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カレKiss 難波3話

津軽
あのさ、なにか勘違いしてない?
誰もサトコちゃんにそんなこと期待してないってこと
与えられた任務をこなせ
余計なことはしなくていい

(こうなったら、自分で調べるしかない···!)

気合を入れたまではよかったが、実際に一人でやるとなると大変な調査だった。
新たに面割りする対象者をリストアップするだけでも一晩かかり。
結果的に、面割りの対象者はこれまでの倍以上に膨れ上がった。

(これを一人で全部カバーするのか···)

考えるとついついため息が出てしまう。
でもやると決めたのは、ほかならぬ私自身。
決めたからには、やるしかない。

それから1週間ほどして。
再び反野党派のデモ集会が開かれた。

サトコ
「紅葉さん···!」

紅葉
「あら、今日も来てたのね。本当に熱心で感心だわ」

紅葉さんは今日も、あの楓を象ったブローチを胸に付けている。

サトコ
「勉強すればするほど、今泉政権への不満が溜まってきて···早く何とかしなくちゃって思うんです」

紅葉
「あなたみたいな人、本当に貴重よ。ゆくゆくは、会の幹部候補として頑張ってもらわないとね」

(やっぱり紅葉さんは、相当深くこの会に関わってる···)

前回カフェで会った時、会員数の急増に関する質問をはぐらかされたのがずっと気になっていた。
あれ以来、何度かブローチを介して紅葉さんの盗聴も試みてる。
その結果、紅葉さんはどうやら、
どこかの家の家政婦として働いているようだということまでは分かっていた。

サトコ
「いよいよ、来週ですね。抗議デモ」

紅葉
「そうね。かなりの規模になりそうだし、楽しみね」

紅葉さんは会場を見回して満足げに微笑んだ。

♪~

紅葉
「あ、ちょっとごめんなさい」

紅葉さんのスマホに着信が入って、紅葉さんは壁際へと離れていく。

紅葉
「わかりました。それじゃ、今から参ります」

紅葉さんの声が微かに聞こえてきた。

(今から···?どこに行くんだろう?)

紅葉
「ごめんなさい。私、仕事先に忘れ物をしてきたみたいたい。今から行かないと」

戻ってきた紅葉さんはそう言うと、忙しなく会場を出て行った。
さりげなく、私もその後に続く。

(仕事先ってことは、家政婦に通っている家ってことだよね···)
(一体どこに通っているのか、確認できるチャンス!)

前を走るタクシーが止まったのは、閑静な住宅街の一角だった。
紅葉さんが降り立つのを見て、私も手前の角でタクシーを降りる。

(この辺りって確か、有名人とか政治家が多く住んでる高級住宅街だよね···)

何か掴めそうな予感に、胸の鼓動が高まる。
紅葉さんが入って行ったのは、このエリアの中でも特に門戸のガッチリとした大邸宅だった。
近付いて確認した表札には、『浅沼明太郎』と重々しく墨書きされている。

(浅沼明太郎って、与党の大物政治家じゃ···)
(どうして、反与党派に属している紅葉さんがここで家政婦を?)
(もしかしたら、紅葉さんが引き抜き操作をした···?)
(ある時を境に野党支持派が一気に増えたのは、それが原因だったのかも)
(浅沼明太郎の後援会の人数を調べてみた方がよさそう)

紅葉
『旦那さま···』

サトコ
「?」

盗聴用マイクから紅葉さんの声が聞こえて来て、耳を凝らした。
でも他の電波が邪魔しているのか、思うように音が拾えない。

(もう、どうしてこんな時に···!)

もどかしく思っているうち、ゆっくりと車のヘッドライトが近付いてきた。
とっさに、物陰に隠れて息を殺す。

サトコ
「······」

近付いてきた車は、浅沼の家の斜め前方に静かに止まった。
その運転席にいる人物の顔に、ハッとなる。

(室長!?)

難波
······

次の瞬間、ヘッドライトが消えて、車は闇に沈み込む。
でもその車内にいたのは明らかに、室長とこの間の女性だった。

(どうしてこんなところに室長が···?)
(もしかして、室長たちは浅沼を見張ってるの?)

それから数日。
ついに大規模デモの日がやって来た。

紅葉
「さあ、今日はやるわよ!」

サトコ
「はい!」

紅葉さんは気合十分だ。
私もそれに合わせて気合を入れて見せながら、右へ左へ忙しく視線を走らせていた。

(あの人···公安のリストに挙がっていた人だ···)
(あの人は···もしかして、整形した?でも間違いなく、要注意人物のひとり···)

脳みそフル回転で、次々と参加者の中から面割り対象者を見つけ出していく。
それは一瞬も気を抜けない、過酷な作業だった。

デモ行進が始まって1時間ほどして。
集団は与党派本部の建物の前に差し掛かった。

(何か起こるとしたら、まずはここ···)

十分に警戒していたつもりだが、事件は突然に起こった。

ドカーン!

