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最愛の敵編 カレ目線 東雲2話

新年度が始まって、早くも10日が経過した。
この日のオレはといえば、朝から厄介な案件に巻き込まれていて···

(やば···面倒くさ···)

山重
「大丈夫そうか?」

後ろからPCを覗き込んできたのは、同じ加賀班の山重さんだ。

東雲
この段階では、なんとも···
業者のリストはありますか?

山重
「業者?」

東雲
うちと警察庁のネットワーク管理に携わっている業者です
そこ、調べて欲しいんですけど

山重
「わかった。今、総務に確認とってくる」

東雲
お願いします

数時間前に起きた、うちのサーバーへの不正アクセス事件。
そんなの、管理担当者がなんとかしろよ···って言いたいのは山々だけど。

(ゼロとも言い切れないし。事件性が)
(8年前の、アレだって結局···)

東雲
···っ

(集中しろ!)
(関係ないから。アイツは今)

余計な苛立ちをつぶすように、右手を強く握り込む。
改めて、不正アクセスを受けたファイルを開いてみた。

(捜査資料···津軽班のか)

協力して捜査に当たらない限り、他班の捜査内容など知る由もない。
なので、彼らが今、宗教団体を追いかけていることを、この時初めて知った。

(じゃあ、あの子も···)
(って、それはないか)

数時間前に見かけた彼女は、今日も清掃員の格好をしていた。

(謎すぎ。理解不能)

たとえ気に食わなかったとしても、部下は部下だ。

(使えばいいのに。一度だけでも)
(そうすれば、あの子の実力も分かって···)

ドアの開く音がした。
シゲさんが、さっそく資料を揃えてくれたのかと思いきや···

東雲
······おつかれさまです

百瀬
「津軽さんが現状を知りたがっている」

東雲
まだ調査中です
そちらこそ、不正アクセスしそうな人に心当たりはないんですか?

百瀬
「······」

表情ひとつ変えやしない。
あったとしても答えるつもりはない、ということなのだろう。

東雲
ずいぶん秘密主義なんですね、津軽班って

百瀬
「······」

東雲
そんなに他班の人間に捜査内容を知られたくないなら
自分たちで何とかすればいいじゃないですか?
そちらの新人も、こうした作業は得意でしょうし

百瀬
「······」

(···へぇ)

表情が変わった。少し意外だ。

百瀬
「信用できない」

東雲
公安学校卒業だからですか?

百瀬
「······」

東雲
信用できないような人物を、送り出した覚えはないんですけど

これについては、うちの彼女だけではない。
他の訓練生に対しても同じ気持ちだ。

(まあ、無駄か。この人に言っても)
(特定の人物の言う事しか聞かないような人だし)

東雲
他に用事がないなら、ひとりにしてください
作業に集中したいので

百瀬
「今日中に解決しろ」

東雲
そのつもりですよ。オレにも仕事がありますから

数時間後ーー
なんとかオレは犯人の尻尾を捕まえて、その情報を津軽班に渡した。
このあと、彼らがどう動くのかは、他班のオレには関係のないことだ。

そんなわけで···

東雲
はぁ···

(やば···頭、重い···)

できればもう1時間は休みたい。
脳を酷使したせいで、頭がまるで働かないのだ。

(糖分···ピーチネクター···)

東雲
買ってきて···幻の···

???
「幻の、何をですか?」

(げ···)

颯馬
幻の、何を買ってくれば良いのですか?

東雲
気にしないでください。颯馬さんに言ったわけではないので

颯馬
では、どなたに?

東雲
······

颯馬
元補佐官さんなら、給湯室でふきんを漂白剤に漬けていましたよ

東雲
別に、氷川さんに言ったわけでもないですから

(戻ろう。そろそろ)

ボロが出る前にーーじゃなくて。

(仕事、遅れてるし)
(ああ、でも戻る前に糖分摂取···)

捜査員1
「なーんか片思い感ハンパないよなぁ、あの新人」

ふ、と動きを止めた。
会話を交わしているのは、津軽班の連中だ。

捜査員1
「勝手に資料をそろえたの、班長に褒めて欲しかったからだろ」

捜査員2
「まあな。でも、あっさりフラれてたよなぁ」

捜査員1
「すげぇ空回り。まさに一方通行の『片思い』って感じ」

捜査員2
「班長も、やる気くらいは買ってやればいいのになぁ」

あはは、と笑う声が、不愉快なほど耳につく。
隣にいた颯馬さんが、何か言いたげにオレを見た。

東雲
···すみません、戻りますんで

颯馬
そうですか。おつかれさまです

少し回り道をして、資料室へ向かうことにした。
その途中に給湯室があるのはーーあくまでただの偶然だ。

(まだ休憩中だし)
(あと15分は残ってるし)

なのにーー

東雲
···いない

布巾掛けには、濡れた布巾が掛けられている。
顔を近づけると、漂白剤の独特な匂いが鼻をついた。

東雲
···っ

(よこせよ。必要としてないなら)

オレならできる。
あの子の良さを最大限に引き出せる。

東雲
くそ···っ

でも、それは叶わない。
あの子は、もうオレの補佐官じゃないのだ。

(だったら、せめてオレにできることは···)

店員
「いらっしゃいませ。コースはどうされますか?」

東雲
『美肌コース』2名で

オレから声を掛けた、久しぶりのデート。
外出することを選んだのは、気分転換になりそうだから。つまり···
それくらい、彼女が参っているのが明らかだったからだ。
それなのにーー

東雲
あるんじゃないの。悩み事とか

ここまで、オレが水を向けたのに。
それにつられて、一度は「仕事のことで···」と言いかけたくせに。

東雲
···なに、仕事の悩みって

サトコ
「あ、その···」
「ええと、やっぱり『仕事』ではなかったというか···」

東雲
じゃあ、何?

