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東雲 続編 シークレット2



~カレ目線~

【エレベーター】

サトコ
「それじゃ、失礼します!」

そう吐き捨てて、彼女はエレベーターを飛び出していく。
その背中を、オレは半ば呆然としながら見送った。

(やられた···)
(なに、今の···)

エレベーターはすでに最上階に到着している。
オレだって、すぐにここから出なければいけない。
それなのに···

(無理···)
(今ここから出るとか···)

全くなんてことをしてくれたのか。
ビックリ箱みたいだ、うちの彼女は。

【役員室】

彼女が「臨時アルバイト」として入社してきたのは先週のことだ。
名前は「長野かっぱ」···
偽名にしてはすごすぎるネーミングだ。

(まぁ、「長野すっぽん」よりはマシか)
(でも「かっぱ」···「かっぱ」って···)

東雲
···ぷっ

櫻井
「社長補佐?どうなさったんですか?」

東雲
ごめん、気にしないで
それより、今朝もらった書類のことだけど···
全部目を通しておいたから。はい、どうぞ

櫻井
「ありがとうございます」
「社長補佐は仕事が早くて、本当に助かります」

櫻井修子の手が、さりげなくオレの手の上に重なってくる。

(すごいな、この小慣れた感じ···)
(ハニートラップの見本として、室長に推薦したいくらい···)

もっとも、うちの彼女にやらせたら、犬の「お手」になりそうだけど。

(ほんと、なんであんなに色気がないんだろ)
(20代半ばなんだから、もう少し何かあっても···)

櫻井
「また思い出し笑いですか?」

東雲
ん?

櫻井
「顔。ニヤけてますよ」
「なにを考えているんですか?」

東雲
さあね

わざと首を傾げて見せると、彼女は身を乗り出してきた。

櫻井
「教えてくださらないんですか?」
「とても興味があるんですけど···」

(「興味」ね···)

櫻井修子にこんなふうに誘われるのはこれが初めてじゃない。
先週も2~3度声をかけられている。

(そろそろ応じてみてもいいか)
(これ以上、焦らすのも何だし···)

東雲
今は話せないな。勤務中だから

櫻井
「では、プライベートの時間ならいいんですか?」
「社長補佐の好きそうなお店を見つけたんですけど」

東雲
へぇ···じゃあ、いつにする?

櫻井
「今晩にでも」

東雲
わかった。20時に地下の駐車場に来て

櫻井
「かしこまりました」

櫻井修子は満足そうに頷くと、役員室を出て行った。

(これで第一段階クリア···っと)
(ここから先は「お手並み拝見」といこうかな)



【レストラン】

櫻井修子が予約したのは、某高級ホテルの最上階にある店だった。

(なるほど、確かに悪くないな)
(年に1回くらいなら、うちの彼女を連れて来てもいいかも···)

考えてもみれば、彼女とこうした店に来たことは一度もない。
そもそも、外食すること自体がそう多くはないのだ。

(あの子、料理の腕前は悪くないし···)
(エビフライ以外は、食べられるものを作ってくれるし)
(パンケーキに関しては、ばあや並みで···)

櫻井
「食前酒はどうされますか?」

彼女のごく当たり前の問いかけに、オレはようやく我に返った。

東雲
ああ、そうだね···
軽めのものがいいな。ノンアルコールであればそっちで

櫻井
「では、聞いてみましょうか」

東雲
そうだね、お願い

急いで頭を切り替えながら、オレは「今日のお相手」を見つめ直した。

(櫻井修子···28歳···)
(入社3年目のもとSE···)

技術畑から秘書課に異動した理由は、いまいち謎だ。
けれども、興味深い経歴ではある。

(でも、誰かさんほどじゃないか)
(長野の交番から経歴詐称で公安学校に入学···って···)
(まさに前代未聞すぎ···)

櫻井
「また思い出し笑いですか?」

東雲

櫻井
「でも、そろそろ話してくださるんですよね?」
「今は勤務中ではありませんから」

東雲
···そうだね

もちろん、本当のことなんて話せるはずがない。
キミとは別の女のことを考えていたんだ、なんて。

(ていうか、なんでこんなときまであの子のことを···)
(ほんと、なんなの)
(どれだけオレの中に浸食してんの?)
(やっぱりウイルスか何かなの、あの子···)

【食堂】

そのことをわらに痛感したのは、翌日の昼休みのことだ。
会議を終えて役員室に戻る途中、オレは社食のそばを通りかかった。

(すごい人混み···)
(そういえば、ちょうど昼休み···)

東雲
···!

思わず足を止めたのは、ガラス壁の向こうに「彼女」がいたからだ。

(なんですぐに見つけるかな···)

別に、探そうとしていたわけじゃない。
それなのに、彼女の姿が当たり前のように視界に飛び込んでくる。
しかも、一度気付いたらどうしても目で追い掛けてしまうわけで···

(今日は何を食べるつもりなんだろ)
(なんか定食っぽいけど···)
(ていうか、なんでさっきからキョロキョロして···)

東雲
···ん?

