カテゴリー

このドキドキはキミにだけ発動します 石神1話

河原の涼やかな空気の中、私の周りには肉が焼けるいい匂いが漂っていた。

加賀
さっさと肉を焼け

サトコ
「はい、お待たせしました!」

東雲
こっちも

サトコ
「はい!」

百瀬
「···足りねぇ」

サトコ
「少し待ってください!」

肉を焼いては皆さんのお皿に乗せ、再び網の上で肉を焼く。

(こんなにハイスピードで肉を焼くのは、初めて···!)
(明日、妙なところが筋肉痛になってるかも)

黒澤
あれ、石神さんのお皿のお肉、多くありません?

サトコ
「そ、そんなことありませんよ?」

(さすが黒澤さん、鋭い···!)
(大き目の肉は、さりげなく秀樹さんのお皿に盛ってたのがバレた!)

後藤
無駄話していていいのか

黒澤
あ、それ、オレの分!

津軽
まさに弱肉強食だね。ウサちゃん、俺にも頂戴

加賀
次は俺だ

石神
氷川が全然食べていないだろう

津軽
じゃあ、ウサちゃん、あーん

サトコ
「私はあとで食べますので!」

加賀
クズはクズ肉食ってろ

石神
なら、お前はここの肉を食う必要はないな

加賀
そのクソ眼鏡を肉の脂だらけにしてやろうか

津軽
それ、面白いねー。あ、この肉、いい焼き加減

サトコ
「······」

(肉を焼いているだけなのに、どうして水着姿の班長ズに囲まれることに!?)

長身で鍛え上げられた身体に囲まれると、その圧はすごいものがある。

(立派な筋肉が迫りくる!どうすれば···)

助けを求めるように隙間から周りを見ても、皆さん食べることに夢中になっている···ように見える。

(本当は班長ズの争いに関わりたくないって、顔に書いてある···)
(こうなったら、自力で突破するしか···)

鳴子
「お肉の追加、持ってきました!」

千葉
「じゃんじゃん焼きますよ」

加賀
その一番デカいのを寄こせ

津軽
俺は飲み物もらおうかな

鳴子と千葉さんの登場により、班長の壁が崩れる。

(鳴子、千葉さん、ありがとう!)

石神
お前も食べろ」

サトコ
「え···」

(これはもしかして、『あーん』って食べさせてくれる流れでは···)

サトコ
「あ···」

石神
そこ、焦げる

サトコ
「は、はい···」

秀樹さんは素早くトングで肉を捌き、私のお皿に乗せてくれた。

(···ですよね。暑さのせいで、ちょっと夢を···)

サトコ
「皆さん、さすがよく食べますね」

石神
食べている間は余計なことを話さずに済むからな

サトコ
「なるほど···肉は平和の象徴ですね」
「そういえば、難波さんは?」

石神
この暑さは堪えると言って、ビールを片手に車に籠っている

サトコ
「···来た意味、あるんですかね?」

石神
どうだろうな。お前は、楽しいか?

サトコ
「え?そうですね···」

(照りつける陽射しは暑いし、手を止める間もないほど忙しいけど···)

サトコ
「楽しいです。石神さんと外で焼き肉を食べられる機会なんて、滅多にありませんから」

石神
そうか。この暑さの中で肉を食うなど、何の意味があるのかと考えたくなるが···

秀樹さんが眼鏡を軽く動かし、汗をぬぐう。

石神
お前がそう思っているなら、いい

(秀樹さん···)

東雲
ちょっと、なに油売ってんの

加賀
さっさと肉を焼け

百瀬
「全っ然、足りねぇ」

サトコ
「はい、ただいま!」

秀樹さんからの一言で充電した私は、これまでよりもハイペースで肉を焼いていった。

黒澤
では、これより『THE☆DEATHMATCH!サッカー対決』を始めます!

加賀
歩!

石神
ホイッスルの前にボールを蹴るな!

津軽
モモ、取ってきて

百瀬
「はい」

石神
颯馬、後藤!

颯馬
任せてください

後藤
了解です

鳴子
「千葉さん、頑張って!」

バーベキューの後は、なぜか石がゴロゴロしている河原でサッカーをしている。

サトコ
「これ、転んだらタダじゃ済まないよね···」

鳴子
「大輔、イケイケー!」

サトコ
「大輔って···鳴子、酔ってる!?」

鳴子
「教官たちに若い力を見せてやれーっ!」

(絶対に酔っ払ってる···)

黒澤
最後に勝つのは、オレたちですよ。石神さん!

石神
ああ

加賀
「テメェらの動きは、とっくの昔にわかりきってんだよ!」

東雲
透、裏切って

黒澤
ええ!?

東雲
そもそも班の人数合ってない時点で、フェアじゃないし

黒澤
そう言われれば、確かに···いきますよ、歩さん!

後藤
この裏切り者!

石神
俺がカットする!

津軽
キャプテン☆モモ!オーバーヘッドスターキックだ!

サトコ
「なんですか、その技!?」

百瀬
「オーバーヘッドスターキック!」

後藤
石神さん!

