を落とせば、そこには一人の男が転がっている。

石神
······

ガラの悪い男
「······」

(この男、ここで何をしている?)

気分でも悪いのかと思ったが、そうではないらしい。
無言で見下ろしていると、眉間のシワが深くなっていくのがわかる。

石神
······

ガラの悪い男
「······」
「···いつまでそこに立っていやがる」

乱れた髪と服。
外見から想像するのと全く同じ声が聞こえてきて目を細めた。

石神
予想を裏切らないな

ガラの悪い男
「ああ?」

石神
ここで何をしている

ガラの悪い男
「······」

男は身体を起こすと、ひどく気怠げな仕草でその髪を掻き上げた。

ガラの悪い男
「チッ」

目を合わせることもなく男は舌打ちする。

(この歳で、ここまで行儀の悪い男もめずらしい)
(ここにいるということは、それなりの立場にある人物のはずだが···)

石神
ここは寝転がる場所ではない

ガラの悪い男
「クソ眼鏡が」

吐き捨てるようにそう言うと、男は立ち上がって去っていく。

石神
やれやれ···

男の下敷きになりかけていたタンポポを直してやる。

(あんな男も入ってきているのか)
(どういう立場の人間かは知らないが···この先、想定外の人物に会うことも増えるだろう)

制服を着ているところを見れば、あの男もこの学校に在籍しているのは間違いない。

(あの手の男は訓練のときに、どんな態度を見せる?)
(まさか上官相手に、同様の態度を取ることもできまい)

同じ機関に所属しようとも、自分とは決して交わることのない男――この時は、そう思っていた。


【寮】

研修が始まって数日。
寮の部屋に誰かが来ることはなかった。

(このまま一人で部屋を使えるなら有り難い話だ)

寝る前に持ってきた文庫本を読もうとベッドで開くと···

ガタッ、ガタガタッ――

(何の音だ···?)

開きかけた本を閉じ、ベッドから降りる。
物音は窓の方からしていて、反射的に身構えた。

(警察大学校を狙った住居侵入もないと思うが···)

様子を見ていると、窓の外に男の人影が見える。
それはそのまま、窓を開けてきて···

石神
お前は···

ガラの悪い男
「あ゛?」

窓枠に靴のままの足をかけたのは、あの日寝転んでいた男だった。

石神
不法侵入か

ガラの悪い男
「なんでテメェがここに···」

石神
ここは俺の部屋だ

ガラの悪い男
「チッ···最悪だな」

土足のまま部屋に入ろうとする男に、手近にあった竹刀を手にする。
その靴が床に着く前に足を止めた。

ガラの悪い男
「なにしやがる」

石神
いくら礼儀知らずとはいえ、土足のまま部屋に上がるほどの野蛮人ではないだろう

ガラの悪い男
「うるせぇ眼鏡だな」

何度目かわからない舌打ちをした男は、靴を脱いで中へと入ってきた。
同時に香る、甘ったるい香水の匂い。

石神
その匂いはなんだ

ガラの悪い男
「テメェに答える義務はねぇ」

男はそのまま開いたベッドへと寝転ぶ。

(こいつと相部屋···最悪だと言いたいのは、こちらの方だ)

石神
すでに門限は過ぎている

ガラの悪い男
「······」

石神
この部屋は、お前だけの部屋ではない
同じ部屋を使う以上、最低限の規則は守ってもらおうか

ガラの悪い男
「なら、俺の部屋で眼鏡は禁止だ」

石神
···誰もお前の勝手な意見を聞いていない
お前が規則を守らないと言うのなら···

ガラの悪い男
「······」

その背中に話を続けていたが、反応がなくなる。

(···寝たのか?こいつ···)

経験から、多少のことでは苛つきを感じることはなくなった。
にも関わらず、この男には明確な苛立ちを覚える。

(何なんだ、この男は···)

思考から行動から、何から何まで理解の範疇を越えている――
こんな相手に会うことは、そうそうなかった。


【食堂】

翌日、同室の男についての情報を同期から収集することができた。

同期A
「石神の同部屋が加賀って···上もわざとやってるのかな」

石神
部屋の変更はできないのか···?

同期B
「よっぽどの理由がなければ、無理なんじゃないか?」

石神
···そうだろうな

あの男の名は加賀兵吾というらしい。

(加賀の素行の悪さや規則違反を報告すれば、部屋替えの可能性もあるか?)

だが、それを報告するというのも、何か違うという気がする。

(明確な理由があるわけではないが)
(上に違反を報告することで、加賀の足を引っ張るというのも···)

妙な対抗心だというのは分かっているが、ぶつかるのであれば自身の力で···という思いが出ていた。

(加賀兵吾···厄介な男だ)



【寮 部屋】

加賀
······

石神
······

加賀が夜な夜な窓から帰ってくるのは、いつのまにか日常になりつつあった。

(毎日毎日···違う匂いを···どれだけ女がいるんだ)

すでに交わす会話もない。

(加賀の名前を知った日···厄介な男だと思ったが、訂正する)
(物凄く···厄介な男だ)

to be continued



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