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加賀 恋の行方編 4話

【集会所】

加賀教官と恋人のフリをして潜入した、被害者支援団体の集会は、
犯罪被害に遭った家族と、それを支援する人たちとの意見交換の場だった。

(でも‥いたって普通の集会だったな)
(教官はまだ、集会後の情報収集で中にいるけど‥ここで待ってればいいよね)

一人でいると、自然とさっきの自分の行動が思い出される。

(うまくやったつもりだけど‥どうだったかな、恋人のフリ)
(周りに人が多かったから、前よりも密着してたし‥それに自分の気持ちを自覚したせいか)

サトコ
「前よりもさらに緊張した‥まだドキドキしてる‥」

(いや、ダメだダメだ!今は刑事になる夢が一番大事!恋愛とか言ってる場合じゃ‥)

考えていると、ドン!と突然誰かにぶつかられて思わずよろめく。

女性
「あ‥ごめんなさい」

サトコ
「いえ、大丈夫です」

私の顔を見ることもなく、女性は慌てた様子でその場を立ち去った。

(あの人も被害者家族なのかな‥)
(でも集会場じゃなくて、駐車場の方から走ってきたみたいだったけど)

女性と入れ替わりで、加賀教官が集会場から出て来る。

加賀
行くぞ

サトコ
「何か収穫ありましたか?」

加賀
車に戻ってからだ

足早にその場を立ち去る教官について、私も駐車場へと向かった。

【車】

加賀教官には助手席に乗ってもらい、私が運転するのが最近のスタイルだった。

サトコ
「それで、今日は‥」

加賀
‥チッ

舌打ちが聞こえて、収穫なしだったことがわかる。

サトコ
「ゼロ、ですか‥」

加賀
見事なまでに埃ひとつ出ねぇ
逆に怪しいな‥

そう言った教官は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

(梅田が出入りしていた集会所なだけに、教官は絶対何かあると踏んでたし)
(私も、あの爆弾魔が被害者家族と接点を持とうとするなんて怪しいと思ったけど‥)

雰囲気を変えるために話題を変えようと思った瞬間、気になっていることが口をついて出た。

サトコ
「今日は、その‥私はちゃんと、任務を遂行できてたでしょうか」

加賀
あ?

私の言葉に、教官がチラリとこちらに視線を流す。

(教官の流し目‥色気がありすぎて困る‥!)

加賀
まあ、前よりはマシだな

<選択してください>

A:教官の役に立てましたか?

サトコ
「それって、教官の役に立てたってことでしょうか」

加賀
そんなことはてめぇで考えろ

(ってことは、それほどでもなかったって思われてるんだな‥)
(でも『マシ』なら、ちょっとは褒めてくれてるんだよね?)

B:成長してるってこと?

サトコ
「えっと‥前に比べて成長してるってことでしょうか」

加賀
そう思うか?

(そう言われると、『思います!』とは言えない‥)
(けど、たぶん教官なりに褒めてくれてる‥んだよね?)

C:褒められてるんですよね?

サトコ
「それって、褒められてるって思っていいんですよね?」

加賀
これで褒められてると思えるお前の頭はめでてぇな

サトコ
「だって、いままで『マシ』って言われたことないですから」

加賀
好きなように考えてろ

加賀
まぁ、少しは躾けた甲斐もあったか

(躾かあ‥最近よく、『躾』『駒』って言われるけど‥)
(私なんてやっぱり、まだまだ『相棒』より『駒』扱いだよね)

サトコ
「でも、そういえば私、教官に褒められたの初めて‥」

加賀
下調べはクソだけどな

サトコ
「うっ‥」

喜んだのもつかの間、ナイフのような言葉が投げつけられる。

加賀
どこが下調べだ?何を調べたつもりだ?
事前にきっちり調べねぇと、裏付けも取れねぇだろうが

サトコ
「自分はいつも勘だって言ってるのに‥」

加賀
あぁ?

