Episode 10.5
「大人のデート、大人のキス」
【街】
室長の隣を歩きながら、ひざ元で揺れるスカートを何度も見つめる。
(最大限オシャレしてみたけど、これで大丈夫だったかな‥)
(夜景がきれいなレストランだって言ってたから、きっとおしゃれな所だよね)
難波
「‥どうした?」
サトコ
「あ、いえ‥」
微笑み返しながら、冷えた手に息を吹きかけた。
(緊張と寒さで手がカチンコチン‥)
難波
「‥‥」
室長はじっと私の手を見つめた後、無造作にその手を繋ぐと自分のコートのポケットに入れる。
(うわ‥!これは究極の恋人繋ぎ!?)
【レストラン】
店員
「いらっしゃいませ」
室長が開けてくれたドアを入ると、中は別世界のようだった。
サトコ
「わあ、ステキなお店‥!」
難波
「だろ?」
室長は軽く微笑むと、エスコートするように腕を差し出す。
難波
「ほら」
サトコ
「あ、ありがとうございます」
難波
「いちいち礼なんか言うな。当然だろ」
「恋人同士なんだから」
サトコ
「!」
夢心地で窓際の席に進むと、室長は絶妙なタイミングで椅子を引いてくれた。
(こんな風にレディ扱いしてくれるなんて‥!)
感激しながら席に着いた私の髪に、室長がそっと触れる。
難波
「‥いいね、今日の髪型」
サトコ
「そ、そうですか?」
難波
「かわいいと思うよ」
サトコ
「ふふっ‥」
(やった、褒められちゃった。頑張ってカーラーで巻いた甲斐があった‥!)
(結構時間かかったし、肩も痛くなったけど‥)
難波
「いつもとあまりに違うから、調子狂うな」
サトコ
「わ、私も‥」
キラキラと輝く夜景に包まれ、私たちはいつまでも見つめ合う‥‥
【外】
サトコ
「ごちそうさまでした。とっても、とってもおいしかったです!」
難波
「気に入ってくれたならよかったよ」
「この後はどうする?バーでも行く?」
サトコ
「バー‥ですか‥」
(それもきっとステキなんだろうけど‥ちょっとステキすぎるというか‥なんというか‥)
サトコ
「気楽にいつもの居酒屋がいいな~なんて」
「今のお店も、ずっと緊張しっぱなしだったし」
難波
「‥‥」
(いけない‥また子どもだと思われちゃったかな)
サトコ
「も、もちろん、おいしかったしステキだったし嬉しかったんですよ?」
難波
「ぷっ‥」
サトコ
「し、室長?」
難波
「実は‥俺もだ」
サトコ
「へ‥?」
難波
「頑張って調べてみたけど、緊張で肩凝っちまった」
サトコ
「本当に?」
難波
「一応、せっかくのデートだと思ってよ~」
(そっか‥室長、私とのデートのために結構張り切ってくれてたんだ!)
難波
「なんだ、呆れてんのか?」
サトコ
「まさか‥むしろ、嬉しいなと思って‥」
難波
「お前、かわいいな」
室長は大きな手でそっと私の頭を撫でる。
難波
「どうせなら、ウチで一杯やるか」
サトコ
「え‥」
(室長の家でってことは‥一杯のその後は‥?)
難波
「いいだろ?」
室長の顔が近づいてきて、私は思わず目を瞑る‥‥
【寮 自室】
サトコ
「ダメなんて、そんなこと言えるわけないじゃないですか!」
室長を抱きしめようと伸ばした手が宙を切った。
(あれ?)
ハッとなって目覚めると、そこは寮の私の部屋。
サトコ
「夢‥?ていうか、時間っ!」
始業時間まであと30分。
慌ててベッドから飛び出すと、教場へと走った。
【学校 廊下】
結局その日は室長と一度も会わないままに訓練が終わった。
今日何度目かのメッセージを確認するが、やはり室長からの連絡はない。
(告白されたとはいえ、あれからあんまり会えてないよなあ‥)
(あんまりマメなタイプじゃなさそうだから、こっちから連絡したいけど)
(あんまりしつこくして重いと思われても嫌だし‥)
サトコ
「あ‥!」
向かいから歩いてくる室長の姿を認め、心が浮きだった。
サトコ
「室長、お疲れ様です!」
難波
「おお、お疲れ~」
(あれ?それだけ?)
室長はあまり私の存在を気に留める様子もなく、そのまま歩いて行ってしまう。
(せっかく会ったのに‥誰もいないんだから、せめてもう一言二言くらい‥)
(でも校内でうっかり接触して、2人の関係を詮索されたら大変とか思ってるのかもしれないよね)
(確かにそうなったら、どちらかが学校を出て行かなきゃいけなくなったりしそうだけど‥)
そこまで深刻に考えてから、ふと思った。
(2人の関係って、そもそも‥?)
難波
『おじさん重いけど‥平気?』
『もう、ただ部下だと思わなくてもいいか?』
(あれって、告白なのは間違いないと思うけど‥)
サトコ
「付き合ってくれとか、言われてないかも‥?」
(これってもしかして、まだ付き合ってないってことなの‥?)
(いやいや、まさか‥ね‥)
【教官室】
その夜。
教官室に射撃場のカギを返しに行くと、なんと室長がいた。
サトコ
「わっ、あっ‥室長‥」
難波
「おお、お前か~」
「何だよ、そんな化け物でも見たみたいな顔して」
サトコ
「いえ。ただ、誰もいないと思っていたので、つい‥」
難波
「‥挙動不審だな‥‥」
いつの間にか傍らに来ていた室長が、怪訝そうに私の顔を覗き込んだ。
と同時に、今朝の夢が蘇り、一瞬で顔が赤くなる。
難波
「どうした?熱でもあるんじゃないか?」
サトコ
「な、ないです。大丈夫です!」
室長の大きな手で額に触れられ、久しぶりの感触に胸がキュンとなった。
(思い出しちゃうな‥あの夜のこと‥)
(とかいって、あの夜も夢だったなんてことは‥)
思わず、じっと室長を見る。
難波
「?」
(それはさすがに、ないか‥)
難波
「お前、本当に大丈夫か?」
サトコ
「え、何でですか?」
難波
「深刻そうな顔したと思ったら、急にニヤけたり‥」
サトコ
「そ、そんなことしてました?」
(わ~、私、いちいち全部考えてることが顔に出てるっぽい!)
再び顔が赤くなったのを感じて、目を伏せた。
難波
「ったく、変なヤツだな」
サトコ
「‥‥」
室長が微笑んだのが分かって、恥らいながら目を上げた。
笑みを浮かべた室長の視線にぶつかり、そのまま息をするのも忘れたように見つめ合う。
難波
「‥‥」
サトコ
「!?」
不意に室長のキスが唇に落ちてきた。
(キス‥してくれた‥)
胸の中で渦巻いていた不安な気持ちが、一気にどこかに飛んでいく。
難波
「早く帰って、いい子で寝ろよ」
サトコ
「は、はい」
難波
「じゃあ、おやすみ」
室長は私の両肩に手を置き、クルッとドアの方に向き直らせる。
サトコ
「お、おやすみなさい!」
嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになりながら、廊下へと駆け出す。
難波
「こけんなよ~その辺、目地がいっぱいあんぞ」
サトコ
「はい!」
(こんなんじゃ、寮に戻っても興奮してなかなか寝付けないよ‥!)
(でもまた、いい夢見られそう!)
室長に触れられて少し熱をもった唇を感じながら、甘い夢の続きに胸が躍った。
Secret End