石神
お前は左に回って、つむじシュートを打ち込め!

後藤
百瀬、悪く思うな

百瀬
「エモノは渡さない」

千葉
「ちょ···皆さん、異次元な動きしすぎです!ここ、漫画の世界ですか!?」

鳴子
「ここだけ、懐かしの少林寺のサッカー映画になってる···」

(秀樹さんが眼鏡をかけてサッカーする時点で驚いたけど)
(あれだけの動きをして、少しも眼鏡がずれないところが凄い!)

サトコ
「みなさーん!頑張ってくださーい!」

津軽
ウサちゃーん、どこの所属かわかってる?

(なんだかんだ言って、皆さんのストレス解消になってるのかな)
(サッカーする秀樹さんなんてめったに見られないし、来てよかった)

微笑ましく思いながらも、もしここにふたりだったら···と、ふと想像してしまう。

(健康的な秀樹さんを横で見られたら、時間が止まって思えそう···)
(って、また夢見てる場合じゃなかった!)
(もう少ししたら、休憩になりそう。動いてお腹が空いたって、言いそうだし···)

バーベキューと飲み物の用意をしようとすると···

(肉もビールも全部なくなってる!ハイペースだとは思ってたけど···)

サトコ
「お肉と飲み物がなくなったので、山の下まで買い出しに行ってきます!」

石神
···なら、俺が車を出そう

加賀
勝手にボール止めるんじゃねぇ、クソ眼鏡!

東雲
そろそろ休憩でいいでしょ

石神
あれだけ買ったのに、もうないのか

サトコ
「男性がこれだけ集まると、あっという間ですね」

石神
ここまで早くなくなるとは思わなかったがな

サトコ
「次は多めに買って来ましょう」

(買い出しの際、秀樹さんとふたりになれる!)

降ってきたチャンスに感謝をしていると、私の前に2つの影が現れた。

東雲
いい想いだけしようなんて思ってないよね

黒澤
第二回戦は、さっきよりいいお肉を食べたいですよね~
ざぶとん、特選さんかく、カイノミ···

東雲
これ、兵吾さん用の追加リストね

サトコ
「!···こんな高そうなお酒、売ってます!?」

石神
いいから、行くぞ

サトコ
「は、はい!」

黒澤
お土産、期待してまーす!

(すっごいニヤニヤした顔で見送られてる···)
(これは、それなりのお土産を用意しなければいけないパターンなのでは···)

東雲さんと黒澤さんの視線を痛く感じながら、車のキーを持った秀樹さんの後を追った。

【車内】

登ってきたときは大きく感じた車の揺れも、暑さで疲れた身体ではあまり気にならない。

サトコ
「自然の風もいいですけど、やっぱりクーラー最高です···」

石神
難波さんの気持ちが少しわかるな

サトコ
「そういえば難波さん、全然車から出てきませんでしたけど···」

石神
熟睡してた

サトコ
「なるほど···気持ち、わかります」

石神
お前も眠いのか

サトコ
「眠いというか···今眠ったら、気持ちよく眠れそうだなって」
「子どもの頃、夏休みに遊び疲れてクーラーの部屋で寝るような···」
「そんな気持ちになりませんか?」

石神
そういった経験に心当たりはないが、想像することはできる

サトコ
「秀樹さんって、夏休みはどんなことをしていたんですか?」

石神
本を読んでた。お前は?

サトコ
「私はさっきの川みたいなところで泳いだり、プールで泳いだり···」
「旅行で海に行って泳いだりしてました!」

石神
さすが “長野のカッパ” だな

サトコ
「なので万が一の水のトラブルの時は任せてください!」

石神
···ああ、そっちは頼りにしてる

(秀樹さんの唯一ともいえる弱点···)
(いざって時のために、体力充電しておかないと!)

山の下に着くまで、できる限りゆっくりしようと身体の力を抜いた。

【スーパー】

行きがけに見つけていた小さなスーパーに私たちは立ち寄った。

サトコ
「こういうスーパーにいると、子どもの頃を思い出します」

石神
こんな店でよく買い物したのか?

サトコ
「はい。家の近くに小さいけど、必要なものは揃うスーパーがあって」
「そのスーパーのおばあちゃんには本当の孫みたいに可愛がってもらいました」

石神
まだあるのか、その店は

サトコ
「いえ。私が高校生の頃に、おばあちゃんが引退して」
「今は息子さんがコンビにしてます」

石神
時代の流れか

サトコ
「そうですね。だから、こういうお店に来ると、懐かしくて嬉しくなります」

石神
この店も新鮮で良いものが揃っている。ここのものなら、加賀たちも満足するだろう

バーベキューの材料を調達する人が多いようで、その手のものは充実したラインナップだった。

サトコ
「海老も買って大丈夫ですかね」

石神
難波さんが経費にすると豪語していたから、好きなものをカゴに入れろ

サトコ
「じゃあ、海老とイカとホタテの海鮮系も追加させてもらいます!」

腕のカゴがてんこ盛りになってくると、秀樹さんがカゴを持ってくれる。

サトコ
「秀樹さんに2つも持たせられません!」

石神
荷物持ちに連れてきたんだろう
それとも、この程度も持てないヤワな男だと思ってるのか

(秀樹さん···)

口調こそいつもと変わらないものの、優しさが伝わってきて胸が温かくなる。

店のおばちゃん
「あらあら、優しい旦那さんだねぇ」

サトコ
「え!?」

(お約束のフレーズ!でも、言われると凄く嬉しい!)

