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難波 出会い編 7話

女子高生

「あのっ‥!」

突然、背後から声を掛けられて振り返る。

そこには、息を切らせた女子高生が立っていた。

サトコ

「あ、あなたは‥!」

それは、最初に永谷さんの追跡調査をしていた時に痴漢から助けた女の子だった。

後藤

知り合いか?

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サトコ

「え、ええ」

「どうしたの?また、何か怖い目にでもあった?」

気がかりに周囲を見回す私を見て、女子高生が微笑んだ。

女子高生

「大丈夫です。私、強くなったから」

「婦警さんのおかげで」

サトコ

「私の?」

女子高生

「婦警さん、あの時教えてくれたでしょ?護身術っていうんだっけ?」

「私でも戦えるんだって思ったら、もう電車が怖くなくなりました」

「そしたら不思議と痴漢にも遭わなくなって‥」

サトコ

「そっか、よかったね」

「でもそれは私のおかげじゃないよ」

「あなた自身の心がけの賜物だと思う」

女子高生

「そういうもんかな?」

サトコ

「そういうもんだって!」

「でも、あんまり強くなり過ぎちゃダメだよ?」

女子高生

「モテなくなっちゃうもんね」

サトコ

「そうそう」

女子高生の朗らかな笑顔に、モヤモヤしていた気持ちが少し晴れた気がした。

(あの時は大失敗って思ったけど、やっぱりこの子を助けてよかった‥)

満足感と共に後藤教官を振り返ると、後藤教官が優しい笑みを浮かべていた。

後藤

‥‥

(後藤教官が‥笑ってる!?)

【教場】

後藤

石神さんからそろそろ一度報告書を上げろと言われている

今から、作業できるか?

サトコ

「はい」

(そっか‥今まで私が室長にしていた報告はあくまでも非公式だもんね)

翌日の放課後。

私たちはもう人気のない教場で、これまでの潜入捜査の経過報告をまとめ始めた。

サトコ

「‥こんな感じでどうでしょうか?」

顔を上げると、じっと私を見つめている後藤教官の瞳に出会った。

サトコ

「!」

「あ、あの‥?」

後藤

‥ああ、悪い。ちょっと、考え事だ

サトコ

「考え事‥?」

不思議に思うが、後藤教官はスッと視線を逸らす。

後藤

できたのか?

サトコ

「は、はい。確認お願いします」

後藤

‥アンタは、どうして刑事になりたいと思った?

報告書に目を通しながら、不意に後藤教官が聞いてきた。

サトコ

「え‥?」

後藤

いや、単なる興味だ

話したくなければ無理にとは言わない

サトコ

「いえ、聞いてください」

自分でもびっくりするほど意志の強い声が出た。

公安の一員として思い悩む自分の原点を、本当は私も誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

サトコ

「5年前のことです」

「通り魔が出て、おばあさんが狙われそうになったところに飛び出しちゃって」

「そこを間一髪で刑事さんに助けられたことがあるんです」

「それがきっかけで、私も誰かの助けになれるような職に就きたいと思って刑事を目指しました。

後藤

そうか‥

サトコ

「でも、いつまでもそんな風に思っている私は、青臭いんでしょうか‥」

思わずこぼれた本音。

冷たい言葉で突き放されるかと思ったけれど、後藤教官の口から出た言葉は全然違っていた。

後藤

そんなことはない

アンタを見てると、初心を思い出す

後藤教官が遠い目になった。

後藤

行くぞ

サトコ

「え‥行くって、どこへですか?」

後藤

決まってるだろ、訓練だ

サトコ

「えっ!?今からですか!?」

後藤

本当に人を助けたいなら、普通の人間の倍以上の努力が必要だ

今のアンタは、それだけの努力をしたと胸を張って言えるのか?

サトコ

「いえ、まだまだです」

後藤

それなら、ついてこい

サトコ

「は、はい!」

【廊下】

射撃場に向かって後藤教官と並んで歩く。

すると、目の前の暗がりからスッと人影が現れた。

とっさに、私を背後に庇う後藤教官。

後藤教官の全身から放たれた緊張感が、一瞬で廊下を満たした。

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???

「おいおい、勘弁してくれよ」

姿を現したのは、室長だった。

後藤

室長‥?

難波

うっかりしてると、校内でもやられちまうな

後藤

すみませんでした。室長が気配を消されていたもので、つい‥

難波

気配?俺に存在感がないってことか?

