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愛の試練編 カレ目線 加賀4話

親父が力を入れていた、核融合エネルギー施設。
そこへ行った帰り、トンネル事故に巻き込まれた。

(いや···事故じゃねぇな)
(俺たちがあそこを通るタイミングで爆発するよう仕掛けてあったか、それとも···)

犯人···おそらくあの主治医がどこかから見ていて、遠隔で爆発させたか、だ。

(行く時にはなかった看板といい、出来過ぎてる)

不審なものを見つけたら自分の目で確かめる。それを完全に逆手に取られた。
考え込む俺の顔を、グラスに口をつけながらサトコが覗き込んでくる。

サトコ
「加賀さん、本当に大丈夫ですか?怪我してるのにお酒飲んで」
「血行がよくなりすぎて、傷口からいきなり血が噴き出すとかしません?」

加賀
するわけねぇだろ

サトコ
「それならいいんですけど、万が一あったら困るなって」
「加賀さん、それでなくても血の気多そうだし」

加賀
あ゛?

サトコ
「ヒッ!」

大袈裟なほど、サトコがビクつく。

加賀
この程度で悲鳴上げてんじゃねぇ

サトコ
「普通の人は『あ』に濁点がつくような発音はしないんですよ···」
「···ところで加賀さん、このたびは本当に申し訳ありませんでした」

目の前で土下座されて、何とも言えない気持ちになる。

(土下座されんのは慣れてるが、テメェにされたいと思ったことはねぇな···)

サトコ
「そもそも、私が記憶を失ったからこんなことに」
「早く思いださないと···たくさんの人に迷惑をかけるんですよね」

加賀
······

サトコ
「早く···早く “ 私 ” に戻らなきゃ」

(···不器用なやつ)
(テメェ自身は、思い出したいのかどうかもわからなねぇくせに)

それは、サトコの態度を見ていればよくわかる。
『思い出したい』のではなく、パスワードのために『思い出さなければ』と思っていることが。

(自分のためじゃねぇ、テメェはいつも誰かのためだ)
(ファイルも、テメェがとっさに機転きかせてパスワード書き換えたから)
(とりあえずは守れたんだろうが)

無理に思い出させようとは思わない。
もちろん、仕事として考えればそう悠長なことを言っていられないのはわかる。

(俺が津軽の立場なら、力ずくで思い出させてる)
(思い出さねぇうちは、こういう危険がつきまとうのも考えもんだ)

それでも『俺』としては、本人が望んだ時に思い出すのが最良の形だ。

(そもそも···記憶のあるなしにこだわる必要がどこにある)

加賀
記憶があろうとなかろうと、何も変わらねぇ
···お前は、氷川サトコだろう

サトコ
「······!」

驚いたように息を飲むサトコの手を、無意識のうちに掴んでいた。
さっき土砂を搔き分けたせいで、指先はボロボロだ。

(···なんであんなに必死だったのか、まだわからねぇのか)
(記憶があってもなくても···テメェは本能でわかってんだ。自分の居場所を)

加賀
···クズはいつまで経ってもクズだな

サトコ
「クズ!?加賀さん、ちょっと言葉悪すぎませんか!?」

加賀
クズにクズって言って何が悪ぃ

サトコ
「すごいグサグサくる···加賀さんの言葉は鋭利な刃物だ···」

(それを、テメェは喜んで浴びせられてたがな)

酒の力か、サトコはいつもより饒舌だ。
心なしか、捨て犬のように警戒していた態度も少しは軟化したようだ。

サトコ
「そういえば加賀さんって、恋人いないですよね?」

加賀
聞き方がおかしいだろ

サトコ
「すみません。あまりにも傍若無人だったので絶対いないだろうなと···」
「聞き方変えます。恋人、いるんですか?」

加賀
テメェには関係ねぇ

サトコ
「ちゃんと聞いたら聞いたで答えてくれないし···」

加賀
···なんでそんなこと聞く

サトコ
「いえ···もしいたら、同じ部屋だなんて申し訳ないなと」

加賀
······
いる

(目の前にな)

よほど予想外の答えだったのか、サトコは硬直したように動きを止めた。

サトコ
「···ど、どんな人なんですか?」

加賀
···犬だな

サトコ
「え?」

加賀
忠犬からは程遠いが

サトコ
「えーと···飼い犬の話してるんじゃないですよね?彼女さんの話ですよね?」

加賀
犬は飼ってねぇ。駄犬なら飼ってるが

サトコ
「まさか、それが彼女さん···!?」

(そんなに気になるなら、鏡見て来い)

グラスに残ったビールを煽る俺を見ながら、
サトコは何とも言えない複雑そうな顔をしていた。

トンネル崩落事故ーーいや、トンネル爆破事件の翌日、上からの命令で休みを取った。
次の日、俺の車の助手席に乗ったサトコがしみじみと言う。

サトコ
「加賀さんって、私のこと好きなんですよね···」

思わず頭を引っぱたいたあと、画面を思い切り掴んだ。

加賀
調子づくんじゃねぇ

サトコ
「痛い!加賀さん、私、彼女!恋人!」

加賀
だから何だ

サトコ
「だから何だ!?」

加賀
それで優位に立てたと思うなよ

サトコ
「ど、どうして···!?!?」

(思い出してもいねぇくせに、無邪気に肩書振り回しやがって)

それでも久しぶりに笑顔を見た気がして、少しばかり気持ちは緩んだ。

ーーゆるみすぎたのかもしれない。
記憶があろうとなかろうと、サトコはサトコ。
戻らないとしても、また惚れさせる。そう思っていたのにーー

サトコ
「か、加賀さんだって、カレーにはお肉ばっかり入れますよね!?」

その言葉を聞いた瞬間、サトコの肩を強く掴んでいた。

サトコ
『野菜の甘みがあってこそカレーが生きるのに!』
『お肉ばっかりのカレーなんて、そんなの邪道···』

加賀
···思い出したのか

言ってしまったあと、サトコの顔を見るよりも先に激しい後悔に襲われた。

サトコ
「あ!!!津軽さんにファイル持ってくるように言われてたんでした!」
「それじゃ、ここで失礼します」

気丈に笑いながら書庫の方へと歩いていくサトコを、追いかけられない。

(···何やってんだ)
(記憶のあるなしは関係ねぇ。生きてさえいれば)

そう思っていた。なのにーー早くこの手に戻したいという感情が漏れた。
あいつがどれほど無理をして明るく振る舞っているのか、あの顔で知ってしまった。
クズは、俺だ。

to be continued

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