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本編② 津軽Happy End

水平線の向こうから日が昇る。
寄せては引く波が橙色に染まりつつあった。

サトコ
「何で海に···」

津軽
夜が明けるね~

サトコ
「軽く走りに行くって言ったじゃないですか。もう朝ですよ」

津軽
走り出したバイクは止まらないんだよ

サトコ
「······」

津軽さんのお友達たちは、波打ち際で貝殻拾いをしている。

山本コースケ
「あー、これ波の音が聞こえる」

佐内ミカド
「マジか!?貸せ!」

阿佐ヶ谷タクヤ
「海にいんだから波の音すんの当たり前だろ」

高野マツオ
「水着、持ってくればよかったねー」

山本コースケ
「パンツで泳ぐ?」

(あの人たち、大人なのにはしゃいで楽しそう···)

サトコ
「不良って海好きですよね···」

津軽
ただのイメージでしょ

サトコ
「あの人たちが友達って···津軽さん、本物の不良だったんですか?」
「前に補導されたって言ってたし」

津軽
底辺のバカ高出身

サトコ
「え、でもそれじゃ警視には···」

警察庁の警視と言えば立派なキャリア組。
一流の学歴が必要なはずだ。

津軽
大学はいいとこ行ったよ。そしたら学校に垂れ幕なんて下がってさ
あいつらが胴上げしてくれた

お友達たちを見て、津軽さんが目を細める。

(大事な···友達なんだな···)

いつもどこか揶揄を含む津軽さんの瞳がごく自然に優しく彼らを見ていた。

サトコ
「皆さんとは、いつからお知り合いなんですか?」

津軽
高校の時。あいつらに会って、百瀬に会って···銀さんに世話んなって
ちょっとはマシになったら、役に立てるかと思って道を変えた

津軽さんの過去はよく知らないけれど。
彼が刑事である理由の全ては銀室長にあることは充分に分かった。

サトコ
「津軽さんがたまにガラ悪くなるのは元ヤンだからなんですね」

津軽
元ヤンってほどじゃない。バカだったけど

サトコ
「頭、金髪とかだったんですか?」

津軽
いつか、教えてあげるよ。君が···これからも、俺と話す気があるなら

サトコ
「···今、話してるじゃないですか」

津軽
うん···

津軽さんは裸足で脚を投げ出して浜辺に座っている。
お互いの手の間は、指5本分くらい。
ざりっと津軽さんの手が砂を握るのがわかった。

津軽
···あのさ、ごめん

サトコ
「···何に対する『ごめん』ですか?」

津軽
俺、そんなに謝らなきゃいけないことある?

サトコ
「心当たりが多すぎて」

津軽
そっか···

その横顔に苦笑が浮かぶ。

(こういう顔、めずらしいかも)

先程の友人たちの話といい、今日の津軽さんは感情と顔が結びついている···気がする。

津軽
君を嵌めようとしたこと
君は公安学校卒業生じゃなくて、氷川サトコなのにね

(こんな殊勝な津軽さん···)

サトコ
「···何か企んでます?」

津軽
君も結構疑り深いね。人が素直に謝ってんのに

サトコ
「···すみません」

(素直だから不気味なんだけど)

それは言わずに呑み込んでおく。

津軽
許してくれる?

津軽さんがこちらに顔を向けた。
潮風に髪を揺らすその表情は、らしくなく無防備に見えて。

(顔がいいと、こういう時も得だよね)
(信じたくなる···から)

サトコ
「私、怒ってたんですよ」

津軽
顔も見たくないくらいにね

サトコ
「そうです···だけど、怒ってたのは自分に対しても···です」

津軽
自分に?

