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温泉 加賀 

腕を掴んでいる人が誰なのか確かめようとした時、物陰に引きずり込まれてしまった。

サトコ

「なっ!?」

咄嗟に手を振り払って撃退しようとしたものの、逆に力で負けて壁に背中を押し付けられる。

サトコ

「へ、変態!」

加賀

‥おい

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サトコ

「こっ、こんなことしたって、必ず報いが‥」

「‥って‥‥‥へっ?」

加賀

‥‥‥

(かっ、かっ、加賀さん!?)

サトコ

「どどど、どうしてここに!?」

加賀

さあな

それより、誰が変態だ

サトコ

「すみません!私なんかを狙った物好きな人の所業かと‥!」

加賀

物好き、か

サトコ

「いや、その」

(ダメだ、喋れば喋るほどドツボにハマる‥)

しかもなんだかお怒りのような加賀さんを前にして、縮こまってしまう。

サトコ

「えーと‥加賀さんもお手洗いですか?」

加賀

テメェに関係ねぇ

サトコ

「ハイ‥」

(もしかして、私を追いかけて‥?なんて、ないない、あり得ない)

サトコ

「あ‥それじゃ、宴会場に戻りましょうか!」

加賀

‥まだ懲りもせず他の男に尻尾振るつもりか

サトコ

「えっ?」

加賀

人を変態呼ばわりしたうえ、クソ眼鏡の歌聴いて悦んでんじゃねぇ

サトコ

「よっ、悦んでませんよ!?」

加賀

どうだかな

(もしかして、お怒りなのはそのせい‥?)

サトコ

「だって、石神教官と後藤教官のデュエットなんて、もう二度と見れないかもしれないし」

「教官が歌ってるのに、無視してお酒を飲んでるわけにも」

加賀

あの眼鏡の歌なら、室長がいりゃいつでも聞ける

上司命令には逆らえねぇヤツだからな

サトコ

「そ、そうなんですね‥ちなみに、加賀さんは歌わないんですか?」

加賀

あ?

サトコ

「せっかくだし、加賀さんの歌が聞きたかったな~なんて」

加賀

ぁあ゛?

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サトコ

「なんでもないです‥」

(加賀さんの歌声が聞ける日が、いつか来るでしょうか‥)

サトコ

「みんなの前じゃなくても、いつか私にだけとか」

加賀

歌うか、クズが

壁際に追い詰められたまま、頬をむぎゅっとつねられた。

何度もムニムニされて、くすぐったい気持ちになる。

サトコ

「加賀さん、の、伸びまふから!」

加賀

テメェ‥

(え!?なんで不機嫌!?)

加賀

‥痩せたか?

サトコ

「へ?」

加賀

柔らかさが減ってる

(そんなので体重が分かるの!?)

サトコ

「あの‥最近は訓練も仕事もハードだったので、ちょっーとだけ体重が」

加賀

減ったのか?

サトコ

「そ、そうですね‥減ったといえば減ったような」

加賀

なに勝手に痩せてやがる

あの柔らかさをキープしろっつっただろ

サトコ

「アスリートじゃないんですから、そんな完璧に体重のコントロールなんてできませんよ!」

加賀

さっさと体重戻せ

サトコ

「そ、そんな!」

(ちょっと痩せてラッキー、って思ってたのに‥太れって言われるなんて!)

落ちこむ私に背を向けて、加賀さんが歩き出す。

加賀

行くぞ

サトコ

「あ、そうですね。早く宴会場に戻らないと、また東雲教官たちに‥」

加賀

戻るか、カスが

サトコ

「え?」

加賀

あんなどんちゃん騒ぎはもうごめんだ

サトコ

「じゃあ、もしかしてもう部屋に‥?」

加賀

戻りたきゃ一人で戻れ

さっさと行ってしまう加賀さんを、慌てて追いかける。

でも、加賀さんが向かった先は‥なんと、温泉だった。

(しかもここ、確か混浴があったような)

(まさか‥一緒に入るとか!?)

サトコ

「かっ、加賀さん!」

加賀

なんだ

サトコ

「あの‥い、嫌じゃないですけど!」

「でも、万が一他の教官たちに見つかったら‥!」

でも、加賀さんは温泉を通りすぎてさらに先に歩いていく。

サトコ

「あれ?」

加賀

発情しやがって。なに考えてた?

サトコ

「は、発情って言わないでください!」

加賀

そんなにかわいがって欲しいか‥?

安心しろ。愉しみは最後にとっておかねぇとな

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(た、愉しみ‥!?加賀さんがこういう言い方するときは、必ず何かが起きる‥!)

