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元カレ カレ目線 後藤1話

【教官室】

バキッ!

(源氏物語···?それに、なんだ···アレコレって)

東雲
こわ···凄い馬鹿力

黒澤
後藤さん···もしかして、怒ってます?

後藤
何がだ?

颯馬
フフ

後藤
···?

(なんだか、妙に見られてるような気が···)

みんなの視線を辿り、手元を見ると···

(ボールペンが真っ二つに折れてる!?)

買ったばかりのボールペンが、無残な姿をさらしていた。

(いつの間に折れたんだ···?)

仕方なくごみ箱に捨て、新たにボールペンを取り出すと書類に文字を走らせる。

東雲
あきらかに問題ありますって顔してるのにね

颯馬
後藤は素直じゃありませんから

後藤
歩、周さん···何のことですか

小さくため息をつきながら、周さんたちから意識をそらす。

(元カレ、か···)

サトコの過去を詮索するつもりは毛頭ない。
しかし、先ほどの話が頭から離れず、心に霧がかかっていた。

(こんなことを気にするなんて、俺らしくもない···)

仕事に集中しようとすればするほど、心の霧は濃くなっていく。

東雲
あれ、完全に無自覚だよね

黒澤
仕事のこととなると、これでもかってほど鋭いのに

颯馬
フフ、後藤らしくていいじゃないですか

後藤
······

黒澤
見てください、あの表情!きっと、自分の気持ちを持て余して···

後藤
黒澤、いい加減に黙れ

黒澤
冷たい!こんなにも後藤さんのことを心配しているのに!

(余計なお世話だ)

それから黒澤は思い出したのかのように、飲み会の話をしてくる。

黒澤
後藤さん、今日の飲み会は絶対に来てくださいね

後藤
またその話か···
俺は行かないと言って···

黒澤
サトコさんも参加するのに、ですか?

サトコ
「えっ!?」

驚いたように声を上げるサトコに、瞬間的に反応してしまう。

(黒澤のやつ、また勝手なこと言って)

サトコの性格や立場上、上司の誘いは断れないだろう。

(メンバーがメンバーだから、そう堅苦しい席ではないが···)

サトコは補佐官の仕事を抱えているだけではなく、自主練にも励んでいる。
あまり負担を掛けさせるようなことはしたくない。

サトコ
「ちょ、ちょっと待ってください。そもそも、飲み会って何ですか?」

黒澤
今夜はオレ主催の飲み会があるんですよ~
なのに、後藤さんったら『来ない』の一点張りで···

颯馬
飲み会···そんなのもありましたね

加賀
くだらねぇ。俺は行かねぇぞ

黒澤
ええ~、そんなこと言わないでくださいよ!石神さんは来てくれますよね?

石神
仕事だ。お前みたいに暇ではないんだ

東雲
これ、誰も集まらないんじゃない?

黒澤
そんなことないですよ!サトコさんでしょ、後藤さんでしょ、あとは‥

後藤
黒澤。氷川を巻き込むな

黒澤
サトコさんを巻き込まなきゃ、後藤さん来てくれないじゃないですか!

(コイツ···)

自信満々に胸を張る黒澤に、小さく舌打ちする。
サトコを出されると、どうにも強く出ることが出来ない。

黒澤
···難波さんも来るのになぁ

サトコ
「難波室長もですか?」

黒澤
はい、実は今回の飲み会、難波さんも主催のひとりなんです!
難波さんが久しぶりにみんなで飲むのもいいかって言っていたので
オレがセッティングさせてもらいました

全員
「······」

『難波さんが来る』その一言で、全員にあきらめの表情が浮かんだ。

(···仕方ない)

みんなが渋々了承すると、黒澤はサトコとハイタッチをする。

東雲
後藤さん、良かったですね

2人を尻目に、歩がコッソリ話しかけてきた。

後藤
何がだ?

東雲
いろんなことが聞けるチャンスかもしれませんよ?

歩は楽しそうに笑みを浮かべる。

東雲
酒の席ですから、元カレのいろいろなことが···

颯馬
歩。野暮なことを言うものではありませんよ?

歩を諌める周さんだったが、その瞳はどこか楽しげだ。

(明らかに楽しんでるな···)

後藤
はぁ···

いたたまれなくなり、ため息をつきながら立ち上がる。

黒澤
あれ?後藤さん、どこに行くんですか?

後藤
······

黒澤を無視し、教官室を出て行こうとすると···
サトコ
「後藤教官···」

一瞬だけ、サトコと目が合った。
心配そうなその瞳に、心が揺らぐ。

後藤
っ···

振り切るように顔を逸らすと、そのまま教官室を後にした。

【屋上】

後藤
何やってんだ···

中庭のベンチに座り、深いため息をつく。

(アイツは何も悪くないのにな···)

心配そうに俺を見るサトコの顔が、頭にこびりついて離れない。

黒澤
もしかして···サトコさんにとってぜ~んぶ“初めて”の人、ですか!?