緩みそうな頬で秀樹さんを見ると、彼は冷静な顔で眼鏡を直している。

石神
いえ、違います

サトコ
「秀樹さんの正直者···!」

店のおばちゃん
「あら、そうなの?でもきっと、将来そうなるのよね?」

サトコ
「は、はは···」

石神
お会計お願いします

(公安課のメンバーで来てるけど、一応休暇なんだし···)
(ちょっとは恋人気分を味わいたいって思ってるのは、私だけなのかな···)



テキパキと買い物をすると、ものの30分で用事は終わってしまった。
荷物を後部座席に積んで、一緒に買ったペットボトルの飲み物を開ける。

石神
戻るか

サトコ
「そうですね···」

(もう少しだけ二人きりでいたいなんて···)

さわやかな風が緑の匂いを運んできて心地よい。
聞こえてくるのは遠くをたまに通る車の音と、近くの森の鳥の声。

(ここにいると、時間が止まったみたいに感じられる)
(だから、秀樹さんとの時間も···)

ここで少しの間、止められたら···と思ってしまうけれど。

石神
どうかしたか?

サトコ
「いえ、これを飲み終わったら出発しましょう」

石神
お前が飲んでる、クリームソーダのペットボトル···
本当にクリームソーダの味がするのか?

サトコ
「そう言われると···本物のクリームソーダの味って、よく思い出せないかも···」
「アイスとソーダの味が別々に印象に残ってて···」

石神
つまり、ぼんやりした記憶になりがちだから
商品化しやすい···ということもあるのかもな

(クリームソーダの飲み物ひとつで、ここまで考えるなんて秀樹さんらしい···)

きっと言葉に出ているのは一部で、他にもたくさんのことを考えているのだろうと思う。

サトコ
「そういえば、前に自販機でプリンシェイクの缶を見かけました」
「秀樹さん、飲んだことありますか?」

石神
いや、プリンは飲み物ではなく食べ物だ

(秀樹さんなりのこだわりが···)

他愛のない話をして、なるべくゆっくり飲み物を飲む。
それでも、引き伸ばすには限界があって···

石神
行こう

サトコ
「はい」

空になったボトルをゴミ箱に捨てると、クーラーの利いた車に乗り込んだ。

車が走り始めると、その振動が心地良く、うつらうつらしてしまった。

(ん···?)

目を開けて窓の外を見ると、見覚えのない森の中を進んでいた。
ガタガタと揺れる山道はかなりのもので、若干酔いそうになってくる。

サトコ
「秀樹さん、この道、行くときは通りませんでしたよね?」

石神
ああ

サトコ
「近道ですか?」

石神
いや、寄り道だ

サトコ
「寄り道?どうして···」

石神
···どうしてだろうな

(秀樹さん···?)

ふっとかすかに秀樹さんが笑ったように見えたとき···車が停まった。



【湖】

サトコ
「わ···綺麗···」

石神
ここまで鮮やかな色の湖は、めずらしい

そう大きくはない湖は透き通った青色だった。
畔まで歩いていくと、周囲の空気が何度か下がって感じられた。

サトコ
「どうして、ここに?」

石神
地図を確認していたら、気になる空間を見つけた
それで立ち寄ってみたというわけだ

ここに来た理由になっているようで、なっていない秀樹さんの答え。
いつも明瞭な答えをくれる秀樹さんらしくない。

石神
······

秀樹さんは静かな湖面を見つめ続けている。

石神
ここでも泳ぎたいと思うか?

隣に立つと、秀樹さんは湖に顔を向けたまま尋ねてきた。

サトコ
「ここまで綺麗だと、見ている方がいいって思います」

石神
そういうものか。泳ぐというのは···気持ちがいいんだろうな

サトコ
「泳ぐ練習をするなら、付き合いますよ?」

石神
残念だが、サイボーグは水に弱い

サトコ
「秀樹さんが、そんな冗談を自分から言うなんて···」

石神
おかしいか?

こちらを向いた秀樹さんと目が合った。
眼鏡の奥の怜悧な瞳は、普段と同じように見えるけれど···

(今は刑事の目をしていない···そう思っても、いいですか?)

サトコ
「おかしくないです。それにサイボーグは、冗談は言わないと思います」

石神
かもな

サトコ
「だから、泳ぎの練習もしてみませんか?」

石神
···いつか、な

否定はしない秀樹さんが嬉しかった。

サトコ
「気持ちいいですね、ここ」

石神
滝が好きだという後藤の気持ちが、わずかだが分かった気がする

(私が気持ちよく感じるのは、秀樹さんが隣にいてくれるからです···)

言えない言葉を飲み込んで、私は秀樹さんと二人の時間を静かに楽しんでいた。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする