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難波 出会い編 3話

【寮 自室】

翌朝。

着替えをしながらテレビのニュースに耳を傾ける。

でも、『公安の機密漏えい』などという言葉は誰の口からも出てこなかった。

サトコ

「おかしいな‥昨日の夜、確かに言っていたよね‥?」

(あれだけ大きなニュースなら、騒ぎになるはず‥)

(私が見落としただけかな?)

【学校 教場】

石神

本日は予定を変更して、難波室長に特別講義をして頂くことになった

石神教官の言葉に、訓練生たちがざわめいた。

鳴子

「何だろうね、特別講義って」

サトコ

「うん‥」

(機密漏えいの問題で、何か大切な話があるとか‥?)

昨夜、そのニュースを聞いた瞬間の室長の表情を思い出し、背筋が伸びた。

石神

静かに!

それでは室長、お願いします

難波

それじゃあお前ら、今日はよろしくな

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(‥‥あれ?)

相当厳しい表情で現れると思っていたのに、室長の雰囲気はことのほか緩やかだ。

難波

あー、知らないかもしれないけど、俺が公安課の室長だ

普段お前らをビシバシ鍛えてる連中、あれみんな俺の部下だ

男子訓練生A

「その割には、なんか、緩くないか‥?」

男子訓練生B

「本当に、この人があの教官たちを束ねているのか?」

すぐ後ろの男子訓練生がひそひそ話す声が聞こえてくる。

(そうだよね。私も最初は、そう思ったもん)

(今でも、まだたまに思うことあるけど‥)

難波

今日はお前らに、公安とは何かを考えてもらいたい

室長の目に鋭い光が宿った。

(室長、私を怒鳴った時もあんな目になったな‥)

(仕事になると、室長のイメージが変わる気がする)

難波

というわけで、氷川

サトコ

「は、はい!」

難波

公安の役割を答えてみろ

サトコ

「ええと、あの‥」

「‥それは、国家を守ることです」

難波

うん、その通りだ

(国家を守ることか‥)

難波

ということだから、氷川

サトコ

「ええっ、また私ですか!?」

難波

うん、手を上げるとは感心だ

サトコ

「え‥」

室長は満足そうに頷いた。

(私、手なんか上げてたっけ‥?)

(いや、上げていないよね‥)

難波

ん?どうした?

サトコ

「いえ、別に‥」

難波

それじゃ、答えてもらおうか

公安の正義とはなんだ?

サトコ

「公安の正義‥それは‥」

後藤教官の言葉が蘇った。

後藤

公安の正義は別のところにある

後藤教官は、そう言っていた。

サトコ

「たぶん‥私たちが思う普通の正義とは違うのだと思います」

(まだ、私には後藤教官の言葉の意味が分からないけど‥)

難波

よし、座れ

今の答えは、満点ではないが、正解だ

公安の正義とは、国を守るための究極の正義だ

それを貫くためには、時に小さな正義を犠牲にしなくてはならないこともある

サトコ

「‥‥‥」

室長の視線は、まっすぐ私を見つめていた。

難波

でもそれによって、より多くの人々の危機を救う

それが、公安だ

【カフェテラス】

鳴子

「なんか室長、サトコのこと狙い撃ちだったよね」

「相当気に入られちゃったんじゃない?」

サトコ

「それはないよ‥ただ単に、私以外の名前を憶えてないんだと思う」

(でも講義中、室長が何度も私を見てたのは気のせいじゃないよね)

(“小さな正義”を優先しちゃった後だけに、胸が痛かったな‥)

鳴子

「でも室長、この間と全然イメージ違ってちょっとカッコよかったよね」

「飲み会の話が出た時は、妙に嬉しそうだったけど」

サトコ

「ホント、一番嬉しそうだったよね」

難波

で、今晩なんだが‥

室長の表情が一瞬で緩んだ。

難波

懇親会だ。酒の飲み放題だ

空けておくようにな~

サトコ

『懇親会なんてあるんだ‥』

(室長‥なんか嬉しそう)

(昨日も泥酔して塀から落ちちゃったのに、懲りない人だなぁ‥)

難波

今のうちだからな。遊べるときに遊んでおけよ

酒との出会いも一期一会

これを逃すと、次はいつになるか分からんぞ~

嬉しそうに笑いながら、室長は教場を出て行った。

授業時間を10分も残して‥‥

【居酒屋】

加賀

おいクズ共

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飲み会だと思って舐めんな

全ての瞬間が訓練だと思え

懇親会が始まるや否や、加賀教官は次々と訓練生たちを潰し始めた。

鳴子

「サトコ、どうしよう?」

「来るよ、こっち来るよ」

サトコ

大丈夫だって

いくら加賀教官だって、女の私たちまで潰そうなんてことは‥

加賀

甘ぇんだよ。テメェは

サトコ

「ひぃ‥!」

いつの間にか、加賀教官がすぐ隣に来ていた。

加賀

潜入捜査においては、女の方が酒の強さが求められる

これくらいのことで、分かってんだよな?