サトコ
「なんでもないです!」

(褒められたと思ったけど、気のせいだったのかも‥)

その時、不意に教官の目が厳しくなった。

加賀
停めろ

サトコ
「えっ?でも後続車が」

加賀
路肩に寄せりゃいいだろ。さっさとしろ

その声にただならぬものを感じ、慌ててウインカーを出してブレーキを踏む。
でも、スカスカと抵抗感のない足元に、血の気が引いた。

サトコ
「教官‥ブレーキがききません!」

加賀
なんだと?

サトコ
「いくら踏んでも‥停まりません!」

パニックになりそうになった時、鼻をつく臭いに気づいた。

(これ‥ガソリンの臭い!?だから教官、車を停めろって‥!?)

加賀
とにかく走り続けろ。お前は運転に集中しろ

サトコ
「で、でも‥」

加賀
火花でも散ったらドカンだ
障害物のないところまで走らせて、その間に‥

(火花が散ったら‥)

手が震え、車体が大きく揺れる。
私一人では無理だと気づいたのか、教官が助手席から身を乗り出してハンドルを支えた。

加賀
貸せ!

サトコ
「教官‥!」

加賀
くそっ‥このド下手くそが!

すぐ横に教官の顔が迫り、慌ててハンドルを離す。

(どうしよう!?助手席から運転なんて、無理がありすぎる‥!)

片側二車線の道路で、前を行く車を左右によけて追い越しながらひたすらに走る。
やがて目の前に大きな川と、その手前に土手が見えた。

サトコ
「教官、前、前!」

加賀
クズが!黙ってろ!

教官はそのまま土手を越え、車を川の中へと走らせた。

加賀
窓を開けてシートベルトを外せ!俺のもだ!

急いで言われた通りにすると、川に突っ込んだ直後に教官が窓から逃げるように促す。

サトコ
「でも教官は‥!」

加賀
いいからさっさと行け!

頭が空っぽのまま、窓から外へと飛び出す。
私に続いて教官が飛び出して川へと飛び込むと、車はそのまま川の中へと沈んでいった。

加賀
‥何やってる

サトコ
「え‥」

加賀
腰抜かすようなことか

脚に力が入らずに川の中に座り込む私を、教官が抱き上げるようにして立ち上がらせてくれた。

<選択してください>

A:礼を言う

サトコ
「あ、ありがとうございます」

加賀
この程度で震えてんじゃねぇ

サトコ
「この程度って‥だっだって‥」

(ブレーキがきかなかった‥それにガソリンの臭いがした)
(事故‥?それとも)

B:自力で立つ

サトコ
「ひ、一人で大丈夫です」

慌てて教官から離れて自分で立とうとしても、フラついてうまくいかない。

加賀
バカ正直なことだけがお前の取り柄だろうが

サトコ
「でも、教官だって大変だったのに‥」

加賀
このくらい、大変なうちに入んねぇよ

C:加賀に寄りかかる

サトコ
「す、すみません‥足に力が入らなくて」

素直にそう認めて大人しく教官に寄りかかると、その腕に微かに力が入った。

サトコ
「教官‥?」

加賀
しっかりつかまっとけ。今離したら車と一緒に川に沈むことになる

サトコ
「は、はい」

教官に支えられながら、なんとか川べりまで避難することができた。

サトコ
「すみません‥こんなことになるなんて」

加賀
なんでお前が謝る

サトコ
「だって事前に調べておけば、車の故障にも気づけたのに」

(また教官の足を引っ張っちゃった‥下手したら2人とも死ぬところだった‥)

