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俺の駄犬が他の男とキスした話(後) 加賀2話

加賀さんが、数日ぶりに登庁したその日。

(なんとか···なんとかして、加賀さんと話す時間を···!)

バタバタバタバタ!
バンッ!

アカネ
「加賀さんが帰って来たってほんとですかぁ!?」

騒がしい足音と共に公安課に駆け込んできたのは、アカネさんだった。

加賀
······

アカネ
「本物!本物!」
「は~~~!加賀さん、寂しかったですぅ!」

(わかります···わかります!)

心の中で何度もうなずく私には構わず、アカネさんは勢いのまま加賀さんの腰に抱きついた。

サトコ
「!!!」

アカネ
「ああああーーー加賀さんの感触!加賀さんの匂い!」

加賀
うぜぇ

アカネ
「うわぁ···!生『うぜぇ』···!ぞくぞくする···!」

(わかる···!)
(わかるけど、でも···アカネさん、羨ましい!)

デスクの上でこぶしを握り締める私に気付いたのか、アカネさんがひらひらと手を振った。

アカネ
「あっ。氷川さん、映画ぶり~」

サトコ
「は、はい···」

加賀
······

(えっ···今、目が合った···?)
(加賀さんと目が合うのなんて、いつ以来···!?)

とっさに目を逸らし、脳裏に妬きついた加賀さんの姿を頭の中で味わう。

(久しぶりに見ても、やっぱりかっこいい···!抱きつきたい!罵って欲しい!!!)
(···いやいや、罵って欲しいはおかしい···私、麻痺してる···)
(でも『駄犬』でも『クズ』でも『埋める』でもなんでもいい)
(アイアンクローでもいいから触れ合いたいな···)

サトコ
「···って、そうじゃなくて!」

後藤
氷川、どうした

サトコ
「す、すみません···ちょっと動揺して···」

もう一度振り返ると、加賀さんはすでにこっちなど見ていない。

(···前にもこういうことあったな)
(目が合ってもすぐ逸らされて···でも、別の班だから仕方ないって自分を納得させて)

考えてみれば、あの時と今では、周囲の状況も自分たちもそう変わっていない。

(···私と加賀さんって、付き合っても付き合ってなくても同じなのかな)
(だとしたら、私たちの関係って···)

落ち込みかけた時、スマホに奥野さんから着信が入った。

席を立ち、廊下に出ながら通話ボタンを押す。

サトコ
「···はい、氷川です」

奥野譲弥
『······』

サトコ
「···奥野さん?電波悪いですか?」

奥野譲弥
『···あ、いや。大丈夫だ』
『那古組の情報で、伝えきれてなかったことがあったのを思い出した』
『今日、いつでもいいから出てくれるか?』

サトコ
「はい。午後からなら」

奥野さんとの約束を取り付けて電話を切り、仕事を片付けるため公安課へ戻った。

(おかしい···こんなはずじゃ···)
(なんで私、こんなに綺麗な薔薇に囲まれてるの···?)

しかも、隣には奥野さん。
まるでデートのような状況に、ただただ呆然とするしかない。

サトコ
「えーと···綺麗ですね」

奥野譲弥
「そうだな。よくわからないが」

サトコ
「それで、その···那古組の情報は」

奥野譲弥
「そんなもん、ねぇ」

サトコ
「ない!?」

<選択してください>

騙したの?

サトコ
「つまり、騙したと···?」

奥野譲弥
「そう言っちまえばそれまでだが、別にそんなつもりじゃない」
「···お前が、電話で元気なさそうな声出すからだろ」

(じゃあもしかして、私のため···?)

本当の要件は?

サトコ
「それじゃ、本当の要件は···」

奥野譲弥
「別にない。どうしてるかと思って電話しただけだ」
「···そうしたらお前が、電話口で情けない声出すから」

サトコ
「情けない声···」

薔薇好きなんですか?

