作業員
「コッチ。少し暗いから気を付けてくだサイ」
江戸川謙造
「ああ」
作業員が言うように、道は少しずつ暗くなっていく。
異様な雰囲気が漂っている気がして、周囲に注意を払った。
(なんでこんなところに···?本当にここが安全なの?)
(爆発が起きてるなら、外に避難するのが一番のはず)
作業員
「もう少しですカラ」
サトコ
「······」
(この作業員の話し方···なんだか違和感が)
(日本人じゃない···?イントネーションがおかしい)
津軽
『ウェン重工···?また妙な名前を出してきたね』
『あの会社、本社が中国だってことは知ってる?』
(本社が、中国···)
そう気づいたとき、背筋がすぅっと冷たくなった気がした。
サトコ
「···先生、戻りましょう」
江戸川謙造
「何?」
サトコ
「あの作業員、様子が変です。もしかしたら···」
先生の袖を引こうと思ったそのとき、振り返った作業員が胸元に手を入れた。
(···銃!)
先生の腕をつかみ、自分のほうへ引き寄せる。
咄嗟に先生を庇った私の肩を、銃弾がかすめていった。
サトコ
「っ···」
江戸川謙造
「これは···どういうことだ」
サトコ
「伏せてください!」
パンッ!
太ももに隠し持っていた銃を取り出して、作業員の足元に威嚇の一発を入れた。
その衝撃に、さっき銃弾がかすめた肩に激しい痛みが走る。
江戸川謙造
「君は···」
作業員
「お前まさか···警察か!?」
サトコ
「先生!安全な場所へ出ましょう!」
(私ひとりで敵に遭遇する···最悪の事態だ)
(しかもこっちには、マルタイがいる)
幸い負傷したのは利き手とは逆の肩だったので、銃を撃つのにそこまでの不便はない。
先生を庇ってときおり背後に迫る作業員を銃で威嚇しながら、外に向かってひたすらに走った。
サトコ
「追いかけてきます!急がないと仲間が来るかも」
「外に出れば、先生の安全はお約束します」
江戸川謙造
「···いつから私を追っていた」
走りながらも、先生はいつものように淡々とした表情だった。
思えば、この人が感情を示したところを、今まで見たことがない。
サトコ
「···あなたに闇金疑惑が浮上してからずっと、です」
「さっきのは···おそらく、ウェン重工の手の者だと思われます」
江戸川謙造
「尻尾切りの復讐、か」
サトコ
「···やっぱり、そうだったんですね」
江戸川謙造
「武力組織とつながるつもりはない。当然の判断だ」
サトコ
「······」
「外に出るまでは、あなたのことは私が守ります。そしてウェン重工のほうは」
「···加賀さんが、追ってます」
江戸川謙造
「······」
痛む肩を抱えて走るのと敵への威嚇とで、江戸川謙造の表情まで窺い見る余裕がない。
(驚いてる?怒ってる···?)
(加賀さんとは絶縁状態だって言ってた···でも、警察にいることは知ってるはずだ)
普段よりも息が切れて、足がもつれそうになる。
後ろから銃声が聞こえた瞬間、先生が立ち止まりそうになった。
サトコ
「止まらないで!走ってください!」
作業員1
「そうはいかない」
その声は、私たちが進む先から聞こえてきた。
作業員に扮したウェン重工の手先が3人、私たちの行く手をふさいでいる。
作業員2
「悪いが、ここで終わりだ」
サトコ
「······!」
江戸川謙造
「······」
(どうする···どうすればいい)
(警護対象である江戸川謙造を守りながら、ここを突破するには···)
後ろから、さっきの作業員が追いかけてきた。
これで完全に、挟み撃ちだ。
作業員3
「女は、警察か?」
作業員2
「まさかボディガードじゃないだろう」
作業員1
「銃を持っていた。油断するな」
じりじりと、前後から男たちが私たちを追い詰める。
江戸川先生は、顔色ひとつ変えない。
(どうして···?まさか何か考えてる?)
