【居酒屋】
加賀さんと津軽さんに挟まれると、本来は美味しいはずの鮭の西京焼きの味もわからなくなる。
(西京焼き、大好きなのに···味わおう、いつもの美味しい味を思い出して···!)
津軽
「そうそう、大事なことを聞き忘れてた」
「さっき、ホテルで何してたの?」
加賀
「ヤることヤってた」
サトコ
「ぶっ!」
(西京焼きの味が完全に飛んだ!)
津軽
「もっと具体的に教えてよ」
加賀
「テメェには関係ねぇ」
津軽
「うちの子が何してたか、保護者は知る必要があります」
サトコ
「津軽さんは班長で保護者じゃないです!」
津軽
「同じようなものだよ」
サトコ
「全然違うと思います···」
津軽
「でも、兵吾くんが教えてくれないって言うなら···」
津軽さんの目が私を捕らえた。
サトコ
「な、何です···?」
津軽
「聞くしかないなぁ。ウサちゃんのカラダに」
サトコ
「なぜ!?」
津軽
「上の口を割らせるには、寵愛を受けてる手下をイジメるのが効果的」
サトコ
「寵愛を受けてなければ、手下でもありません!」
津軽
「そうだった、ウサちゃんは俺の手下だったね」
「じゃあ、上の命令は何でも聞かないと」
サトコ
「い、今は任務中じゃありません!」
(それから、妙に綺麗な顔を近づけないでください!)
身を後ろに反らせながら、加賀さんの方をチラッと見る。
(お姉さんにお見合いを仕組まれたなんて···言わない方がいいよね···)
加賀
「コイツには俺の女になってもらっただけだ」
サトコ
「加賀さん···」
津軽
「あの短時間で···随分と早いんだ、兵吾くんって」
加賀
「あ゛ぁ゛?」
津軽
「手が早いのは知ってたけど、そっちまで早いなんてねぇ」
加賀
「喧嘩売ってんのか」
津軽
「そうそう、ケンカっ早くもあったかな」
加賀
「テメェ···」
津軽
「あ、ビールなくなってるね。飲むペースも速いんだ」
加賀
「口先ばっかりで、おちょくる野郎は自分に自信がねぇヤツだ」
「テメェはあっちにも自信がねぇんだろうな」
津軽
「知りたい?教えてあげようか?」
加賀
「クソ野郎」
サトコ
「······」
(この空気、耐えがたい···)
サトコ
「ちょっとお手洗いに行ってきます···」
頭上のバチバチから逃げるように身を屈めると、逃げるように席を立った。
(このまま逃げちゃおうかな···いや、そうしたら明日が大変だ···)
(お腹が満たされれば、お開きになるかも。大将にご飯ものを出してもらおう!)
次の一手を思いつき、意気揚々と席に戻ろうとすると···
男子大学生A
「君、ひとり?」
男子大学生B
「こんなに可愛い子が、ひとり~?」
男子大学生C
「俺たちと楽しもうよー」
(酔っぱらいのナンパ?もう、こっちはもっと大変な事態なのに!)
サトコ
「間に合ってます」
男子大学生A
「おいおい、つれないなー」
男子大学生B
「そんなツンツンしなくても···」
ガシッと肩をつかまれて止められれば、立ち止まるしかなくなる。
(もう···)
サトコ
「やめなさい」
男の手を払おうとした時。
男子大学生C
「ひっ」
小さな悲鳴とほぼ同時に、周囲の空気が一気に下がったように感じられた。
(この威圧感とオーラは···)
津軽
「彼女に何か用?」
加賀
「誰の女かわかってんのか」
男子大学生A
「こ、これは···」
津軽
「キミたちに彼女の相手が務まるかな?」
加賀
「俺たちの言うことを聞くように従順に躾けてあるが···どうする?」
男子大学生B
「す、すみませんでしたぁ!」
男子大学生C
「失礼しまーす!」
(完全に怯えた草食動物の体で逃げ出してる!)
