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逆転バレンタイン 加賀2話

【寮】

(なんで‥?もしかして、私の妄想?夢でも見てた?)

(‥いや、しっかり感触があった‥夢なんかじゃない、あれは現実だ)

激務のせいで、教官室で力尽きて寝てしまったあの夜。

確かに意識は朦朧としていたけど、唇に覚えた感触は本物だった。

(どうして‥加賀くんが、私にキスするなんて)

(私を嫌ってるんじゃなかったの?話しかけてもいつだって面倒そうで、嫌がっていたのに)

加賀くんの行動がどうしても理解できず、あれから何かあるたびに思い出しては悩んでいる。

今も、夜の寮内を見回りながら考えるのは加賀くんのことだった。

(いけないいけない。宿直の仕事に集中しないと‥)

(はあ‥あれから、加賀くんとはなんか気まずくて目も合わせられないし)

何よりも分からないのは、キスされても嫌じゃなかった自分の気持ちだ。

もう一度ため息をついたとき、近くのドアが開いて加賀くんが出てきた。

サトコ

「!!!」

加賀

‥何やってんですか

サトコ

「みみみ、見回り‥です!」

(ハッ‥私、なんで敬語!?)

(っていうか加賀くん、いつも通りだ‥私はこんなに悩んでるのに!)

意識しているのが自分ばかりな気がして、悔しさにうつむく。

サトコ

「もう、消灯時間は過ぎてるけど‥」

加賀

外の空気を吸いに来たんですよ

サトコ

「そ、そう‥」

(‥やっぱり、加賀くんをまっすぐ見れない)

(私は何も悪いことしてないのに、なんでこんな気持ちに‥)

サトコ

「‥早く部屋に戻って、寝た方がいいよ」

加賀

‥‥‥

サトコ

「それじゃ‥」

私の言葉を遮るように、加賀くんが一歩、こちらに迫ってくる。

目を逸らせたまま避けようとした瞬間、加賀くんが身体の向きを変えて私を壁際に追い詰めた。

加賀

‥あんとき、起きてましたよね

サトコ

「‥‥‥!」

加賀

‥氷川教官

至近距離で見つめられ、あまりの緊張に呼吸が止まりそうになる。

射抜くような視線から逃れることが出来ず、うなずくようにうつむくしかなかった。

サトコ

「あ、あの‥加賀くんは、そのっ‥」

加賀

‥‥‥

サトコ

「なんで‥あ、あんなこと」

加賀

あんなことってなんですか

サトコ

「だからっ‥き、キス‥っ」

場所が場所なだけに、声はどんどん小さくしぼんでいく。

目を合わせないまま尋ねると、加賀くんがさらに顔を近づけてきた。

加賀

‥起きてるって、知ってたから

サトコ

「え‥?」

加賀

じゃなきゃ、誰があんなことするかよ

(それって‥)

これまでの加賀くんの態度を思い出して、カッと頬が熱くなった。

(私のことが気にくわないから‥反応を見て、楽しんでたってこと?)

(からかわれてただけ、ってことだよね)

(なのに私、ひとりでこんなに悩んで‥)

教官としてあまりにも情けなくて、そしてそれ以上に恥ずかしい。

気が付いたときには、加賀くんの身体を思いきり突き飛ばしていた。

加賀

サトコ

「かっ、加賀くんなんて‥加賀くんなんて‥!」

顔を上げられないまま、涙がこぼれそうになる。

悔しいのか悲しいのか、自分でもよく分からない。

サトコ

「加賀くん、なんてっ‥」

「セクハラ罪で、次の試験は失格ですからー!!」

加賀

‥‥‥

涙を見せないようにそう吐き捨てて、加賀くんに背を向けその場から逃げ出した。

【寮監室】

結局あれから一度寮監室へ戻り、なんとか気持ちを落ち着かせて見回りを終わらせ‥

翌日、2月14日のバレンタインデー。

(はあ‥悲しくて思いっきり寝たら、少しスッキリした)

(加賀くんなんて最低!って思いながら寝たのがよかったのかも)

サトコ

「それにしても‥」

サトコ

『セクハラ罪で、次の試験は失格ですからー!』

(あの言葉は、忘れたい‥情けない‥恥ずかしい‥!)