(それとも、もう···)
作業員たちが一斉に、私たちに銃口を向ける。
私も銃を構えたその時、作業員の銃が突然、弾き落された。
サトコ
「!」
作業員1
「ぐっ···誰だ!?」
(私じゃ、ない···ってことは···)
石神
「全員、武器を捨てろ!」
後藤
「両手を頭の後ろで組んで膝をつけ!」
サトコ
「石神教官···後藤教官!」
津軽
「無事?遅くなってごめんね」
サトコ
「津軽さん···!」
素早い動きで、百瀬さんが作業員たちの背後に回り、腕を捩じ上げる。
その身の軽さに、思わず見入ってしまった。
サトコ
「い、今···百瀬さん、どこから現れたんですか?」
津軽
「こういう場面でよく使えるんだよ、モモは」
(こ、答えになってないけど···)
(でも、津軽さんや石神教官たちが来てくれて本当に助かった···)
<選択してください>
サトコ
「正直、もうダメかと思いました···」
津軽
「完全に絶体絶命だったもんね」
「まさか、江戸川謙造を襲うために爆発まで起こすとは思わなかった」
“サトコ
「私も···犯人たちを甘く見てたかもしれません」
(江戸川謙造の命を狙ってくることは、まだ予想できたけど···)
(でも津軽さんが言うように、こんな場所で爆発まで起こすなんて想像もしてなかった)
サトコ
「あの、加賀警視は」
津軽
「俺たちが突入するときには、姿は見えなかったけど」
石神
「奴なら、上の現場で指揮を執ってるはずだ」
(石神教官たちが来てくれたから、もしかして加賀さんも···って思ったけど)
サトコ
「犯人···全員確保できましたか!?」
後藤
「お前と江戸川謙造を狙った奴らは、全員確保した」
サトコ
「よかった···爆発まで起こした犯人グループですから、ひとりでも逃すわけには」
(先生のことも護衛できたし、あとは任意の事情聴取にに持ち込めれば···)
サトコ
「そういえば、どうして教官たちまで」
後藤
「呼び方」
サトコ
「え?」
後藤
「教官呼びに戻ってるぞ」
サトコ
「···あ!」
石神
「お前に階級呼びされるのには、まだまだ時間がかかりそうだな」
そのとき、外から別の作業員が駆け込んできた。
確か、さっき加賀さんが指示を出していた部下だ。
部下
「みなさん、急いでシェルターに避難してください!」
石神
「どうした?」
部下
「炉の圧力上昇が止まらないんです!」
「さっきの爆発が原因で、リモート制御不能になったようで」
「このままだと圧力に耐えられずに、炉が破壊されます!」
(炉が···!)
その場に、緊迫した空気が流れた。
後藤教官が、確保した作業員たちを睨みつける。
後藤
「どういうことだ」
作業員
「核融合炉の圧力を完全に制御するなんて不可能だ」
「爆発の影響で “二次被害” が引き起こされるのは当然のコト」
後藤
「···」
石神
「···後藤、我々の任務は完了した」
「面々、もし他に残っている人間がいるなら、速やかにシェルターへの避難を促せ」
サトコ
「はい!」
津軽
「了解」
石神教官の指示に大きくうなずき、急いで江戸川先生を振り返る。
サトコ
「先生、聞いた通りここは危険です!急いでシェルターに···」
でも振り返ったその先に、江戸川謙造の姿はなかった。
サトコ
「···先生?」
津軽
「え?」
サトコ
「先生が···江戸川謙造が、どこに行ったか知りませんか!?」
石神
「俺たちがここに到着したときには、確かにお前の後ろにいたはずだ」
後藤
「こっちの目を盗んで、外に逃げたか」
部下
「いえ、自分は外から来ましたが、誰ともすれ違ってません!」
「それに今から外に逃げたとしても、爆発には間に合わないはずです!」
津軽
「間に合わない?」
部下
「あと数分で、炉が破壊される可能性があります」
「急いでください!シェルターはすぐそこです!」
サトコ
「あと数分···」
その言葉を聞いた瞬間、地を蹴ってみんなとは逆の、炉のほうへ走り出していた。
津軽
「おい!」
サトコ
「江戸川謙造を連れ戻します!」
石神
「戻れ!お前が行ってもどうにもならない!」
(あの人は、ウェン重工の闇金に関しての重要参考人···いや、もう被疑者だ)
(それに、それにっ···)
後藤
「氷川!!!」
後ろから、教官たちの声が聞こえる。
それでももう、引き返すことはできなかった。
(だってあの人は···加賀さんの、たったひとりのお父さんなんだから···!)
