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カレ目線 後藤5話



「生きる理由」

【射撃場】

サトコ
「私は後藤さんに憧れていました」
「それは、昔私を助けてくれた刑事さんだって分かる前からです」
「この学校で指導をしてくれる後藤さんは、私の理想の警察官で···」

俺はサトコに夏月の事件を話し、サトコは5年前の通り魔の事件を話した。

(俺が新人だった頃に会ってたとはな)

後藤
···何度も言ったが俺の問題だ。アンタはこれ以上関わるな

あえて突き放す言葉を選んで遠ざけた。
俺はサトコが思うような人間じゃない。

(本当に···あいつが思うような理想の刑事になれたらよかったな)

自嘲の笑みしか浮かばない。

(サトコを傷つけたくない。それなら関わらないのが一番だ···)

サトコの頭に一度だけ手を置いて、背を向けると振り返らずに射撃場を出た。



【教官室】

教官室にはまだ明かりが灯っていた。
中に入ると、石神さんがデスクで作業をしている。

後藤
お疲れさまです

石神
ああ

書類に目を落としたままの石神さんに会釈をして個室に入ろうとすると、
スッと顔を上げた。

石神
分かっているだろうが、自分を追い込めばうまくいくというわけではないぞ

後藤
···はい

(核心に辿り着けそうで着けない俺が焦れているのを、石神さんは知ってるのか)
(闇雲に躍起になっても成果が出ないのは身を持って分かっている)

夏月を亡くして、四十九日までに真犯人を見つけると
徹夜の捜査を続けたが何も上手くいかなかった。

後藤
自分のやるべきことはわかってます

石神
言っておくが、復讐のためにお前を公安課に拾ったわけではない

後藤
この件を終えたら、いくらでも石神さんの出世の役に立ちますよ

石神
それだけじゃない。お前には新人の育成にも力を入れてもらうつもりだ
わかっているだろうが、1つに固執していると物事の本質を見失うぞ

後藤
一番大事なことは見失わないつもりです

石神
···一番大事なことはお前が生き残ることだ

石神さんが真っ直ぐに俺を捕える。

石神
自分を過去に縛り付けて、悲劇を気取るな
生き残った者は生き続けなければならない
生きることを放棄するのは逃げだと思え

後藤
俺は目的を持って生きてます

石神
復讐が終わっても、お前の人生が終わるわけではない

後藤
······

(皆、どうしてこう耳に痛いことばかり言うんだ)

黒澤にしても周さんにしても石神さんにしても。
プライベートに踏み込む人たちではなかったのに、今になってなぜ···

石神
あいにく俺は部下に先立たれる趣味はないからな

ふっと刻まれる石神さんの微笑。
その言葉は痛いけれど、不思議と気持ちが楽になるのを感じた。

後藤
肝に銘じておきます

石神さんに一礼して個室に入る。

【個別教官室】

周りは俺が変わることを咎めはしない。
それなら誰が咎めるのか······

(夏月···)
(俺が変わったら、夏月が俺を責めるのか···?)

長い間、復讐のことばかり考えて夏月と向き合ってなかったことに気が付く。

(夏月のことが···思い出せない···)

夏月がどんな人だったのか······

後藤
······

窓を開けると、綺麗な星空だった。
反射的に目を覆いたくなる気持ちを抑える。
空を見上げながら、夏月と過ごした日々に何年かぶりに思いを馳せた。


【ホテル 廊下】

仙崎
「やっと邪魔者がいなくなった。まぁ、お前たち2人くらいは仕方がない」
「私が直接処分してやろう」

超党派の会合で、ついに動きがあった。
本性を現した仙崎が中沢議員を刺しこちらに銃口を向ける。

仙崎
「警察と政治家、どちらが信用できるのか国民に教えてあげないとな」

後藤
そこまでしないと信用を得られないとは、クズ議員は苦労するな

仙崎
「生意気な口を···」
「あの世で後悔するんだな」

サトコを背に隠すように、その前に立つ。

(仙崎が黒幕なら、今すぐここで撃ち殺したいが···)

後ろにいるサトコを思い、自分を落ち着かせる。

(こいつだけは死なせるわけにはいかない)
(たとえ俺が盾になっても···)

サトコ
「後藤さん、何を···」

後藤
俺が仙崎を抑える。その間に中沢議員を連れて逃げられるか?

サトコ
「そんな···盾にするようなことは出来ません!」

後藤
このまま全員殺されるよりましだ

サトコ
「でも···!」

仙崎
「心配しなくても、すぐに2人とも殺して···」

その時、空気の匂いが変わった。

(これは···)

ドンッ!という爆発音と共にビルが揺れる。

(サトコ!)

強い風が吹き付ける前に中沢議員を支えるサトコに覆い被さる。
頬やこめかみに熱くなるような鋭い痛みが走った。

サトコ
「後藤さん···!」

後藤
···平気か?

サトコ
「私は大丈夫です···中沢議員も···」

(キズは···ないようだな)

自分の痛みよりも、サトコが無事だったことに安堵を覚える。
今の爆発で仙崎が逃げ出し、廊下には俺たちだけが残された。

(仙崎の確保は一柳たちがやってくれるだろう)

大腿部からの出血で、そこだけスーツの色が濃くなっている。

(この状態では満足に歩くことは難しいな)
(いや、自分のことは後で考えればいい)
(とにかく、サトコと中沢議員を外に···)

後藤
奥から火の手が近づいている。話をしている時間はない
先に行け!

サトコ
「···っ」

(サトコ···?)

怒鳴ったにも関わらず、サトコは俺の腕を取るとその肩に回した。

(中沢議員と俺の両方を連れて、ここから出るつもりか···?)
(いくらなんでも···)

後藤
無茶だ

サトコ
「これくらい平気です。ケガをした方の足に体重をかけないようにして移動しましょう」

後藤
アンタ、どうしてそこまで···

サトコ
「勝手に守って勝手に死なないでください!」
「私は···絶対に後藤さんと帰るんです。簡単に死なせたりしませんから」

前を真っ直ぐに向いたまま、サトコは強い口調で話す。

サトコ
「憧れの刑事さんとか、もうそんな話はどうでもいいんです」
「私は···今の後藤さんに生きていてほしい」

後藤
サトコ···

サトコ
「夏月さんの仇を討ちたいなら···生きてなくちゃダメじゃないですか!」

後藤
······

(どうしてアンタはそこまで他人のことを考えられられるんだ)
(俺のことなんて···俺の復讐なんてアンタには関係のないことなのに)

誰もが触れてこなかった深い部分に、躊躇いなく手を伸ばしてくる。
気遣いがないわけじゃない。
俺のことを真剣に考えてくれてるから、その言葉は胸に届く。

(俺はアンタが思うような憧れの刑事じゃなかったのに)
(それでも俺に向き合ってくれているのか)

後藤
···わかった

サトコ
「後藤さん···」

後藤
だが、夏月のことは関係ない

(俺は···サトコのことを捨てられない。なかったことにはできない)
(許してくれるか···夏月···)
(俺が他の誰かを想うことを···)

後藤
俺は···アンタの···

言葉で生きたいと思った······

復讐のためではなく、アンタと共にいるために。

to be continued



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