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本編① 津軽6話

サトコ
「津軽さん!」

私の手にあるのは徹夜で仕上げた報告書。

(やっとできた!これなら津軽さんに認めてもらえるはず!)

津軽
どうかした?

サトコ
「これを!」

津軽
何か見せるものがあるの?

サトコ
「え?」

笑顔で問われ、手にある報告書に目を向けると。

(真っ白···)

サトコ
「どうして!?徹夜で仕上げたはずなのに!」

津軽
まあ、そう慌てないで

津軽さんの手が私の頭を撫でた。
その口元には、いつもの笑み。
周囲が突然闇に包まれる。

津軽
いいんだよ。君は、こうしてれば

肩を抱かれ、近くにあるイスに座らされた。
ゆっくりと髪を撫でられる。

津軽
こうしていればいいんだ

サトコ
「······」

動けない、声が出ない。

(どうして···!)

津軽
いい子だね。俺の···

お人形さんーー

サトコ
「!」

サトコ
「はっ···はあっ···」

動悸が激しい。
寝汗がひどくて全身で息をする。

(夢···津軽さんの夢なんて最悪···)

目を閉じるとあの笑顔が浮かんできて、パッと目を開けた。

(夢にまで出てくるなんて···)

そこまでショックを受けている自分が腹立たしく。
あらためて昨日の悔しさを噛み締めた。

始発に近い電車で出勤し、課内の掃除とファイルの整理を自主的に終わらせる。

(昨日のことで、めげてるなんて思われたくない!)

後藤
氷川、早いな

黒澤
ふわ、早過ぎですよ

サトコ
「お二人とも早いですね。コーヒー淹れましょうか?」

後藤
黒澤が淹れる

黒澤
徹夜の任務明けに容赦ないですね~

後藤
お前もコーヒー、飲むんだろ?

黒澤
はい

後藤
自分が飲むものくらい自分で淹れろ

黒澤
なら、オレは後藤さんが淹れてくれたモーニングコーヒーが飲みたいな♪

後藤
鼻からか?

黒澤
今すぐコーヒー淹れてきます!サトコさんの分もお持ちしますね★

サトコ
「いえ、私の分は···」

黒澤
オレ、コーヒー淹れるの上手いんです

コーヒーを淹れに行く黒澤さんを目で追うと、

公安員A
「津軽さん、おはようございます!」

津軽
おはよ

(···来た)

姿を見た瞬間、強張りそうな頬を何とか取り繕う。

津軽
ウサちゃん、おはよー

サトコ
「おはようございます」

昨日のことなど記憶の彼方という顔ーー実際に記憶の彼方の可能性が高い。
大嫌いな笑顔に私も作った笑顔を返した。

津軽
ウサちゃんって、縁日だとまず何をやりたい派?

サトコ
「縁日?」

(また突拍子もないことを···)

そう思いながらも、それに慣れ始めている自分が嫌だ。

(でも普通を装うなら、ここで答えないわけにはいかない)
(縁日で、まずやることは···)

<選択してください>

屋台で食べ物を買う

サトコ
「屋台で好きな食べ物を買います」

津軽
君ってほんとに食べるのが好きだね

(誰のせいで連日食べ続けたと!)

イラっとする気持ちを必死に抑える。

屋台で遊ぶ

サトコ
「多分、屋台で遊ぶと思います」

津軽
子供みたいだね

(くだらない嫌がらせをするあなたに言われたくないです!)

そう言いたい気持ちをぐっと堪える。

サトコ
「お祭りですから」

とりあえずぶらぶらする

サトコ
「とりあえず···ぶらぶらします」

津軽
どうして?

サトコ
「お祭りの雰囲気を味わいたいので」

津軽
ふーん

(人に聞いておいて、また興味がなさそうな答えを···)

イラっとする気持ちを顔に出さないように必死に堪える。

サトコ
「···そういう津軽さんは、お祭りで何をするんですか?」

津軽
んー···金魚すくい?最近、減って来てるって話もあるけど

サトコ
「動物愛護の関係じゃないですか」

津軽
動物愛護ね、ウサちゃん、カラーひよこは知ってる?

サトコ
「カラーひよこというと···ひよこの毛をスプレーで染める···」

津軽
俺が祭りで一番好きなのは射的

サトコ
「······」

(この人、話を飛ばすのがデフォ···)
(むしろ、いつも独り言を言ってると思った方がいいのでは?)

サトコ
「そもそも、朝から何で縁日の話なんですか?」

津軽
昔々、公安課と警護課で夏祭りやったことがあるんだって
横ワケ課が揃って神輿担いだんだよね

サトコ
「···それは、ちょっと見たかったです」

津軽
近々、ここの近くでお祭りがあるらしいよ

サトコ
「行くんですか?」

津軽
そんなに暇だと思う?

サトコ
「···私には、わかりません」

(わかるほど仕事に参加させてもらってませんから)

津軽
いつまでそこに突っ立ってるつもり?

サトコ
「話が終わりなら、失礼します」

(この人が喋ることは全部独り言だと思うことにしよう)
(どうせ、仕事はもらえないんだから)
(ああ、もう嫌だな、こういう卑屈な考え方!)

振り回されないと決めたのに、気付けばあの人を中心に場が回っている。
気持ちを切り替えようと、一度廊下に出ることにした。

何度か深呼吸をして気持ちを立て直し、戻ろうとした時。

百瀬
「津軽さん」

津軽
ん?

百瀬さんが津軽さんを呼び止める。

百瀬
「氷川のことですが」

サトコ
「!」

(私の話?)

自分の名前が出てきて、反射的に身を隠してしまった。

津軽
ん?

百瀬
「氷川のことです」

(どうしよう。盗み聞きするような···)

津軽
氷川って、誰だっけ?

サトコ
「!」

この声のトーンには聞き覚えがあった。

津軽
この曲なんだっけ?

曲名を聞いた時と同じ声で。
続いて響いてくるのはーー『俺って、興味ないこと全然覚えられないんだよね~』という言葉。

(私の名前、覚えてないんだ)
(興味がないから)

サトコ
「······」

(仕事もない、名前さえ覚えられてない)
(私はここに存在しないのと同じ)
(いなくても···)

いなくても同じーー

公安課に戻るはずの足は動かず。
気が付けば、反射的に走り出していた。

to be continued

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