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カンタンにイチャイチャできると思うなよ 東雲カレ目線



無防備とは、うちの彼女のためにある言葉だと思う。
彼女を残して帰宅した飲み会の翌日。
オレはそれを深く、思い知ることになった。

サトコ
「······」

(腰かばい過ぎて歩き方変だし、カップ持ってる手は震えてるし)
(うなじの湿布、なに?)
(オレが帰った後に、何かあったことは明白···)

加賀
氷川か

東雲
ああ···どうしたのかと思いまして

オレの後ろを通りかかった兵吾さんの視線は、変な歩き方をする彼女···
···を通り越し、石神さんを話している透へと注がれた。

加賀
···俺が会計から戻ってきたら、アレが投げられた

東雲

加賀
悪くねぇ一本背負いだったな

兵吾さんはそれだけ言うと、どこかへ行ってしまう。
オレはふらふらと課を出て行くうちの彼女を目で追った。

(一本背負い、ね···)
(なるほど···それで、身体中痛そうなんだ)

東雲
···

(だから、酒には気を付けろって言ったのに)
(ほんとに “飲むことだけ” 気を付けてどうすんの)

東雲
おつかれ

サトコ
「!」
「歩さん!」

彼女を追いかけて休憩室に入ると、隣へ腰を下ろした。
コーヒーの缶を持つ彼女の手は、ここでも微かに震えている。

(手首痛めたら、何もできないじゃん)
(まぁ···とっさの一本背負いだったんだろうけど)

手首を痛めてることを指摘すると、何故か感動する彼女。

(うなじの湿布も、一本背負いのせい?)

東雲
この首の湿布は?

サトコ
「寝違えまして···」

東雲
うなじを?

サトコ
「ええっと······」

オレの問いかけから逃げるように、彼女は居心地悪そうに目を逸らす。

(隠したがってる?)
(兵吾さんに聞いて、大体の事情は分かってるし···)

探るように見つめていると、観念したのかゆっくりと口を開いた。

サトコ
「実はかくかくしかじかで、寝惚けた黒澤さんをおんぶすることになったんですけど···」

東雲
へー···

(ほぼ、兵吾さんに聞いた通り)

サトコ
「そしたら、突然手羽先の話を始めて···」
「挙句の果てに手羽先と間違えられ···」

東雲
ふーん

サトコ
「『いただきまーす!』って、うなじに噛みつかれたんです···」

(透ならあり得るよね)
(オレも、指をフライドポテトと間違えられそうになったこともあるし)
(最悪だったけど)

サトコ
「だから、赤くなってるので湿布を···」

東雲
······

(···なるほどね)
(それで思わず一本背負投げしたってことか)
(気を付けろって言ったのに、やっぱ全然伝わってなかったし)

サトコ
「······」
「あの···歩さん、聞いてます?」

東雲
聞いてるけど

(まぁ、一本背負いは想定外だったけど、あとは予想の範囲内)
(とりあえず、透にはあとで制裁を加えるとして···)
(···ん?

浴びせられる視線に導かれるように彼女を見ると。
戸惑いと信じられないという気持ちが混ざった表情を浮かべていた。

サトコ
「あの···噛まれたんですよ!?」

東雲
うん、さっき聞いた

サトコ
「じゃあ、ネイルじゃなくて私に興味を持ってくれても···」

(べつに興味がないとは言ってないけど)

どうやら、いろいろ考えながら聞いていたせいで相槌が適当になっていたらしい。

(でも、彼女の行動は予想の範囲内だし)
(背負い投げ以外は)

サトコ
「例えばですけど、浮気の心配とか···」

東雲
できるの?キミに
ムリだよね、絶対
つまり、気にしてもムダってこと

サトコ
「うっ···」

(大体、あんなふうに1から100まで説明されたら疑う理由もないから)
(そうじゃなくても、この子が浮気するとは思えないし)
(···まぁ、酔っているとはいえ彼女にケガさせた透は許さないけど)

サトコ
「···できます!」
「わ···私だって浮気のひとつやふたつ、立派にやってみせますから!」

(······は?)

サトコ
「あっ···!」

(浮気宣言?)
(···何をどうすれば、そういう発想になるわけ?)
(ほんと、うちの彼女の発想は斜め上···)

東雲
ふーん、そう

サトコ
「いや、今のはですね···!」

しかも、自分で言ったくせにオレ以上に焦っている。

東雲
ま、頑張って
ひとつやふたつと言わず、いくらでも

サトコ
「えっ」

(何その顔)
(元はといえば、キミができもしない浮気宣言なんてするから···)

戸惑う彼女を残し、オレは休憩室をあとにする。

(···とりあえず、透の首をどうにかするのが先か)

東雲
透、ちょっと

黒澤
あれっ、歩さんじゃないですか
どうしたんですか?オレ今から捜査に···
!!?

