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本編③エピローグ 津軽4話

帰りの特急列車の中で、手はずっとつながれていた。
その代わり会話はほとんどないまま、乗り換え駅で電車を待つ。
平日の田舎の駅は、私たち以外誰もいない。

津軽
······

サトコ
「······」

(さっきの『今日だけは俺のことだけ考えて欲しかった』って···)
(理由、聞いてもいいのかな···それとも触れない方がいい?)
(だけど、せっかく楽しかったのに、こんな空気で別れるのも···)

サトコ
「あの···」

津軽
···あの日も、こんな夕暮れでさ

不意に津軽さんが口を開いた。
大きな夕陽にいつの間にか呑み込まれている。
その真っ赤な景色に彼の視線は投げられていた。

(あの、日···?)

津軽
俺、小学校でも人気者だったから。教室で誕生会パーティー開いてもらってて
でも帰りが遅くなること家に連絡し忘れてたんだ
それで家に電話したんだけど···
······

(あ···)

あの日、がいつを指しているのか、やっとわかった。
脳裏に蘇る、モニター室で得た極秘情報の数々。
警察に通報があった時刻は16時12分。
腕時計に視線を落とせば、16時10分を指していた。

サトコ
「······」

不規則に心臓が脈打ったー-形容しがたい緊張感。
夕陽に触発されて思い出したのだろうか。
下手な慰めの言葉をかけられるはずもない。
ただゆるく握られたままの手を強く握り返す。

サトコ
「······っ」

(何も言えない自分が情けない···)

ほんの少しの痛みも受けることも出来ないのが悔しい。
同時に、こんな私ではまだ “恋人” になんてなれなくて当然だと思う。

津軽
俺さ···

遠くを見ていた津軽さんが身体ごと、こちらに向き直った。
その口元に柔らかな笑みが浮かび目を奪われる。
とても無邪気で純粋な···子どもみたいな笑い方だったから。

津軽
今日、誕生日なんだ

サトコ
「······」
「!!?!!?」

(た、たたた、誕生日!?津軽さんの!!??)
(私、知らなっ···いや、待って、誕生日が今日ってことは···)
(つまり、事件の···津軽さんの家族のー-)

津軽
······

(え···)

渦巻く思考を遮るように、ふわっと抱き締められた。
軽く腕を回され、一瞬髪に顔が埋めれられる。
視界に入った時計が指すのは、16時12分。

津軽
3、2、1ー-ゼロ

サトコ
「え···」

津軽
はい。プレゼントいただきました

サトコ
「あ···」

ぱっと腕が放されて半歩距離がとられる。
いつもの飄々とした顔を前に上手く言葉が出てこない。

(休みが今日だって言った時···)

サトコ
「次の休みは火曜日でした」

津軽
火曜···

津軽さんがデスクのカレンダーに顔を向ける。

津軽
······

火曜の日付を見つめて、そのまましばらく動かない。

(大事な日で、誕生日、だったから···)
(午前中は用があるって言ってた。それはきっと···)

言って欲しかったという思いもあるけれど、津軽さんなら言わないと思う。
それでも零れた、零してくれた『俺だけのことを考えて欲しかった』という言葉。
胸がいろんな思いで塞がりすぎて、声にならない。

津軽
じゃ、行こー--

サトコ
「あと10秒プラスも出来ますが!!」

津軽
···は?

サトコ
「お、お誕生日特典です!」

必死過ぎて、出てきたのは結局そんな言葉で。

津軽
······
············

(デ、デリカシーがなさすぎた···?)

両手を広げたまま、完全に空回りしたかと固まっていると。

津軽
あっはっは!ほんとに君って···!

噴き出した津軽さんが肩を揺らして笑う。
哀しく切ない顔を見るより、笑われる方がずっといい。

サトコ
「い、いらないなら、いいですけど···」

津軽
お言葉に甘えて

もう一度伸びてきた手に引き寄せられる。
殺気の柔らかな抱き締められ方と違って、強く強く、腕を回された。

津軽
······

サトコ
「······」

鼓動が聞こえる。
もう10月も終わりだというのに、どこか汗ばんでる肌。

(10月27日···)

あの時は日付まで確認する余裕はなかった。
今日という日を私と過ごそうと思ってくれて、ありがとう。
本当に私のことが好きなのかとか···そんな疑問も不安も全部消えていく。

(私は···この人の “特別な女の子” にしてもらったんだ···)

目の奥が熱くなる。
でも、泣いちゃいけない。
だって大好きな人の誕生日なんだから。

津軽
9、10···
ありがと

サトコ
「こ、こちらこそ···」

津軽
どうして、ウサちゃんがこちらこそなの

サトコ
「どうしてもです」

10秒が、こんなにあっという間だったなんて。
20秒って言っておけばよかった。

乗り換えの電車が来て乗り込む。
人のいない車両で、ガラガラの席に並んで座った。

津軽
······

サトコ
「······」

肩が触れ合っている。
電車が揺れると少しだけ寄り掛かる体勢になる。
さっきまでとは違う沈黙が心地良い。

(いつか···お祝いできる日とか来るのかな···)

津軽さんにとっては、そんな日でないのだろうけど。
誕生日なら、いつか···いつかでいいから、彼が生まれて、生きてくれていることを祝いたい。

津軽
···ウサちゃん、携帯鳴ってない?

サトコ
「あ、ほんとだ···」

振動音にポケットからスマホを取り出すと、そこに表示されているのはハジメの名前。

津軽
······

スマホに視線が注がれるのがわかる。
電車内だから切ろうとすると、その手を包むように握られた。

(え···)

スマホは私の手の中で振動を続けている。

津軽
······

横を見ると、彼は視線を逸らして向こうの窓の外を見ていた。
僅かに覗く、少しだけ尖らせた唇から透ける、両想いの実感。

サトコ
「······」

目を閉じて、その肩に身を寄せた。
傍から見れば恋人同士にしか見えないだろう。
スマホの振動音が消えても、つかまれた手が放されることはない。

(お誕生日おめでとうございます)

今、ここにいてくれて、ありがとうー-
大好きな、あなたに。
言葉にできない想いを眩しい夕日に溶かした。

Happy End

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