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ふれない夜を過ごすとき 加賀1話

【映画館】

話題の超ヒット映画「私の名は。」を観終え、シアターの外に出る。

サトコ

「うう‥」

加賀

ったく、そろそろ泣き止め。クズが

面倒くさそうな顔で、加賀さんはひったくるように手を繋ぐ。

(うわ‥)

いつもは街で手を繋ぐことなどほとんどない。

それは人目を気にして‥という理由もあるのだろうけど。

(そんな加賀さんが私と手を!手を!!)

ひっそりと感動する私の前で、加賀さんは辺りに視線を走らせて舌打ちした。

加賀

どいつもこいつも泣きすぎだ。うるせぇ

サトコ

「えっ」

( “泣きすぎ” ? “うるせぇ” ?あんな感動作に!?)

そういえば上映中も、隣から鼻で笑う気配がした気がする。

それも一度ではなく、何度も。

(一体何かと思ったら、そういうこと‥)

(でも、私なんか途中から泣きっぱなしだったのに!)

(‥加賀さんが感動で泣くことって、あるのかな)

(‥想像が追いつかない‥)

途端、ガシッと顔を掴まれた。

(えっ、なんでここでアイアンクロー!?)

加賀

主人の顔チラチラ見やがって。何を企んでる?

サトコ

「なっ、何も企んでなんか‥!」

焦って言い返した時、壁に貼られた『私の名は。』のポスターが目に入った。

(あ、しまった。また‥)

再び目元にハンカチを押し付けた私に、加賀さんが軽く眉を寄せた。

加賀

‥いつまで泣いてやがる

サトコ

「すみません‥でも止められなくて」

「私、今年で一番綺麗な涙を流してる気がします‥」

加賀

‥チッ

舌打ちをしつつも、袖で乱暴に涙を拭ってくれた。

そのまま私が泣き止むまで待ってくれる。

サトコ

「すみません‥」

加賀

泣くなら黙って泣け

(涙拭いてくれたり、私を待っててくれたり)

(こういうところが優しいなぁ。好き‥)

緩む口元をハンカチで隠す。

すると加賀さんが呆れた顔で覗き込んできた。

加賀

テメェは妙なところで器用だな

サトコ

「え‥」

加賀

泣くか笑うかどっちかにしろ

サトコ

「!?」

(隠してたのに、なんでバレたの‥?)

動揺しつつ、その綺麗な顔立ちにドキッとする。

(整ってるだけじゃなくて、男らしくて精悍で‥カッコいい‥)

そしてその “ドキッ” のおかげか、ようやく涙が止まったのだった。

加賀

止まったみてぇだな

サトコ

「すみません、お待たせしました‥」

加賀さんは繋いだ手をぐっと引っ張る。

加賀

‥行くぞ。腹減った

サトコ

「‥はい!」

「この近くにもちもちパンケーキが名物のカフェがあるんですよ。後で行ってみませんか?」

加賀

悪くねぇ

【カフェ】

一緒に入ったカフェで、加賀さんは注文を即決した。

加賀

パンケーキのりんごジャムのせ、生クリーム山盛りで

サトコ

「私はわらび餅パフェでお願いします」

店員

「かしこまりました」

加賀

また和スイーツか。つくづく邪道だな

サトコ

「前から何度も言ってますけど、和菓子だってちゃんと洋風スイーツに合うんですよ」

加賀

うるせぇ。和菓子は和菓子で食った方が美味いに決まってんだろ

テーブルに来たパンケーキを食べると、加賀さんの表情が少しだけ緩んだ。

加賀

‥この柔らかさは悪くねぇ

サトコ

「本当ですか?良かったです」

(本当に “もちもち” とか “ぷにぷに” してるものが好きなんだなぁ)

一生懸命調べた甲斐があった‥と思いながらパフェを食べていると‥

加賀

まぁ、テメェのここには負けるがな

サトコ

「!」

加賀さんの手がいきなり腰に回って飛び上がる。

サトコ

「ちょっと、こんな所で‥!」

意地悪に笑いつつ、加賀さんが私の二の腕を触り始めた。

サトコ

「そ、そうだ。加賀さん、わらび餅パフェも味見してみませんか?」

加賀

いらねぇっつってんだろ

サトコ

「おいしいのに‥」

加賀

‥‥

面倒くさそうに私を見遣ると一度舌打ちし、少し顔を近づけて軽く口を開いた。

サトコ

「‥え!?」

加賀

食わせてぇならさっさと入れろ

(あーんしてこい‥ってこと、だよね?)

(それにしては妙な威圧感が‥)

幸い店内に人の姿はまばらだし、私たちの席は観葉植物の陰になっている。

辺りを確かめる私を、加賀さんは試すような目で眺めていた。

加賀

グズ

サトコ

「は、はい!それでは‥いきます!」

(誰にも気づかれませんように‥!)