東雲
ちょっと、顔貸して

黒澤
いや、もう顔どころか全身捕らわれ······
あっ···ちょ······
ダメです、首は···
もっと、優しいのが好き······っ

(···どうせ、売り言葉に買い言葉で言っただけだろうけど)
(彼女が浮気できるとは思えないしね)

しかし、そんな考えは夕方にあっさりと崩された。

(なんで捜査でもないのに、後藤さんと一緒に帰ったわけ?)
(···LIDEでどこにいるのか聞いても返事来ないし)

東雲
······

(······後藤さんに聞けばいいだけじゃん)

さりげない内容で後藤さんにLIDEを送ると、すぐに返信が来た。

(添付されてるのは位置情報)
(······駅前のファミレスにいる?)

後藤さんから彼女を誘って夕食···とは考えにくい。

(つまり、あの子から誘ったってこと)
(···まさかとは思うけど、ほんとに浮気しようとか考えてるんじゃ···)

東雲
···

(······いやいや、ないな)
(······)
(······いや、ないって)
(······ないない······)

(···おそらく、時間的にはそろそろ店を出る頃)
(既読になっていないということは、彼女はオレのLIDEに気付いてない)
(後藤さんと別れたところで声をかけるか)

ファミレスに着くと、通りに面したボックス席に二人の姿を見つける。

(まだ話してる途中か)
(どこかで時間を潰し···)

東雲
······

(···今、後藤さんがあの子の頭撫でた?)
(しかも、顔赤くしてるし···)
(······)
(···だから無防備なんだよっ!)

苛立ちが治まらないまま、彼女と合流し···
部屋に入ってすぐに、オレはうなじに貼られた湿布を剥がした。

(うわ···思ったより痕ついてる)

東雲
···痛そう

指先でうなじを撫でると、彼女の身体が小さく跳ねる。
チラリと見えた頬が微かに赤くて、煽られるような気持がした。

(だから、こういう反応が···)

東雲
無防備すぎ
今は···オレだからいいけど

サトコ
「!」

白い肌についた、痛々しい歯形の上にキスを落とす。

(···早く、治ればいいのに)

ただのキスに、癒す効果なんてあるわけないけど。
それでも、キスをせずにはいられなかった。
彼女を後ろから抱きしめ、その肩口に顔を埋める。

東雲
ほんっと、キミが無防備なのが悪い
···わかってる?

(···あ)
(もしかして今、透と間接キス···)

サトコ
「く······」
「黒澤さんと、間接キス···」

東雲
······

(いや、オレも思ってたけど···)
(ふつう、それ言う?)

東雲
···はぁぁ

わざと大きなため息をつくと、彼女が振り返る。

東雲
キミってほんと···
バカ?

サトコ
「す、すみません、つい···」

笑みをこぼした彼女のおでこを、指先で強めに弾く。

東雲
···大体、いるわけないから
自分の彼女を傷つけられて腹が立たない男なんて

サトコ
「え···」
「気にしてくれてたってことですか?」

(最初から興味がないとは言ってないじゃん)
(透のせいでケガしたのは、気になってたし)
(···ただ、想定内だから言わなかっただけで)

そんなオレの気持ちを動かしたのは、紛れもない彼女だ。

(どうせ、できもしない浮気宣言だと思ってたのに)

後藤さんに顔を赤くしている彼女を見た時、面白くなかった。
言葉にできない焦りと苛立ちに襲われた。

(なんでこう···この子とのことになると···)
(···ほんと、振り回されすぎ)

サトコ
「ネイルに勝てた···」

東雲
勝負じゃないんだけど

サトコ
「私の中ではある意味勝負みたいなものですよ···!」
「歩さんがネイルを気にするのも分からなくはないですけど···」
「彼女としては、私のことを気にして欲しかったんです」

東雲
···ふーん

(···相変わらず、意味わかんないけど)
(結局この子が考えてるのは、最初からずっとオレのこと···)

一瞬緩みそうになった頬を、慌てて引き締める。

サトコ
「···」

東雲
ニヤニヤするな

サトコ
「無理です···ふふっ」

東雲
キモ

サトコ
「キモくてもいいです」

東雲
怖···

サトコ
「怖くてもいいです」
「歩さんが気にしていてくれたことが嬉しいですから」

彼女が幸せそうに微笑む。
後藤さんの前で見せていた時とは全く違う、笑顔で。

(···だから、無防備すぎ)

やっぱ無防備は、うちの彼女のためにある言葉だった。
それでも、見せる相手がオレだけなら···
振り回されるのも悪くないなんて思ってしまったのだ。

Happy End

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