でも、予想していたような罵声は、教官の口から漏れることはなかった。
それどころか、悪巧みしている時のように口の端を持ち上げて教官が笑う。

加賀
いや、上出来だ。思わぬ収穫だったな

サトコ
「え?」

首を傾げる私に、自分のスーツの上着を脱いで投げた。

サトコ
「あの‥」

加賀
俺はそのままでも構わねぇが

その言葉に自分の姿を見ると、濡れたシャツから下着が透けて見えていた。

サトコ
「わっ!?ありがとうございます‥」

慌てて上着を羽織ると、教官が沈みゆく車を眺めながらつぶやく。

加賀
‥上等だ

サトコ
「え‥?」

加賀
俺にケンカ売ろうなんざ、千年早ぇってこと教えてやる

そして手早くポケットから携帯を取り出すと、誰かに電話をかけ始めた。

加賀
歩か?ああ、面白いことになった
今から言うことを片っ端から調べろ

(相手は東雲教官‥?何を指示してるんだろう?)
(だけど、教官のあの顔、言葉‥それに、東雲教官に指示を出すってことは)

それは、これがただの車の不具合による事故ではないことを物語っていた。

加賀
帰るぞ

サトコ
「で、でも現場検証とか」

加賀
上には報告しない

サトコ
「え!?」

加賀
お前も、報告書は適当にごまかしとけ。やり方はあのメガネ野郎から学んだだろ

サトコ
「い、石神教官が教えてくれたのは、ごまかし方じゃなくて」
「あやふやな報告書でも、上からツッコまれない書き方で」

加賀
似たようなもんだ
今日のことは誰にも言うな。まぁ、噂は広まるだろうがな

そう言って教官がさっさと歩き出す。

(このことは報告しない‥!?だって、誰かが故意にやったとしたら‥)
(私か教官が、命を狙われたってことなのに‥!?)

何とも言えない恐怖を感じながら、私は教官と学校へと戻った。



【教官室】

あの事故のあとから、教官の単独行動はさらに増えた。

(しかも、私も関わっていることなのに、教官一人で捜査してる)
(今日も、教官の講義は休講になったし‥)

報告書をまとめていると、東雲教官が入ってきた。


お疲れ。毎日大変だね、ごまかしながら報告書を書くの

サトコ
「あの‥東雲教官!この間のことですけど」

言いかけて私の言葉を遮るように、教官は人差し指を立てる。


兵吾さんから言われなかった?誰にも報告するなって

サトコ
「で、でも」

(東雲教官はあの時、加賀教官に何か指示されてたのに)

サトコ
「私‥心配なんです。加賀教官のことが」
「あれからほとんど会えてないし、もしあれが、教官を狙ったものだとしたら」


どうだろうね。でも迂闊なことは口にしない方がいい
ただでさえ、人の口に戸は立てられないって言うしね

私の質問には答えてくれないまま、東雲教官はデスクにファイルを置いて立ち去った。

(確かに‥あの事故のこと、誰にも言ってないはずなのにみんな知ってる)
(いくら秘密裏に車を回収したって言っても、目撃者もいただろうし‥)

浮かない気持ちのまま、報告書作成に戻った。



【屋上】

食堂でお昼ごはんを食べ終わると、一人で屋上へとやってきた。

男性同期A
「おい、氷川だろ?あの車の事故に巻き込まれた補佐官って‥」

男性同期B
「加賀教官と一緒にいるから、絶対そうだって。本人は否定してるけど」

噂はあっという間に広まり、私もあちこちでみんなの話題にあがっているようだった。

(なんか、どこに行っても誰かに見られてるみたいで落ち着かないな‥)

鳴子
「サトコ、いたいた!」

千葉
「昼、一人で食べたんだろ?誘ってくれればよかったのに」

私を見つけて、鳴子と千葉さんが走ってくる。

サトコ
「ごめん‥もしかして教官が戻ってきたら、いつ呼び出されるかわからないし」

鳴子
「加賀教官の講義、最近代理の教官がやることが多いね」

千葉
「‥氷川、大丈夫か?」

あのあと、心配してくれている鳴子と千葉さんにだけは、事故の話をしたのだった。

サトコ
「うん‥事故の直後はしばらく、車に乗るのが怖かったけど」

男性同期C
「‥でさ、もしかして逃げてるんじゃないかって話なんだよ」

私たちに気づかず、向こうからやってきた同期たちが話しているのが聞こえた。

男性同期D
「逃げてるって、加賀教官が?」

男性同期C
「誰かに狙われてるって話もあるみたいだからな」

(誰かに狙われてる、か‥確かに教官は、竹田の事件の時も梅田に狙われたりしたけど)
(『逃げる』なんて、そんなことしない)