サトコ

「‥でも、じゃあどこに行くんですか?」

加賀

黙ってついて来い

旅館の入口まで行くと、草履を借りて外へ出た。

【山道】

街灯もない森の中を、加賀さんはどんどん歩いていく。

サトコ

「加賀さん、待ってください!」

加賀

ちんたら歩いてんじゃねぇ

サトコ

「草履なんて履き慣れてないから、うまく歩けなくて」

加賀

‥チッ

さっきから何度か振り返って私の様子を確認していた加賀さんが、舌打ちして立ち止まった。

ようやく追いついた私の手を取り、さっきよりもゆっくりと歩き始める。

サトコ

「すみません‥」

加賀

世話掛けさせやがって

(でも、いつもはさっさと先に行くのに、今日は置いて行かずに振り返って気にしてくれてたよね)

加賀さんの優しさは、さりげなさすぎて気づきにくい‥

でも、私はその加賀さんなりの優しさがとても嬉しかった。

加賀

駄犬にはリードが必要だな

サトコ

「リード?‥って、犬を散歩するときのアレですか!?」

加賀

そうすりゃ、勝手にどこにでも行かねぇだろ

サトコ

「いらないです!ちゃんとついていけますから!」

加賀

どうだかな

加賀さんの手の温もりを感じながらも、周りの暗さにさすがに足が止まりそうになる。

サトコ

「あの‥加賀さん、そろそろ帰りませんか?」

加賀

じゃあ一人で帰れ

サトコ

「あっ、手、離さないでください!」

離れそうになった手を、慌ててギュッと握りしめた。

(どこに行くんだろう‥加賀さんの歩き方からすると、目的地がありそうだけど‥)

(‥まさか、肝試しじゃないよね?)

進むにつれて、さらに木々が鬱蒼としていく。

サトコ

「く、クマとか出ませんかね‥?」

加賀

さあな

サトコ

「あと、ゆ、幽霊とか‥」

加賀

出るかもな

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サトコ

「出る!?」

加賀

うるせぇ

サトコ

「だ、だって‥」

突然加賀さんが立ち止まり、その背中に顔がぶつかった。

サトコ

「ど、どうしたんですか」

加賀

‥‥‥

(なんで黙り込むの‥?まさか、何かいたんじゃ)

尋ねる前に、加賀さんの手の温もりが消えた。

サトコ

「!?」

加賀

喋るなよ

両手で目を覆われて、何も見えなくなる。

サトコ

「な、なんですか!?」

加賀

喚くな

‥ぜってぇ、物音立てんじゃねぇぞ

サトコ

「なっ‥!?」

(どういうこと‥!?何もわからなすぎて怖い!)

(もしかして本当に何かいるの‥?だから、私に見せないようにしてるとか)

ゆっくりと、加賀さんが歩き始める。

押されるように私も歩き出したものの、足が震えてうまく動かない。

加賀

さっさと行け

サトコ

「で、でも‥」

加賀

‥仕方ねぇな

(‥置いて行かれた!?)

サトコ

「加賀さっ‥」

思わず目を開けた瞬間、幻想的な光景が目に飛び込んできた。

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サトコ

「わぁっ‥これ、もしかして‥蛍!?」

加賀

テメェは黙っていられねぇのか

振り返ると、加賀さんが呆れた顔をして立っている。

サトコ

「加賀さん、蛍です!あの光、全部蛍ですよ!」

加賀

知ってる

この辺の川に蛍が来ることは、地元じゃ有名らしい

サトコ

「え‥じゃあもしかして、知ってて連れて来てくれたんですか?」

加賀

他に何がある

(まさか、肝試しかと思いました‥とは言えないし)

サトコ

「でも、どうしてここに蛍がいるって知ってたんですか?」

加賀

室長にもらったチケットに、写真が載ってた

端の方に、小さくだけどな

サトコ

「じゃあ、わざわざ調べて‥?」

加賀

‥‥‥

(睨まれてる‥これ以上は聞かれたくない、って意味だろうな‥)

もう一度川の方へ視線を向けると、相変わらず無数の蛍が飛び交っている。

サトコ

「こんなにすごい数の蛍を見たの、初めてです」

加賀

ああ

サトコ

「きっとここの川の水、甘いんでしょうね!」

加賀

‥なんの話だ

サトコ

「こっちの水は甘いぞ、って言うじゃないですか」

じっと私を見ていた加賀さんが、小さく笑う。

加賀

‥ガキか

サトコ

「加賀さん、ここに連れて来てくれてありがとうございました」

「この光景、きっと一生忘れません!」

加賀

‥なら

腕を引っ張られて、加賀さんの胸に飛び込む形になる。

顔を上げる前に、柔らかい唇が額に触れた。

サトコ

「‥えっ」

加賀

礼は、帰ったらたっぷりもらう

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サトコ

「!?」

加賀

覚悟、できてんだろうな

サトコ

「で、できません‥!」

加賀

さっき言っただろ

愉しみは最後に取っておくってな

(あれは、やっぱりそういう意味‥!?)

