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カレ目線 後藤1話



「変な女」

雨の夜がひどく嫌いだった頃がある。
彼女を失った、あの夜を思い出すからだ。

夏月
『分かってる。でも···何があっても、あなたが守ってくれるんでしょ?』

(俺は···守れなかった···)

時が過ぎるにつれ、雨の夜の方が任務に集中できるようになっていた。
夏月を失ったことだけを考えられるから。
復讐のことだけを考えられるから。

(本音を言えば、他のことは全て煩わしい)

日常生活を送ることが、生きていることが罪悪感を生む。

(1日も早く夏月の仇を討つ)

俺はそのことしか考えていなかった。
厚い雲に覆われた空から雨粒が落ちてくる。

後藤
雨か···

彼女を想う長い夜が今日も始まるーー



【屋上】

サトコ
「酔い潰れたかと思ったら、どこかに行っちゃうなんて···」
「広末さん、大丈夫でしょうか?」

後藤
いい歳の大人なんだ。放っておいても問題ないと思うがな

仙崎をめぐる事件が解決し、夏月の事件にも解決の糸口が見つかった。
問題はまだ山積みだが、それでも事態は大きく変化した。

(変わったのは、俺もか···)

サトコ
「屋上にもいませんね」

後藤
ビルの外に出たなら面倒だな

酔ったままふらりといなくなった広末をSPたちと探している。
今夜は湿気がないのか、心地いい夜風が頬を撫でた。

サトコ
「気持ちいいですね」

後藤
ああ

酒で火照った身体に、なびく風が丁度よかった。

後藤
少し休憩するか

サトコ
「でも広末さんを探さないと···」

後藤
大の男が酔っぱらってフラついてても妙なことにはならないだろ
それに優秀な警察官たちが探してるんだしな

サトコ
「ふふっ、こういう時だけ誉めるんですね」

後藤
日本一のSPチームらしいからな。お手並み拝見だ
待ってろ。すぐ戻る

空を見上げると、輝く星空が目に入る。

(星が見える空も···悪くないもんだな···)

真っ直ぐに空を見上げる勇気が出たのは···サトコのお蔭だ。
出逢ったばかりの頃は、生徒のひとりとしか思っていなかったのに······


【射撃場】

国で初めて公安課の捜査員を育成する学校が出来た。
教官などという柄でもない仕事をすることになったが、設備面では便利に感じることもある。

(夜の射撃場を使う者はほとんどいない)
(集中して長い時間使えるのは助かる)

欠かすことのない射撃の練習。
想定するターゲットは夏月を殺した犯人。

後藤
······

急所を狙い、引き金を引く。
その繰り返しで無心になっている時間だけが自由だった。

ひと息つこうとヘッドホンを外すと、ポンと肩に何かが触れた。

颯馬
そんな怖い顔してると生徒に怖がられるよ

いつからそこにいたのか、振り向くと周さんが立っていた。

後藤
周さん
···怖がられるくらいで、ちょうどいいんじゃないですか?
その方が箔がついて便利かもしれませんよ。教官なんて初めてですし

颯馬
後藤はそんな顔しなくても箔まみれだよ
ウチのエースなんだから

後藤
そうやってハードルを上げるのやめてくださいよ

片付けをする俺を見ながら、周さんは薄く笑んで腕を組む。

颯馬
そういえば、あの補佐官の子はどうだった?

(補佐官···ああ、そういえば、生徒の中から助手が選ばれたんだったか)

周さんに言われるまでその存在を忘れていた。

後藤
どうもないですよ

颯馬
そう?

後藤
···言うなら、補佐官って仕事の内容が曖昧で困ります

颯馬
それは教官次第じゃない?加賀さんの補佐官なんて人間扱いされてなかったし

後藤
加賀さんの場合は生徒に同情します

補佐官についた女の名前は氷川サトコ。
男子ばかりの学校に2名の女性警官が入ってきたと聞いたが、氷川は裏口のようだった。

(親が有力者という訳でもないし、珍しい)

だが、石神さんたちが何も言わないということは俺が気にすることではないのだろう。

(石神さんの下にいれば、夏月の事件を追える)
(そのために、ここでの仕事もこなすだけだ)

後藤
そんな周さんはどうなんですか?