サトコ
「奥野さん、薔薇が好きなんですか?」

奥野譲弥
「なんで俺だよ」

サトコ
「あれ?じゃあどうして」

奥野譲弥
「···やっぱり、花見たくらいじゃ元気出ねぇか」

(···もしかして、私のため?)

奥野譲弥
「電話口の声、元気なさそうだっただろ」

奥野譲弥
「女は花でも見りゃ明るい気持ちになると思ったんだよ」

サトコ
「それで、わざわざ···」

奥野譲弥
「悪かったな、女心がわからなくて」
「ったく···ガラじゃねぇ」

ガシガシと頭を掻きながら、奥野さんは顔を隠すように私の前を歩く。
その広い背中は、加賀さんを思い出させた。

(不器用な人だけど、やっぱり優しい···)
(だけどもし、こんなところを加賀さんに見られたら···)

そう考えてから、この間のそして今朝の冷たい視線を思い出す。
加賀さんの中で私との関係がすでに “終わっている” とすれば、きっとなんとも思わないだろう。

(あの人は、そういう人だ···信用してない女のことなんて、いつまでも考えてない)
(···本当に怖いのは、それだ)

嫌われることも怖い。怒られるのも怖い。
でも何より私の中で恐ろしいのは、“無関心” でいられること。

(今日みたいに、何の感情もない目で見られて)
(まるで、そこにいてもいなくても変わらない、っていう態度で···)

こうして奥野さんとふたりで会っても、何も言われない。なんとも思われない。
それが一番、怖かった。

奥野譲弥
「仕事中だったのに、呼び出して悪かったな」

意識を引き戻したのは、奥野さんの申し訳なさそうな声だった。

奥野譲弥
「なんか最近気まずいまま別れることが多かったから、どうしてるかと思ってな」
「ただ、電話して声を聞くだけのつもりだったんだが···」

サトコ
「いえ···私こそ、気を遣わせてすみません」
「思えば、奥野さんに協力者になってもらってからずっとですね」

奥野譲弥
「気にするな。俺が勝手にしてることだ」

サトコ
「でも、協力者っていうのは利害が一致して成り立つ関係なのに」
「私が未熟なばっかりに、迷惑かけて」

奥野譲弥
「氷川」

私の言葉を、奥野さんが少し強い口調で止める。

奥野譲弥
「俺は、利害が一致したからお前の協力者になることを承諾したわけじゃない」
「···相手がお前だったからだ」

サトコ
「それって···」

奥野譲弥
「那古組のシマで、お前を助けたこと覚えてるか」

サトコ
「え?はい、もちろんです。あの偶然があったからこそ、こうして奥野さんと久しぶりに···」

奥野譲弥
「あれはな···偶然なんかじゃない」

サトコ
「え?」

奥野譲弥
「いや···お前を見つけたのは、もちろん偶然だった」
「でも、助けたあとお前に気付いた訳じゃない」
「お前だってわかったから助けたんだ」

サトコ
「奥野さん···?」

奥野譲弥
「わざわざサングラスまでして顔が割れないようにしてたのに」
「見ず知らずの奴を、目立つ危険まで冒して助けると思うか?」

意外な言葉に、何も言えず奥野さんを見つめる。
私の視線に困ったように笑うと、奥野さんは肩をすくめた。

奥野譲弥
「すぐにわかった。絡まれてるのがお前だって」

サトコ
「どうして···」

奥野譲弥
「···好きな女だからだよ」

サトコ
「······!」

奥野譲弥
「好きな女が近くにいれば、すぐ気づく」
「男ってのは···そういうもんなんだ」

(好きな···女···)

以前にも聞いたその言葉が、奥野さんの口から再び紡がれる。

(だって···それはもう、過去の···)

そう思うことすら憚れるような、真剣で、どこか切ない表情。
その瞳の熱は間違いなく、以前自分に向けられたものと同じだったーーー

to be continued

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