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カレが妬くと大変なことになりまs(略:難波1話



【難波マンション】

今日はお昼から、いつもながらのお家ご飯デート。
キッチンで食器の後片付けをしていると、
ソファに座って情報誌をめくっていた室長がふと顔を上げた。

難波
今週末、行くか?

サトコ
「ん?行くって、何にですか?」

難波
花火大会

サトコ
「は、花火大会!?」

(室長が花火のお誘い!?)

思いもかけない申し出に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

(嬉しい···!)

サトコ
「行きます!行きたいです!」

急いで濡れた手を拭き、室長の傍らに座り込む。
開かれていた情報誌のページには、
浴衣姿の男女の頭上を彩る煌びやかな花火の写真がいくつも踊っていた。

サトコ
「すごい···四尺玉も上がるんですね!久しぶりです。花火なんて」

(もしかしたら、公安学校に入る前に地元で見たのが最後かも?)

サトコ
「楽しみだな~」

難波
そりゃよかった。それじゃ、行ってみるか

サトコ
「はい!」

(やった!花火なんていかにも夏デートって感じでワクワクするな~)
(まさか室長が花火大会に誘ってくれるなんて···!)

サトコ
「約束ですよ?」

ここのところデートのドタキャンが続いていたので、思わず念を押してしまった。

難波
今度こそ大丈夫だって。俺を信じろ
難波警視正、万難を排して臨む所存でおります

おどけて敬礼する室長の手をグイッと引っ張り、小指を絡める。

難波
ん?

サトコ
「指切りげんまん」

難波
なんだなんだ、指切りなんて懐かしいな

室長は嬉しそうに笑うと、自らも小指にぎゅうぎゅう力を込めた。

難波
針千本飲まされないように気を付けねぇとな

サトコ
「ですね」

室長の反応に大きく頷いて、もう一度情報誌に目を落とす。

(いいなぁ、花火デート。やっぱり、花火といえば浴衣だよね)
(そういえば、室長って渋い浴衣が似合いそうかも···)

難波
···なんだよ、そんなジロジロと

サトコ
「あ、すみません」

気付いたら、室長をじっと見つめてしまっていたようだ。

サトコ
「室長にも浴衣···着てもらいたいなって思って···」

難波
浴衣?俺が?

室長は不意をつかれたように、自分の身体をしみじみ見つめた。

サトコ
「胸板も厚いし、似合うと思うんです。すごく···」

難波
浴衣か···悪くねぇな
なんなら買いに行くか、今から

サトコ
「え、本当に?いいんですか?」

難波
善は急げだろ。それに、サトコに選んでもらえば安心だ
その代わり、オレも厳しい目でサトコの浴衣を選ぶから覚悟しろ

サトコ
「望むところです!」



こうして私たちは街に繰り出した。
着物屋さんについての情報は、室長が馴染みのお店のママに問い合わせてくれたようだ。
室長はさっきから、地図アプリと必死に格闘している。

難波
この路地の先ってことか?

サトコ
「あるんですか?こんなところにお店が」

難波
あるんじゃないか?たぶん

薄暗い路地に尻込みする私の手を取り、室長はぐいぐい路地を進んでいく。

しばらく行くと急に視界が開けて、『呉服』の木札を掲げた重々しい古民家が姿を現した。

難波
あった。たぶんこれだな

サトコ
「でもなんだか、凄く敷居の高そうな···」

(これってもしかして、一見さんお断り的なお店なんじゃ···)

思わず、二の足を踏んでしまう。

難波
大丈夫大丈夫。ママの紹介だって言えば怖いもんなしだ

怖いもの知らずの室長は、迷わず藍色の大きな暖簾をくぐった。

店主
「いらっしゃいませ」

出迎えてくれたのは、上品な女性店主。

難波
浴衣を見せてもらいたいんですが

店主
「失礼ですが···」

難波
ああ、そうでした。こちらのママの紹介です

言いながら、室長は紫色の名刺を差し出した。
名刺を受け取った店主はしばらくじっと室長と私を見つめてから、ようやくニッコリと笑う。

店主
「どうぞ、どうぞ。こちらにお上がりください」

店主は一段高くなっている畳の間を手で示した。
そしてかしこまって座り込んだ私たちの前に、次々と浴衣を並べてくれる。

店主
「私の見立てでは、この辺りがお似合いになるかと」

サトコ
「わぁ、かわいいですね!このアサガオ柄」

難波
そっちの花火の柄も似合いそうだけどな

サトコ
「本当だ···これもいいですね。たくさんあって迷っちゃうな···」

次々と鏡の前で浴衣を合わせる私の姿を、室長は嬉しそうに見つめている。

店主
「お連れ様、何を着てもお似合いになるから困ってしまいますね」

難波
ですよね···本当に可愛いでしょ、この子

室長は小声で言ったつもりかもしれないが、
しっかりと聞こえてちょっと頬が赤くなった。
そんな室長の姿を、店主の女性は苦笑いで見つめている。

店主
「失礼ですが、ご親戚ですか?」

難波
え?