男性同期C
「でもさ、あれだけ強引な捜査で手柄をあげまくって出世してたら」
「誰かの恨みを買っててもおかしくないよな」

サトコ
「‥‥‥!」

男性同期D
「まあな。前のホテル爆破事件も」
「手柄をあげるために加賀教官が仕組んだって噂もあるくらいだし」

その言葉を聞いて、思わず立ち上がる。

男性同期D
「いま狙われてるのだって、『仲間殺し』の罰なんじゃないか?」

サトコ
「何を‥っ!」

鳴子
「サトコ、落ち着いて」

サトコ
「だって!」

鳴子
「あんなの気にしない方がいいよ。サトコが文句言ったって、噂はなくならないし」
「サトコまで悪く言われて終わりだよ」

千葉
「確かに‥加賀教官の『お気に入り』ってだけで、氷川は周りから嫉妬されてるから」

サトコ
「だけど、あんな言われ方!」

鳴子
「ほっといて、堂々としてたらいいんだよ」
「あんなの、すぐに教官が蹴散らしてくれるって」

(でも、それだって教官が戻ってきてくれないことにはどうにもならない)
(加賀教官‥どこにいるの?一人でどんな捜査してるの‥?)

なかなか加賀教官に会えない日が続いたある日、思い立って屋上庭園へと出てみた。

(もしかして教官がタバコを吸いに来てるかも‥なんて思ったけど、やっぱりいないか‥)

ため息をつき庭園をあとにしようとした時、フッと耳に風があたった。

サトコ
「きゃっ!」

莉子
「どうも、サトコちゃん」

サトコ
「り、莉子さん!?」

(そういえば、莉子さんも今、臨時教官として学校に来てるんだっけ)
(びっくりした‥)

慌てて莉子さんから離れると、私の気持ちを察したかのように微笑む。

莉子
「兵ちゃんのこと考えてるの?」

サトコ
「え‥」

莉子
「顔にそう書いてあるもの」

慌てて頬を押さえると、莉子さんがさらに笑う。

莉子
「サトコちゃんは素直よね。兵ちゃんも、そういうところが気に入ったのかしら」

サトコ
「莉子さん‥」

莉子
「何かあったのなら、聞くわよ」

(莉子さんなら、もしかして加賀教官の行き先に心当たりがあるかもしれない)
(東雲教官も何も教えてくれないし‥もう、頼る人がいないよ)

莉子さんにこの間のことを話すと、ただ黙って聞いてくれた。

サトコ
「教官が心配なんです。『千年早い』って言われるかもしれないですけど」
「でも、誰も何も教えてくれないし‥こうしてる間に、教官が誰かに狙われるかもって」

莉子
「‥サトコちゃんは、本気で兵ちゃんのことが好きなのね」
「中途半端な憧れなら、早く諦めた方がいいと思ったけど」

一緒にベンチに座りながら、莉子さんがとつとつと話してくれる。

莉子
「サトコちゃんは、兵ちゃんの過去を知ってるかしら」

サトコ
「加賀教官の過去‥?」

莉子
「そう」
「兵吾はね‥捜査一課時代に起きた、ある爆破事件に関わっているの」
「‥その事件で兵吾は、当時の仲間3人を失った」

サトコ
「え‥」

莉子
「その3人の命と引き換えに、犯人を確保した‥そして、その手柄で出世したわ」

サトコ
「それって‥」

(もしかして、私が見たあの過去の資料に書いてあった‥)

莉子
「兵吾は、仲間を見殺しにして手柄を立てたと言われてる」
「それ以来、あの人は仲間を売った『仲間殺し』と呼ばれるようになったの」

(仲間を見殺しにして手柄を立てた‥?加賀教官が、まさか‥?)

to be continued

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