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今日は彼に甘えちゃおうキャンペーン 石神2話



【水族館】

買ってもらったドレスと靴に身を包んで、石神さんの腕に手を添えて。
次に向かったのは水族館だった。

サトコ
「石神さん、水族館お好きですよね」

石神
好きという程でもないが、嫌いじゃない。静かに過ごすにはいい場所だ

サトコ
「空いてて落ち着きますね。平日だからでしょうか」

(こうしてると日常を忘れるな···)

水の中をゆったりと泳ぐ魚を眺めていると、心が静まっていく。

サトコ
「あっ、ナポレオンフィッシュ」

石神
特徴的な顔だな。それに名前も印象深い

サトコ
「一発で覚えちゃいますよね。それに色がキレイですし」
「あっ、サメ···!」

大きな空間の中を、猛々しい目をしたサメが横切っていく。
私たちの前を通り過ぎざま、鋭い一瞥をよこした。

(うっ、怖い)

サトコ
「今のサメ、なんとなく石神さんに似てますね」

石神
···俺にか?

石神さんはサメを見上げ、しばし無言だった。
そしてポツリと···

石神
あそこまで目つきは悪くないつもりだが

サトコ
「訓練生の前では、いつもああいう顔してますよ。迫力満点っていうか」

石神
···

石神さんは眉を寄せ、何とも言えない顔でサメを見つめていた。

(ちょっと可愛い······)

そんなこと、本人には絶対に言えないけど。
再び歩き出そうとして、かかとに鋭い痛みが走った。

(···痛っ)
(しまった···靴擦れしちゃった)

ぴったりのサイズとはいえ、履き慣れないパンプスで歩き回ったことが災いしたらしい。

(でもこの程度なら我慢できるし···)

こっそり絆創膏を貼ろう···と思っていると、石神さんが足を止めた。

石神
歩きにくそうだな。···靴擦れか?

サトコ
「!」

私の表情を読んで、石神さんが申し訳なさそうな顔になる。

石神
もっと早く気付いてやればよかった

サトコ
「大丈夫です!絆創膏を貼れば···」

石神
どこか座れる場所を探そう

けれど見える範囲にベンチなどは見当たらない。

石神
仕方ないな···

軽く屈んだかと思うと、素早く私を抱き上げる。

石神
少し我慢してくれ

サトコ
「だっ、大丈夫です。歩けます!」

石神
ここで無理をすると傷が酷くなる。大人しくしていろ

サトコ
「でも···!」

いくら暗い空間とは言っても、横抱きで運ばれればさすがに目立つ。

女性
「ねえ、お姫様抱っこだ!彼氏もイケメンだね」
「いいなー。私もお姫様抱っこされたい···」

男性
「えっ、こんな人前でか?」

女性
「別に人前じゃなくてもいいけど、人前でもいいよ?」

男性
「マジかよ···」

カップルの潜めた声が聞こえてきて、私は恥ずかしさに身を縮こまらせた。

サトコ
「石神さん、やっぱり恥ずかしいです···」

石神
確かに顔が赤いようだな
俺に抱きついて顔を隠しておけ。それで事足りる

言われるままに石神さんに抱きつこうとして、ふと気づく。

サトコ
「でも···石神さんの服にファンデとかついちゃいますし···」

仕立ての良い服を前に躊躇っていると、石神さんはこともなげに言い放った。

石神
お前のその赤くなった顔を、他の男に見せることの方が問題だ。俺にとってはな

サトコ
「···!?」

ますます顔が赤くなる。

石神
それでいい

観念して抱きついた私の耳元で、石神さんが小さく笑った。



【レストラン】

足の手当てをしてデートを再開し、次に向かったのは···

石神
予約した石神です

ウエイター
「ようこそ、お待ちしておりました」

(ここ、雑誌やネットで話題になってたお店だ。確か四つ星を取ったとかいう···)

石神
サトコ

サトコ
「ありがとうございます」

石神さんに引いてもらった椅子に座り、2人で相談しながらメニューを決める。

(けど···フランス語で書かれると何が何やら···)
(それに私のメニューには値段が書いてない···!石神さんのメニューには書いてあるのかな)
(知らずにすごく高いのを頼んじゃったらどうしよう)

ひそかに焦る私に、石神さんはさりげない助け船を出してくれた。

石神
この料理はお前の口に合う

サトコ
「···!じゃあ、それで」

石神
分かった

注文を終え、石神さんが私を気遣う。

石神
緊張しているようだな。サトコ

サトコ
「すみません···こういう場にまだ慣れてなくって」

石神
謝るな。難しいことは気にせず、楽しめばいい

(と、言われても···)

テーブルマナーを思い出しながら、美味しいディナーに舌鼓を打つ。
けれど少しずつ気持ちが重くなってしまった。

(ブティックで服を買ってもらって、エスコートされて、一緒にディナーを楽しんで···)

確かに『恋人らしいデート』だ。けれど。

(今日は最初から、石神さんにしてもらうばかりで)
(私は···石神さんのために何もできてない)

石神
どうした?口に合わなかったか

サトコ
「あ、いえ!すごく美味しいです」
「それに石神さんにいろいろ考えてもらって、すごく嬉しいです」

(そう、嬉しいんだけど···)

ここまでしてもらうと、何だか申し訳なくなってくる。

(でも···こんなのワガママだよね。石神さんは私のために一生懸命考えてくれたんだから)

【バー】

落ち着いた雰囲気のバーに移動して、食後のグラスを傾ける。

石神
さっきから浮かない顔をしているようだが、どうかしたか

サトコ
「え?」

石神
少しだが、口数が減っている。何かあるなら率直に言ってほしい

(···石神さんには、見抜かれちゃったんだ)

サトコ
「何でもないで。ただ···」

石神
ただ?