サトコ
「津軽さんを信用させられなかったから」

津軽
······

彼の目が軽く見張られるのがわかった。

サトコ
「いろんな事情や、しがらみがあるのはわかってます」
「津軽さんほど特殊な事情がなくても、上に行くほどややこしいことは多い」
「それはわかってるのに···邪魔な存在にしかなれなかったから」

津軽
それで自分を責めるって、君って本当に···

津軽さんの手が砂から離れた。
彼の手の跡が残ったと見ていると···肩に重みを感じる。

(え···)

懐かしい、体温を感じさせない津軽さんの手が私の肩に乗せられ引き寄せられていた。

津軽
お人好し

サトコ
「それは教官方からも何度も···」

津軽
給湯室で言ったろ

私の言葉は遮られた。
頭を過ぎる、給湯室での時間。

津軽
お節介だし、お人好しだし、苦労性だし融通きかないし···
ああ、こういうのバカって言うのかな

サトコ
「悪口ですか!?」

津軽
そういうの、全部直さなくていいって意味

津軽
君はそのまんまでいいんだって。そういうとこに···
······

妙な沈黙が落ちた。
津軽さんフレンズが砂浜でキャッキャと追いかけっこしてる声と波の音だけが聞こえてくる。

サトコ
「そういうとこに···?」

津軽
······

サトコ
「あの、続きは?」

津軽
···でも、誠二くんの家に泊まるって、どうなの?なに拾われてんの

サトコ
「え?」

津軽
無防備過ぎない?

(私が責められる流れ?どうして!?)

サトコ
「後藤さんは善意で泊めてくれただけです!」
「そもそも人のこと言える立場ですか?」

津軽
なんで

サトコ
「芹香さんとキスしたくせに」

津軽
してない

サトコ
「見ました」

津軽
してないっつの

サトコ
「してた」

津軽
してない。だって俺は···
······

サトコ
「俺は?」

津軽
······

(また途中で、だんまり!)

津軽
元教官たちに撫でられすぎ

サトコ
「また全然関係ないとこきましたね!?撫でられてないし」

津軽
撫でられてる

サトコ
「キス」

津軽
してない

サトコ
「撫でられてない」

津軽
······

サトコ
「······」

(···なにやってるんだろ。これじゃまるで痴話喧嘩みたい···)

浜辺で肩を抱かれながら、キスしたとかしないとか。
男の家に泊まったのが、どうとか。

(どうして肩抱いてるのかな)

津軽さんをチラリと見る。
彼はぼんやりと海を見ていて、コツンと私の頭に頭を乗せてきた。

サトコ
「重い」

津軽
···銭湯のシャンプーじゃない

サトコ
「家のお風呂、直りましたから」

津軽
ふーん

わけがわからない状況なのに、こうして身を寄せ合っていると鼓動が速くなるから困る。

(これが惚れた弱みってやつか···)

山本コースケ
「そろそろ帰ろー」

佐内ミカド
「そこ!なにイチャついてんだよ!?」

高野マツオ
「高臣くんにも春が来たんだー」

阿佐ヶ谷タクヤ
「海でイチャつくとか、お前らアオハルかよ」

山本コースケ
「ウサちゃん、おいでよ」

行きに後ろに乗せてくれた山本さんが手招きする。

津軽
帰りは、こっち

サトコ
「え」

私にヘルメットを被せ、津軽さんに手を引かれる。

山本コースケ
「ひゅー、ひゅー」

佐内ミカド
「くそ、このイケメンが!」

高野マツオ
「僕にしとけばいいのに」

阿佐ヶ谷タクヤ
「お前、結婚してんだろ」

津軽
いいから、あっちいけ

小学生男子のように、津軽さんがぺっぺとお友達を追い払う。

津軽
今日、休みだっけ

サトコ
「はい、津軽さんは?」

津軽
俺も休み

(津軽さんも休みなんだ···)

流れで津軽さんに手を握られたままバイクに向かう。

(もうちょっと一緒にいたい、なんて···)

痴話喧嘩みたいなよくわからない会話でも。
もっと話したいし、時間を共有したい。

(津軽さんだって肩を抱いて手を繋ぐくらいだし、満更でもないのでは···)

サトコ
「···帰ったら、うちで炭酸おしるこ飲みませんか?」

津軽
え···

立ち止まった津軽さんに意外そうな顔で振り返られた。

津軽
いや、朝早いし。そういうのは、ちょっと···

サトコ
「!?」

(こ、この私が非常識みたいな反応は!?)

