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東雲 恋の行方編 7話



【学校 廊下】

あれから一夜が明けた。

鳴子
「おはよー、サトコ!」
「って、どうしたの、その顔!」

サトコ
「···やっぱり?」
「ちょっと眠れなかったっていうか···」

鳴子
「まさか恋!?恋の悩み!?」

サトコ
「···違うよ」

(ほんとは全然違うわけでもないんだけど···)
(教官絡みのことだし···)

削除された監視カメラの映像のこと。
さちさんのこと。
···東雲教官のこと。

(ダメだ···考えれば考えるほど、頭の中がグチャグチャに···)

鳴子
「あれ、今日は教官室に行かないの?」

サトコ
「えっ···」

鳴子
「サトコ、いつも東雲教官のとこに顔出してから教場に来るじゃん」

サトコ
「ああ、うん···」

(そうだ、教官室に行かないと)
(正直、顔を合わせづらいけど···私、補佐官だし···)

サトコ
「じゃあ、行ってくる」

鳴子
「うん。また教場でね」

【教官室】

サトコ
「失礼します···」

(あれ···いない?)

石神
東雲か?

サトコ
「はい」

石神
あいつは今、本庁に行っている
こっちに来るのは夕方以降だ

サトコ
「···そうですか」

石神
なにか伝言があるなら伝えておくが

サトコ
「いえ、また来ます。失礼いたしました」

【廊下】

(本庁に行くなんて聞いてなかったけど···)
(急に決まったってこと?)
(まさか、例の監視カメラの件で呼び出されたとか···)

難波
おはようさん

サトコ
「お、おはようございます!」

(こ、こっちも会いづらかったー!)

難波
昨日は助かったよ。欲しいものも手に入ったし

サトコ
「いえ、そんな···」

(欲しいもの···?)

サトコ
「あの!東雲教官のことなんですけど···」

難波
氷川はコーヒー派?紅茶派?

サトコ
「えっ」

難波
どっちが好き?

サトコ
「えっと···どちらかといえばコーヒーが···」

難波
了解。今日の夕方、カフェテラスに来て
氷川の知りたいこと、教えるから

サトコ
「!」

難波
じゃあ、よろしく

ひらひらと手を振って、室長は行ってしまう。

(夕方···それまで待たないといけないんだ···)
(···ううん、夕方になれば教えてもらえるんだよね)

サトコ
「よし、それまで頑張ろう!」



【カフェテラス】

そして夕方···
講義を終えた私は、すぐさまカフェテラスへと向かった。

(難波室長、もう来てるかな···)

難波
氷川、こっちこっち

サトコ
「おつかれさまです!すみません、お待たせして」

難波
いいよー。最後の講義は颯馬だろ
アイツ、意外と長いからね
じゃ、そこに座ってて、コーヒーもらってくるから

サトコ
「いえ、私が···」

難波
いいって。それよりこの資料を見ておいて

室長から渡された封筒には「経歴書」のようなものが入っていた。

(女の人···外国人だ。『ララ・リー』23歳···)

サトコ
「···!」

(もしかして、彼女が笹野川議員の愛人?)
(そういえば、監視カメラで見た女性と似ているような···)

私は、急いで経歴書全体に目を通す。

(やっぱり···交友関係のところに笹野川議員の名前がある···)
(それに関塚さんの名前も···!)

難波
はい、ホットコーヒー

サトコ
「ありがとうございます」

難波
資料は?

サトコ
「ざっとですが目を通しました」
「この人が、例の···」

難波
そう、加賀と颯馬が足取りを追っていた『監視対象者』
テロ組織の構成員···って言っても下っ端なんだけど
いわゆる『ハニートラップ』が得意でね

室長はカップに口をつけると、ふっと息をつく。

難波
昨日の件の結論から言おうか
歩は『白』だ

サトコ
「!」

難波
もちろん、違法行為や独断でいろいろやらかしたことについては
問題大アリだけど
それもあくまで捜査のためであって、私情は一切ないと言っている
ひったくり事件の証言を覆したことも含めてね

(え···)

サトコ
「どういうことですか?」
「証言を覆すことが、どうして捜査のために···」

難波
A署の盗犯係に、笹野川の周辺を探らせないためだよ

サトコ
「?」

難波
ひったくり犯の裏原ユキトは、22件目の事件については『アリバイがある』と証言した
それについて、キミだけでなく歩まで『アリバイは嘘だ』と主張すれば
さすがの盗犯係も議員の周辺を調べさせるをえない
で、議員の周辺を刑事がうろつき始めたとして···
そのとき、ララ・リーはどうすると思う?

