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合宿 難波2話



いきなり街中で、私を抱きしめてきた室長。
しかも、どういうわけか‥

難波
会いたかったぞ、ステファニー
元気にしてたか?

いつになくテンションの高い室長に、私は‥

<選択してください>

A:なにするんですか!

サトコ
「なにするんですか!」
「それに、私はステファニーじゃなくて氷川‥」
「ふぐっ‥」

(ず、ずるい‥口元をおさえるなんて‥)

難波
まあまあ‥久しぶりの再会だし、積もる話もあるだろ
せっかくだからどっか行くか。な?

(み、耳元で囁くのは反則でしょ‥!)

動揺する私に構うことなく、室長はさっさと歩き始める。

B:(また酔ってるのかな‥)

(また酔ってるのかな‥)

難波
なんだ、ジッと見て‥
久しぶりの再会で俺に惚れ直したか?ん?

(‥うん、酔ってるんだ、きっと)

サトコ
「それじゃあ、私はこれで‥」

難波
待て待て。せっかくだから飲みに行くぞ
さ、こっちだ

(ちょ‥そんな勝手に‥!)

室長は、私を腕に囲い込んだまま強引に歩き始める。

C:そういうジョンこそ‥

(ここは、ひとまず話を合わせて‥)

サトコ
「そういうジョンこそ、元気だったの?」
「たしかペトロパブロフスクカムチャッキーに行ってたはずよね」

難波
ぺ‥ぺと‥
お、おお‥まぁ、そんなところだ
よし、せっかくだから軽く飲みに行くか

サトコ
「えっ、いいの?」
「だったら、ペトロパブロフスクカムチャッキーでの思い出を聞かせてほしいわ」

難波
そうだな、ペト‥
‥まぁ、いい。行くか

室長は、私を腕に囲い込んだまま強引に歩き始める。

そうして辿り着いた先は‥

(え、裏路地?)

難波
ったく‥なにやってんだ、お前は
焦らせやがって

サトコ
「え‥」

難波
まだわからないのか?
ジャージだジャージ

(しまった!脱いでくるの忘れて‥)

難波
ったく‥そんな『警察庁』のロゴ入りの、堂々と着やがって
ヤツに見られたらどうする気だ

サトコ
「すみません!次からは気を付けて‥」

(‥ん?)
(『ヤツ』?それに『見られたら』?)

サトコ
「あの‥もしかして捜査中でしたか?」

難波
‥‥

サトコ
「そ、そんなはずないですよね」
「室長は合宿を覗きにきただけで、それで‥」

プルル‥と、私のではないスマホが着信を伝える。
ディスプレイを確認した室長は、さりげなく私から距離を置いた。

難波
おーどうした、ユウタ

(「ユウタ」って昨日の男の子のことだよね)
(訓練中に話しかけてきた‥)

難波
ハハッ‥そうか、ついに釣れたか。そうかそうか‥
で、そのザリガニは?
父ちゃんにも見せたか?

サトコ
「!」

難波
そうか‥父ちゃん、今日も帰りが遅いのか
そりゃ大変だなー

室長は、親しげな様子でユウタくんと話を続けている。
けれども、声のトーンは明らかに最初とは違っていた。

(父親を聞いた辺りからだったよね)
(まさか、昨日あの子と釣りをしていたのも‥)

難波
そうか。じゃあ、今度会ったときに見せてくれよ
そうだな、約束だぞ。それじゃあな、ユウタ‥
‥‥‥

(‥やっぱりなにかあるんだ)
(あの子のお父さんのことで、捜査するようなことが‥)

難波
‥ん?
なんだ、氷川‥まだいたのか
もう帰っていいぞー。ただしジャージは脱いで‥

サトコ
「手伝います」

難波
‥‥‥

サトコ
「捜査なら手伝います!」
「私にできることがあったら、何でも‥」

難波
おーやる気あるなー
エライエライ

サトコ
「!」

難波
けど、くちばしの黄色いひよっこに言われてもなぁ

(ひよっこ‥)

難波
ってわけだ。今日は帰れ
やる気だけは認めてやるから‥

室長の日に焼けた手が、私の頭を撫でようとする。
その手を、私はとっさに振り払った。

サトコ
「ひよこだって、相手を突くことくらいはできます」

難波
‥‥‥

サトコ
「捜査を邪魔したお詫びです」
「小さなことでも構いません、なんでもやります!」
「だから、お願いします!」

難波
そんな、頭を下げられてもなぁ
今のお前にできそうなことって言えば‥

室長は、顎の無精ヒゲを撫でると‥
いきなり、私のジャージのファスナーを下ろした。

(え‥っ)

