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本編② 津軽4話

数日後。
私は津軽さんと百瀬さんと一緒に撮影現場に潜入していた。

津軽
今日の君はADだから頑張って

百瀬
「雑用係」

サトコ
「普段と同じですね。津軽さんと百瀬さんは?」

津軽
俺は見学者の顔でうろうろしてるから

百瀬
「俺は津軽さんについていきます」

サトコ
「つまりあくせく働くのは私だけってことですね···」
「それも普段と同じ」

百瀬
「働け、新人」

サトコ
「いってきます!」

ADの仕事は出される指示に従えばやれる内容で、何とかなった。

花巻富士夫
「おい、今の演技はなんだ!もう12回もリテイク出してんだぞ!」

子役
「そんなこと言われても···っ、ボクは···っ」

花巻富士夫
「泣いてる暇があったら、できることのひとつでも考えろ!」

子役
「···っ」

(子役相手にも全く容赦ない···あれが花巻監督···)

男性
「監督、一度休憩を入れましょう」

花巻富士夫
「助手は黙ってろ!」

男性
「···すみません」

(あれ、あの人···この間ぶつかった人だ。助手って···監督助手なんだ)

花巻富士夫
「ったく、少しは使えるようにしておけ!」

花巻監督は苛ついたように、近くのアルミ缶を蹴飛ばしてどこかへ行った。
私は周りの様子を見て、ささっと監督助手の近くに移動する。

サトコ
「監督って、いつもあんな感じなんですか?」

監督助手
「ああ···作品のためには、いかなる妥協もしないのが監督だからね」

花巻富士夫
「おい!この機械、どうなってる!全然動かんぞ!」

カメラマン
「今行きます!監督、頼むから触らないでください!」

撮影機材のところにいる監督のもとにカメラマンが走って行った。

監督助手
「監督は機械音痴でね···いや、正確には映画以外のことは恐ろしいほどできない」

サトコ
「いわゆる、本当の天才型なんですね」

監督助手
「天才?いや、鬼才だよ、監督は。撮影が始まれば朝も昼も、何時間でも起き続ける」

サトコ
「最大で、どのくらいなんですか?」

監督助手
「僕が聞いた中では1週間なんて、ざら」

サトコ
「身体、壊しません?」

監督助手
「それができるのが花巻監督だからね···まあ、そのために、あれこれしてるって噂も···」

小さくなっていく声に耳が大きくなっていく。

サトコ
「あれこれっていうのは?」

監督助手
「···いや、何でもない。監督の昼飯買ってこないと。あの人、食事も用意しないと食べないから」

(つまり監督業以外は、何もできない人なんだ)
(さっきの幾晩でも徹夜できるっていうところは気になる)
(薬だとしたら、やっぱり『赤の徒』とのつながりが?)

ADの仕事は忙しかったけれど、これまでの経緯からすれば余裕のあるものだった。
けれどーー

(津軽さんと百瀬さん、どこに行ったんだろ)

この日、最後まで合流することはできなかった。

撮影所からの帰りはひとりだった。

(お腹空いた。ADってろくに食べる時間ないんだな)
(しかもあの花巻監督の下だと、特に)
(コンビニでご飯買って···ん?)

人ごみの中に見知った背中を見つけた。

千葉
「······」

(あれは···千葉さん?)

千葉
「······」

(何か、元気ない···?)

サトコ
「千葉さん!」

千葉
「え、あ···氷川···」

サトコ
「久しぶりだね!仕事帰り?」

千葉
「あ、ああ···うん、まあ、そんなところ。氷川は?」

サトコ
「私も仕事帰り。お疲れさま」

千葉
「お疲れ」

いつもは爽やかな千葉さんの笑顔が、やはり精彩に欠ける。

サトコ
「何かあった?」

千葉
「···いや、大丈夫。氷川は頑張ってるんだな」

サトコ
「お互い様でしょ?一緒にトンカツでも食べに行かない?」

千葉
「あー···行きたいけど、今、腹いっぱいだから。また今度」

サトコ
「そっか。無理しないでね」

千葉
「氷川も。氷川はちゃんと活躍してるみたいで良かった」

サトコ
「う、うん···」

千葉
「じゃあ、また」

(千葉さん、元気なかったな···)
(『ちゃんと活躍してるみたいで良かった』って、どういうことだろう···)