あれこれ想像して一人で照れていると、加賀さんの微かな笑い声が降ってきた。

加賀

ご主人に奉仕するのが、そんなに楽しみか?

サトコ

「奉仕!?」

加賀

駄犬なりに、愉しませてくれるんだろうな?

サトコ

「ど、どうやって‥」

加賀

今までの躾で、そんなことも理解してねぇのか

その時、ひらりと蛍が一匹、私たちの方へ飛んできた。

サトコ

「こんな近くで見られるなんて‥凄いですね」

加賀

蛍の名所、ってのは、あながち間違いじゃねぇな

サトコ

「カメラ持って来ればよかったです」

加賀

ああ‥余計のもんまで写りそうだが

サトコ

「余計なもの‥?」

加賀

歩が好きそうなもんだ

(それって‥オカルト的な‥!?)

サトコ

「‥でも、加賀さんと一緒なら怖くないです」

「来年も、加賀さんとここに来れたらいいな」

願いを込めて蛍にそうつぶやくと、加賀さんが私の腰を抱きしめた。

加賀

クズが。蛍が願いを叶えるわけねぇだろ

サトコ

「‥言われてみればそうですよね」

加賀

星と勘違いしてんじゃねぇ

サトコ

「星って、彦星と織姫ですか?」

「確かに、ちょっと時期外れですね」

空を仰ぐと、満天の星空が広がっている。

サトコ

「すごい‥暗いから、星がよく見えますね」

「星に、蛍に‥こんな素敵なところ、初めてです」

加賀

‥来年も連れて来てやる

サトコ

「え?」

加賀

慰安旅行はごめんだがな

加賀さんの渋い顔に、つい笑ってしまったのだった。

【宴会場】

蛍を堪能して旅館に戻ると、まだ宴会場の電気がついていた。

サトコ

「教官たち、まだ飲んでるんですかね?」

加賀

だとしても、起きてるのは室長だけだろうな

サトコ

「室長、びっくりするほどお酒強いですよね‥」

加賀

俺より強いのはあの人くらいだ

加賀さんと一緒に宴会場を覗き込んだけど、中はしんと静まり返っていた。

(もしかして、みんな部屋に戻ったのかも‥?)

でもよく見ると、床に人が倒れている。

サトコ

「こ、これは‥」

加賀

‥‥‥

大の字で熟睡している難波室長のお腹を枕にして寝ている黒澤さん、

その黒澤さんの足が胸に乗って苦しそうに眠っている後藤教官‥

サトコ

「どうしてこんなことに‥」

加賀

室長に無理やり飲まされたんだろ

なかなかシュールな光景だな

石神教官と颯馬教官、そして東雲教官は至って普通に寝ていた。

石神

室長‥それ以上は‥

颯馬

う、うわばみ‥

東雲

怠‥

サトコ

「‥すごい寝言言ってますね」

加賀

‥この中で寝るのはごめんだ。行くぞ

サトコ

「でも、みんな置いて部屋に戻るわけには」

せめて毛布か何かをかけようとした私の手を取り、加賀さんが宴会場を出る。

加賀

主人の言うことが聞けねぇのか

さっさと部屋に戻るぞ

サトコ

「じゃあ、せめて毛布だけでも」

加賀

仲居に頼め

耳元で響く声に、微かに肩を竦める。

私の反応を見逃さなかった加賀さんが、ニヤリと笑った。

加賀

なるほどな

サトコ

「え‥」

加賀

テメェは、見られてる方が興奮するんだったか

サトコ

「な‥!?」

振り向く前に、加賀さんの唇が耳たぶを食むように甘噛みする。

サトコ

「ひゃっ‥」

加賀

うるせぇ

声で、あいつらが起きるぞ

サトコ

「っ‥‥‥!」

肩を抱き寄せられて、さらに加賀さんの唇が首筋をなぞるように下りてくる‥

(こ、声出さないなんて‥無理っ‥)

ガサッと物音がして、ハッと顔を上げる。

どうやら、東雲教官が寝返りを打ったようだった。

サトコ

「‥お、起きてませんかね?」

加賀

チッ‥邪魔しやがって

サトコ

「か、加賀さん!しーっ」

加賀

お愉しみは部屋まで取っておくか

アワアワする私の手を引き、加賀さんが歩き出す。

長い夜になりそうな予感に、ぎゅっと加賀さんの手を握りしめる私だった。

Happy  End

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