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愛の試練編 カレ目線 加賀2話

しばらくして、サトコは目を覚まさないまま処置室から出てきた。

津軽
じゃあ俺、ウサちゃんのご両親が来るまでモモに詳しい話聞いてくるから

加賀
ああ

津軽が出ていき、病室にふたりきりになる。
頭に包帯を巻いた痛々しい姿を眺めながら、ベッドわきのイスに座った。

(···いつまで寝てんだ)

無意識のうちにその手を握ったのは、
生気のない顔を見ていると本当に戻って来ない気がしたからだ。

(前にもあったな、こんなことが)

犯人を追い詰めるうちにサトコが撃たれ、
全てを捨てて駆け出すことができなかったあのとき。
だがサトコに『犯人を追ってくれ』と言われ、居合わせた奥野に託した。

(あんときも、テメェはこうやって病院で寝てたな)
(···そばに置いときゃ、いつかテメェをーー)

失ってしまうかもしれない。そんなふうに悩んだこともある。
そして···逆に、俺が撃たれたこともあった。

(連れ去られた花を助け出したあと、だったか)

俺を追い詰めるため、犯人がサトコに銃口を向けたとき。

(らしくなく、飛び出してた)
(何も考えちゃいなかった。ただ···テメェを失うことを、心と身体が拒否した)

あのときはサトコがいなくなった夢を見て、目を覚ますと病室だった。
そして夢の中で確かに、サトコが俺を呼ぶ声を聞いた。

(あれがあったから、俺は戻ってこられた)
(あんとき、お前が俺の手をーー)

あの時と同じように、今度は自分がサトコの手を握る。
こうすればサトコが目を覚ますかもしれない。
そんな、柄にもないことを考えた。

加賀
···テメェは、いつもそうだ

二言目には好きだの捨てないでだの言うくせに、こうしてすぐ自分から離れて行こうとする。
俺のため俺のためと言いながら、俺のために生きることは決してない。

(···それは、俺もだな)

お互いがお互いのためだけに生きられるはずがないことは、俺もサトコも分かっている。
公安刑事は、国のために在るべきだからだ。

(この先、俺とお前の生き方が変わることはねぇだろうな)
(あるとすれば、どっちかがこの仕事を辞める時だ)

だからこそ、あり得ない。

目を閉じれば、散っていった昔の仲間たちの姿が蘇る。

(···生きてさえいりゃ、他はなんだっていい)
(命がありゃ、どうとでもなる)

加賀
···おい

反応はないとわかっていつつも、声をかける。
ポケットに突っ込んでいた手紙を取り出して、見慣れた文字をそっと指でなぞった。

(···『加賀さんがいつまでも健康でいますように』)
(『あと、お肉だけじゃなくて野菜も食べてくれますように』)

途中まではクレームのような嘆願書のような手紙だったが、
追加された部分はなぜか箇条書きだった。

加賀
『加賀さんが、もうちょっとモテなくなりますように』···
···『兵吾さんが、ずっと私を好きでいてくれたらいいな』
···七夕の短冊か

苦笑と共に、弱音までこぼれそうだった。
公安刑事ではなく、もし自分が『一個人』として今のサトコに声をかけるとしたらーー

加賀
···生きろ
生きろ···俺のために

そんな日は、きっと来ない。わかっている。
それでも、再びこの手が握り返される日が来ることを強く願った。

サトコの両親と翔真が来たと聞いて、席を外した。
そして幸いなことにその数時間後、サトコは無事に目を覚ました。

(とりあえず、顔見てから戻るか)

歩に仕事を押し付けてきているので、ずっとここにいるわけにもいかない。

(さっさと戻らねぇとうるせぇだろうからな、あのガキ)

胴やらサトコは主治医に連れられて、散歩のため外に出たらしい。
だが病院の庭にも玄関付近にも、その姿はなかった。

(どこで何してんだ、あの愚図が)

病院の周りをぐるりと歩き、裏庭で車いすに乗ったサトコを見つけた。
それを押しているのが、おそらく『主治医』だろう。

(···妙だな)

辺りに、人の気配はない。
入院患者たちが散歩する庭の方ではなく、わざわざひと気のない裏庭に来たのが気になった。

(それに、あの男···)

男に違和感を覚え、気付かれないよう物陰に身を隠しながら近づく。
違和感の正体とはと聞かれれば、いつもの『勘』としか答えようがない。

(だが···俺の勘は当たる)
(···よくも、悪くも)

その時、ぴたりと車いすが停まった。

サトコ
「若先生···?」

若旅
「動かないで、じっとしてて。蜂が、君の背中に止まってる」

サトコ
「えっ!」

次の瞬間には物陰から飛び出して、サトコが乗る車いすを蹴り飛ばしていた。

サトコ
「!!!???」

加賀
テメェ···

俺が現れた瞬間、医者はポケットに注射器を隠した。
間違いなく、サトコの首に刺そうとしていたそれを。

(蜂だ?んなもん、いやしねぇ)
(こいつ···ただの医者じゃねぇな)

とっさにサトコを蹴ったのは、医者の方を攻撃するとあとあと面倒そうだったからだ。
注射器もサトコへの行動も、証拠がなければ証人もいない。

(注射の中身を調べりゃ、すぐカタがつくが)

この状況ではそれができないこともわかっている。
医者の胸倉をつかむと、無理やり立ち上がらせた。

加賀
許可なくこいつに触るんじゃねぇ

若旅
「なんだ君は···!だ、誰か!誰か来てくれ!」

サトコ
「や、やめてください!」

俺と医者の前に立ちはだかったのは、サトコだった。
その瞳に浮かぶ色に妙な胸騒ぎがした、そのときーー

サトコ
「あなた···誰ですか?」

加賀
······ーー

その瞬間、時間が止まったような錯覚を覚えた。
さすがに、言葉が出て来ない。

(···なるほどな)

百瀬
『頭を強く打ったみたいで』
『···意識が戻るかどうか、まだ分からなそうです』

(命あっただけ儲けもん、か)

何やら喚いているサトコに背を向け、歩きながらスマホを取り出す。
サトコを貼らせていたエスの番号を呼び出すと、通話ボタンを押した。

加賀
俺だ。あいつの主治医を見張れ
ああ、予定変更だ。若ナントカって医者から目を離すな

電話を切り、ふたりの視界から外れたところで振り返る。
サトコは戸惑ったように、あの主治医と話していた。

加賀
······

俺を忘れたことを、必ず後悔させてやる。
ーーずっと好きでいろっつったのは、テメェの方だろ。

to be continued

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