サトコ

「い、頂きます!」

鳴子

「私も!頂きます!」

2人で揃ってグラスを差し出すと、加賀教官はなみなみとビールを注いでくれた。

東雲

兵吾さん、そんなことして、セクハラで訴えられても知りませんよ

加賀

ああ゛?上等だな

訴えられるもんなら訴えてみやがれ

加賀教官が挑発的な視線を飛ばしてくる。

サトコ

せ、セクハラなんて、とんでもない!

東雲

あ、そうか。むしろパワハラか

加賀

フッ、パワハラなぁ‥

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サトコ

「う、訴えたりしませんから!」

「東雲教官!変なこと言わないでください‥!」

(そうじゃなくても、加賀教官には絡まれたくないのに‥!)

東雲

ごめん、ごめん

それじゃ、とりあえずオレのも飲んどこうか

東雲教官は笑顔でグラスにビールを注ぐ。

(止めに来てくれたと思ったのに‥東雲教官も鬼だった‥!!)

溜息をつきつつ、グラスを煽った。

【店外】

サトコ

「ふぅ‥」

「さすがに飲み過ぎたかも‥」

火照った頬に、夜風が気持ちいい。

(鳴子のこと置いてきちゃったけど‥)

(鳴子なら要領よさそうだし、大丈夫だよね)

星空を見上げながら、大きく深呼吸した。

???

「ああ、そうだ。分かったらすぐに連絡してくれ」

(ん?この声って‥)

声のした物陰を覗き込む。

街灯に照らされて立っていたのは、室長だった。

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(やっぱり‥)

(なんか、すごく深刻そうだけど‥)

見てはいけないものを見てしまった気がして、その場を離れようとした。

その瞬間、私の視線に気づいた室長が振り返る。

その一瞬で、室長は顔から緊張の色を抜いた。

難波

なんだ、ひよっこかー

盗み聞きか?

<選択してください>

A: 違います!

サトコ

「ち、違います!」

「ただ、誰かなと思って来てみただけで、内容も全然聞こえませんでしたし‥!」

難波

ウソを言うな。正直に吐け

サトコ

「ホントに違うんですってば!」

「う‥うぐっ!」

急に吐き気をもよおして、手で口を覆った。

(し、室長が吐けなんていうから‥!)

難波

ま、待て。前言撤回だ

吐くなよ

B: すみません!

サトコ

「す、すみません‥!」

「でも、内容は全然きこえてませんから!」

難波

別に聞かれても大丈夫だ

どうせ、お前みたいなひよっこには分からん

(もしかしてそういうのも、公安的会話テク!?)

C: 何かあったんですか?

サトコ

「あの、何かあったんですか?」

難波

ひよっこは気にせず、懇親会を楽しめ

サトコ

「はぁ‥」

(楽しむというより、耐えるという表現の方が正しいのでは‥)

サトコ

「それはそうと、室長は大丈夫なんですか?」

「腰‥」

言いかけた私の口を、室長の大きな手が覆った。

難波

余計なことを言うな

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他のヤツらに聞かれたら、また何を言われるか‥

室長はビクビクしながら周囲を見回している。

(仕事のガードは固いのに、プライベートはゆるゆるなんだよね)

笑いを堪えながら様子を見ていると、ふと室長が私の顔に目を留めた。

難波

お前‥

サトコ

「な、なんでしょう!?」

(いきなりそんなに見つめられたら、恥ずかしいんですけど‥!)

難波

ちょっと待ってろ

室長は店内に姿を消したかと思うと、グラス片手にすぐに戻ってきた。

難波

ほら、水

サトコ

「え‥」

難波

飲み過ぎだ

サトコ

「あ、ありがとうございます」

(心配してくれたんだ‥)

冷たい水は、体中に沁み渡るように心地よく感じられた。

一気に飲み干すと、ぼんやりしていた頭の中も少しクリアになった気がする。

サトコ

「ありがとうございました」

「すっきりしました」

難波

いい飲みっぷりだなぁ、酒も水も‥

お前を見てると危なっかしいぞ

無理はすんなよ

室長は優しい笑みを浮かべると、私の頭をポンポンと軽く叩いた。

サトコ

「はい‥」

(またダメなヤツだと思われちゃったかな)

(でも、今日の室長はなんかすごく優しい‥)

難波

さてと、帰るか~

サトコ

「お疲れさまでした」

難波

何言ってんだ?

お前を送るんだよ

サトコ

「え?でも私、誰にも言わずに抜けて来ちゃったし‥」

難波

俺が知ってりゃ、それで充分だろ

(加賀教官あたりにバレたら、後で怒られそうだけど‥)

難波

一緒に来い

室長が私の腕を掴んだ。

決して強い力ではないのに、抗えない何かが伝わってくる。

室長の大股に遅れを取らないように、小走りで後に従った。

【寮 自室】

サトコ

「ありがとうございました」

難波

酒、もっと飲みたかったなら俺が付き合うぞ

サトコ

「いえ、もう十分です」

難波

そうか~残念

じゃあ、今夜も一人、手酌酒だな

つまみは炙ったイカでいいさ‥

(それは演歌の歌詞かなんかじゃ‥)

ツッコミを入れようとした瞬間、床の目地に躓いた。

サトコ

「わっ!」

難波

な、なんでだ?