サトコ
「先生!先生、どこですか!」
必死に声をかけながら、ひと気のないところまでやってきた。
すると、まるで炉を見守るかのように、そのそばにたたずむ先生を見つけた。
サトコ
「死ぬのは、一番卑怯です!」
江戸川謙造
「!」
腕をつかむ私に、先生がかすかに視線をよこす。
でもすぐに、目の前の炉に戻した。
江戸川謙造
「ここまで来るとは、公安の連中は物きが多いらしい」
サトコ
「どうして私が、公安だって···」
江戸川謙造
「あれの名前を口にしただろう」
サトコ
「······」
江戸川謙造
「あいつは、君の上司か」
「あいつがこの件に関与してくるとは、皮肉なものだ」
サトコ
「···いいから早く戻りましょう!今から走れば、暴走前にはシェルターに···」
江戸川謙造
「私は、すべてを失った」
まったく心を乱していないのか、先生が静かに口を開く。
江戸川謙造
「この炉が私の、矜持だった」
「新エネルギー開発を進め、ほかの先進国の先を行く···」
「そうすれば日本は、他国の顔色を窺う必要もなくなる」
サトコ
「···っ、先生の政策理念は知っています。私も、素晴らしいと思います」
「だけど先生は、してはいけないことをしました」
江戸川謙造
「······」
サトコ
「道を踏み外したら、そこに矜持なんてものはとっくにないんです」
「ウェン重工から多額の金銭授受があったことは既に突き止めました」
「あなたは、重要参考人です。こんなところで···」
江戸川謙造
「君は、あいつに似てるな」
普段は決して表情が変わらない先生が、ほんの一瞬、 “何か”の顔を見せた。
サトコ
「え···?」
江戸川謙造
「まっすぐで、強い相手にも決して屈さない」
「不器用なところが、よく似ている」
「···憎らしいほどにな」
<選択してください>
サトコ
「それは···私にとって、最大の誉め言葉です」
江戸川謙造
「変わっているな」
サトコ
「加賀さんは、私の目標です。いつだって、あの人の背中を追いかけてきたんです」
「だから···加賀さんのお父さんを、死なせるわけにはいかないんです!」
江戸川謙造
「···知っていたのか」
サトコ
「もしこの場に加賀さんがいたら、きっと同じことをします!」
「私はいつも、加賀さんの行く道をたどってきたから···わかるんです」
江戸川謙造
「どうだろうな。私はあれに、憎まれている」
サトコ
「加賀さんは···お父さんを見殺しにしたりしません!」
その言葉に、江戸川先生が目を見張った。
サトコ
「生きてください···!こんなところで死ぬなんて」
江戸川謙造
「私は日本のために、すべてをこれに注いできた」
「それが立ち消えるということは、私の生きるすべての意味がなくなるということだ」
サトコ
「わかってます!日本ことを誰よりも思ってる先生だから···それに」
「私は···加賀さんのお父さんに、死んでほしくありません!」
江戸川謙造
「······」
(この顔···加賀さんにそっくりだ)
(ずっと、先生は誰かに似てると思ってた···加賀さんだったんだ)
サトコ
「お願いします···ここから逃げてください!」
江戸川謙造
「君だけ行きなさい。私は残る」
サトコ
「そんな···」
そのとき、炉を管理する部屋に嫌な音が響き渡った。
さっきの爆発で建設資材がもたず、こちらにむかって倒れ始めている。
サトコ
「······!」
江戸川謙造
「······」
「ここまで···か」
(ダメ···!諦めない···諦めさせない!)
そう思った時には、江戸川先生を庇うように立ちはだかっていた。
江戸川謙造
「君は···」
後ろから聞こえる先生の声が、遠ざかる。
(もう、ダメかもしれないっ···)
(だけど、最後まで···最後まで!)
しかし建設資材がこちらに倒れてくる直前。
2発の銃声音が響いて、その軌道が変わった。
???
「···チッ」
サトコ
「······!」
舌打ちが聞こえて、煙草の香りに包み込まれる。
(加賀、さ···)
私を抱きかかえた加賀さんが、後ろにいた江戸川先生の頭をつかんで床に押し付けた。
江戸川謙造
「ぐっ···!」
加賀
「来るぞ」
サトコ
「加賀さっ···」
(ダメ···!このままじゃ、加賀さんがまともに···!)
でも加賀さんはきつく私を抱きしめ、離してくれない。
次の瞬間、轟音が周囲を包み込んだーーー
to be continued