女性客A
「ねえ、今の見た?」
女性客B
「うん···今日、このお店にいてよかった···」
女性客C
「私も···」
(女性客が皆、ふたりのオーラに腰砕けになってる···)
(特殊な色気、ダダ漏れなのはわかるけど···)
サトコ
「津軽さん、加賀さん···」
津軽
「お礼なんていいよ。ウサちゃんはウサちゃんなんだから」
加賀
「テメェが鈍くさいのは、いつものことだろ」
サトコ
「そういう話じゃありません!こんなに目立ったら」
「このお店に来づらくなるじゃないですか!」
津軽
「え?」
加賀
「何を···」
サトコ
「少量の和食がいろいろ食べられる数少ないお店なのに!」
「私の息抜きの場所が~···」
加賀
「酔っ払ってんな」
サトコ
「酔ってないです!」
津軽
「ビールジョッキ2杯か···いい感じに回ってるね」
(全然酔ってないのに···少しは頬が熱いけど)
津軽
「ウサちゃんが、ここで好きな食べ物って何だっけ?」
サトコ
「野沢菜おにぎりですけど···」
加賀
「とりあえず胃に血液を送れ」
津軽
「そうすれば、頭から血が下がるからね」
なぜか二人に宥められるような格好で私は席に戻ることになる。
津軽
「大将、野沢菜おにぎりとか、サトコちゃんがいつも食べるもの持ってきてください」
大将
「あいよ!」
サトコ
「あの、予算が···」
加賀
「しけたこと言ってんじゃねぇ」
(これは···おごりってこと?)
テーブルに運ばれてくるのは、私の好物ばかり。
サトコ
「ん···野沢菜のおにぎり、やっぱり美味しい!」
津軽
「揚げたての唐揚げもあるよ」
サトコ
「いただきます!」
お腹を満たしていると、加賀さんが立ち上がった。
サトコ
「あ、お帰りで···」
津軽
「ウサちゃん」
加賀さんに顔を向けようとすると、横から伸びてきた手にグッと顎先をつかまれた。
振り向かされれば、目の前にあるのは津軽さんの顔。
サトコ
「つ、津軽さん?」
津軽
「ほら、口元。ついてる」
サトコ
「!?」
その指先が見えたかと思うと、私の唇の端に触れた。
(津軽さんの手···硬い···いや、当たり前なんだけど!)
(顔がすごく綺麗な人だから、つい手も繊細かなって···)
私の唇に触れているのは骨張った男の人の手。
少しかさついた指の腹で唇をなぞられると、ゾクッと形容しがたい痺れが背中を走った。
(な、なんで、津軽さんの手をこんなに意識してるの!?)
津軽
「ご飯粒つけてるなんて、マンガじゃないんだから」
サトコ
「そ、そういうきょとはっ」
津軽
「ぷっ、何それ」
思いっきり噛むと、なぜか席を立った加賀さんが戻ってきた。
サトコ
「?」
加賀
「······」
津軽
「どうしたの、兵吾くん。お帰りじゃなかった?」
加賀
「おい、クズ。これも食え」
サトコ
「んぐっ」
隣に座った加賀さんから、揚げ餃子を口に突っ込まれる。
(なぜ、突然···揚げ餃子、美味しいけど)
津軽
「はい、次はアジのたたき」
サトコ
「ん···美味しい···」
加賀
「こっちの方が美味ぇ」
サトコ
「中トロ!」
津軽
「美味しいと言えば、肉だ。はい、サーロインの串」
サトコ
「どれも口の中で蕩けまふ···」
(どうして順番に食べさせられてるのか、わからないけど···美味しい···)
(全部美味しくて、細かいことは気にならなくなってくる···)
津軽
「帰ろうとしたところを、わざわざ戻ってくるなんて」
「この子、もしかして、兵吾くんのお気に入り···だった?」
加賀
「答える義理はねぇ」
津軽
「先に名前を書いた人のものだよ」
加賀
「なら、マジックでも持ってくるか?」
津軽
「いいね~。俺だったら、足の裏か···ヘソの上に名前を書くかな。兵吾くんは?」
加賀
「デコだ」
津軽
「兵吾くんらしいな」
モッツァレラチーズの揚げ物を食べていると、ビールも進む。
(何の話だろう?名前を書く話···?)
段々と酔っているのが自分でもわかる。
(でも、少しくらいならいいよね?今日は加賀さんの力にもなったんだし)
津軽
「兵吾くんとは、しばらく美味い酒が飲めそうだ」
加賀
「テメェと連む気はねぇ」
津軽
「連みたくなるよ、きっと」
加賀
「チッ」
(津軽さんと加賀さんって、面白い関係かも···)
(公安学校にいる頃は、加賀さんと石神さんが犬猿の仲だと思ったけど)
(そこに津軽さんが入ると、どうなるんだろう?)