(次会うのが怖い‥加賀くん、絶対根に持ってるだろうな‥)

恐怖と同時に湧き上がるのは、なぜ “悲しい” という気持ちだったのか、ということだ。

(普通、訓練生にからかわれてキスなんてされたら、頭にくる‥気がするのに)

(私、どうして泣きそうになるくらい、悲しかったんだろう‥?)

その日は午前休だったので、再放送のドラマを見ながら書類整理をする。

純粋な主人公が、女性遊びが激しい男性に遊ばれながらも離れられない‥という内容だった。

主人公

『わかってる‥あの人は私をからかっただけだって』

『なのに、怒れない‥だって、私はいつの間にか本気で好きになってたから』

サトコ

「‥‥‥」

(からかわれてただけなのに、自分は本気だから怒れない‥)

(それって‥)

加賀

‥起きてるって、知ってたから

じゃなきゃ、誰があんなことするかよ

加賀くんの言葉を思い出すたびに、胸が締め付けられるように苦しい。

加賀

俺は待ちませんよ

教官が追いついてきてください

(あのとき、あんなにドキドキしたのも‥)

(私‥加賀くんのことが、好きだから‥?)

ようやく自分の気持ちに気が付き、息を呑む。

それと同時に、この気持ちはどこにも行き場がないことを悟った。

(訓練生とか教官とか、関係ない‥)

(それに以前に加賀くんにとって私は、頼りなくて癪に障る存在で)

(ちょっとしたからかい相手で‥ただの暇つぶしで)

考えれば考えるほど悲しくて、情けない。

(‥気持ちを自覚したからって、どうにもならない)

(この想いは加賀くんに伝えることもないまま。忘れるしかないんだ‥)

【個別教官室】

その日、午後から仕事に向かったけど、加賀くんと顔を合わせないように必死だった。

(よし‥!今日はもう講義も終わりだし、あとはみんなが帰るまでここにいれば大丈夫!)

(しばらくは、加賀くんに仕事を頼むのも控えておこう‥補佐官がいないのは大変だけど)

(意識しすぎて変なこと言っちゃったら加賀くんにも悪影響だし‥)

東雲

失礼します

ドアをノックする音が聞こえたあと、東雲くんが顔を出す。

東雲

今日の課題、集めてきました

サトコ

「ありがとう。面倒なことお願いしてごめんね」

東雲

これって、今までは兵吾さんに頼んでませんでした?

何があったか知りませんけど、今日のあの人、ものすごく機嫌悪いんですよね

心の底からめんどくさそうに、東雲くんがため息をつく。

サトコ

「ご、ごめん‥次からは自分でやるから」

東雲

それは別にいいんで、とりあえずどうにかしてください

話しかけても舌打ちしか返ってこないし、ほんとやりづらい‥

(そう言われても、私がどうこうできる話じゃないような‥)

(そもそも、どうにかしてほしいのは私の方だし!)

東雲くんが出ていくと、部屋が静まり返る。

もってきてもらった課題のノートを確認していると、再び部屋のドアをノックされた。

サトコ

「はい、東雲くん?何か忘れ物でも‥」

加賀

‥‥‥

サトコ

「!!!」

(かかか、加賀くん!?)

(なんで‥!?今日は何も、仕事は頼んでないのに)

サトコ

「あ、あの‥」

加賀

‥歩と間違えたんですか

サトコ

「え‥いや、その‥か、課題の回収をお願いしてて」

加賀

‥チッ

盛大に舌打ちされて、ビクッと肩が震える。

加賀

で?

サトコ

「え?」

加賀

仕事は?

(こ、怖い‥!何この迫力!)

(そもそも、誰のせいでこんなことになったんだと‥!)

これまで我慢してきたものが一気に溢れ出て、思わずバン!と机を叩いて立ち上がった。

サトコ

「かっ、加賀くんは、遊びでキスとかできるかもしれないけど!」

「もう二度と、あんなことしないで!こっ、今度こそ本当に、試験失格にしますから!」

加賀

あ゛?

サトコ

「ひぃ!」

(‥って、怯えてる場合じゃない!)

(私は教官なんだから、ここで怯んじゃダメだ‥!)

恐怖に耐えて、ぐっと加賀くんを睨みつける。

でも加賀くんの鋭い目に見下されて、ぶるっと得体のしれない恐怖に襲われる。

(怖い‥!けど、絶対謝らない!)