ふいに彼女は窓際の席に向かって歩き出した。
視線の先にいたのは、30代半ばくらいの男だ。

(誰あれ···知り合い?同じ庶務課のヤツ?)
(それにしては親しげっぽいし、それに···)

女性社員A
「あのぉ···社長補佐ですよね」

いきなり話しかけられて、オレは慌てて笑顔を取り繕った。

東雲
そうだけど···

女性社員A
「やっぱり!」

女性社員B
「社長補佐もこれからランチですか?」

東雲
ああ、うん···まぁ···

笑顔を保ちつつも、足早でエレベーターホールへと向かう。
ところが···

女性社員A
「社長補佐も社食で食べるんですか?」

東雲
いや、オレは···

女性社員B
「じゃあ、外食ですか?お弁当ですか?」

女性社員C
「もしかして誰か作ってくれるとか···」

(うわ、なんでついてくるの)
(面倒くさ···)

【エレベーターホール】

そうこうしているうちに、エレベーターホールに到着した。
もちろん、彼女たちも一緒にだ。

女性社員A
「ランチに誘ったら来てくれますか?」

女性社員B
「やっぱり社食に興味はないですか?」

東雲
そんなことないって
たまには食べたいなって思うよ
どんなものが出てるのか、気になるし

女性社員B
「じゃあ、好きなメニューは···」

そのとき、少し離れた場所から微かに視線を感じた。
何事かと目を向けると、なぜかうちの彼女が少し離れた場所に立っている。

(え、なんで?)
(知らない男とご飯食べてるはずじゃ···)

驚いてるうちに、ふいっと目を逸らされた。
まるで「お好きにどうぞ」とでも言わんばかりに。

(···なに、あの態度)
(この間は櫻井修子に嫉妬してたくせに···)

女性社員B
「···社長補佐?」

東雲
ああ、ごめんごめん
好きなメニューだっけ?

(よし、こうなったら···)

東雲
やっぱりエビフライかな
それも焦げてないやつね
ブラックタイガーとかありえないよねー

女性社員B
「えーやだー」

女性社員A
「焦げているのはないですよねー」

もちろん、オレの言葉は彼女に聞こえていたはずだ。
その証拠に、肩を怒らせてエレベーターに乗り込んでいったんだから。

(ほーんと、単純···)

東雲
···
······

(って、なにこれ)
(ガキか、オレは···)


【ラーメン屋台】

分かってる。
嫌という程、よく分かってる。

東雲
ガキですよね、オレ···

おじさん
「······」

東雲
分かってるんですよ、それくらい···
自分で決めたこと···守れないくらいだし···

「卒業するまでは手は出さない」···
付き合い始めたばかりの頃、オレは彼女にそう宣言した。
もちろん、お互いの立場を考慮した結果だ。

(だって、それくらい余裕だと思うじゃん)
(何年も我慢するようなことじゃないんだし···)
(そもそも、さちのときは、それでやっていけたんだから)

それが、今回はたった数ヶ月でギブアップ寸前だ。
あんな色気のカケラもないような子なのに。

(「触れたい」とか「キスしたい」とか···)
(もっと違う顔も見てみたい···とか···)

東雲
···っ

(ほんと、やばい···)
(何考えてんの、オレ···)

ハッキリ言って、今はプライベートで悩んでる場合じゃない。
オレにはやるべきことがある。
そのために教官職まで辞めたのだ。

(なのに、なんでこんな···)

こうなってくると、数週間前の宣言も逆効果のような気がしてきた。
家には泊めない。
キスもしない。
あえて課したその選択は、さらに欲求を募らせる方向に働いている気がする。
思うように会えなくなった今だからこそ、余計に···

ピピピッ、ピピピッ···

(やば、そろそろ彼女が来る時間···)

グラスに残っていた日本酒をひと息に飲んで、オレは立ち上がった。

東雲
おじさん、会計を

おじさん
「はいよ」

本当は、あの子に全てを話せたらお互いラクになれるのだろう。
少なくとも精神的なストレスはだいぶ軽減されるはずだ。

(でも、できない···)
(こればかりは、どうしても···)

おじさん
「はい、おつり」

東雲
ありがとうございます

いろんな感情にかろうじてふたをして、オレは屋台を後にした。
嫉妬も欲望も「愛しい」って気持ちさえも、いったん胸の奥に封じ込めて。


【エレベーター】

それなのに···
うちの彼女は見事にそれをこじ開けてくれたわけだ。
まったくもって予想外の方法で。

(ほんと···なんなの、あの子)
(あんな、言いたい放題言った挙句に···)

彼女がぶつけてきた非難については、もちろん納得できる部分もある。
けど、こっちにはこっちの事情もあるのだ。

(なのに、バカ···)

社長
「···歩?」

東雲
!?

社長
「どうしたんだ、唇を押さえて。怪我でもしたのか?」

東雲
な、なんでもない

社長
「だが···」

東雲
ほんと、なんでもないから!

(バカ···)
(ほんと、バカ···)
(ほんっと···にバカ···!)

心の中で繰り返す罵倒は、彼女に対してなのか。
それとも、今だ頬が熱い自分に対してなのか。
こうなってくると、もはやオレ自身にもよく分からないのだった。

to be contineud



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