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カレKiss 難波1話

サトコ
「えいえいおー!」

200人ほどが収容できる集会場の一室。
部屋を埋め尽くす群衆の中で、勇ましく拳を突き上げて何度も何度も叫ぶ。

サトコ
「えいえいおー!」

ステージ上方に掲げられているのは、『今泉政権を終焉へ!』の文字が躍る横断幕。
その下に立つ鉢巻をした男性が、額に汗を光らせながら勇ましく音頭をとる。

鉢巻の男性
「えいえいおー!」

それに合わせて突き上げられる、拳、拳、拳······
その中にあって、私は油断のない視線を右へ左へと向けていた。

(あの人と、あの人と、あの人も新顔みたい···でも、公安の要注意人物リストとは合致せず···)
(それにしても、回を重ねるごとにどんどん人数が増えてくな···)

鉢巻の男性
「みなさん、本日もこうして多数お集まりくださり、本当にありがとうございますっ!」

沸き上がる拍手と歓声。
会場の熱気は高まるばかりだ。
最初は違和感のあったこの状況も、今ではすっかりなじみ深いものになっている。

(もうここに潜入するようになって2ヶ月だもんね···)

数ヶ月の準備期間を経て、いよいよ明日から潜入捜査が始まるという日。
公安課に配属されて初の潜入捜査とあって、私は少しそわそわしていた。

難波
そうか、しばらく会うのは無理か···

室長は分かりやすくガッカリしてみせた。

サトコ
「すみません。ここのところ、仕事が立て込んでしまっていて」

同じ公安課とはいえ、詳しい仕事の話をするのはタブーだ。

難波
へぇ···仕事がねぇ···

室長は私の顔をジッと見る。

(聞いても私が困るだけだから聞かないだけで、たぶん室長は気付いてるよね、潜入捜査だって···)
(なんとなく誤魔化すみたいになっちゃうのは心苦しいけど)
(こればっかりは立場上しょうがない···)

難波
まあ、仕事じゃしょうがねぇよな

室長は私の心を読んだかのように呟いた。

サトコ
「すみません···」

(私だって、室長に会えないのは寂しいけど···)

しょんぼりしていたら、不意に目の前にポンッ!と一輪の真っ赤な薔薇が現れる。

サトコ
「!」

(なにこれ?もしかして···マジック?)

室長は、ちょっと誇らしげな笑みを浮かべている。

サトコ
「···どこで覚えたんですか?こんな芸」

難波
ん、そこか?

サトコ
「え、そこって···?」

ポカンとなった私を見て、室長は嘆かわし気に首を振った。

難波
普通はさ、まずは「わぁ~」とか、「きゃあ、すご~い」とかじゃねぇの

室長が出した可愛らしい声に、思わず笑ってしまった。

サトコ
「ああ、そうか···そうですよね。わぁ、すご~い!」

難波
······

とってつけたような私の歓声に、室長は恨めしそうに目を細めた。

難波
あ・の・な···

サトコ
「さては、キャバクラで使った芸ですね。その時は、そういういい反応をもらえたんですか?」

難波
いやいや···そうじゃねぇって

いつものように余裕の笑みで受け流されるかと思ったら、
室長は意外にもちょっと慌てた様子で否定した。

(ん?どうしたんだろ···)

難波
まいったなぁ···

室長は本当に参ったように、ポリポリと頭を掻く。

難波
こういうこと、滅多にやらねぇんだけどな
とにかく···プレゼント

サトコ
「···ありがとうございます」

差し出された薔薇の花を受け取ると、フワッといい匂いが鼻腔をくすぐる。

サトコ
「いい香り···」

難波
だろ?なんて···ちょっとカッコつけすぎたか?

室長の頬が、ほんのり赤い。

(そういえばあの時、結局質問の答えをはぐらかされたような···?)
(滅多にやらないとか何とか言ってたし、仕事で必要になって覚えたのかな)

そんなに器用ではない室長が、仕事のためとはいえ、
一生懸命にマジックの練習をしている様子を思い浮かべて思わず微笑んだ。

(しかも、薔薇を出すこと以外はできないみたいだったし。室長渾身の一芸だったのかも···?)
(だとしたら、もっと驚いてあげないと可哀想だったかな)

サトコ
「ふふっ」

???
「どうしたの?一人で笑ったりして。もしかして、思い出し笑い?」

声を掛けられて隣を見ると、いつの間にか紅葉さんが立っていた。
会場では集会が終わり、簡単な茶話会が始まっている。

サトコ
「紅葉さん···来てたんですか?」

紅葉
「そりゃ、来るわよ。なんと言っても私は、筋金入りの野党派ですからね!」

紅葉さんは誇らしげに胸を張った。

紅葉
「ちょっと遅れたから集会中は入口のところにいたんだけど、あなたの姿が見えたから」

サトコ
「よかったです···見つけてくれて。実は、一人でちょっと心細かったんですよ」

紅葉さんは、この野党支持のデモで知り合った女性だった。
かなり前から参加しているらしく、
会の運営側のことだけでなく、参加者のことにもよく精通している。
今回の私の任務は、いわゆる「面割り」。
このデモに潜入して、公安課がマークしている人物がいないかどうかを確認するのが仕事だ。
私の正体を知らずに仲良くしてくれる紅葉さんは、その貴重な情報源となっていた。

紅葉
「心細いなんて···決起集会に参加するのはこれで何度目?」

サトコ
「もう、5回目になります」

紅葉
「じゃあ、もうすっかり常連さんじゃない」

サトコ
「常連だなんて···そんな、まだまだです。でも私が参加するようになってまだ2ヶ月なんですけど」
「その間にもう5回も集会が開かれてるって、結構すごいですよね」

(さすがにちょっと、頻度が高すぎなんじゃ···?)