サトコ

「む、むむむ‥むしろ、加賀くんに謝ってほしいくらいなのに!」

加賀

‥‥‥

サトコ

「あああ、あんなことして‥もし、ほほほ、他の教官だったら‥!」

加賀

‥怯えすぎだろ

他の女にあんなことするか

その声は、想像していたよりも小さく、優しく聞こえた。

意味が分からず見つめ続ける私に、加賀くんがもう一度舌打ちする。

加賀

‥デキの悪い上司が、さっさと自覚しねぇからだろ

サトコ

「自覚‥?」

(それて‥もしかして)

加賀

‥なんでこんな面倒なのに惚れたんだかな

サトコ

「え?」

「‥え?」

加賀

うるせぇ

言葉は乱暴だけど、加賀くんの目は真剣そのものだった。

そしてそれは、さっきの言葉が間違いなく本心なのだと伝えてくれる。

(私がさっさと自覚しない‥って、加賀くんを好きだって気持ちのこと‥?)

(私だって今朝わかったのに‥加賀くん、その前から私の気持ちに気付いてたの!?)

サトコ

「そんなバカな‥!」

加賀

鈍すぎだろ

サトコ

「うっ‥加賀くんが鋭すぎるんじゃ」

「あの‥ところで、さっきの言葉‥」

加賀

ぁあ゛?

サトコ

「なんで怒るの!?」

(私に『惚れた』って言ったよね‥じゃ、じゃあ私たち、両想いってこと‥?)

意識すると、急に恥ずかしくなってきた。

さっきまでは泣きたいような気持だったのに、恥ずかしいくらいに心臓が高鳴っている。

加賀

‥わかりやすすぎんだろ

サトコ

「な、何が‥?」

加賀

なんでもねぇ

‥それより

無言で、加賀くんが私に手を差し出す。

(‥あ、握手‥?)

ついその手を握ると、眉間の皺を増やした加賀くんに潰される勢いで強く握り返された。

サトコ

「いっ、痛い痛い痛い!!」

加賀

すっとぼけやがって

そう吐き捨てると、ぽいっと力の入らなくなった手が解放された。

加賀

今日が何の日か、忘れた訳じゃねぇだろうな

サトコ

「何の日って‥」

(‥バレンタイン!?)

(いや、でも‥チョコなんて用意してないよ!)

サトコ

「と、特定の訓練生だけにチョコをあげる訳には‥」

加賀

特別だろ

サトコ

「!」

加賀

違うのか?

サトコ

「違いません‥」

(っていうか私、なんでさっきから敬語‥)

(でも、加賀くんには逆らえない‥何この、上下逆転の関係‥)

サトコ

「でも、あの‥今日はずっと、加賀くんのことばっかり考えてて」

「チョコを用意する暇なんて、なくてですね‥」

しどろもどになりながら、逃げるように手がポケットへと伸びる。

そこに、以前食堂でおばちゃんにもらった、チロリチョコが入っていた。

(これだーーー!)

サトコ

「こ、今年はどうか、これでご勘弁を‥」

加賀

‥‥‥

そんなもんで、俺が満足すると思うか

サトコ

「思わないけど、でも他のものは‥」

加賀

あんだろ

聞き返す前に、加賀くんが私の肩を掴む。

唇が重なり、驚く間もなく舌が絡まった。

サトコ

「‥‥‥!」

加賀

‥‥‥

サトコ

「っ‥‥」

必死に加賀くんの胸を叩こうとするのに、手首を掴まれてままならない。

唇が離れると、口の端を舐められた。

サトコ

「かっ‥」

加賀

今年は、これでいい

来年はちゃんと用意しとけ

深く激しいキスに、返事もできずに力が抜ける。

たくましい身体に抱きしめられて、地に足がついていないような感覚だった。

(もしかして、これからずっと、加賀くんに振り回されちゃうんじゃ‥?)

(でも、全然嫌じゃない‥むしろ、嬉しいって思ってるなんて‥)

サトコ

「私‥マゾ!?」

加賀

今さらかよ

呆れたような加賀くんの笑い声が、なぜか心地いい。

その日、私はようやく、肩の力を抜いて加賀くんに寄りかかることができた‥

Happy  End

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