店主
「お二人です。とても仲のよろしいおじさんと姪御さんかしら、なんて」

<選択してください>

そんなんじゃありません

サトコ
「そ、そんなんじゃ···!」

店主
「じゃあ···」

難波
こう見えて、俺たち恋人同士なんですよ

店主
「あら、それは失礼いたしました」

そんなところです

サトコ
「まあ···そんなところです」

店主
「やっぱり」

何となく気恥ずかしくて、思わず誤魔化す。
すると室長が、心外そうな声を上げた。

難波
ちょっとそこ、納得しないでもらいたいですね
こう見えて、俺たち恋人同士なんですが

店主
「あら!そう言われてみれば···失礼いたしました」

そんな風に見えますか?

サトコ
「ええと···そんな風に見えますか?」

ちょっと照れくさく微笑みながら問い返すと、
店主はハッとなったように私たちをもう一度見た。

店主
「もしかして、恋人同士でいらっしゃるとか?」

難波
ご名答!
みえませんかね?俺たち、そんな風に

店主
「言われてみれば、そんな感じですわね。大変失礼いたしました」

店主はちょっと気まずそうに微笑んで、お詫びなのかお茶とお菓子を出してくれた。

サトコ
「さて、次は室長の番ですよ!」

私の浴衣がようやく決まり、ひと休憩をはさんで今度は室長を鏡の前に引っ張り出す。

サトコ
「この藍色もいいけど、こっちの絣っぽい黒もいいですね···」
「室長はどっちが好きですか?」

難波
俺か?俺は···サトコに任せる

室長はちょっとだけ悩んで、すぐに諦めたように私の肩をポンと叩いた。

サトコ
「う~ん、どうしよう」

そんな私たちの姿を、店主は相変わらず微笑ましく見つめている。

店主
「本当に仲がよろしんですね。羨ましい···」

しみじみと言われてしまい、恥ずかしかったり、嬉しかったり。
照れ笑いを交わしながら、なんとかお互いの浴衣をセレクトし終えた。



次の終末。
ネットの画像を参考に何とか着付けを済ませ、
ドキドキしながら室長との待ち合わせ場所に赴いた。

(いつもと違う格好って、それだけでなんだか照れくさいな)
(室長、喜んでくれるといいけど···)

駅前は花火大会に向かう人でごった返している。
その中で背伸びしながらきょろきょろと辺りを見回していると、
少し先に見覚えのある顔が見えた。

サトコ
「あ、室ちょ···」

(ん?んんん!?)

勢い良く上げかけた手が中途半端に止まる。
見慣れぬ浴衣姿の室長。
でもその隣には···見覚えのある顔、顔、顔···

(な、なんで···!?)

難波
おお、サトコ。待たせたな

サトコ
「ああ、いえ···」

黒澤
わお!サトコさんも浴衣ですね。ソー、キュートです

サトコ
「ど、どうも···ありがとうございます」

ぞろぞろとついて来た皆さんにジロジロ見られ、居心地の悪いことこの上ない。

後藤
似合うな、なかなか

加賀
クズにも衣装ってヤツか?

石神
クズ?

黒澤
それを言うなら、馬子にも衣裳でしょう!

加賀
いちいちうるせぇな。どっちでも同じだろうが

(どっちにせよ、ひどい言われようなんですけど···)
(ていうか、なんでみなさんまで?せっかくの浴衣花火デートなのに···)

恨めしい気持ちを込めて室長に視線を投げた。
室長はそんな私の気持ちを分かってるのかいないのか、
ニカッと笑って私のお団子ヘアを楽しそうにポンポン触る。

難波
たまにはいいだろ、こういうのも
普段はみんな気ぃ張ってるからな

黒澤
まさか室長から花火大会に誘われるとは思いもしませんでしたよ
オレも、浴衣着て来ちゃえばよかったかな~

(そっか···バレちゃったからとかじゃなくて、わざわざ室長が誘ったんだ)

何となく期待外れで肩を落とす。
でもこれで、心が決まった。

(こうなったら、とことん楽しむしかない!!)



サトコ
「あ、タコ焼きおいしそう!」

黒澤
焼きそばもありますよ!

サトコ
「うーん、どっちも捨てがたいですね···」

黒澤
こういう時は、当然どっちもでしょう!