サトコ
「し、室長‥?」

難波
‥‥‥

サトコ
「室長、なにを‥」

難波
黙っとけ

はだけたジャージの中に、室長の大きな手が入り込んでくる。

(うそ、なんで‥っ)

サトコ
「‥っ!」

思わず目をつぶった瞬間、スッと離れる気配がした。

難波
こういうことだな

サトコ
「えっ‥」

難波
ひよこのお前が役に立てるとしたら‥
せいぜいその身体で情報を聞き出してくることだ

サトコ
「‥っ」

難波
ま、そういうわけだ。今日は大人しく帰れ

ひらひらと手を振って、室長は1人で歩き出す。
まるで、私が怯むことなんて最初から分かっていたみたいに。

(そんなの悔しい‥)
(このまま引き下がるなんて、絶対に‥)

サトコ
「つ、詰め物をします!」

難波
‥‥‥

サトコ
「胸に3枚パットを詰めて対処します!」
「だから手伝わせてください!」

その言葉で、ようやく室長は立ち止まってくれた。

難波
‥本気か?

サトコ
「本気です!」

難波
訓練と違って失敗は許されないぞ
警察だとバレたら、すべておしまいだ
それでもできるか?

サトコ
「‥そのために、ここにいます!」

強い意志を胸に頷くと、室長は大きくため息をついた。

難波
‥やる気だけは一人前だな
ま、そういうことなら手伝ってもらうか

サトコ
「ありがとうございます!」

難波
礼はいらん。それより本当に覚悟はできてるんだろうな?

サトコ
「はい」

難波
となると問題は‥その胸だな
パット3枚‥いや、5枚‥

サトコ
「!?」

(5枚も!?私の胸って一体‥)

難波
ま、とりあえず急いで買って来い
そしたら店に連れて行くから

サトコ
「お店‥」

難波
スナックだよ。『恋合宿』っていう‥
お前にはホステスになってもらわないとな



1時間後‥
ヘアメイクと胸元の補強を済ませた私は、ラメドレスに身を包み‥

サトコ
「は、はじめまして!」
「体験入店中の、ス‥ステファニーですっ!」

ユウタの父
「おお、ステちゃんか」
「いいねぇ、なんかおぼこい感じで」

(おぼ‥?なに『おぼこい』って‥)

それでも笑顔を返しながら、胸元のブローチに手を掛ける。
小さな突起を押すと、内側のランプが赤く灯った。

(よし、これで会話が録音されるはずだよね)
(でも信じられないな。こんな人が監視対象者なんて‥)
(ただの女好きなおじさんにしか見えないんだけど‥)

彼が、どういう理由で監視対象者なのかは聞いていない。
私が指示を受けたのは、ただ会話を録音するように‥ということだけだ。

(そのあたりは仕方ないよね。まだひよこだもん)
(でも、だからこそ、なんとしてもやり遂げないと!)

決意も新たに、隣のボックス席を見る。
そこには「お客さん」のふりをした室長がいるはずで‥

ホステス1
「もー!じんくん、オヤジギャグ言い過ぎー」

難波
仕方ないだろ。おっさんなんだからなー

ホステス2
「でも、そんなじんくんも好き」

ホステス3
「私もー」

ホステス1
「私もー」

難波
ははは、そうかー?

(‥お客さんの「ふり」だよね)
(まさか、本気で楽しんでるなんてこと‥)

ユウタ父
「ステちゃん、スーテーちゃん!」

サトコ
「は、はいっ」

ユウタ父
「ステちゃんさー、おじさんと会うの初めてだよねー」
「おじさんのこと、好き?」

サトコ
「そ、そうですね‥どちらかといえば‥」

ユウタ父
「そっかー。おじさんも。ステちゃんが好きだなー」
「特にこのあたりが‥」

太ももに伸びてきそうだった手を、とっさに私は捕まえる。

ユウタの父
「ステちゃん?」

サトコ
「あ、その‥私、手相を見るのが得意で‥」
「手相、見せてもらってもいいですか?」

ユウタの父
「お、おお‥ぜひぜひ」

(よし、うまくいった‥)
(いくら任務だからって、そう簡単には触らせないんだから!)