(あ···!)

難波
俺が彼女の立場なら、すぐに議員への接触を止めるけどね
たとえ相手が窃盗犯だったとしても、刑事は刑事なわけだし

サトコ
「じゃあ、それを避けるために教官は証言を···?」

難波
うん、本人はそう主張している
ついでに言うと、監視カメラの映像を上書き削除したのも同じ理由
万が一、盗犯係の連中がSNS上でのリークに気付いて
ホテルの監視カメラの映像をチェックしても、議員の証言が嘘だとバレないように
つまりは議員の周辺に、刑事部の連中をうろつかせないために

さとこ
「······」

難波
···納得した?

サトコ
「はい···」

頷いたとたん、肩の力がドッと抜ける。

(私情じゃなかった···さちさんのためとかじゃなかった···)
(教官は、あくまで公安刑事としての捜査のために···)

難波
わかってくれたならいいけど
今聞かせた話、絶対にオフレコね
どんな事情があろうと、歩のやったことは違法なわけだし
なによりこんなことがバレたら、刑事部の連中にしめられるから

サトコ
「はい···」

難波
もちろんA署の連中には、いずらなんらかの形で裏原たちが嘘をついているって知らせる
そのときは氷川も、また『裏原がひったくり犯だ』って主張すればいい
ただ、それはもう少し待って
こっちとしても、ここで『ララ・リー』を逃したくないんだ

サトコ
「わかりました」

(だったら今は、事態が落ち着くのを待とう)
(そういう事情があるんだったら···)

難波
まぁ、難しいところなんだけどねー

サトコ
「え···」

難波
『ひったくり事件』も『テロ事件』も···
同じ事件で『悪いこと』に変わりないんだけどね
ずーっとここにいると、小さい事件を踏みつぶしちまうのよ
『国家治安』っていう大義名分を言い訳にしてね

サトコ
「······」

難波
だから、キラキラしてるのを見てると眩しくなっちまう
できればお前さんたちには、こうなってほしくないんだけどねー

(室長···?)

難波
···ま、そういうわけだからさ
歩のこと、落ち着いたら許してやって
氷川の代わりに、俺がボコッておいたから

サトコ
「······」

難波
じゃあ、よろしくー

(許すとか、そんな···)

むしろ今は、どうしようもなく、いたたまれない。

(だって私、思いっきり責めちゃったよね)
(一方的に『信じてたのに!』とか叫んだりして···)

サトコ
「ああ、もう···!」

(教官にちゃんと謝ろう)
(誤解していたこと、一方的に責めたこと、それから···)

鳴子
「あれ、サトコ。おつかれー」

サトコ
「おつかれ。···どうしたの?その資料」

鳴子
「後藤教官の手伝いだよ」
「ここで点数上げて、昴様を紹介してもらわないとね!」

サトコ
「そ、そうなんだ···」

(さすが鳴子···)

鳴子
「あ、そういえば東雲教官さ、すごいことになってるねー」

サトコ
「すごい···?」

鳴子
「えっ、朝会わなかったの?」
「私、さっき教官室で会ったけどさ」
「ほんと、すごいことになってたよー」

(···どういうこと?)



【教官室】

サトコ
「失礼します。東雲教官は···」

後藤
歩ならモニタールームにいるはずだが

サトコ
「ありがとうございます」

【モニタールーム】

サトコ
「失礼します。東雲教官···」

東雲
···なに

サトコ
「ぎゃあああっ!」

(ほ、頬っぺがメロンパン状態···っ!)

東雲
うるさい
傷に響くから叫ばないで

サトコ
「す、すみません、つい···」

(そ、そういえば室長、ボコッたとかなんとか言ってたような気が···)
(でも、さすがにこれは怖すぎるんですけど···!)

サトコ
「え···えっと···昨日からその状態で···?」

東雲
当然

サトコ
「その···騒ぎになりませんでしたか?」

東雲
『階段から落ちた』で通してる

サトコ
「それで通用するんですか!?」

東雲
通用させてるの
処分を免除してもらった手前、本当のことは言えないし

サトコ
「確かに···」

(ん?免除?)

サトコ
「じゃあ、映像を上書き削除したことは···」

東雲
室長のところで止めてもらってる
だから今のところ、公的なお咎めはなし

(そうなんだ···)

東雲
処分くらってほしかった?