サトコ
「!?」

紅葉
「やだ、爆発?」

サトコ
「爆弾です!紅葉さん、逃げて!」

爆音の聞こえた辺りから一斉に人々が逃げてくる。
現場一帯は、一瞬でパニックに陥った。

サトコ
「落ち着いてください!危ないから、押さないで!」

なんとかパニックを鎮めようとするが、もはや人々の耳には私の言葉など届かない。
そうこうするうちに、子どもの泣き声が聞こえてきた。
声の方を振り返るおt、親とはぐれたらしき子どもが、
逃げ惑う大人たちにもみくちゃにされて泣き叫んでいる。

(大変···!でも、ここで助けたら···)

公安学校時代にも何度か犯した同じ過ち。
任務中は、たとえそこに困った人がいても関わるべきではないのが公安だ。

(どうしよう···)

<選択してください>

迷わず助ける

迷ったのは一瞬だった。
気付けば、身体が動いていた。

サトコ
「危ないっ!」

蹴り倒されそうになる子どもの身体に飛びつき、しっかりと抱き締める。

サトコ
「大丈夫!?」

子どもを連れて逃げようと、立ち上がろうとした。
その瞬間、少し先で同じように誰かを守ろうとしている男性が目に入った。
倒れているのは、室長の妻役の捜査員。男性は···

サトコ
「室長···」

誰かの助けを待つ

(お願い···誰か気付いて···!)

祈るように見つめるが、誰もが逃げるのが精一杯で子どもの存在など目にも入っていないようだ。

(やっぱり···放っておけないよ···)

意を決し、子どもに向かって走ろうとしたその時、
視線の端に見覚えのある姿を見つけた。

(室長···?)

室長は、倒れた妻役の捜査員の女性を庇うようにその肩を抱いた。

サトコ
「······」

心を鬼にして立ち去る

(でもここで下手に目立てば、今まで積み重ねてきた捜査が全て台無しになりかねない···)

私は心を鬼にして、その場を立ち去ろうとした。
けれどその瞬間、子どもの泣き声が一際大きくなる。
見ると、子どもは逃げ惑う大人たちに蹴り倒されてしまっていた。

(やっぱり、見て見ぬふりなんてできない···!)

私は子どもに向かって走り出した。

サトコ
「大丈夫!?」

子どもは、額から血を流している。

サトコ
「大変···」

どうにかせねばと辺りを見回した時、
少し先で同じように誰かを守ろうとしている男性が目に入った。
倒れているのは、室長の妻役の捜査員。男性は······

サトコ
「室長···」

難波
······

一瞬、視線が絡んだ気がした。
でも、次の瞬間ーー

ドスッ

サトコ
「うっ······」

顔に思い切り逃げていく男性の膝が入り、激痛が走る。
そのまま、意識が遠ざかっていくのが分かった。

(ダメ、この手だけは···絶対に離しちゃ···)

腕の中の子どもをギュッと抱き締める。
雑踏が、徐々に遠ざかって行った······

(ここは···?)

うっすらと目を開くと、見覚えのない真っ白な天井があった。

(私···どうしたんだっけ···?)

記憶がはっきりとしない。
でも身体を動かそうとすると、全身が激しく痛んだ。
そしてその右腕には、手厚くまかれた包帯。

(そっか···私···)

ぼんやりと、デモ時の記憶が蘇ってくる。

???
「よかった···目覚めたのね。大丈夫?」

視界に見覚えのある女性の顔が飛び込んできた。

(この人は···)

サトコ
「紅葉さん···?」

紅葉
「今、すぐに先生を呼んでくるから!」

慌ただしい足音が遠ざかっていく。
それを待っていたかのように、口元に何かがハラリと落ちた。

サトコ
「?」

左手でそっとその何かを拾い上げる。
フワッと、覚えのある香りが鼻腔をくすぐった。

サトコ
「薔薇···」

真っ赤な薔薇の花びらが一枚。
それはまるで、
誰かのキスの代わりに私の唇に落ちて来たかのようだった。

(薔薇なんて···)

難波
そういうこと、滅多にやらねぇんだけどな
とにかく···プレゼント

(あの時以来···)

サトコ
「室長···?」

その名を呟いただけで、自然と涙が溢れてきた。

(よかった···室長も無事だったんだ)

あの混乱の中、何が起こってもおかしくない状況だった。
だからこそきっと、室長はこうして来てくれたのだろう。
私の心配をするだけでなく、自分の安否をも知らせるために。

(まだきっと、室長だって潜入捜査中のはずなのに···)
(私がそんなことしたら、絶対に怒るくせに···)

紅葉
「先生、お連れしたわよ」

戻ってきた紅葉さんに声を掛けられ、慌てて涙を拭った。
先生は私の目の前で何度かペンライトを往復させた後、微笑んで去っていく。

???
「先生、ありがとうございました」

不意に、聞き覚えのある男性の声がしてハッとなった。

(今の声って···)

声の方を見ようとするが、それよりも一歩早く、私の耳元で紅葉さんが興奮気味に囁いた。

紅葉
「びっくりしたわ、こんなに素敵なお兄さんがいるなんて!」

サトコ
「え···」

(お兄さん?)

恐る恐る紅葉さんの背後を見る。
そこにいたのは、やっぱり津軽さんだ。

サトコ
「!」

津軽
よかった、大したことなくて。心配させるなよな、まったく

津軽さんはさも心配している風に言って、身動きのできない私をギュッと抱き締めた。

津軽
よくも目立つ行為、してくれたよね

サトコ
「あ···」

耳元で冷ややかに呟かれ、一瞬で背筋が凍る。

津軽
直属の上司にどれだけ迷惑がかかるか、分かってる?

(ひぃぃっ、す、すみませんっ!)

to be continued

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