その後も‥

ユウタの父

「ステちゃーん、いい腰してるね」
「ちょっと触らせて‥」

パシッ!

サトコ
「すみませーん。蚊がいたので‥」

ユウタの父
「はははっ、そっかー」
「そういえば、二の腕も‥」

サトコ
「水割り!水割りできましたよー!」

こうして、私たちの間では必死の攻防戦が繰り広げられて‥

サトコ
「はぁ‥はぁ‥」

(どうしよう‥そろそろネタが尽きてきたんですけど‥)
(この人、隙があればすぐに触ろうとしてくるし‥)

半ば助けを求めるように、私は隣のボックス席を見る。
ところが‥

(えっ、空っぽ!?)
(室長は!?まさか帰っちゃったの?)

愕然としている私に、再び監視対象者がすり寄ってくる。

ユウタの父
「ステちゃん。スーテーちゃん」
「ステちゃんって胸おっきいね。何カップなのかなー?」

サトコ
「そ、それはひみつ~!」

ユウタの父
「えー?絶対当てるから確かめさせてよー」

(冗談‥っ)

嫌悪感のあまり、つい拳を握りしめてしまう。

(グーパンチ‥グーパンチがしたい‥!)

けれども、今は任務中だ。

彼の会話からなんらかの証拠を得ようとしているところなのだ。

(こうなったら、もう諦めるしか‥)
(どうせパットが入ってるし、その覚悟もしてここに‥)

サトコ
「‥っ」

(無理!やっぱり無理だってば!)
(こんな人に触られるなんて、絶対‥っ!)

ママ
「ステファニー、電話よ。こっちにいらっしゃい」

サトコ
「!」

私はボックス席から飛び出すと、まさに文字通り受話器に飛びついた。

サトコ
「はい、ステファニー‥」

難波
俺だ。必要な情報はすべて録れた
すぐに撤収しろ

(よ、よかったぁ‥)



難波
おお、おつかれ
ずいぶん頑張ってたなー

サトコ
「室長‥」

安堵のせいなのか。
足がグラついて、その場にヘタリこみそうになってしまう。

難波
おいおい、どうした?
そんなに大変だったか?

サトコ
「はい‥」
「あやうく監視対象者をグーで殴るところでした」

難波
‥‥‥

サトコ
「訓練と実地ってこんなに違うんですね」
「いろいろ覚悟してたつもりなのに、いざとなったら全然で‥」
「自分の感情をどうしても押し殺せなくて‥」
「室長に『ひよっこ』って言われた理由がよく分かりました」

難波
‥そうか
ま、今はそれで十分だ
この経験を、ぜひ次に生かしてくれ

サトコ
「はい!」

決意を込めて頷くと、室長の笑みが深くなった。

難波
いい返事だ。ひよっこにしては上出来だ
じゃあ‥

サトコ
「おつかれさまでした!お先に失礼します!」

難波
いや、待て待て

帰ろうとした私を、室長は右腕一本で軽々と引き止める。

難波
このまま帰る気か?そりゃないだろ
さ、入るぞ

(え、入る‥?)

サトコ
「!?」

(ちょ‥ここ、ラブホの前‥!?)

(お、落ち着け!落ち着こう、私)
(ラブホって最近は女子会とかもやってるし!)
(カラオケやゲーム機も常備されているから、いろいろ楽しめて‥)

難波
よし、脱いでこい

サトコ
「!」

難波
あとシャワーも浴びた方がいいだろ
部屋は宿泊でとったから、あとはゆっくり‥

(ムリムリムリーっ!!)

サトコ
「すみません!そこまでの覚悟はできてません!」

難波
‥は?

サトコ
「し、室長は確かに私の上司ですけど!」
「そ、そういうのはセクハラでパワハラで‥あと、えっと‥」
「えっと‥」
「この胸、偽造です!」
「忘れてるかもしれませんが、パット5枚です!」
「嘘のDカップに惑わされないでください!」

思いつく限りの理由を並べて、武器代わりにペットボトルを手に取る。
すると、室長は不思議そうに瞬きをして‥

難波
‥アハハハッ

サトコ
「!?」

難波
セクハラでパワハラって‥
いくらなんでも誤解しすぎだろ

サトコ
「‥誤解?」

難波
着替えだ、着替え
そんな派手な格好で合宿所に戻るつもりか?

(あ‥っ)
(そっか、そういうこと‥!)