本能的に加賀さんに逆らえない私は、冷や汗をかきながら “あーん” をした。

加賀さんは私に与えられたわらび餅をもちもちと食べながら、呆れた表情で見てくる。

加賀

この程度で赤くなってんじゃねぇ

サトコ

「す、すみません‥いざやってみると恥ずかしくて‥」

しどろもどろになる私を放置して、再びパンケーキを食べ始める。

この日もこんな調子で、終始翻弄されてしまったのだった。

【教場】

それから数日後のことだった。

加賀さんの講義が始まるのを待っていた私たちの前に現れたのは‥

(あ、あれ‥?後藤教官?)

ざわつく私たちを後藤教官が見渡す。

後藤

今日の講義は俺の代講だ

加賀教官はしばらく捜査のため、他の教官による代講になる

鳴子

「‥ねぇサトコ、知ってた?」

サトコ

「ううん‥何も聞いてない」

(捜査が立て込んでるのかな)

(私、補佐官なのに‥知らなかった)

とはいえ、こういったことは今回が初めてじゃない。

(公安の仕事には機密事項が多いし)

(同僚に家族、恋人でも言えないことがほとんどだから、全部は教えてもらえなくて当たり前か‥)

あまり気にしないようにしながら、後藤教官の講義に集中することにした。

【資料室】

加賀さんがいない日は、補佐官としての仕事も減る。

その空いた時、私は資料室に籠って自習に励むことにした。

(すごく捗るけど、嬉しいような寂しいような‥複雑)

そんな時、後ろからガシッと頭を掴まれた。

(この容赦のない力加減‥か、加賀さん!?)

パッと振り向くと、東雲教官の笑顔にぶつかった。

東雲

寂しそうなため息だね。サトコちゃん

兵吾さんじゃなくてガッカリした?

サトコ

「!」

加賀さんを恋しく思っていることを見透かされたようで、咄嗟に答えられなかった。

東雲

兵吾さんは合同捜査に駆り出されてるみたいだよ

何でも、新人刑事と組まされて忙しいんだってさ

サトコ

「そうなんですか‥大変ですね」

(もしかして、しばらくそっちで手一杯になるから、この間デートしてくれたのかな‥)

そう思えば、会えない寂しさや何も知らない心細さも和らぐ気がする。

(加賀さんは私のこと、ちゃんと考えてくれてるんだ‥)

(期待に応えるためにも、今は目の前のことを一生懸命取り組もう)

東雲

‥ただ、その新人の子がちょっと厄介らしいんだけどね

大事にされている実感に浸っていた私は、その呟きを迂闊にも聞き流してしまったのだけど‥

【公園】

それから数日後、講義を終えた私は近くのコンビニに向かった。

相変わらず、加賀さんは私の前に現れないままだ。

(捜査、うまくいってるのかな)

『何か私に出来ることがあったら言ってください』とメールを送ってみたけれど、

返ってきたのは『忠犬なら大人しく待ってろ』とだけ。

(身の回りのこととか料理とか)

(本当に雑用みたいなことでも、何かさせてもらえたらいいんだけどな‥)

帰り道で考えを巡らしつつ、いつも通りぬける公園にさしかかる。

(ベンチに誰かいる‥?)

辺りの気配に注意しながら近づいてみる。

その影は、膝を抱えて座り込む小学1年生くらいの男の子だった。

サトコ

「ボク、こんな時間にどうしたの?」

「もう暗いし寒いから、おうちに帰った方がいいよ」

男の子

「ぼく、かえれないんだ‥」

サトコ

「え?」

男の子

「おかあさんに怒られて、そんなにわがままな子はお外にいなさいって‥」

(‥なるほど)

多分、追い出されたときはまだ明るい時間帯だったのだろう。

でもまだ日が暮れたばかりとはいえ、これからどんどん暗くなる。

(このまま外にいたら危ないんじゃ‥)

(それにこの辺り、最近ボヤが続いてるんだよね)

(中には放火だってはっきり分かるものもあったらしいし‥)

小さな子どもを1人にしておくには、危ない状況が揃っている。

サトコ

「お姉ちゃんが一緒に謝ってあげる。だから帰ろ?」

男の子

「‥いいの?」

手を差し出すと、おずおずと握ってくる。

その小さな手を握りしめて顔を上げた時、思いがけないほど近くに眩しいネオンが見えた。

(あんなところにホテル街なんかあったっけ)

(子どもが遊ぶ公園の近くなのに‥)

そう首を傾げた時、見慣れた人影が通り過ぎた。

(‥えっ?)

明るい光の中、加賀さんと可愛い女性が密着しながら歩いて行く。

(か、加賀さん‥!?)

2人はそのままホテルに入って行く。

私は男の子の手を握ったまま、その場に立ち尽くした。

to  be  continued

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