後藤

いえ、そういうことではなく‥

(後藤教官の言ってる意味、何となく分かる気がする‥)

(確かに、さっき室長は完全に気配を消してたよね)

(多分、意図的に‥)

難波

でもいいなぁ、ひよっこは

こんなカッコいい教官に守ってもらえて

今の後藤の動き、俺でも惚れちゃいそうだったぞ

サトコ

「し、室長‥」

難波

ていうかお前ら、こうして見ると意外とお似合いかもな

室長は一歩引いて私と後藤教官をしみじみ見た。

<選択してください>

A: そんなことありません

サトコ

「そ、そんなことありません!」

思わず言ってしまった私に、室長がからかうように言う。

難波

それは、お前が後藤に似合わないのか?

それとも、後藤じゃお前には不足ってことか?

サトコ

「も、もちろん。私が後藤教官に、です!」

B: 何てこというんですか

サトコ

「な、何てこと言うんですか‥!」

難波

でもお前、まんざらでもなさそうな顔してるぞ?

サトコ

「そ、そんなことありませんから!」

難波

それは、後藤と似合っても嬉しくないということか?

サトコ

「ち、違います!」

C: ええっ

サトコ

「ええっ?」

難波

なんだ、ひよっこ。顔が赤いぞ

サトコ

「そ、そんなことは‥!」

難波

初々しいねぇ。照れちゃって

サトコ

「て、照れまてせん!」

難波

でも、もしもお前らが結婚ってことになったら、仲人は俺になるのか‥

後藤

あの、室長‥?

室長は私たちに構わず、勝手に妄想を進めていく。

難波

あ、でもそういうのは奥さんと同伴じゃないとまずいのか‥

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(ん?なんで困ってるの?)

(もしかして、自慢の奥さんを人には見せたくないタイプ?)

難波

わかった。そういうことなら、主賓挨拶は俺に任せて‥

後藤

あの、室長

難波

ん?

後藤

ご用がなければ、射撃訓練に行きたいのですが

難波

おお、そうか

それじゃ、俺の用件はさっさと済ませるぞ

潜入捜査の経過を報告してくれ

【室長室】

難波

なるほどな‥

後藤教官の報告をひとしきり聞き、録音した会話もチェックすると、室長は眉間に皺を寄せた。

難波

永谷が情報漏洩に関与したという決定的な証拠はまだないか‥

後藤

しかし、氷川の機転で永谷はかなり心を許しています

この線で押していけば、思いがけない収穫もあるかと

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事態がまた自分の思惑とは別の方向に進んでいく。

心のモヤモヤが再び私を憂鬱にさせた。

難波

‥そうだな。永谷を落とすのが一番近道なのは間違いない

永谷の弱みはつかんだ。そこに付け込んで恩を売れ

そして情報を取れ

サトコ

「‥!」

難波

多少、金が掛かっても構わない

後藤

分かりました

室長と後藤教官は私の気持ちなどお構いなく、淡々と話を進めていく。

(‥なんで室長たちは、平気で人を陥れるようなことができるの?)

(こんなの、絶対におかしい‥!)

<選択してください>

A: 私にはできません

サトコ

「そ、そんなこと、私にはできません!」

気付いた時には、言葉が飛び出していた。

後藤

氷川‥

後藤教官がとりなすように何かを言おうとするのを、室長が止める。

難波

できるかどうかは聞いていない

これは、命令だ

B: そんなやり方、間違ってると思います

サトコ

「そ、そんなやり方‥間違ってると思います!」

我慢できずに言ってしまった。

室長の鋭い視線が突き刺さる。

難波

何がどう間違ってる?

お前は、誰の立場に立ってモノを言ってるんだ

C: 非難の目を向ける

思わず、非難の目で室長を見た。

難波

‥なんだ?

何か言いたいことがあるのか?

サトコ

「‥そんなことをして、室長は平気なんですか?」

難波

俺が平気かどうか?

そんなこと、国家の危機に比べればちっぽけな問題だ

返すべき言葉が見つからずに黙り込む。

難波

お前の正義はそんなもんか

突き放されるように言われ、また室長を遠くに感じた。

(距離が縮まったと思ったのに‥)

室長の言いたいことはわかる。

でも、頭では理解できても、心と身体がついていかない。

(ここで頑張ってみようと思ったけど‥)

(やっぱり公安の正義なんて、私には大きすぎるのかも‥)

もっと頑張ってみたいという思いと、しり込みする思いがせめぎ合い、私を惑わせた。

そんな自分に腹が立ち、グッと拳を握りしめる。

難波

お前はもういい。行け

サトコ

「え‥」

(どういう意味?)