サトコ
「ですから、その···ええと···」

結局ごまかされた。
明らかな嘘だとわかるような言い訳で。

さらに、恐竜プラネタリウム鑑賞後のグッズ売り場で···

サトコ
「あっ」

彼女が手に取ったのは、ペアのスマホリングだ。

(へぇ、ティラノとブラキオじゃん)

どうせ「お揃いで」なんて考えているのだろう。

(いいけど。オレにティラノをくれるなら)
(ま、ブラキオも悪くないけど、どっちかっていうとティラノ派···)

ことん、と彼女は商品を元に戻した。

東雲
買わないの?

サトコ
「いえ、買います!」

彼女が手を伸ばしたのは、ペアじゃないスマホリングだった。

サトコ
「先に会計してきますね」

東雲
···わかった

(···なるほど)
(そういうこと···)

これではっきりした。
彼女は、オレに相談するつもりはないのだ。
しかも、その理由は···

(津軽さんか。あるいは銀室長か···)

一度はオレに相談しかけたり、ペアリングを手に取ったことからもわかる。
これは、彼女自身が望んだことではない。

(単に従っているだけ)
(あのひとたちの指示に)

ーー「各班の馴れ合いは不要」
ーー「職場内恋愛が発覚したら異動」

新年度最初の挨拶での銀室長の発言。
津軽さんがそれを受け入れているのは、彼らの関係性からも明らかだ。

(だからって自分まで従うとか)

そんなタイプじゃないくせに。
本当は、そんなこと望んでなどいないくせに。

東雲
キミは、アレだね
ずいぶん『優等生』になったよね

気付いたら、勝手に口が動いていた。

東雲
ま、当然か。もう訓練生じゃないものね
上司の言う事を、バカ正直にちゃんと聞いて
逆らうような真似なんて、一切しなくて
ほんと、優秀な刑事に育ったよね
元教官として、嬉しく思うよ

サトコ
「······」

彼女の顔から、表情が抜け落ちた。

ーーわかっている。

「後悔」とは、文字通り後から来るものなのだ。

(あーーっ)
(やった···やってしまった···)

違うのだ。
あんなことを言うために、彼女をデートに誘ったわけではないのだ。

(八つ当たりだ。あんなの)

彼女が、オレを頼ってくれなかったこととか。
上司にバカ正直に従っていることとか。

(でも、だからってあんなこと···)

加賀
······おい

東雲

加賀
俺の言いたいことがわかるか

東雲
···すみません。気が散っていました
集中します

頭を切り替えて、モニターに向き直る。
ここで結果を出さないと、デートを中断してまで休日出勤した意味がない。

(後だ。あの子のフォローは)

目の前の業務が終わったら、すぐに電話をしよう。

(まずは謝って···)
(何か言いたいことがありそうだったら、今度こそ話を···)

ところがだ。

東雲
すみません。領収書をお願いします

運転手
「はーい」

(着いた···やっと···)

東雲
眠···

(でも、その前に電話···)
(あの子に、連絡しないと···)

ピンポーン!

(え、LIDE···あの子から?)

ーー「おつかれさまです。明日から新しい仕事をします」

(どういうこと?)

ーー「直談判したら、津軽さんがオッケーをくれました」

(·········どういうこと?)

今日は休日だ。
それなのにどうやって?
あれこれ考えるより先に、指が勝手に動いた。

ーー「直談判?いつ?」

返信は、またもやすぐに届いた。

ーー「さっきです。直接会ってお願いしました」

東雲
はぁっ!?

(会う!?)

なにそれ。どういうこと?

(まさか···)

津軽
···来たね。新人ちゃん
うん?仕事が欲しいって?
ずいぶん必死だね···まあ、こんなところに来るくらいだもの
それなりの覚悟はできているんだよね?
···OK。じゃあ、俺の言う事を聞いてもらおうか
まずはシャワーを浴びておいで
それから、そのブラウスを···

(あーーっ!)
(キモ···!)
(中学生か!童貞か!)

情けない妄想にゾッとして、すぐさまスマホの電源を落とした。

(明日だ。確認は)
(疲れてるし···早く休みたいし!)

そうだ、すべては疲れのせいだ。
そうじゃなければ、こんなくだらないことを考えるはずがない。
自分自身に言い訳しながら、エレベーターのボタンを連打した。
今はただ何も考えることなく、やわらかな布団に飛び込みたかった。

to be continued

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