コンビニで麻婆丼を買い、マンションの前まで帰ってくると。
一台のタクシーが止まる。
中から出てきたのはーー

津軽
あれ、サトコちゃん

サトコ
「津軽さん!今日1日どこに行ってたんですか?」

津軽
やだな、忘れたの?一緒に捜査に行ったのに

(人を物忘れがひどい人みたいに···)

サトコ
「覚えてますよ。だから聞いてるんです。朝見かけたきりで···」
「私、ひとりで帰ってきたんですよ」

津軽
どこまでもぼっちなんだね

サトコ
「誰のせいだと···」

(さっき千葉さんには)
(『氷川はちゃんと活躍してるみたいでよかった』なんて言われたけど)
(私も全然活躍できてない···)
(···千葉さんも、仕事で何か辛いことでもあったのかな)
(元気もなかったし···)

津軽
···ちゃん

サトコ
「······」

津軽
ウサちゃん

サトコ
「え、あ、はい」

久しぶりのウサちゃん呼びに顔を上げると、口の中に何かが入った。

サトコ
「ん!?」

(甘い···けど、それだけじゃない!なに、この味!?)

津軽
疲れてる時には糖分と塩分
チンジャオロースチョコなら両方をいっぺんにとれるよ

(この謎の味はチンジャオロース!?)
(マ、マズ···っ、相変わらず、この人がくれる物はマズイ···っ)

津軽
ほら、元気だそう?

ヨシヨシと頭を撫でながら、津軽さんはチンジャオロースチョコをもう1個私のポケットに入れた。

<選択してください>

このチョコ激マズです

サトコ
「このチョコ激マズなんですけど」

津軽
食の好みが合わないのを、マズいとか言ったらダメだよ

(食の好みとかって次元じゃないと思うんですが···)

津軽
いらないなら返してよ

サトコ
「い、いらないとは言ってないです」

犬扱いしないでください

サトコ
「そんなふうに犬扱いしないでください」

津軽
えー、こうするとモモは喜ぶんだけどな

サトコ
「そりゃ百瀬さんは津軽さんの忠犬ですから」

津軽
君は忠兎じゃないの?

サトコ
「そんな単語、初めて聞きましたよ」

どこ行ってたんですか?

サトコ
「さっきの答え聞いてないです。どこに行ってたんですか?今日」

津軽
撮影所見学で忙しかったんだよ

サトコ
「···ちゃんと、仕事してましたよね?」

津軽
それ、上司に言う言葉?

サトコ
「···すみません」

津軽
あそこのロケ弁、高級焼肉弁当だよ。キムチが足りないけど

サトコ
「そうですか···」

(そういうこと言うから、ちゃんと仕事してたか聞きたくなるんじゃないですか···)

津軽
あー、疲れた
じゃ、ぼっち飯楽しんでね

サトコ
「お疲れさまです」

津軽さんは先にマンションの中に入って行く。

津軽
そのチョコ、デザートに食べてもいいよ

サトコ
「······」

後ろ手に手を振りながら、付け加えられた一言。

(デザートにこれを食べるって···さらに口直しが必要になりそう)
(これ···)

上着のポケットの中のチンジャオロースチョコを転がす。

(しばらくとっておこうかな)
(なんか、食べるのももったいないような···いや、マズいっていうのもあるけど)

もぞもぞ落ち着かない気持ちを抱えたまま、私は遅れてマンションの中に入った。

翌日。
廊下を歩いていると、前方から銀室長が歩いてきた。

(離れてても、すごい威圧感···!)

端に寄って、頭を下げて通り過ぎるのを待っていると。


「自分を特別な人間だと勘違いしないことだな」

(え···?)

凍らせるような声が降ってくる。
この場にいるのは私しかいない。

(どういう意味?)

意味を問うように顔を上げると、銀さんの背中だけが見えた。

to be continued

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