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ふたりの卒業編 後藤Good End



【学校 階段】

夏月さんの事件が解決した翌日。
学校に来るはずの後藤さんが、まだ姿を見せていなかった。

(まだ学校に来ていないのかな。それとも、どこかに···)

いつも後藤さんがいる中庭を覗いてみたけれど、いなかった。
携帯に連絡してみても留守電になり、それがさらに焦りを募らせる。

(まさか本当に山口の実家に···)

最後の望みをかけて、屋上のドアを開けてみると。

【屋上】

後藤
······

(後藤さん!)

夕陽に染まる後藤さんの背中。
見つけたらすぐに声を掛けようと思っていたのに。

サトコ
「······」

(声、掛けられない···)

その背中を見ていると、言葉が出てこない。
ひとりでいることを望むような彼の背に、どうしていいのかわからなかった。

(ここにいるってことは、誰かと話したくないってことなんだろうし)
(夏月さんの事件が解決しても···すぐに心の整理はつかないよね)

今きっと後藤さんの心を占めているのは夏月さんだろう。
別の女性が彼の胸を占める···そのことに感じるのは、嫉妬ではなく言いようのない切なさだった。

(犯人が捕まったからと言って、夏月さんが帰ってくるわけじゃない)
(これから長い裁判が始まって···杉山の罪が確定するまでには、また長い時間がかかる)

その全てが片付くまでは、終わりではない。
いや、終わりなんてないのかもしれない。

サトコ
「······」

(夏月さんの代わりに後藤さんを支えたいと願ってきたけど)
(本当に私にそれができるのかな)

後藤
······

急に不安に襲われた私は唇を噛む。
そして、屋上からそっと立ち去った。



【廊下】

サトコ
「情けない···」

颯馬
誰がですか?

サトコ
「え?」

屋上から戻って小さく呟く私に答える声があった。
顔を上げると、そこには颯馬教官が立っている。

サトコ
「颯馬教官···」

颯馬
いいんですか?このまま立ち去ってしまって

颯馬教官も後藤さんが屋上にいることを知っているのか、屋上に続くドアに視線を送る。

サトコ
「今の後藤さんにかけられる言葉が見つからなかったんです···」
「夏月さんの事件が解決したとはいえ、後藤さんはまだ···」

颯馬
気持ちの整理をつけるのには、まだまだ時間がかかるでしょう

サトコ
「そうですよね···」

颯馬
けれど、その気持ちの整理をつけるのに···サトコさんは必要な存在だと思いますよ

サトコ
「え···」

颯馬教官の穏やかな瞳が私を見つめている。

颯馬
後藤が夏月の事件を解決できたのは、貴女の力があってこそです

サトコ
「颯馬教官···」

颯馬
後藤の隣に立てるのは、サトコさんだけですよ

サトコ
「······」

(後藤さんの隣に立てるのは、私だけ···)

公安学校に入ってから、ずっと目指してきた場所だった。
私は屋上に続くドアに顔を向ける。

サトコ
「私は···夏月さんの代わりになれるでしょうか?」

颯馬
「いいえ」

問いかけに颯馬教官は静かに首を振る。

サトコ
「やっぱり、私じゃ···」

目を伏せかけると、颯馬教官の優しい笑みが視界に入った。

颯馬
夏月の代わりには誰もなれません。そして後藤も···夏月の代わりは探していないと思いますよ
同じようにサトコさん、貴女の代わりもいません
きっと今···後藤が会いたいと願うのは、サトコさん···貴女です

サトコ
「······」

颯馬教官の言葉のひとつひとつを噛み締める。

(私の代わりもいない···か)

その言葉に勇気をもらい、私は颯馬教官に大きく頷いて答えた。

サトコ
「後藤さんと話をしてきます!」

颯馬
ええ

私はもう一度屋上へのドアを開けた。

【屋上】

サトコ
「後藤さん!」

屋上に入ると同時に、私は後藤さんを呼んだ。

後藤
サトコ···

後藤さんが振り返る。
その顔は私が想像していた顔とは違った。

(笑ってくれてる···)

憂い顔を想像していた私は、後藤さんの柔らかい笑顔に戸惑ってしまった。

後藤
どうした?ぼうっとして

サトコ
「い、いえ!後藤さんが見つかってよかったなって···」

後藤
探してたのか?

サトコ
「はい。教官室に行ったら、今日は学校に顔を出す予定だって聞いたので」

後藤
そうか、悪かったな。昨日、全然眠れなかったから、ここで少し休んでた

サトコ
「そうだったんですか。お疲れさまでした」
「事件の報告、大変でしたか?」

後藤
まあな。全部まだ片付いてはいないが···それでも報告に行ってよかったと思ってる
客観的に事件を整理できたからな

サトコ
「後藤さん···」

ふっと息をつくように、後藤さんがその目を閉じる。

後藤
こっちに来たら、どうだ?