後藤
······

(確か、幼馴染だと言ってたな)

幼馴染が相手だとすると、そもそもの付き合いは長いだろう···
それも、俺とは比べようもないほどに。

(···なにを考えてるんだ)
(誰にだって、過去に付き合った相手はいるだろう)
(当たり前のことを気にしたって仕方ない)

そう自分に言い聞かせ、先ほどサトコにとってしまった態度を思い出す。

(ヘンに思われただろうな···)

後藤
飲み会の時に謝るか···

ひとりごちながら、ベンチから立ち上がる。

(明日は休日だし、終わったら家に誘うか···)

【居酒屋】

難波
後藤、あんま酒が進んでないな
ほら、もっと飲め

後藤
···ありがとうございます

難波さんから酒を注ぎ足され、グラスに口をつける。
飲み会が始まって時間が経つものの、サトコとは一言も話せないままでいた。

(この状態だと、いつ話せるか分からないな)

サトコとは席が離れているため、なかなか話すチャンスが訪れない。

東雲
本当は、誰かの隣に座りたかったとか?例えば···

サトコ
「!?」

視線を感じて顔を上げると、サトコがしきりにこちらの様子を気にしていた。

(ん···?どうしたんだ?)

サトコ
「ちょっとお手洗いに行ってきますね」

歩と何か話していたかと思うと、サトコは慌てるように席を立った。

(今なら、話すチャンスか?)

後藤
······

後を追いかけようと立ち上がりかけるも、思いとどまる。

(もし、誰かに話を聞かれたら···)
(俺たちの関係を疑われるにはいかない)

しかし、後にすればするほど話し辛くなることも事実だ。

(飲み会終わりに、声を掛けるか?)
(いや、黒澤辺りが二次会だとか言い出しそうだな···)

悶々と考えるも、なかなかまとまらなかった。

東雲
···本当、後藤さんって分かりやすいですよね

黒澤
歩さん、そういうところが後藤さんの可愛いところなんですよ!

颯馬
後藤に可愛いと言えるのは、黒澤くらいでしょうね

黒澤
オレにとっては、後藤さんも石神さんも可愛いですよ☆

石神
···誰が可愛いだと?

黒澤
それは石神さんが···
って、怖っ!
後藤さん、助けてください~!

後藤
······

黒澤
って、無視ですか!?

颯馬
フフ、後藤は黒澤の相手をしている暇がないみたいですね

黒澤
後藤さん~!ヘルプミ~!

石神
黒澤

黒澤
ぎゃー!!

後藤
ん···?

何か聞こえた気がして視線を向けると、黒澤が石神さんから説教を受けていた。

(また何かしでかしたのか?)
(いや、それよりも今はサトコのことだ)

黒澤のことは忘れることにして、思考に没頭した。

黒澤
サトコさんって、どんな感じだったんですか?

ハジメ
「今と変わらないですよ?真面目で、何事にも一生懸命で···」
「いつもキラキラした顔で、警察官になるという夢を語ってました」

室長がトイレに立ったかと思うと、サトコの友達だという男を連れて帰ってきた。

(真面目そうな奴だな)

受け答えもはっきりしており、なかなかの好青年だ。
しかし、サトコと彼の様子を見ていると頭の中で警鐘が鳴り響く。

ハジメ
「だからサトコが夢を叶えられて本当に良かったと思っています」

サトコ
「ハジメ···」

(ハジメ···?)

サトコの呟きに、ピクリと反応する。

東雲
へー、ハジメ···ねぇ?
サトコちゃん、彼のこと名前で呼んでいるんだ

ハジメ
「はい。付き合いが長いですので、昔からお互い名前で呼んでいます」

(付き合いが長いってことは、幼馴染か?)
(もしかして···)

東雲
キミ、彼女の元カレでしょ?

ハジメ
「ええ、まぁ···」

予感が的中してしまい、背中に嫌な汗が流れる。

(居酒屋で元カレと遭遇するなんて、偶然にも程がある)
(今日はツイてないな···)

そう思いながらも、気持ちを取り直す。

(こいつはあくまでもサトコの元カレだ)
(気にする必要なんかない)

東雲
ってことは、キミがサトコちゃんの初めての人か···

歩はニヤリと笑みを浮かべ、口を開く。

東雲
質問してもいい?思い出の場所とかあったりするの?

ハジメ
「思い出、ですか······」
「よく行っていたカフェ、ですね」
「お互い目指すものがあったので、しょっちゅうデートに行けるわけではなかったので···」
「カフェで待ち合わせをしてショッピングモールを回ったり駅前広場で話をしていたよな?」

サトコ
「う、うん···」

恥ずかしそうに答えるサトコに、わずかに胸が痛んだ。

(サトコがこんな顔をするなんて···)
(···いや、ただ単に昔のことを詮索されて恥ずかしがっているだけだろう)

難波
ほら、後藤。飲むか?