サトコ
「いえ、そんな···!」

私は慌てて教官の後ろに立つと、深々と頭を下げた。

サトコ
「昨日はすみませんでした!」

東雲
······

サトコ
「室長から事情を聞きました」
「教官がいろいろやっていたのは、あくまで捜査のためだったって」
「それなのに私、『私情かも』って疑ったりして···」

東雲
······

サトコ
「本当に、すみませんでした!」

そのままずっと頭を下げていると、教官の椅子が僅かに動く。

東雲
ムカついてないの?キミを利用したこと

サトコ
「それは···」

東雲
正直ムカついたでしょ

サトコ
「···ムカつくって言うよりヘコみました」
「でも、よくよく考えてみたら、私も迂闊だった気がして」

東雲
······

サトコ
「今、思えば不自然なことがいろいろ多かったですよね」
「本当に大事なファイルだったら」
「教官は私がすぐに見つけられるような場所には置かないと思うし」
「大事な写真をわざわざ職場に持って来て···」
「職場のゴミ箱に捨てるのも、おかしな話だし」

東雲
······

サトコ
「なので、この写真···返します」
「本当なら捨てるべきものじゃなかったはずですし」

東雲
······

サトコ
「あと、このガラスの破片も」

とたんに、教官の肩がびくっと揺れる。

東雲
これ···探してきたの?

サトコ
「はい」

東雲
いらない。捨てて

サトコ
「ダメです。捨てるならちゃんとケリをつけてからにしてください」

東雲
······

サトコ
「本当はまだ好きなんですよね、さちさんのこと」

東雲
······

サトコ
「好き···なんですよね?」

東雲
そういうキミは?

サトコ
「え···」

東雲
キミこそ、オレのこと、好きなんじゃないの?

<選択してください>

A: はい、まぁ···

サトコ
「はい、まぁ···」
「好き···です···」

東雲
ふーん···
趣味悪···

サトコ
「あ、自分でもそう思います」

とたんに消しゴムが飛んでくる。

サトコ
「痛っ!」

(ひどい、自分で言ったくせに!)

B: そ、そんなことは···

サトコ
「そ、そんなことは···」

東雲
······

サトコ
「好きっていうか、嫌いじゃないっていうか」
「やっぱり好きっていうか···」

東雲
くどい

サトコ
「好きです!」

東雲
······

サトコ
「好きです、はい···」

C: すすす···

サトコ
「すすす···」

東雲
······

サトコ
「すき··焼き?」

東雲
面白くない。3点

(うっ···)

東雲
じゃあさ。なんでこんなことするの
こんなことして、キミになんの得がある?

サトコ
「それは···」
「自分でもわかんないです」
「バカなことしてるなって思わないでもないし」

東雲
······

サトコ
「でも、強いて言うなら···」
「片思い同士だから···とか?」

東雲
······

サトコ
「なんていうか、諦められないですよね」
「失恋確定って分かってても」
「どうしても気になっちゃうっていうか···」

東雲
······

サトコ
「それって教官も同じじゃないのかな···なんて」

東雲
そうでもないんじゃない

(えっ···)

東雲
それより食事の件だけど、延期でもいい?
この顔で外出したくないし

サトコ
「そ、それは構わないですけど···」
「じゃあ、いつにしますか?」

東雲
再来週

サトコ
「わかりました···」

(えっと···食事は再来週···)
(じゃなくて、その前になんか言ってたよね?)
(確か『そうでもない』って···)
(それって何に対して?)
(『片思い』の話?『失恋確定』のこと?)
(それとも、私と教官は違うってこととか···)

東雲
可愛いカッコしてきなよ
いちおうデートなんだし

サトコ
「!」

東雲
ま、オレにとってはただの食事券消費のイベントだけど
キミの頑張り次第では『デート』になるかもね

(教官···)

サトコ
「わかりました!」
「氷川、当日気合を入れてきます!」

東雲
だから叫ばないで
傷にさわるから

サトコ
「す、すみません」

(マズい···顔がにやけてきた···)
(でも『可愛い恰好』か···どんな服着て行こう···)
(この際だから、いっそ···)