サトコ
「ですね!それじゃ私、タコ焼き担当で」

黒澤
では焼きそば担当、黒澤入ります

二人で手分けして右へ左へと走り回る。
そんな私たちの姿を、室長たちは木陰に佇んで温かく見守っている。

石神
まるで子供だな···

難波
まったくねぇ···

加賀
おい、牛すじネギ焼きも買ってこい

黒澤
ラジャ!

加賀
それから、ビールな

サトコ
「はいっ!」

散々買い物に走り回り、すべてが揃った頃にはいい具合に辺りが暗くなり始めていた。

土手にレジャーシートを広げてはみたものの、二人だと思っていたのでどうにも小さい。

加賀
なんだよ、これ···ったく、気が利かねぇな

難波
まあまあ

サトコ
「すみません···」

(って、なんで私が謝らなきゃいけないんだろう···)

思わず口から出そうになる不満をグッと堪えた。

後藤
いいじゃないですか、俺たちは適当に座れば
たまには草の上もいいものです

後藤教官の絶妙なフォローに助けられ、
なんとなく、浴衣姿の私と室長がレジャーシートに座ることになった。

黒澤
あと一人なら座れそうですね

無邪気に言って、私を室長と挟む形で座る黒澤さん。

(···黒澤さんも座っちゃうんだ)

微妙な目で黒澤さんを見ると、苦笑気味の後藤教官と目が合った。

後藤
···そういう時は普通、年長者に譲るものじゃないのか?

黒澤
あ···そうか!

黒澤さんは言われて初めて気付いたように、今更ながら立ち上がった。

黒澤
石神さん、よかったら座ります?

石神
いや、俺はいい

黒澤
じゃあ、加賀さんどうぞ

加賀
人を勝手に年寄り扱いするんじゃねえ
それに、お前が座ってたところなんてぬるまったくて座れるか

黒澤
ですよね~。それじゃ、まぁいいかってことで

(黒澤さん、本当にマイペースというか、空気を読まないというか···)

サトコ
「とにかく、食べましょう!せっかくの食べ物が冷めちゃいますし」

難波
そうそう、ビールはぬるくなっちまうしな

手早くビールとお箸を配り、皆の真ん中に買ってきた食べ物を並べた。

難波
それじゃ、乾杯!

サトコ・教官たち
「乾杯!」

難波
くぅ~うまいねぇ

室長を筆頭に、みんなあっという間にビールを飲み干す。

難波
堪んねぇな

石神
夏ですね

後藤
なんだか久しぶりですね、こんな夏らしいことをするのは

加賀
···そう言われりゃ、そうだな

みなさん口々に言いながら、食べ物を次々に口に放り込む。

(もう少し買い足さないと足りないかな···)

タコ焼きを頬張りながら、そんなことを考えた時だ。

ドーン!

お腹の底から響くような音が聞こえて、夜空に満開の花が開いた。

サトコ
「わあ、キレイ!」

黒澤
玉屋~!

難波
お前、古いねぇ

黒澤
こういうのは、一応やっとかないとですよ!

ドドーン!

黒澤
鍵屋~!

石神
こういう時だけ全力だな

後藤
確かに···

みなさんの呆れた視線も気にせずに、黒澤さんは全力ではしゃぎまわる。
私も負けじと、立ち上がって叫んだ。

サトコ
「団子屋~!」

黒澤
ちょっとサトコさん、なんですか、それは

黒澤さんが驚いたように私を見た。

サトコ
「いま食べたいものです!」

黒澤
そういう問題じゃって···あ、サトコさん···

サトコ
「?」

何故か黒澤さんは、私の顔を見つめた視線を離さない。

(どうしたんだろう···?)

サトコ
「あの、何か···」

黒澤
ついてましたよ

黒澤さんはそう言うなり、私の口元をそっと指で拭った。

サトコ
「!」

突然のことに、驚きで一瞬身体が固まる。
でも黒澤さんはそんな私の様子など気にも留めずに、じっと自分の指先を見つめた。

黒澤
ソース···ですかね。タコ焼きの

サトコ
「は、恥ずかしい···すみません」

私は去り気なく自分でも口元を拭きながら、チラリと室長の方を見た。
でも室長は、立ち上がっている私たちのことは目に入っていないようで···

ドーン!

難波
おお、すげぇな。これは

後藤
スターマインですね

難波
後藤、お前詳しいな

後藤
一度調べたことがあります

ドドーン!

難波
おおお~!

楽しそうに夜空を見上げる室長の様子に、ホッと胸を撫で下ろす。

(よかった···今の、見られてなかったみたいで···)

to be continued

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