室長は素早く私の身体を抱きかかえながら、不思議そうにあたりを見回す。

難波

なんでここで転べる?

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サトコ

「目地に、つま先が‥」

難波

目地に、つま先が‥?

私を抱きかかえたまま、室長がじっと私を見つめた。

(し、室長の顔が‥!近いっ!)

難波

‥すごい才能だな

いきなり、室長が私を抱き上げた。

サトコ

「ええ!?」

そのまま、ずんずんと部屋の中に入って行く。

サトコ

「あ、あの、室長?」

「降ろして‥降ろしてください!」

ドサッ

降ろされたのは、ベッドの上。

すぐ目の前に、何かを必死で堪えているような室長の顔がある。

サトコ

「あ、あの‥」

(この状況は、再びまずい感じな気が‥)

難波

‥ひよっこ‥もう、ダメだ

サトコ

「え、ちょ、あの‥!」

(待ってください、室長!)

難波

お前‥意外と重いな‥

(‥え?)

難波

ああ、腰が‥

室長は身体を起こしたかと思うと、激しく腰をさすり始めた。

その腰に湿布を貼ってあげた時の、半裸の室長の姿が蘇る。

引き締まった筋肉質の身体の感覚が蘇り、頬が火照った。

(うわ‥私ったら、勝手に変な想像を‥!)

でも室長はそんな私に気付かず、静かなうめき声を上げている。

難波

そうだった。昨日、腰を‥

うう‥

サトコ

「あの、大丈夫ですか?」

難波

ダメだ‥

と言ったら、何をしてくれるんだ?

<選択してください>

A: お部屋まで送ります

サトコ

「お部屋まで送ります」

肩を貸そうと立ち上がった私を、室長が制した。

難波

結構だ

監査室までいくつ目地があるかわかったもんじゃない

B: 湿布貼りましょうか

サトコ

「湿布貼りましょうか?」

難波

もしかして、また見たいのか?

俺の身体

サトコ

「ち、違いますから!」

難波

真っ赤な顔して、照れるな、ひよっこ

C: マッサージしましょうか

サトコ

「マッサージしましょうか?」

難波

え‥本当か?

サトコ

「ええ」

難波

まさか、ハニートラップの練習台にしようっていうんじゃないよな?

サトコ

「そんなんじゃありませんから!」

難波

ははっ。冗談だよ

難波

じゃあな

室長は軽く片手をあげると、腰をさすりながら歩き出した。

その背中に、微妙な哀愁を感じる。

(カッコいい瞬間もあるのに、それがなかなか続かないんだよね‥)

(残念だけど、面白い人だな‥)

室長を見送りながら、クスリと笑みが漏れた。

【談話室】

翌朝。

呼び出されて談話室に行くと、教官たちが緊張の面持ちで集まっていた。

サトコ

「ねぇ、何があったの?」

鳴子

「さぁ‥」

集められた訓練生たちは、一様に不思議そうな表情を隠せずにいる。

難波

待たせた

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室長が入って来たのを合図に、石神教官と加賀教官が立ちあがった。

石神

一昨日の晩、公安の機密情報がネット上に漏洩した

加賀

石神・加賀両班合同で捜査を開始する

もちろん、テメェらも強制参加だ

颯馬

言っておきますが、これは訓練じゃありません

失敗は許されませんから、そのつもりでお願いしますね

颯馬教官の言葉で、訓練生たちに緊張が走った。

難波

では、役割を与える者には個別に指示を出す

名前を呼ばれた者は、ここに残るように

室長に合図され、石神教官が名前を呼び上げ始めた。

(私はないな)

(この間も大失敗しちゃったばかりだし‥)

石神

氷川

サトコ

「は、はい?」

加賀

情けねぇ返事してんじゃねぇぞ

気合い入れ直せ、クズが

サトコ

「はいっ!」

難波

いいか、ひよっこ

お前には、NPO団体『子どもの太陽』の情報を掴んでもらう

奴らが行っている募金活動に参加して、代表の永谷の動きを探れ

サトコ

「で、でも‥この間失敗しちゃったのに、私でいいんでしょうか?」

室長がじっと私を見た。

難波

いいかどうか、決めるのは俺だ

(この間はあんなに怒られたけど)

(室長は私に、もう一度チャンスをくれるんだ‥)

サトコ

「はい、今度こそ頑張ります!」

難波

じゃあ、後藤。後はよろしくな

後藤

はい

サトコ

「今回は、後藤教官とペアで?」

難波

ただのペアじゃない。夫婦だ

サトコ

「ええっ!?」

(夫婦‥?)

(私と後藤教官が!?)

後藤

恋人を経て、晴れての結婚だ。なんの不思議もないだろ

サトコ

「いえ、不思議はいっぱいありますけど‥」

後藤

いい加減慣れろ。氷川

緊張と困惑の中、新たな潜入捜査が始まろうとしていた。

to be continued

4話へ

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