颯馬
新人たちは眩しいね。自然な笑い声を聞いたのは久しぶりだ

後藤
公安に正式に配属されたらそんな余裕もなくなりますよ

颯馬
そう?俺は笑うくらいの余裕があった方がいいと思うけど
そういえば、後藤の笑顔···随分見てないな

後藤
···俺の笑い顔なんて見て面白いですか

颯馬
ふふ、昔はたくさん見れていたからね
なんか寂しくて

後藤
···今はそれだけ真面目に任務に当たってるってことです
石神さんの下でヘラヘラできるのは黒澤くらいですよ

颯馬
ふふ
でもね···笑うのは罪じゃないよ、後藤

心の奥まで見透かすような目で俺を見つめている。

(この人には世話になっているが···こういうところは苦手だ)

後藤
そんな法律があったら黒澤は速攻逮捕ですね
それに俺だって笑うときは笑いますよ

軽口で返しながらも、居心地が悪くて背を向ける。
周さんは夏月の事件を知っている数少ない人だ。

(気遣ってくれるのはわかるが···)
その気持ちを受け取っても、どうすることもできない。

颯馬
顔だけで笑うのは···笑うって言わないんだよ

後藤
······

(すみません、周さん)

言葉を返せず、無言で射撃場をあとにした。


【教官室】

それから数日後。
個室で氷川からレポートを受け取って片付けを手伝わせてしまった。
石神さんからの呼び出しで教官室に戻る。

(石神さんだけじゃなく、周さんに歩、加賀さんまで···何かあったのか)

颯馬
片付け手伝ってもらったんだ
よかったね、後藤

東雲
サトコちゃんがいてくれれば
後藤さんも人間らしい暮らしが送れるかもしれませんね

石神
関係のない話はあとにしろ
以前、捜査会議でもマークしていた政治家の支援団体の件だが···

石神さんの話によると、この間潜入した裏カジノに仕掛けた盗聴器が役に立ったようだ。

(この件は夏月の事件との関連が現段階では否定できない)
(手掛かりを見つけられるかもしれない)

後藤
俺が行きます

石神
ひとりでは危険だ
黒澤は···海外だったか
なら、他に何人か連れて行ってもいい

後藤
協力者は必要ありません。俺ひとりで充分です。リスクは少ない方がいい

石神
今回の件は裏に暴力団体もついている。しくじれば海に沈められて終わりだ
いざという時の連絡手段として、誰かを···

後藤
入り込む人間が増えれば、それだけ見つかる可能性も高くなります
自分のフォローは自分でした方が確実です。心配いりません

石神さんの命令に背くことはないけれど、捜査のやり方は自己流で進めた方がやりやすい。

(誰かと組むのはなるべく避けたい。俺は···)

誰も守れないから······

後藤
では、俺はこれで。任務が完了次第、連絡を入れます

サトコ
「後藤教官···!」

教官室を出ようとすると、氷川に呼び止められた。

後藤
なんだ?

サトコ
「あっ···」

呼び止めておきながら、氷川はハッとした顔で口ごもった。

サトコ
「あの、その···気を付けてください!」

後藤
氷川···

久しぶりに聞くような言葉に一瞬驚いて足を止めてしまう。

後藤
···ああ

颯馬
気を付けて···
なんて、私たちの間では滅多に出ない言葉なので新鮮ですね

意味深な周さんの視線を感じながらも、振り返らずに教官室を出る。

(周さんの言う通り、警官の間では滅多に聞かない言葉だ)
(特別避けてるわけでもないんだがな···)

いつもなら気にも留めないのに、不思議と耳に残る氷川の声。
ふと気分が緩んでる自分に気が付く。

(任務に集中しろ。雑念は命取りになる)

外に出ると雨の匂いがする。
今日は捜査に向いた夜になりそうだ。

to be continued



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