サトコ
「ははは、何か、面白いかも」
加賀
「酔っ払いが」
津軽
「大丈夫、優しい班長がついてるから」
店を出ていく加賀さんを私は津軽さんと見送った。
津軽
「送ってくよ」
サトコ
「大丈夫です···全然、大丈夫ですから」
津軽
「真っ直ぐ歩けてないの、わかってる?」
サトコ
「これくらい誤差の範囲です。いざって時は、ちゃんと動けます」
津軽
「強がるのはいいけど、キミもうちの戦力だからね」
「ケガはさせられない」
手に何かが触れたと思った時には、手を握られていた。
サトコ
「な、な···なざ!?」
津軽
「なざ?」
サトコ
「違いました!なぜ!?」
津軽
「なぜって···なぜ、月が明るいのかって?それはロマンチックな質問だ」
サトコ
「月じゃなくて、この手です!」
津軽
「ウサちゃんって、手、小さいね。爪も綺麗に切ってる」
つないだ手の指先を確認されるように揉まれる。
サトコ
「···っ!」
(津軽さんの手って、何か···!)
その手に触れられると、胸がざわつくような落ち着かない気分にさせられた。
津軽
「手、触られるの好き?」
サトコ
「そ、そんなことは···」
津軽
「ウサちゃんって、本当にウサちゃんだよね」
サトコ
「どういう意味ですか?」
津軽
「そのままの意味」
(津軽さんと話してる方が酔いが回りそう···)
歩いているうちに酔いが回ったのか、津軽さんとのつかみどろこのない会話に酔わされたのか。
このあとの記憶は、ひどく曖昧なものになったーー
【津軽マンション】
津軽
「ウサちゃんって、寝相あんまり良くないよね」
サトコ
「······」
津軽
「朝はコーヒー?紅茶?それとも牛乳かな?」
サトコ
「······」
(昨日の夜の記憶、どこにいったの!?)
(いくら酔ってたからって、まさか、津軽さんと···)
サトコ
「あの、私···ベッドを借りただけですよね···?」
津軽
「本当に、それだけだと思う?」
サトコ
「え···」
津軽さんの視線が、じっと私に注がれている。
(他に何か···)
サトコ
「あ!このTシャツ!」
津軽
「男のTシャツを着てるのが、どういうことを意味するのか···」
「いくらウサちゃんでもわかるだろ?」
サトコ
「わ、わ···」
(わかるけど、わかりたくない!)
(津軽さんと、そんな過ちなんて···誰か、夢だって言って···)
津軽
「ぶっ!」
サトコ
「ぶ!?」
津軽
「ごめっ!その顔···っ」
サトコ
「津軽さん!?」
噴き出した津軽さんが、私に背を向け爆笑している。
津軽
「レッサーパンダが木から落ちたみたいな顔っ」
サトコ
「レッサーパンダ!?」
津軽
「それか、パンダが赤ちゃんのクシャミでビックリした時の顔!」
サトコ
「パンダ!?」
津軽
「ウサちゃんじゃなくて、パンダちゃんかも···っ」
「いや、やっぱりウサギ···っ」
サトコ
「喋りながら笑わないでください!呼吸が危なくなってます!」
津軽
「だって、その顔が···っ」
(津軽さんって、笑い上戸なの!?)
笑いすぎて苦しそうな津軽さんの背中をさする。
津軽
「ふー、ふーっ」
サトコ
「大丈夫ですか?」
津軽
「···うん、ありがとう」
目尻にうっすらと涙を浮かべた津軽さんが、こちらを振り向いたと思ったら···
(津軽さんの顔が、どんどん近づいてくる!?)
サトコ
「あの···っ」
上擦った声を出した次の瞬間には、おでこに柔らかいものが押し付けられていた。
サトコ
「!?」
津軽
「お酒、しばらく禁止ね」
これまでの、どの時よりも近い距離で津軽さんの声を聞く。
ゆっくりとその顔が離れると、いつもの飄々とした津軽さんが私を見ていた。
サトコ
「い、今のって···」
津軽
「ごちそうさま」
サトコ
「ひ、ひえっ!」
津軽
「ひえって···ぷっ、ほんとにサトコちゃんって、俺のツボ突くのが上手いよね」
(朝から心臓が···バクバク言って、苦しい···!)
ぽふっと後ろのベッドに座り込んでしまう。
津軽
「朝ごはんにしようか。お腹減った?」
サトコ
「お腹は、まあまあ···いえ、それよりも昨日の夜のことを···っ」
津軽
「特製モーニング作ってあげるから」
(津軽さんの特製手料理!?)
頭に渦巻く様々な問題よりも、それが最優先事項だと脳が危険信号を発した。
サトコ
「朝ごはんは結構です!出勤準備しなきゃいけないので、帰ります!」
津軽
「じゃ、あとでね」
逃げ出すように津軽さんの部屋を後にする。
彼のTシャツを着て、借りたままになってしまったと気が付いたのは···その日の終業後だった。
Happy End