まるで恥じらうように、津軽さんが目を逸らしていた。

潮風でベタついた髪で部屋の前まで帰ってくる。

サトコ
「ここまで送っていただかなくても」

(部屋には上がらないって言うんだから···)
(あーもー、断られるくらいなら言わなきゃよかった)

津軽
一応。部屋荒らされたでしょ

サトコ
「それは、まあ···」
「···じゃあ、おやすみなさい」

(もう朝だけど)

津軽
うん、おやすみ

とりあえず笑顔で別れる。

(恥はかき捨て。明日は明日の風が吹く)
(このまま泥のように寝よう···)

いつもより重く感じる玄関のドアを開けて、
それが閉まる直前···。
ガッとドアの隙間に靴が差し込まれて驚く。

サトコ
「え、な···?」

津軽
···っ

ドアに手をかけて開けてきたのは、他でもない津軽さん。

津軽
や···やっぱりあがらせて···

サトコ
「!?」

視線は彷徨い、走って戻って来たのか、その髪は乱れている。

(焦った顔、初めて見た···)

サトコ
「ど、どうぞ···」

津軽
ん···

終始目が合わないまま、津軽さんは私の部屋に上がってきた。

津軽
狭いね

サトコ
「最上階の部屋と比べないでください」

津軽
クリーニングしたばっかりだから、キレイなんだ

サトコ
「もともとキレイなんです。部屋は心ですからね」
「適当に座っててください。今、炭酸おしること···タオル、いります?」

津軽
借りようかな

肌にまとわりつく潮気をとるためのホットタオルを用意する。
手だけは動かしながらも、私は何度も背後をチラチラと見る。

(津軽さんが私の部屋にいる···餃子クッションを見てる···)
(もっと大人っぽい部屋にしとけばよかった?)
(ていうか、なんで急に来ることにしたの!?)

サトコ
「タオルと炭酸おしるこです」

動揺を懸命に押し殺して、テーブルに運んでいく。

津軽
君は飲まないの?

サトコ
「1本しかないので、私はお茶淹れてきますね」

一旦傍に行くものの、落ち着かずまた立ってしまう。

(部屋に呼んだのは私だけど、どうしよう···どうする?)
(津軽さんのこと、知らないことが多すぎるし)
(好きだなんて言っていいのかもわからない)
(いや、きっと言わない方がいいって本能が言ってる!)
(それに、津軽さんが銀室長を裏切るなんて考えられないし···)

公安学校卒業生の一件がうやむやの今、私たちの関係もこの先どう展開していくのかわからない。

サトコ
「あの、津軽さんはお茶···」

津軽
······

サトコ
「津軽さん?」

返事がなく振り返ると···
津軽さんは私のベッドにもたれて頬を埋めていた。

津軽
······

サトコ
「寝てる···」
「女性の部屋に上がって即行で寝るなんて···」

(私、魅力なさすぎ?)

サトコ
「炭酸おしるこも封だけ開けて、全然飲んでないし」
「もったいな···」
「マズ!なんで、おしるこ炭酸にするの!?」

津軽
······

(気持ち良さそうに寝て···私だって眠いよ)

彼に毛布を掛けて、私もその横に寄っかかる。

津軽
おも···

(起きた?)

津軽
ん···

サトコ
「女ったらし」

津軽
······

(よし、寝てる)

サトコ
「味音痴」
「無駄イケメン」
「イス蹴るな」

津軽
んん···

その眉間にシワが寄せられたものの、目覚める気配はない。

(津軽さんも疲れてるんだ)

サトコ
「···ちょとだけ休憩しましょうか」

そっとその頬に口づけたのは、ほんの出来心。
ブランケットを持って行って、その横でくるまる。
いつもは体温を感じない津軽さんでも、こうするとちょっと温かい。

サトコ
「···」
「おやすみなさい」

背もたれにベッドを貸してあげてるから、私はその腕にもたれかかる。

(一緒に海で遊ぶ夢でも見ましょうよ)
(何のしがらみもない、私たちで)

一歩も進めていないのかもしれないけど。
それでも夢くらい見たいんだ。
自分のために生きる津軽さんと、向き合える夢を。

Happy End

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