(まさか、今度こそ追い出されるんじゃ‥)

難波

後藤と話がある

後藤

氷川、外せ

サトコ

「‥はい」

【屋上】

また、ため息が出た。

(ここに来てから何回目だろう‥)

刑事を志した頃は、夢と希望で毎日が輝いていた。

つらい訓練だって、夢のためなら何でもないと、たくましく乗り切って来たのに‥

(今の私には、夢も希望も語れない‥)

(だって、喜んでくれる相手の顔が見えないし、誰かを助けるどころか、騙そうとしてるなんて‥)

サトコ

「はあ‥」

後藤

ため息をつくと、幸せが逃げるぞ

サトコ

「後藤教官‥!」

いつかと同じく、後藤教官が缶コーヒーを差し出してくれた。

サトコ

「‥ありがとうございます」

「結局私、あの日から何も成長できてませんね」

「同じ場所で、同じことしてる‥」

後藤

それは俺への嫌味か?

サトコ

「え‥?」

後藤

そう言われてみれば、結局俺も同じことをしてるからな

サトコ

「すみません。そんなつもりじゃ‥!」

後藤

分かってる

顔を見合わせて、ちょっと笑った。

サトコ

「感謝してます」

「後藤教官には、いつもいつも」

後藤

当然のことをしているだけだ。アンタの相棒として

サトコ

「相棒‥」

(こんな私のこと、まだそんな風に思ってくれるんだ‥)

瞼が熱くなって、視界がぼやけた。

思わず俯いた私の目の前に、ハンカチが差し出される。

アイロンのかかっていない、しわくちゃのハンカチ。

サトコ

「泣いてなんかいません!」

後藤教官は一瞬驚いたような顔になった後、呆れたように笑った。

後藤

強がる元気があるなら心配ないな‥

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サトコ

「すみません。心配かけて」

後藤

悪いと思うなら、協力してくれ

妻がいないと、夫婦は成り立たない

サトコ

「‥‥‥」

「後藤教官は、嫌だと思ったことはないんですか?」

「目的のためとはいえ、人をだましたり、嵌めたり‥」

後藤

お前はどうして、あの女子高生に護身術を教えた?

後藤教官は私の質問には答えず、逆にそう聞いてきた。

サトコ

「それは‥」

「痴漢のせいで彼女が怯えたり、悲しんだりするのはもうたくさんだと思ったからです」

後藤

氷川の行動は、いつも明確だな

目の前の痴漢やスリは見逃さない

常に、誰かのために動いている

サトコ

「今までずっと、そうありたいと思ってきましたし、そうしてきたつもりです」

後藤

助けた相手に喜んでもらえたら嬉しいからな

サトコ

「はい。それが私の原動力だと思っています」

後藤

警察官として、素晴らしい心がけだと思う

(後藤教官は分かってくれてたんだ‥)

後藤

でもそれなら‥

後藤教官がじっと私を見た。

後藤

「永谷のことも救ってやれないか?

サトコ

「え‥?」

後藤

自分の孫のためとはいえ、永谷は罪を重ねている

おそらく、これからも重ね続けるだろう

それを止めてやるのは、氷川の考える正義とは一致しないのか?

サトコ

「‥‥‥」

病院での、永谷さんの言葉が蘇った。

永谷

『私は最初、息子たちに幸せな暮らしを取り戻してやりたい一心でこの活動を始めたんです』

『そのためなら、なんでもしようと心を決めてね』

『でも今は、みなさんのためにこの身を捧げる覚悟で臨んでいます』

『あなた方のお子さんも、きっと助けますから』

(あの時の永谷さんの言葉に嘘はないと思う)

(永谷さんは、本当に子どもたちを助けたいと思ってるんだよね)

(たとえそのために、法を犯すことになっても‥)

永谷さんの熱い決意に胸が痛んだ。

(私は、先にあるものを見ようとし過ぎてたのかもしれない)

(どんな大きな正義だって、小さな正義の積み重ね)

(それが今までと違う種類の正義だとしても、正義であることに変わりはないんだよね)

サトコ

「‥救いたいです」

「永谷さんを‥」

後藤

氷川‥

後藤教官を、まっすぐに見返した。

サトコ

「何でもやります」

「永谷さんを救うためなら‥」

(永谷さんをなんとか自供に導こう‥!)

(法を犯したお金で救われても、きっとゆりちゃんだって幸せになれないよ)

to be continued

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