サトコ
「す、すみません!」
「すみません、私、変な誤解を‥」

(は、恥ずかしいっ!!)

難波
いや、まぁ‥ここ、ラブホだしな
俺も悪かった

室長は苦笑いしながら、すぐそばのベッドに腰を下ろした。

難波
とりあえず、今後もそのテの心配はしなくていいぞ
お前や佐々木に手を出すことはないから

サトコ
「そうですよね、部下ですもんね」

難波
それもあるが‥
お前らはどうも乳臭くてな

サトコ
「ち、乳くさ‥?」

難波
やっぱり女はそれ相応に経験を重ねてないと
若さしか武器がないのは、どうも退屈で‥

サトコ
「‥そのわりに、お店では楽しそうだったじゃないですか」
「若いホステスさんたちに囲まれて‥」

難波
あんなもん、演技だ、演技
やっぱり女は30越えてからじゃないと‥

室長はしかめっ面で、胸ポケットからタバコを取り出そうとする。
ところが、その拍子に‥

バサバサバサッ‥

(‥これ、ホステスさんたちの名刺‥)
(これも‥これも‥それからこれも‥)

難波
ああ、いや‥これはだな‥
5年後とか10年後を、いちおう期待して‥

室長は、慌てふためきながら床にちらばった名刺をかき集めてる。
背中を丸めたその姿は、なんだかどこか滑稽で‥

サトコ
「‥ふふっ」

難波

サトコ
「あははっ‥」

難波
どうした、いきなり

サトコ
「すみません、でも‥」
「室長も動揺することがあるんですね」
「いつも、なにか起きても『我関せず』って感じなのに」

難波
我関せず‥って
そんなわけないだろ。ふつうのおっさんだぞー

サトコ
「そうですよね。ふふっ‥」
「あはははっ‥」

難波
ったく‥

室長は、猫背気味のまま、再びタバコに手を伸ばした。
そして、ぽそりと呟いた。

難波
そうやってたくさん笑っとけ

(え‥)

難波
この仕事を続けていると、笑えないことばかりが増えるからな
今のうちに笑っておけ
笑えることがたくさんあるうちに

(室長‥)

このときの室長の微笑みは、優しげで、それでいてどこか寂しげで‥
長い間、私の心のなかに残ることになったのだ。

1時間後。

(メイクは落としたし、着替えも済んだし‥)
(あとはお水と日焼け止めを持って‥)

サトコ
「では、お先に失礼します」

難波
おつかれさん。表にタクシーを呼んでおいたから
合宿所の近くまで、それに乗って行け

サトコ
「いいんですか?」

難波
ああ、他のヤツらには内緒な
もちろん、加賀と歩にもだ

サトコ
「わかりました!」

難波
よし、いい子だ

日焼けした手が、くしゃっと私の頭を撫でる。
それがくすぐったくて首をすくめると、室長は「おっ」と目を丸くした。

難波
なんだ、今度は逃げないんだな
さっきは『子ども扱いするな』って顔してたくせに

<選択してください>

A:さっき?

サトコ
「さっき?」

難波
なんだ、忘れたのか?
路地裏で撫でようとしたとき、お前逃げただろ

サトコ
「あ‥」

(言われてみれば、確かに‥)

サトコ
「あ、あのときは『帰れ』って言われたからつい‥」
「それに、子ども扱いされたことが気になって‥」

(でも、今は別のことが気になっている‥)

B:あ、あのときは‥

サトコ
「あ、あのときは『ひよっこ』って言われて悔しかったから‥」

難波
今はもう悔しくないのか?

サトコ
「悔しいです。でも‥」
「自分が未熟なのもよく分かりましたので」

(でも、今は別のことが気になっている‥)

C:‥っ

サトコ
「‥っ」
「す、すみません、あのときはつい‥」

難波
いや、謝ることはないけどな
ああいうプライドも、ときには必要だから

(室長‥)

笑顔を向けられれば向けられるほど、別のことがきになってしまう。

撫でられたとき、頭に触れた薬指の指輪。
数時間前に気づいた時には、特に何とも思わなかったのに。

サトコ
「えっと‥」
「じゃあ、お先に失礼します」

難波
ああ、気を付けてな

室長をひとり残して、私は急いでホテルを後にした。

まるでその場から逃げるように。

気づいてはいけない気持ちに、気づかずに済むように。

Happy  End

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