後藤さんが指差すのは、彼の左隣。

(後藤さんの隣···)

颯馬
後藤の隣に立てるのは、サトコさんだけですよ

先程の颯馬教官の言葉を思い出しながら、私は彼の横に立つ。

後藤
アンタに礼を言うの忘れていた

サトコ
「そんな···お礼を言われるようなことは何もしていません」

後藤
そんなことはない。アンタがいなかったら···俺ひとりじゃ夏月の事件を解決できなかった
ありがとう

こちらに向き直った後藤さんの瞳には温かさが見える。
その瞳を見ていると、私も自然と笑顔になった。

サトコ
「後藤さんの力になれて良かったです」

後藤
ああ···

後藤さんの腕がこちらに伸びてくる。
そっと腰に回り、抱き寄せられると後藤さんの鼓動を感じた。

サトコ
「実は···後藤さんが、またどこかに行ってしまったんじゃないかと不安になっていたんです」

後藤
俺が、どこかに···?

サトコ
「はい。東雲教官に、夏月さんの事件が片付いたら···」
「もう後藤さんが公安刑事でいる理由もないって言われて···」

後藤
まったく、あいつは···

後藤さんがため息をつく。

後藤
確かに、俺が公安刑事でいる理由は夏月の事件を解決するため···だった
アンタに会うまで···はな

ふっと笑う気配に後藤さんを見上げると、その目にはしっかり私が映っている。

後藤
アンタは俺の隣を目指して、ここまで来てくれた
なら、もう俺だけ逃げるわけにはいかないだろう?

サトコ
「後藤さん!」

強く抱きつくと、後藤さんがそっと私の髪に後ろに流してくれる。

後藤
今の俺には帰る場所がある。俺の居場所は、ここだ

後藤さんの手が私の頬を滑る。
顔を持ち上げられ、互いの顔が徐々に近づいていく。

後藤
俺はサトコを愛してる

サトコ
「···はいっ」

唇が重なる前に涙が溢れると、後藤さんの唇が先にそれを拭ってくれた。

サトコ
「私も···後藤さんを愛してます」

後藤
ああ···

唇に辿り着いたキスは少し涙の味がしたけれど。
彼と肩を並べて初めて交わすそれは、これまでと少し違って。
とても誇らしく幸せな口づけだった。



【講堂】

そしてついに、公安学校の卒業者発表の日が訪れた。

石神
それでは、これより卒業試験合格者を発表する

石神教官が壇上に上がると、緊張が走る。

鳴子
「卒業試験、そつなくこなせたとは思うけど···」

千葉
「それでも安心はできないんだよな」

サトコ
「うん···あとは祈るだけ···」

石神
秋月陸人、佐藤桃太···

班順に名前が発表されていき、私たちは固唾を呑んで見守る。

石神
千葉大輔、佐々木鳴子···

鳴子
「やった!」

千葉
「ああ、あとは···」

サトコ
「······」

石神
氷川サトコ

サトコ
「!」

鳴子
「やったね!」

千葉
「やったな!」

サトコ
「うん···!」

(皆揃って卒業できるんだ!)
(この2年間、辛い事や苦しいこともたくさんあったけど···最後は無事に卒業できてよかった!)


【教官室】

東雲
キミが卒業できるなんてね。公安の未来が思いやられるよ

加賀
使えねぇクズがまたひとり増えやがったのか

卒業発表のあと、訪れた教官室。
補佐官最後の仕事として後藤さんに書類を届けると、東雲教官と加賀教官に声を掛けられる。

サトコ
「お祝いの言葉ありがとうございます!」

東雲
···言うようになったね、ウラグチさん

加賀
ちっ、減らず口ばっかり進歩しやがって

(東雲教官のイヤミにも)
(加賀教官の舌打ちにも、すっかり慣れたなぁ)
(最初の頃は睨まれるだけでビクビクしてたけど)

黒澤
サトコさん、ご卒業おめでとうございます!

サトコ
「わっ!」

私の前に色鮮やかなブーケが差し出される。

サトコ
「これって···」

黒澤
オレからの卒業祝いです
絶対に合格するって信じてましたから!

サトコ
「ありがとうございます!」

後藤
ったく、お前はそういうことにばかり頭が回るな

黒澤
おめでたい日なんですから、花束くらい用意するのは当然じゃないですか
どうせ後藤さんはそこまで気が回らないと思ったから、オレが手配したんですよ

後藤
氷川の卒業は卒業証書で充分祝っている

東雲
それにプライベートなご褒美は、あとからあげますもんね

後藤
東雲···

黒澤
歩さん!それは知っていても、言わない約束ですよ!