内心の不審をオブラートに包み、さりげなく聞いてみる。
紅葉さんはそんな私をまったく怪しむ様子もなく、ちょっとだけ首を傾げた。

紅葉
「う~ん、そうかな。確かに多いと言えば多いのかもしれないけど」
「でもそれだけ、今泉政権への不満も、政権交代への機運も高まってるってことじゃない?」

サトコ
「なるほど···そういうことなのかもしれませんね」

紅葉
「回数が多ければ多いほど、より多くの人が参加できるようになるしね」
「門戸を広く開放するという意味では、効果的なんじゃないかな」

サトコ
「確かにそうですよね」
「だからこそ、私みたいな隠れ野党派も参加してみようかな~なんて思ったわけだし」

さり気なく言った私の言葉に、紅葉さんの瞳が輝いた。

紅葉
「そうでしょ?まだまだいると思うの、あなたみたいな隠れ野党派の人」
「これから、もっともっと仲間が増えていくといいわよね」

サトコ
「···ええ」

紅葉
「この国を少しでも良くするために、力を合わせてがんばりましょ」

サトコ
「はい!」

小さくガッツポーズを作った紅葉さんに合わせて、私も軽く拳を握って微笑んだ。
とにかく今は、紅葉さんとの関係をこのままうまく繋げて、
一つでも多くの情報を集めるに越したことはない。

その夜の集会からの帰り道。

(今日も疲れた~!)

潜入捜査の緊張から解放されてぼんやりと歩いていると、
すぐ近くの屋台から焼き鳥のいい香りが漂ってきた。

グゥ······

サトコ
「あ···」

思わずお腹が鳴って、苦笑して立ち止まる。

(そういえば、前はよく連れて行ってもらったよね。室長に、屋台···)

怒られたり、褒められたり、けなされたり、励まされたり······
室長とのいろんな情報が一気に思い出されて、胸の奥がキュッとなった。

(会いたいな、室長に···)
(この任務が終わったら、何を置いても真っ先に会いに行こう···!)
(それまでは、あとちょっとだけ我慢、我慢···)

空腹と室長への想いを必死に抑えて歩いていると、
思いがけず、少し先の角から見覚えのある人物が姿を現した。

(あ、室長だ!こんな所で会えるなんて、なんて偶然···♪)

嬉しくて、ついつい私は······

<選択してください>

すぐに声を掛ける

サトコ
「室ちょ···」

呼びかけた声と、上げかけた手が途中で止まる。
室長の隣には、見たこともない女性がいた。

(誰だろう、あの人···?)

女性
「ちょっと、待ってってば!」
「もう、歩くの早いんだから···」

驚かせようとそっと近づく

足音を忍ばせ、室長の背後にそっと近づいて行った。

サトコ
「室ちょ···」

私が肩を叩こうとするより一瞬だけ早く、誰かが室長の背後に駆け寄った。

女性
「ちょっと、待ってってば!」

サトコ
「!?」

(誰?この女の人···)

女性
「もう、歩くの早いんだから···」

いたずら心でLIDEする

直接声を掛けようかと思ったけれど、ちょっといたずら心が湧いた。
スマホを取り出し、LIDEでメッセージをしてみる。

『室長、今どこですか~?』

(室長から返事が来たら、知らんぷりしてそっと近寄って驚かせよう···!)

これから起こることを想像し、思わずほくそ笑む。
ところが室長はーー

チラリとスマホをチェックしただけで、返事もせずにポケットに戻してしまった。

(え、嘘でしょ···もしかして、未読スルー!?)

女性
「ちょっと、待ってよぉ」

甘えたような声がして、女性が室長に走り寄る。

サトコ
「!?」

(誰?あの人···)

女性
「もう、歩くの早いんだから···」

難波
おお~、悪い悪い

室長は立ち止まって振り向き、微笑みながら女性に腕を差し出した。

難波
ほら

その腕に、嬉しそうに女性が腕を絡める。

(なに、これ···)

女性
「この後、どうする?」

難波
う~ん、そうだな。飯でも食うか?

女性
「だったら私、行ってみたいイタリアンがあるの」

難波
よし、じゃあ、そこに決まりだ

女性
「嬉しい···ずっと一緒に行きたかったんだ」

難波
なんだよ、それなら早く言えばいいのに

女性
「だったあなた、いつも忙しそうだから···」

難波
バカだな、遠慮なんかするなって

楽しそうな二人の会話が聞こえてきた。

(どういう···こと···なの?)

周りの景色が霞む。
全ての音が消えて、胸の鼓動だけがどんどん高鳴っていくのが分かる。
目を逸らしたいのに、視線が室長と連れの女性から離れようとしない。
見たくもないものばかりが目に飛び込んできて、息が苦しくなる。
室長はたくさんの紙袋を手に提げている。
二人は一緒にどこかで買い物でもしてきたようだ。
こうしてみると、いかにも仲のいい夫婦にしか見えなかったー···

to be continued

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