後藤
いえ、大丈夫です

難波
まあまあ、そう言わずに

グラスにはまだ酒が残っていたが、縁までなみなみと注がれる。

後藤
······

自然とグラスを握る手に力が込められた。

ハジメ
「初めてデートしたのも、近くの公園でしたし···」

黒澤
公園デート!微笑ましくて素敵じゃないですか

サトコ
「っ···」

先ほどから、サトコはしきりにこちらの様子を気にしていた。
声を掛けるタイミングは何度かあったが、空気を壊すわけにはいかない。

(今、口を開いたら、余計なことを言ってしまいそうだ···)
(ヤキモチをむき出しにして、かっこ悪いところを見せるわけにはいかない)

モヤモヤする気持ちを、ぐっと抑える。

黒澤
もしかして、初デートで初キスとかしちゃったり···?

サトコ
「ちょ、ちょっと!黒澤さん!」

東雲
それとも···言えないような場所で初キスをしたとか?

サトコ
「そ、そんなわけないじゃないですか!図書館ですよ!」
「あっ···」

サトコはしまったと言わんばかりに、目を見開く。
そして、見る見るうちに顔が赤くなっていった。

サトコ
「うぅ···」

ハジメ
「おい···サトコ?大丈夫か?」

サトコ
「だ、大丈夫···」

ハジメ
「明らかに大丈夫じゃなさそうだけど···」

項垂れるサトコに優しく声を掛ける姿に、胸が締め付けられた。

(コイツがサトコの『初めて』なんて、分かり切ったことだ)

それだけじゃない。
俺より多くの思い出をサトコと共有している。

(付き合いの長さを考えれば、そんなことは当たり前だと理解できるが···)

サトコが見せる表情に、イライラが募った。

(どうしてこんなにイラつくんだ?)
(イラついたって、仕方ないのに···)

自分の気持ちが抑えきれず、立ち上がる。

後藤
すみません、室長

室長に「仕事が残っている」と告げ、居酒屋を後にした。

【外】

(少し頭を冷やすか···)

心地よい夜風に当てられながら、深い息を吐く。

(一度、学校に戻って···)

サトコ
「後藤さん!」

名前を呼ばれ、ピタリと足が止まる。

(追いかけてきたのか···?)

サトコの行動に驚きながらも、追いかけてくれたという事実が素直に嬉しかった。

後藤
···何か用か?

サトコ
「っ···」

気持ちとは裏腹に、驚くほど冷たい声で返す。
サトコが息を飲むのが分かり、罪悪感が芽生えた。

(こんな顔をさせたいわけじゃないのに···)

サトコ
「そ、その···今日はすみませんでした!」

後藤
別に、謝ることなんてないだろ?

サトコ
「それは···そうかもしれませんが‥」

(謝る必要があるのは、俺の方だ。頭ではそうわかっているのに···)

サトコ
「あの···後藤さん、お仕事が残ってるんですよね?それなら、私も手伝います」

普段ならありがたい申し出も、今は苦痛に感じる。
何故そう思うのか、自分でも分からなかった。

後藤
いや、ひとりで大丈夫だ

サトコ
「でも、ふたりでやった方が早く終わりますよね?」
「今からひとりでなんて、遅くなっちゃいますし···」
「それに、私が後藤さんと一緒にいたいんです。お願いします!」

後藤
っ···

声を震わせながらも真っ直ぐぶつかってくるサトコに、愛しさが募る。

(···今は、ダメだ)
(アンタに優しく出来る自信がない···)

後藤
···俺のことは気にするな。遅くならないうちに、早く帰れ

突き放すように言うと、背中を向ける。

サトコ
「後藤さん、待ってください···」

後藤
気を付けて帰れよ···

逃げるかのように、足早にその場を後にした。

後藤
本当、何やってんだか···

サトコが見えなくなり、足を止める。

(好きな女に当たることしか出来ないなんて、子どもだな···)

初めて抱く気持ちに、振り回されている自覚はあった。
どうすることも出来ない気持ちを抱えたまま、重い足取りで学校へ向かった。

【教官室】

誰もいない教官室に戻った俺は、黙々と作業を進めていく。
手を動かしながらも、考えるのはサトコのことばかりだった。

(悪いのはサトコじゃないのに···)

サトコ
『それに、私が後藤さんと一緒にいたいんです。お願いします!』

(アイツ、寂しそうな顔してたな···)

元カレの隣にいた時の表情とは、雲泥の差だ。

(別に、サトコを傷つけたかったわけじゃない)

だけど、今の俺にはサトコを傷つけることしかできなかった。

(少なくとも、態度に出すべきじゃなかった)
(いつもなら、そんな簡単なこと考えなくてもできるのに···)

サトコの元カレという存在。
その存在が、確実に俺の調子を狂わせていた。

to be continued

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