石神
騒がしい···もう少し静かにできないのか?

加賀
てめぇの教育の賜物だな。石神

石神
ああ。おかげで俺の班で指導した者の方が成績上位で卒業している

加賀
はぁ?全部調べて言ってんのか?

石神
調べずとも感触でわかる

加賀
そういうことは最後の一点まで調べてから言え
重箱の隅を突くのは、てめぇの得意技だろうが

チクチクとした石神教官と加賀教官の応酬。

(このやりとりも、なかなか聞けなくなるのかなぁ)

颯馬
まあまあ。今日は黒澤の言う通りおめでたい日なんですから

東雲
キミが卒業すれば、少しはこの学校も静かになるかもね
はい

加賀
···

サトコ
「え?」

私の目の前の机にピーチネクターと大福を乱暴に置くと、二人は立ち去ってしまった。

サトコ
「これって···」

後藤
二人からの卒業祝いだろう

石神
···ついでだ。これもやろう

石神教官はプリンを差し出す。

サトコ
「何か、すっごく甘いお祝いですけど···いただきます!」

(この教官室で過ごした日も忘れない···素晴らしい日々をありがとうございました!)


【車】

学校での一通りのことを終え、私は後藤さんの車に乗っていた。

後藤
今日はアンタの卒業祝いだ。アンタの好きなものを食おう

サトコ
「それじゃ、ラーメンとギョウザにしましょうか!」

後藤
祝いの食事が、そんなんでいいのか?

サトコ
「後藤さんとふたりで、大好きなものを食べられるのが何よりのお祝いです」

後藤
アンタらしいな。じゃあ一度俺の部屋に帰って···

いつもの道を走ろうとすると、後藤さんの携帯が鳴る。

後藤
周さんからだ···そこの路肩に停めるか

サトコ
「そうですね。事件でしょうか?」

後藤
そうじゃないといいんだが···

車を停めた後藤さんが携帯をとる。

後藤
はい···ええ、今すぐ···ですか?···わかりましたすぐに向かいます

短いやり取りで後藤さんは電話を終える。

サトコ
「颯馬教官は何て?」

後藤
このあとで連絡する場所まで至急来いとのことだ

サトコ
「事件ですか!?」

後藤
それが詳しいことは何も教えてもらえなかった
とにかく行ってみよう

サトコ
「はい!」

颯馬教官からの呼び出しで、私たちが急行した先は······


【居酒屋】

颯馬
いらっしゃい

サトコ
「いらっしゃいって···」

後藤
居酒屋に呼び出すなんて、どういうつもりですか?
しかも余計な奴まで···

一柳昴
「誰が余計だ」

後藤
これだから空気が読めない奴は困る

颯馬
まあまあ。たまには昔を思い出して皆で飲もうと思い、私が呼んだんです
サトコさんの卒業祝いに、ちょうどいいかと思って

サトコ
「そういうことだったんですか。ありがとうございます!」

後藤
急行しろなんて言うから何事かと思いましたよ

一柳昴
「ほら、サトコ。こっち座れよ」

後藤
サトコはこっちだ

一柳教官が私を隣に座らせようとし、後藤さんが私と一柳教官の間に座る。

一柳昴
「もうお前の補佐官じゃねぇだろ」

後藤
だから、何だ?

一柳昴
「サトコ、約束だったよな」

サトコ
「え?約束?」

後藤さん越しに一柳教官がこちらに身を乗り出してくる。

一柳昴
「卒業したら “昴さん” って呼ぶ約束だったろ?」

サトコ
「え!?」

(そ、そんな約束したっけ!?)

後藤
···そんな約束したのか?

サトコ
「き、記憶にありません!」

颯馬
けれど、確かに私たちはサトコさんの教官ではありませんからね
私のことも “周さん” でいいですよ

サトコ
「え、あの···急にそう言われても···」

後藤
普通に “颯馬さん” でいいでしょう

一柳昴
「二年経っても、名前で呼ばれねぇお前とは違うんだよ」

ニヤリと笑う一柳教官に、後藤さんが私を振り向く。

後藤
サトコ

サトコ
「は、はい」

後藤
名前で呼べ

サトコ
「そ、そんな急に言われても···!」

(誠二···さん?無理無理!突然人前で名前を呼ぶなんて!)

颯馬
ふふ、盛り上がってきましたね

笑い合えるこの時間がどれほど大切なものかは、私もよくわかっていて。
後藤さんと一柳教官、颯馬教官の笑顔は何よりの卒業祝いとなった。

Good End



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