【ショップ】

サトコ
「ねぇ、このスカートはどうかな」

鳴子
「うーん···地味すぎない?」

サトコ
「じゃあ、こっちは?」

鳴子
「隙がなさすぎ」
「デートは隙を作ってナンボでしょ」

サトコ
「隙···?」

鳴子
「そう!例えば···」
「これ!このワンピは絶対にデート向け!」

サトコ
「な···っ」
「ムリムリ!胸元開きすぎだってば!」
「ヘタしたらおへそまで見えちゃうよ!」

鳴子
「バカ、そこがいいんでしょ!」

サトコ
「良くないよ!」

(こんなの着て行ったら···)

東雲
なに、そのワンピ
オレのこと誘ってんの?
悪いけどさ
キミには性的興奮を一切覚えないから

(うん、絶対に言われそう···)
(確立として99.9%···)

鳴子
「ていうか、誰とデートなの?」

サトコ
「!」

鳴子
「もしかして教官?」

サトコ
「!!」

鳴子
「てことは、やっぱり···」

サトコ
「あああっ」

鳴子
「石神教官だ!」

(···そっちですか)

鳴子
「そっか···やっぱり石神教官かー」
「この間から『気になる』って言ってたもんね」

サトコ
「違うよ!いくらなんでも、それはないって」

鳴子
「どうして?石神教官、渋くていいじゃん」

サトコ
「そうじゃなくて」
「石神教官が、私を相手にする訳ないでしょ」

鳴子
「うーん···言われてみれば···」
「ていうか、石神教官、カノジョがいるっぽいよね」

サトコ
「そうなの?」

鳴子
「だって、この間デパ地下でプリン買ってたんだよ」
「しかも色んな味!!」
「あれ、絶対カノジョに頼まれてでしょ」

サトコ
「確かに···石神教官、プリンなんて食べなさそうだし」

(あ、でも私、お見舞いでプリンをもらったような···)

鳴子
「で、アンタのデートの相手は?」

サトコ
「···ナイショ」

鳴子
「えーっ。じゃあ、デートの行き先は?」

サトコ
「う、うーん···」

鳴子
「それくらい教えてよ」

サトコ
「じゃあ、その···」
「キノコの栽培?」

鳴子
「なにそれ。相手は農業系男子ってこと?」

サトコ
「う、うーん···まぁ···」

そんなこんなで誤魔化しつつも、私は新しい服を購入して···


【駅前】

教官との約束の日。

(このワンピ···おかしくないよね)
(鳴子は『地味』って言ってたけど、その分小物で頑張ってみたし)

サトコ
「待ち合わせの5時まで、あと30分か···」

(さすがに早く来すぎたかな)
(ううん。相手は上官だし、待たせるわけには行かないし!)

サトコ
「あと29分···」

(教官···少しは『デート気分』になってくれるかな)
(なってくれるといいな)

ところが···

(もうすぐ6時になっちゃう···)
(もしかして私、待ち合わせ時間を間違えた?)
(···ううん、絶対に5時だった。何度も確認したし)

プルル···

(教官から···!)

サトコ
「おつかれさまです!今···」

東雲
ごめん。今日行けなくなった

(え···)

東雲
ひとまずリスケで
それじゃ

サトコ
「えっ、もしもし?」

(···切れちゃった)
(どうして急に?しかも1時間も経ってから?)

サトコ
「とりあえずメールしてみよう···」

(でも、なんて打とう)
(なんだか急いでたっぽいから、返信のいらなさそうなメールがいいよね)

<選択してください>

A: 了解です

サトコ
「『了解です』···」
「『また別の日に改めて。楽しみにしています』···送信っと」

(これくらいならいいよね)

B: 何かありましたか?

サトコ
「『何かありましたか?』···送信っと」

(あ、質問系のメールを送っちゃった)
(ま、いっか···そのうち時間ができたら返事をくれるよね)

C: キノコの絵文字を連打

サトコ
「こうなったら···」
「キノコキノコキノコ···送信っと」

(なんか、悪戯メールっぽくなったけど、まぁたまには···)

プルルッ

(えっ、加賀教官からメール?)

加賀
『キノコ狩りの誘いか、このクズが』

サトコ
「ああっ!」

(さっきのメール、間違って加賀教官に···)

男性
「退いて!」

サトコ
「あ···すみません」

慌てて避けると、男の人はすぐそばのゴミ箱の上に雑誌を放って去っていく。

(捨てるなら、ちゃんと捨てればいいのに···)

サトコ
「···ん?」

放置されたのは、昨日発売の男性向け週刊誌だ。
その表紙に、デカデカと書いてあったのは···

(『笹野川議員ご乱交・美女としっぽり熱い夜』···)
(ええっ!?)

to be contineud



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