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本編① 津軽19話

また津軽さんをひとり残して戻れと言う彼に、顔を見せてと扉を叩く。

津軽
顔見たいって···顔がいいと辛いな

いかにも面倒という顔で津軽さんがやって来る。

津軽
はいはい、どーぞ

サトコ
「······」

窓越しに津軽さんの顔が見える。
いつもと同じ、何を考えてるかわからない薄い微笑み。

(この笑顔にいつも煙に巻かれてる気がする)
(だから、今回は誤魔化されない!)

サトコ
「せっかく戻って来たのに、どうしてまた戻れなんて言うんですか!」

バンッと窓を叩くと、津軽さんは眉を顰める。

津軽
駄々っ子はやだやだ

サトコ
「駄々じゃありません!理由があるなら、ちゃんと説明してください!」

津軽
こっちには時限式麻酔ガスがあるんだよ

サトコ
「時限式麻酔ガス!?」

津軽
有島はこれで五ノ井を殺そうと計画してたらしい
さっきの緩い催涙ガスとは、まるで別物だ
全身麻酔ガスは杯まで吸い込むと呼吸ができなくなり死に至る

サトコ
「それが、津軽さんの近くに···?」

津軽
だから爆弾なんて造ったら、その衝撃で作動して君まで巻き込むだろ

サトコ
「そうですけど···」

理由に納得しかけたところで、ハッと顔を上げる。

サトコ
「時限式って言いましたよね?放っておいても爆発するじゃないですか!?」

津軽
だ・か・ら、戻れって言ってんの。早く

サトコ
「···津軽さんは、どうなるんですか?」

津軽
まあ、テキトーにやるから

サトコ
「テキトーにやってたら、死にますよ!」

津軽
縁起でもないこと言わないでよ

サトコ
「縁起でもないのは津軽さんの方です!」
「さっきからどうして、私ばっかり逃がそうとするんですか!」

津軽
俺がデキる上司だから

サトコ
「···っ!」

糠に釘、暖簾に腕押し、とはこのことだ。

<選択してください>

バカ!と怒鳴る

(話を聞かない人だっていうのは、わかってたけど!)
(こんな時に···!)

サトコ
「バカ!」

津軽
うわ、ひど。バカって言う方がバカなんだよ

サトコ
「私はバカでいいです!でも津軽さんはバカじゃ困るでしょう!」

津軽
俺はバカじゃないもん

サトコ
「バカじゃないなら、しっかり頭働かせてください!」

そんなに死にたいんですか!と言う

(本当にこの人は、さっきから···!)

サトコ
「そんなに死にたいんですか!?」

津軽
いや、死にたくないけど?

サトコ
「それなら、ちゃんと考えて!テキトーに言わないでください!」

泣き真似で訴える

(普通に話してもダメなら···)

サトコ
「···っ、そんなこと言うなんて···っ」

泣き落としでいってみようと、顔を両手で覆って肩を震わせる。

津軽
君、下手だよね

サトコ
「私は本気で···っ」

津軽
それ、俺の顔見て言ってよ

サトコ
「······」

(通用しないか···)

サトコ
「泣いてませんけど、泣きたい気分です!」

私はもう一度、バンッとドアの窓に手を叩きつけた。

サトコ
「ここ!ここに手を重ねてください!」

津軽
ねぇ、時間ないってのわかってる?

サトコ
「わかってるから、ここに手を置いて!」

津軽
はいはい

はぁ、と肩で息を吐いた津軽さんが渋々と手を窓に置いた。

サトコ
「私、津軽さんのこと全然わかんないです!話の通じない嫌な上司だと思ってます!」
「だけど!」

窓越しに重ねた手にグッと力を込める。

サトコ
「今の私は津軽さんの相棒、バディです!決して見捨てたりはしません!」

津軽
···なんで?

サトコ
「相棒でバディだからです!公安学校でそう習いました!」

津軽
先生の言いつけは守るって?

フン、と津軽さんが鼻で笑う。
表情があまり変わらない人なのに、嘲笑に似た色が浮かんだように見えた。

(···って、気にしてる場合じゃない!)

サトコ
「···津軽さんの部屋、見ました」
「全然片付けてない部屋、玄関の近くにありますよね」

津軽
あったっけ?

サトコ
「誤魔化してもダメです。部屋は心って言ったのは、津軽さんですよ」
「津軽さんの心、ほんとはすんなり死ねるほど整頓されてませんよね?」

津軽
······

サトコ
「見えてるものだけで考えるのは、やめたんです。だから···っ」

津軽
はぁ~···っ

俯いた津軽さんが聞いたことないくらい深いため息を零した。

津軽
君、占いとかにダマされやすいでしょ

サトコ
「そんなこと!いや、占いはどうでもよくて!」
「とにかく!私は絶対にひとりで逃げたりしません!」
「津軽さんと一緒に、ここを脱出します!」

津軽
ウサちゃんじゃなくて、ダダちゃんって名前にすればよかった

サトコ
「私は上の通気口から来ました!麻酔ガスが回る前に、そこから脱出しましょう!」

津軽
どうして、わざわざ危険を冒すの

サトコ
「津軽さんが、そこにいるからです!爆弾の造り方、教えてください」

津軽
······
·········

(津軽さん?)

津軽
ショ糖と塩素酸カリウム、濃硫酸を用意して

サトコ
「ええと···全部、あります!」

津軽
ショ糖と塩素酸カリウムを同量で混ぜて、ドアの近くに設置
濃硫酸をかけて爆発させる

サトコ
「ドア、吹っ飛びますか?」

津軽
そんな威力の爆弾造ったら、君即行で公安にマークされるよ

サトコ
「じゃあ···」

津軽
その爆発で数十センチの火柱が立つ。そしたら、どうなる?

サトコ
「火柱が立てば火炎報知器が反応する。火災報知器が作動すれば···」
「ドアのロックが解除される!すぐにやります!」

準備をするのは簡単だった。
混ぜた粉末を扉の前に置き、軽くドアの窓を叩く。

サトコ
「爆発させます!念のため、離れてください!」

津軽
はいはい

私も扉から距離をとり、濃硫酸を構えーー

(いけ!!)

液体をぶちまけると同時に昇る火柱と、響く火災報知器のけたたましい音。
そして、ガチャーー

サトコ
「開いた!津軽さん!」

津軽
走れ!

飛び出してきた津軽さんが私の手を引っ張る。
同時にクラッとした感覚に襲われた。

(麻酔ガスが漏れてる!)

サトコ
「はっ···」

上手く返事ができなかった。

(回るのが早い!!)

走り出した足が宙に浮くような感覚。
視界が霞んで、津軽さんの背中が遠くなってーー

津軽
ーーー!

津軽さんの声が聞こえた気がした。
意識が沈む、直前に。

to be continued

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