何度も言葉を飲み込もうとしても、顔に出る。
その証拠に、こうして石神さんに心配させてしまっている。

(このまま1人で悩んでるよりは、正直に言っちゃった方がいいよね)

サトコ
「1つ、訊いてもいいでしょうか」

石神
······

サトコ
「石神さんにとって、『恋人らしさ』って···何ですか?」

石神
『恋人らしさ』?

サトコ
「今日は私のために、『恋人らしいデート』って、いろいろ考えてくれたんですよね」
「石神さんのその気持ち、すごく嬉しかったです」
「でも···色々してもらうことが嬉しい反面」
「自分が何もしてないことに少し罪悪感も覚えてしまって···」

いざ言葉にしてみると、随分子どもっぽい言い分に思えた。

サトコ
「すみません。きっと私の恋愛経験が豊富じゃないせいだと思うんですけど」

石神
いや。実は俺も、同じことを考えていた

サトコ
「石神さんも?」

石神
ああ
サトコの満足ばかり考えて、他のすべてをおろそかにしていた

サトコ
「他のこと···?」

石神
端的に言えば、お前と話すことだ
お互いが何をしたいかを伝えて話し合い、そのために助け合う
お前もそのことばかりを気にしているのかと思ったが、当たりだったな

(石神さんには私の本当の気持ち、とっくにお見通しだったんだ)

石神
だがこれはある意味··· “気持ちの共有” の問題じゃないか?
俺たちはまだ、お互いのことを全て知ってるわけじゃない
知り合って随分だが、まだまだ手探りなことも多い
だから···少しでも違和感があれば、伝え合う
それが俺が考える『恋人らしさ』だ。お前はどう思う?

石神さんの言葉がストンと胸に落ちてくる。

サトコ
「···賛成です。これからは抱え込まず、積極的に伝え合いましょう!」

石神
よし。では早速、お前の違和感を教えてくれ

サトコ
「えっ。いきなりですか!?」

石神
不満は長く抱えるほど言い出しにくくなるものだ

石神さんの優しい眼差しに促され、私も勇気を奮い起こす。

サトコ
「本当は···この前、寮に試験を返しに来てくれた時、少し寂しかったんです」

石神
寂しかった?なぜだ

サトコ
「周り人がいなくても、石神さんはずっと教官モードで···」

石神
···寮だからな

サトコ
「おまけに『早く休め』なんて···何だか実家のお父さんみたいだと思っちゃいました」

石神
深い意味はなかったが、まさかそう思われていたとはな。さすがに心外だ

石神さんは妙に真面目な顔で私に耳を傾けている。

サトコ
「だから···次からは、2人きりの時はお休みのキスをするのはどうですか?」

(私、すごいこと言ってる···!本格的に酔いが回ってきたのかな)

石神
寮でか?論外だ

サトコ
「ですよね···。じゃあ、せめて目配せとか」

石神
···その程度なら、まあ、いいだろう

あくまで真面目に私を見つめながら、石神さんの雰囲気は柔らかい。

(さっきのスマートなエスコートも嬉しかったけど)
(私はこっちの石神さんの方が好きだな···)

バーを出たところでタクシーを停め、2人で乗り込む。

(いつも通り、駅で解散かな。もう少し一緒にいたいけど仕方ないか···)

でも石神さんがドライバーに告げた先は、寮の方角ではなく···

サトコ
「···え?」

石神
今夜は一緒に俺の家へ帰る
···それではダメか?


【石神マンション】

胸を高鳴らせながら石神さんの家に着き、交代でシャワーを使う。

サトコ
「···あれ?」

石神
······

私が出てきたときには、石神さんは珍しくベッドで眠りこんでいた。

(無防備だな···可愛い寝顔)
(こうしてみると、ちょっと疲れた顔してる)

今日の休暇を取るために、仕事で無理を重ねていたのかもしれない。

(このまま寝かせてあげよう)

そっと隣に身体を滑らせ、しばし石神さんの寝顔を眺める。

石神
······

サトコ
「ふあ···」

あくびをひとつして、私も目を閉じた。

(石神さん、おやすみなさい···)

柔らかい感触が、唇からそっと離れていく。

サトコ
「···?」
「あ···石神さん」

石神
サトコ···起こしてしまったな

サトコ
「大丈夫です。目が覚めちゃったんですかv?」

石神
ああ。それにお前が出てくるのを待たずに寝てしまうとは

私の首の下に腕をくぐらせながら、石神さんが小さく笑う。

サトコ
「気にしないでください。それに···」
「石神さんが隣でゆっくり寝てくれると、私も嬉しいです」

石神
······

石神さんの腕が私を抱き寄せる。
低い声が私の髪を優しく震わせた。

サトコ
「どうかしましたか···?」

石神
···いや

腕を緩め、私の束の間見つめたかと思うと、
石神さんは深く口づけてきた。

石神
そう言われると···離れがたくなる。だから···

サトコ
「······」

再びキスを落としながら、石神さんは私にゆっくりと覆い被さってくる。

サトコ
「石神さん···」

石神
サトコ···

ふとした身動きや、小さく揺れる髪まで愛しい。

サトコ
「こうしてる時の石神さんが···私は、すごく好きです」

石神
······
お前の素直さも、時には困りものだ

サトコ
「え?···ん···」

石神
ますます、こうしたくなる···ということだ···

絡む腕に早くも夢見心地になる。

(私が素直になると、石神さんが喜んでくれる)
(それに石神さんの気持ちを聞くと、私もすごく嬉しい···)

この夜を境に、もっと互いの心を近くに結び付けられますように。
石神さんにすべてを委ねながら、私はひそかに願うのだった。

Happy End



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